漢字家族BLOG版(漢字の語源)

漢字に関する話題など。漢字の語源・ワードファミリー。 現在、荘子「内篇」を素読しています。

荘子:人間世第四(6) 名之曰日漸之不成

2011年07月25日 00時19分52秒 | 漢籍
 [ブログ内検索] [漢字に関する書籍] [漢字源] [中国古典選]
荘子:人間世第四(6)

 「雖然,若必有以也,嘗以語我來!」顏回曰「端而虛,勉而一,則可乎?」曰:「惡!惡可!夫以陽為充孔揚采色不定,常人之所不違,因案人之所感,以求容與其心。名之曰日漸之不成,而況大乎!將執而不化,外合而內不訾,其庸詎可乎!」


 「然りと雖(いえど)も、若(なんじ)必ず以(ゆえ)あらん。嘗(こころ)みに以て我れに語(つ)げ來(よ)!」と。

 顏回曰わく、「端(タン)にして虛(キョ)、勉(つと)めて一(いつ)にせば、則(すなわ)ち可(カ)ならんか?」と。

 曰わく、「惡(ああ)!惡(いず)くんぞ可(カ)ならんや!夫(そ)れ陽(うわべ)を以て充(み)つると為(な)して孔(はなは)だ揚(あが)りて、采色(サイショク)定まらず、常人の違(たが)わざる所なり。因(よ)りて人の感ずる所を案(おさ)えて、以て其の心を容與(ヨウヨ)せんことを求む。これを名づけて日漸(ニチゼン)のも成らずと曰(い)う。而るを況(いわ)んや大をや!將(まさ)に執(と)りて化(カ)せざらんとす。外(そと)に合うとも内は訾(おも)わざらん。其れ庸詎(いず)くんぞ可ならんや!」と。


 「とはいうものの、お前が行こうとするからには、それ相当のわけがあってのことに違いない。(そのわけとやらを聞こうではないか)ためしに話してごらん」

 顔回は答えた。

 「(権力者と向かいあっても)毅然として自己の端正な態度を失わず、心を虚(むな)しうして名と実に心みだされず、懸命に努力して純一無雑な境地に徹するよう心がけたならば、どうでしょうか?」

 「ああ、そんなことでは到底だめだ! ─ 夫(そ)れ陽(うわべ)を以(つくろ)いて充(み)ちたる為(まね)し、孔(はなは)だ揚(とくいが)るも采色(かおいろ)定(おちつ)かざるは、常(よ)の人の違(こと)ならざるところなり[福永光司] ─ お前はまだ形にとらわれ、外にあるものばかり気にしている。お前は端正な態度で臨むというが、それは内面の貧弱さをごまかす以外の何ものでもない。内面の貧弱さをごまかして態度ばかりを有徳者らしくつくろったところで、当人こそ甚だ得意であろうが、その顔色にはどこか落ち着かぬところのあるものだ。こういう人間は本質的には俗物と何の変わりもない。こういう俗物が権力者の心の動きを推し測って、自己の主張をその心に受け入れさせようとしたところで、何の効果があろうか。これを ─「日に漸(すす)むの徳成らず」─ 長年月の蓄積を要するその日その日の僅かな徳さえも成就させることができないというのである。まして一時的な説得ぐらいで大いなる徳を成就させることなど思いもよらないであろう。
 あの衛君は必ずや自己を固執してお前のいうことなどには教化されず、表面でこそ成る程と調子を合わせていても、内心では深く考えてもみないだろう。到底だめだね。そんなやり方では」

 (この一節の解釈は、ほぼ全面的に a_finger.gif 『荘子 内篇』・福永光司 によりました)

line


惡!惡可!
 「上惡驚歎詞。下惡可不可也。」[荘子集解]
 上の「悪」は感動詞、下の「悪」は反語の助辞。


夫以陽為充孔揚采色不定,常人之所不違
 これを衛の君主のことと解するのは郭注以来の旧説。馬叙倫顔回を非難したものとみて、それに従う学者も多い。
 日本のテキストでも、金谷 治は前者をとり、福永光司森三樹三郎は後者をとっている。
 「陽を以て充(み)ちたる為(まね)す」とは、表面だけしかめつらしい顔をして、いかにも徳の充溢した人間らしく見せかけること。
 「常人の違わざるところ」とは、いくら恰好だけ偉そうにしても、本質は世俗一般の人間と同じだということ。


