ポッカの顔缶コーヒーとモスのチキンバーガー＆バニラシェイク。

ポッカの顔缶コーヒーとモスのチキンバーガー＆バニラシェイク。
これ、ぼくのお父さんの思い出。
お父さんといえば、ぼくにとっては
ポッカの顔缶コーヒーとモスのチキンバーガー＆バニラシェイク。
これに尽きる。

うちの実家は自営業だった。お米屋さん。
今ではスーパーやコンビニや
ショッピングセンターみたいなものが主流になっているだろうが
ぼくらが小さい頃、まさに三丁目の夕陽みたいな昭和な時代は
商店街の個人商店ひとつひとつが
今のそれにあたり
各ご家庭と商店とは密接な関係で結びついていた。

うちは支店。本店は駅前にあり、爺さんと婆さんと父の弟が営んでいた。
基本、父はほとんど配達に出ていた。
朝、荷物を積んで配達へ。お昼を食べに帰って来て、また配達へ。
夜まで配達と忙しくしていた。
そんな姿をずーっと見て育った。

思春期に入ると、実家がお米屋だということがむしょーに嫌になった。
みんなと同じサラリーマンの家庭に憧れ、自営が恥ずかしく思えたのだ。
男子中学生の胸の内は気持ち悪い感じで暗黒がうねうねととぐろをまいている。
ありとあらゆることへ、とにかく反抗がひどかったと記憶している。

今、当時の自分に会えるなら、分かるまで猛烈説教してやりたいくらいだ。
でも、当時の自分だったら、多分言っても分からんだろうな。
言えば言うだけ頑なになるだけなんだろうな。

人は大人になるか、もしくは
自分がリアルにその立場に立った瞬間でないと
人の気持ちや痛みやが分からないバカな生き物だ
なんて最近特に、自分を見ていての自分自身で理解した。
自分を全ての人の代表とみてしまうのは危険かもしれないが
一番身近な人間は、やっぱり自分なもので。

実家のお米屋に嫌悪感を抱く息子に対して当時の父は特に何も語らず叱らず
ぼくが嫌悪感を抱くお仕事を必死に黙々と営み
バカ息子をここまで育ててくれた。

まだ父になつっこい子供時分から中学生になる頃までかな
毎年大晦日は父とお寺さんへ除夜の鐘をうちに行き
神社で初詣をするのが恒例だった。
そしてそんな夜のもうひとつの恒例が
ポッカの顔缶コーヒーだ。

初詣の帰りに必ず自販機でポッカの顔缶を買ってくれた。
そいつをすぐには飲まず、ホッカイロ代わりに手を温めながら家に帰る。
家でカップにうつして、チンして、こたつで飲んで寝るのである。
そんな過ごし方が、毎年の大晦日～元日の恒例となっていた。
ぼくはこの、ポッカの顔缶コーヒーでの新年の幕開けが大好きでたまらなかった。
思春期に入ると、父と初詣へ行かなくなる。

モスのチキンバーガー＆バニラシェイクもよく父が買ってくれたものだ。
高校受験で塾に通っていた頃、雨が降ると父は必ず塾にぼくを迎えに来てくれた。
そんな時はお米を配達する軽トラの荷台に自転車を積んで
助手席に乗って帰る。
ぼくが乗り込むと決まって助手席にはモスの紙袋が置かれていた。
中身はそう、チキンバーガーとバニラシェイク。
思春期の複雑な心を更に複雑にさせながらも
お米屋さんの配達車の中で父からの差し入れを食べる。
当然、ありがとうなんて言やしないんだけど
あっという間にたいらげて、窓の外の雨にぬれた街を眺めながら
ため息まじりのゲップを吐き出すのだ。

そうそう、大学卒業後、芝居をしていた頃
もっとも多分親に迷惑をかけていためちゃくちゃな時代
正月に実家へ帰り、みんなで初詣へ出かけた時も
父はぼくにポッカの顔缶コーヒーを買ってくれた。
父からしたら、いつまでもあの頃のまま。
そして常に、ぼくを許し続けたまま。
父へ対するわだかまりがまだ残り、大人になりきれぬ中途半端なダメ男。
死ぬほど照れ臭かった。そして恥ずかしかった。
自分のここまでのちっぽけな人生を
ハンマーでぶち殴られて、チェーンソーで切り刻まれたような
そんな心境にさいなまれ、いろんな感情が逆噴射して
本気の本気で泣きそうだった。

なんとなく、なんとなくだけど、父のことが分かったような気がして
「お、おお」なんて缶コーヒーを受け取り、足早に先を急いで
そう、自分がいろいろを受け入れられたかのようで
とってもうれしくなったものだ。

いろいろあって、今があり
今もいろいろあって、たぶんこれから先のいろいろへ繋がる。
時が経てば、分かることが多い。
分かったときが、素直になるときかな。

親父、いや、ここは敢えて
お父さん、いままでありがとう。
これからもずっと、ありがとうと言いたいな。

めけめけ～。

写真。顔缶。これは冷たいやつ！