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荘子:人間世第四(6) 「雖然,若必有以也,嘗以語我來!」顏回曰「端而虛,勉而一,則可乎?」曰:「惡!惡可!夫以陽為充孔揚采色不定,常人之所不違,因案人之所感,以求容與其心。名之曰日漸之不成,而況大乎!將執而不化,外合而內不訾,其庸詎可乎!」 |
「然りと雖(いえど)も、若(なんじ)必ず以(ゆえ)あらん。嘗(こころ)みに以て我れに語(つ)げ來(よ)!」と。
顏回曰わく、「端(タン)にして虛(キョ)、勉(つと)めて一(いつ)にせば、則(すなわ)ち可(カ)ならんか?」と。
曰わく、「惡(ああ)!惡(いず)くんぞ可(カ)ならんや!夫(そ)れ陽(うわべ)を以て充(み)つると為(な)して孔(はなは)だ揚(あが)りて、采色(サイショク)定まらず、常人の違(たが)わざる所なり。因(よ)りて人の感ずる所を案(おさ)えて、以て其の心を容與(ヨウヨ)せんことを求む。これを名づけて日漸(ニチゼン)のも成らずと曰(い)う。而るを況(いわ)んや大をや!將(まさ)に執(と)りて化(カ)せざらんとす。外(そと)に合うとも内は訾(おも)わざらん。其れ庸詎(いず)くんぞ可ならんや!」と。
「とはいうものの、お前が行こうとするからには、それ相当のわけがあってのことに違いない。(そのわけとやらを聞こうではないか)ためしに話してごらん」
顔回は答えた。
「(権力者と向かいあっても)毅然として自己の端正な態度を失わず、心を虚(むな)しうして名と実に心みだされず、懸命に努力して純一無雑な境地に徹するよう心がけたならば、どうでしょうか?」
「ああ、そんなことでは到底だめだ! ─ 夫(そ)れ陽(うわべ)を以(つくろ)いて充(み)ちたる為(まね)し、孔(はなは)だ揚(とくいが)るも采色(かおいろ)定(おちつ)かざるは、常(よ)の人の違(こと)ならざるところなり[福永光司] ─ お前はまだ形にとらわれ、外にあるものばかり気にしている。お前は端正な態度で臨むというが、それは内面の貧弱さをごまかす以外の何ものでもない。内面の貧弱さをごまかして態度ばかりを有徳者らしくつくろったところで、当人こそ甚だ得意であろうが、その顔色にはどこか落ち着かぬところのあるものだ。こういう人間は本質的には俗物と何の変わりもない。こういう俗物が権力者の心の動きを推し測って、自己の主張をその心に受け入れさせようとしたところで、何の効果があろうか。これを ─「日に漸(すす)むの徳成らず」─ 長年月の蓄積を要するその日その日の僅かな徳さえも成就させることができないというのである。まして一時的な説得ぐらいで大いなる徳を成就させることなど思いもよらないであろう。
あの衛君は必ずや自己を固執してお前のいうことなどには教化されず、表面でこそ成る程と調子を合わせていても、内心では深く考えてもみないだろう。到底だめだね。そんなやり方では」
◆(この一節の解釈は、ほぼ全面的に 『荘子 内篇』・福永光司 によりました)
※惡!惡可!
「上惡驚歎詞。下惡可不可也。」[荘子集解]
上の「悪」は感動詞、下の「悪」は反語の助辞。
※夫以陽為充孔揚采色不定,常人之所不違
これを衛の君主のことと解するのは郭注以来の旧説。馬叙倫は顔回を非難したものとみて、それに従う学者も多い。
日本のテキストでも、金谷 治は前者をとり、福永光司、森三樹三郎は後者をとっている。
「陽を以て充(み)ちたる為(まね)す」とは、表面だけしかめつらしい顔をして、いかにも徳の充溢した人間らしく見せかけること。
「常人の違わざるところ」とは、いくら恰好だけ偉そうにしても、本質は世俗一般の人間と同じだということ。
※案 人の感ずる所を案(おさ)えて / 人の感ずる所を案(かんが)えて
【呉音・漢音】アン
【訓読み】つくえ, かんがえる, やすんずる, あん, あんずる
【解字】
会意兼形声。
安は「宀(やね)+女」の会意文字で、女性を家に落ち着けたさまをあらわす。
案は「木+音符安」で、その上にひじをのせておさえる木のつくえ。
【意味】
・やすんずる(やすんず)。
上から下へとおさえて落ち着ける。やすらかにする。おだやかに落ち着く。
・かんがえる(かんがふ)。
あちこちおさえてみることから、よくかんがえる、しらべるの意。
※容与其心
この「與(与)」は、「於」と同じに訓む。[馬叙倫]
※日に漸(すす)むの
日を逐(お)って少しずつ進歩する小さな徳。
※將(まさ)に執(と)りて化(あらた)めざらんとす
以下二句の主語は衛君。
※庸詎(ヨウキョ)
「何以」と同じで、反語の助辞。
「其れ詎(なに)を庸(も)ってか可(よ)からんや!」
※訾
思慮すること。
【呉音・漢音】シ
【訓読み】そしる、そしり
【意味】
(1)そしる。そしり。まぜかえす。文句をつける。悪口。「訾毀(シキ)」
(2)ぐずぐずごねて、職務をはたさない。
(3)なげいてうらむ。
(4)はかり考える。 ▼諮に当てた用法。
(5)きず。やまい。病気。 ▼疵(シ)に当てた用法。
(6)もとで。また、財産。 ▼貲(シ)・資に当てた用法。
(7)なげくことば。ああ。 《同義語》⇒呰・咨。
(8)疑問・反問をあらわすことば。なんぞ。なんすれぞ。
【解字】
会意兼形声。
「言+(音符)此(シ・ぎざぎざ、ごたごたもつれる)」。
⇒ [★人間世第四()]・[荘子:内篇の素読]