 人の感ずる所を(おさ)えて / 人の感ずる所を(かんが)えて
 【呉音・漢音】アン
 【訓読み】つくえ, かんがえる, やすんずる, あん, あんずる
 【解字】
  会意兼形声。
  安は「宀(やね)+女」の会意文字で、女性を家に落ち着けたさまをあらわす。
  案は「木+音符安」で、その上にひじをのせておさえる木のつくえ。
 【意味】
 ・やすんずる(やすんず)。
  上から下へとおさえて落ち着ける。やすらかにする。おだやかに落ち着く。
 ・かんがえる(かんがふ)。
  あちこちおさえてみることから、よくかんがえる、しらべるの意。


容与其心
 この「與(与)」は、「於」と同じに訓む。[馬叙倫]


日に漸(すす)むの
 日を逐(お)って少しずつ進歩する小さな徳。


將(まさ)に執(と)りて化(あらた)めざらんとす
 以下二句の主語は衛君。


庸詎(ヨウキョ)
 「何以」と同じで、反語の助辞。
 「其れ詎(なに)を庸(も)ってか可(よ)からんや!」



 思慮すること。
 【呉音・漢音】
 【訓読み】そしる、そしり
 【意味】
  (1)そしる。そしり。まぜかえす。文句をつける。悪口。「訾毀(シキ)」
  (2)ぐずぐずごねて、職務をはたさない。
  (3)なげいてうらむ。
  (4)はかり考える。 諮に当てた用法。
  (5)きず。やまい。病気。 疵(シ)に当てた用法。
  (6)もとで。また、財産。 貲(シ)・資に当てた用法。
  (7)なげくことば。ああ。 《同義語》⇒呰・咨。
  (8)疑問・反問をあらわすことば。なんぞ。なんすれぞ。
 【解字】
  会意兼形声。
  「言+(音符)此(シ・ぎざぎざ、ごたごたもつれる)」。

 [★人間世第四()]・[荘子:内篇の素読]



荘子:人間世第四(5) 名實者,聖人之所不能勝也

2011年07月24日 00時17分23秒 | 漢籍
 [ブログ内検索] [漢字に関する書籍] [漢字源] [中国古典選]
荘子:人間世第四(5)

 且昔者桀殺關龍逢,紂殺王子比干,是皆修其身以下傴拊人之民,以下拂其上者也,故其君因其修以擠之。是好名者也。昔者堯攻叢枝、胥敖,禹攻有扈,國為虛,身為刑戮。其用兵不止,其求實無已。是皆求名實者也,而獨不聞之乎?名實者,聖人之所不能勝也,而況若乎!


 且(か)つ昔者(むかし)桀(ケツ)は關龍逢(カンリュウホウ)を殺し、紂(チュウ)は王子比干(ヒカン)を殺せり。是(こ)れ皆其の身を修めて、下(しも・けらい)を以て人の民を傴拊(ウフ・いつくしみ)し、下を以て其の上(かみ)に拂(さから)いし者なり。故に其の君は、其の修(おさ)まれるに因(よ)りて以て之を擠(おとしい)れたり。是(こ)れ名を好みし者なり。

 昔者(むかし)堯(ギョウ)は叢(ソウ)・枝(シ)・胥敖(ショゴウ)を攻め、禹(ウ)は有扈(ユウコ)を攻め、國は虛(キョレイ)と為(な)り、身は刑戮(ケイリク)せらる。其の兵を用うること止(や)まず、其の實(ジツ)を求むること已(や)む無(な)ければなり。是(こ)れみな名と實とを求めし者なり。

 而(なんじ)は獨(ひと)り之を聞かざるか?名と實とは聖人すら勝つ能(あた)わざる所なり。而(しか)るを況(いわ)んや若(なんじ)をや!


 それにだよ顔回、と孔子のことばはつづく。
 昔、夏の桀王は忠臣の關龍逢(カンリュウホウ)を殺し、殷の紂王(チュウオウ)は忠臣の王子比干を殺した。
 このふたりの忠臣は、いずれもその身の徳を修め、他人の支配下の人民に情(なさけ)を施し、臣下の身分でありながら上にある君主の心に逆らった。だから彼らの君主たちは、このふたりの臣下の徳行が修まっていればこそ、彼らの賢徳を悪んで罪に陥れて殺してしまったのだ。このふたりは名声を好んで身を滅ぼしたものである。

 また昔、堯帝(ギョウテイ)は叢(ソウ)・枝(シ)・胥敖(ショゴウ)の三国を攻め、禹王(ウオウ)は有扈(ユウコ)を攻めるということがあったが、そのためこれらの諸国は廃墟となり、その君主たちは死刑となった。それというのも、これらの国の君主が兵を用いてやめず、実利を求めてやまなかったからである。これらはいずれも名声と実利を求めたものの例である。

 お前も聞いたことがあるだろう。名声と実利の誘惑には、聖人さえも勝つことができないほどのものだ。ましてお前などは、なおさらだよ。

line


 夏王朝の暴君とされる人。殷の湯王に滅ぼされた。


關龍逢
 桀王の忠臣。桀を諫めて殺された。



 殷王朝の暴君とされる人。周の武王に滅ぼされた。


比干
 紂王のおじ。紂を諫めて、胸をさかれた。
箕子(キシ)・微子とならんで殷三仁といわれる。


傴拊(ウフ)
 「傴」は、かがむ。「拊」は、なでる。身をかがめて愛撫する。



 【呉音・漢音】
 【意味】
  (1)「傴僂(ウル・ウロウ)」とは、背が曲がって小さいこと(人)。
  (2)背をまるくかがめる。「傴僂(ウル・ウロウ)」
 【解字】
  会意兼形声。
  區(ク)(=区)は、こまごまと曲がって小さいの意を含む。
  傴は「人+音符區」で、背が曲がって小さい人。



 【呉音・漢音】
 【訓読み】うつ, なでる, つける
 【意味】
  (1)うつ。手のひらでぽんとたたく。「拊掌=掌を拊つ」
  (2)うつ。なでる(なづ)。ぽんぽんと肩をたたいていたわる。「慰拊(イフ)」
   「拊我畜我=我を拊ち我を畜ふ」〔詩経・小雅・蓼莪〕
  (3)手のひらをおしつけてにぎるとって。柄(エ)。
  (4)打楽器の名。演奏のはじめにたたいて調子をとる小鼓。
  (5)つける(つく)。附(フ)に当てた用法。
 【解字】
  会意兼形声。
  付(フ)とは、人の肩に手(寸)をつけるさま。
  拊は「手+音符付」で、手を人の肩にのせて、ぽんとたたくこと。


叢(ソウ)・枝(シ)・胥敖(ショゴウ)
 斉物論篇の第十九節に、堯(ギョウ)が、宗(ソウ)・膾(カイ)・胥敖の三国を征伐しようとした話がみえる。


有扈(ユウコ)
 国名。『書経』にもみえ、今の陝西省にあったといわれる。


虛(キョレイ)
 ・「虛」は住居跡。「」は、子孫を失った祖先の霊・・・とする説あり。
 ・「宣云。地為丘墟。人為鬼。」(莊子集解)




荘子:人間世第四(4) 是以火救火,以水救水,名之曰益多

2011年07月23日 00時58分07秒 | 漢籍
 [ブログ内検索] [漢字に関する書籍] [漢字源] [中国古典選]
荘子:人間世第四(4)

 且苟為賢而惡不肖,惡用而求有以異?若唯無詔,王公必將乘人而鬭其捷。而目將熒之,而色將平之,口將營之,容將形之,心且成之。是以火救火,以水救水,名之曰益多。順始無窮,若殆以不信厚言,必死於暴人之前矣!

 且(か)つ苟(いやし)くも賢を悦びて不肖(フショウ)を悪(にく)むことを為さば、悪(いずく)んぞ而(なんじ)を用いて以て異あることを求めんや。

 若(なんじ)は唯(た)だ詔(つ)ぐること無なかれ。王公必ず將(まさ)に人に乗じて其の捷(か)ちを闘わさんとす。而(なんじ)の目は將(まさ)に之に熒(まどわ)されんとし、而(なんじ)の色は將(まさ)に之に平(かわ)らんとし、口は將(まさ)に之に營(あげつら)わんとし,容(かたち)は將(まさ)に之に形づくらんとし、心は且(まさ)に之に成らんとす。是(こ)れ火を以て火を救い、水を以て水を救うなり。之を名づけて益多(エキタ)と曰(い)う。始めに順(したがいて・ゆずれば)窮まり無し。

 若(なんじ)は殆(おそ)らく、信ぜられざるを以て厚言(コウゲン・おもいきりいさめ)せば。必ず暴人の前に死せん!


 それに、もし衛の君主が心から賢者を好んで愚者を憎むような人間だとすれば、今さらお前を任用して目先の変わったことをしようなどと思うはずもあるまい。

 だから、お前は何も言わぬがよい。何か言えば王公の権勢でのしかかってきて(王公の権力をかさにきて)、お前を言い負かそうといどんでくるだろう。こうなれば、お前はたじたじとなり目の色は落ち着きを失い、顔色は変わり、口はもぐもぐと何か言いわけをしようとし、態度は表面ばかりをとりつくろい(へなへなとおとなしくなって)、心は相手の言いなりになってしまうであろう。(そうなるとお前の説得も逆効果で)まるで火を消すために火を加え、水を止めるために水をそそぐ羽目になる。いわゆる「益多(エキタ)」─ 輪をかける(多いうえに多くする) ─ というのがこれだ。最初にこちらが一歩を譲ると、その譲歩は果てしない譲歩となって、遂には取り返しのつかぬことになるものだ。

 もし、お前が相手の信用も得ていないのに、あの乱暴者の前でずけずけものを言えば殺されるにきまっている。

line

 =告
 【漢音・呉音】ショウ
 【訓読み】みことのり, つげる
 【意味】
  (1)みことのり。上位の者が下位の者を召して告げることば。
   また特に、天子の命令。
   秦(シン)代以後は天子だけについていう。
  (2)つげる(つぐ)。上位者が下位者につげる。
   「夫為人父者必能詔其子=それ人の父為る者は必ず能く其の子に詔ぐ」〔盗跖篇〕
 【解字】
  会意兼形声。
  「言+音符召(人を召し集める)」。
  人を召し出してつげさとすことば。


 =惑


 =変



 弁解すること。
 ▼「口將營之」




荘子:人間世第四(3) 菑人者,人必反菑之

2011年07月22日 01時11分33秒 | 漢籍
 [ブログ内検索] [漢字に関する書籍] [漢字源] [中国古典選]
荘子:人間世第四(3)

 且厚信矼,未達人氣,名聞不爭,未達人心。而彊以仁義繩墨之言,術暴人之前者,是以人惡有其美也,命之曰菑人。菑人者,人必反菑之,若殆為人菑夫!


 且つ徳は厚く信は矼(かた)きも未だ人の気に達せず、名聞は争わざるも、未だ人の心に達せず、而(しか)も彊(し)いて仁義繩墨(ジンギジョウボク)の言を以て,暴人の前に術(の)ぶる者は、是れ人の悪を以て其の美を有(ほこ)るなり。

 これを命(なづ)けて菑人(サイジン)と曰う。菑人なる者は、人必ず反(かえ)ってこれに菑(わざわい)せん。若(なんじ)は殆(おそ)らくは人に菑(わざわい)せら為(ら)れん夫(かな)!


 それに、お前の徳が十分厚く、お前の誠実さが堅固であっても(自己が誠実であり、純粋でありさえすれば、それだけで事が足りると考えるならば大間違いだ)、まだ相手の気心もわからないうちに、仁義道徳のお題目を暴君の前でまくしたてるというのは、他人の悪事を種にして自己の正しさを相手に押売りすることになる。つまり、人の弱点を食い物にして自分の長所をひけらかすというやつだ。

 このように、おせっかいで他人に迷惑をおよぼす人間を、菑人(サイジン)─ いつも周囲の人間を傷つけてまわる男─ という。 

 他人を傷つけてまわって自分だけ無事でありおおせるわけがない。他人に災いを及ぼすような者には、他人のほうでも、必ずあべこべに災いのお返しをするものだ。お前もその独善と、善意の押売りを用心しないと、きっと他人から災いを受けることだろう。

line

・・・固と同義。
 【漢音・呉音】コウ
 【訓読み】とびいし, いしばし, かたい
 【意味】
  (1)とびいし。いしばし。
   水中に少しずつ離して並べて、水面上に出ている部分を伝わってわたれるようにした石。
  (2)かたい(かたし)。かたいさま。気まじめなさま。
 【解字】
   会意兼形声。
   「石+音符工(こちらからむこうまで通す)」。


繩墨
 大工が用いて木の曲直を正すすみなわのこと。転じて法則規範の意に用いられる。
 「其大本擁腫而不中縄墨=其の大本は擁腫して縄墨に中たらず」 【逍遥遊篇】



 の異体字。
 【漢音・呉音】サイ
 【意味】わざわい。進行をとめてさしさわりをおこす、じゃまなできごと。
 【解字】会意兼形声。
  真中の部分は川の流れを止めるせきを描いた象形文字で音は(シ)・(サイ)。
  葘は「艸+田+(音符)サイ」で、作物の生長をとめた荒れ田をあらわす。