『らーめん放浪記』
〈1-(14)・沖縄〉
ウシ男は屋台に並ぶ行列を無理矢理掻き分け
強引に
そして乱暴に『黒猫』の“のれん”をくぐり
「おい!人に人を食わせて儲けてそんなにうれしいか!」
一瞬凍りつく間。
「………」
「共食いさせてうれしいのか!おい!」
そして
何食わぬ顔で
らーめん屋台店主『猫田 麺吉(ねこた めんきち)』が
怒鳴り込むシーサーに答えた。
「いらっしゃい」
笑っているのかヒキツっているのか
どちらとも取れる不思議な表情の猫田を
狂った目付きで睨みつけるウシ男。
そんな2つの“山”をぴょんぴょんと飛び越えて
猫が屋台外壁にかけられた板にタックルをかます。
『はじまり!』と殴り書かれたそれがクルリ反転し
『おわり!』
猫田が“銅鑼”の様な中華鍋を思い切り叩く。
“グワヮヮヮ~~~ン”
透き通った良い音色が夜空に響き渡り
「にゃーーーっ」
猫が鳴く。
それが閉店を知らせる合図であるのか
たちまち行列の輪が崩れ
人々はまるで蜘蛛の子を散らしたかの様に
夜の那覇市街へとワラワラ消えて行った。
睨みを決め込んでいたウシ男が、そんな光景をポカンと見送る。
不平不満を言うでもなく
“はじまり”が来れば淡々と行列をつくり
“おわり”となれば黙ってさってゆく。
ここではここの『決まり』があり
それに基づき全てが動いているかの様。
暗黙の了解。
不思議でならないさ、納得がいかないさ
おかしな感情がおっさんの中心でトグロを巻いていた。
「何故客を帰したさ?」
ウシ男がそう口火を切ろうとした瞬間
それよりも先に
「何故客を帰したかって?」
猫田が切り出す。
「!?……」
「それはおじさんがそうして欲しそうだったからさ」
なんさこいつ。
「食べるでしょ?」
麺の塊を乱暴にズンドウへ投げ入れる猫田。
乳白色の塊がフワリほどけて
グツグツ煮え立つ湯の中で海草の様にやわらかく踊る。
『どんぶり』に何やら2種類の液体を入れ
腰に手をあてながらジッとズンドウの中身を見つめている。
そんな猫田をカウンターごしにジッと見つめるおっさんウシ男。
俺の推理が間違いでないとするならば
今、目の前で『らーめん』とやらを作っているこの青年は
“人として究極してはいけない信じられない行為”で商いをしているさ。
こいつが手を下しているのか
はたまた他人が“さばいた”ものを“仕入れて”いるのか
どちらにしても最低な行為であって
最低な“スープ”さ。
もし、例えば俺の身内が“さばかれて”いたとしたならば
そんな許せねえ事は無いし
俺が“煮込まれた”として、それをまた他人に“摂取”され
他人の血や肉や骨となり
そいつがまた“さばかれた”としたならば
“人間として”そんな情けねえ事は無えさ。
遠い遠い記憶…
あの日の
あの島の記憶…
『ポール・マッカチン』との
『ペドロ』との
あの日の記憶…
『カニバリズム』
ウシ男の考えを断ち切るかのように
「来ると思ってたよ。おじさんがここに」
どんぶりに“スープ”を注ぎ込みつつ猫田。
凄い香り!
凄く上品な…香り。
自然と多量の唾液がウシ男の口内にて分泌され
「ゴクリ…」
飲み込む。
ちきしょう!
俺の推理が間違いでないとするならば
こんなゲスなもんに俺の体は自然反応しちまってるっちゅうこっちゃ!
人間て
人間ていったい何なんだとか思っちまう。
そう思うウシ男を全く気にもせず
「いや、来てもらわないと困っちゃうからね、実際」
猫田は頃合いの麺をすくい上げ
「つ・じ・つ・ま・がっ!」
“チャッ!チャッ!”と余分な水分を力強く振り落としながら
「合わなくっ!」
“チャッ!チャッ!”
「なっちゃうっ!」
“チャッ!チャッ!”
「からねっ!」
“チャッ!チャッ!”
「っと!」
そっと繊細に湯切りした麺をどんぶりに滑らせ
軽くなじませた後
“肉片”とキザミネギ、海苔をそえて
「“この物語、沖縄編のつじつまが合わなくなっちゃう”からね」
ニコッと笑顔で
「めんそ~れ!『黒猫』へ!」
「!………」
「へい、おまち」
“ドンッ!”
とおっさんの目の前に『らーめん』を置いた。
「………」
らーめん屋台『黒猫』の、あの憎い行列の『らーめん』
「チッ!」
心は拒否するも
またまた溢れ出る唾液。
「どうぞ」
「いらねーさ」
「食べてみないと分からないよ。
おじさんが“気になっている事”も」
「うるせーさ」
“ぎゅるるるるる~”
と腹の虫が鳴く。
「チッ!」
「あははははは!
遠慮せずに食べなって!
勿論僕からのおごりだからさ」
「ごくり…。
い、いらねーさ!」
「のびちゃうよ」
「率直に聞こう。
このスープは何さ」
「ん?」
「何を煮込んだスープさ。
この肉は何さ。
何の肉さ。
答えろ。
答えろ!」
「もう。
だから食べてみればいいじゃんかぁ。
いけず~」
「ふざけるな!
答えろ!」
「んもう~」
なにやら手に取り
「はい」
猫田がウシ男の顔面に
ページが開かれた分厚い『本』を突きつける。
「ここ、読んで」
「………」
「ほら、ここ、読んで。
ね。
食べないと“先に進まない”し
“つじつまも合わない”でしょう?」
「何だ…この…『本』?」
「『らーめん』食べれば分かるって」
ウシ男に突きつけた『本』を引き寄せて
パラパラページをめくり。
「“おーい!『カエダマ』~!
と、僕が僕の飼い猫の名前を呼んで”」
「にゃーーー!」
猫が鳴く。
「“と鳴きながら、『カエダマ』はそれに答えておっさんの側へやってくる”」
猫が来る。
「!?」
その分厚い『本』を大声で読みあげ出す猫田。
「“もうどうでもいい様な気持ちになったおじさんは
おもむろに『黒猫』の『らーめん』をひとすすり!”」
どうしちゃったんだ?俺?
なんだか“もうどうでもいい様な”気持ちになってきちまったさ…
この“猫顔”の青年が
食べれば分かるっちゅうんなら
俺の推理の正解が紐解けるっちゅうんなら
別に拒む必要性もない訳だしさ…。
割り箸を手に取り
唾液いっぱいの口にくわえて真っ二つに割り裂いて
「そう!おもむろに!」
おもむろに『黒猫』の『らーめん』を
「ひとすすり!」
“ずずーーーっ”
「!!!!!!!?」
爆弾が爆発したかのように
活発に脳内がピストン運動を繰り返し!
ぐるぐると右脳と左脳が行ったり来たり!
広がったり縮まったり!
引き出したりしまったり!
『あそこ、“違法助産行為”ちょーやってっし
流産、死産の率がはんぱねー!
しかも、めっちゃ“医療ミス”!
死体のチョモランマ!
それが全て“意図的”?みたいなっ!
う・わ・さ。
そんでその死体の一部だけど~
行方不明にもなったりしてるらしいのら~!
必要以上に解剖したりしてるって話だしね~!
ギャハッ!
裏の組織との繋がりもあっし
闇金、裏金もちょー動いてっし
院長あれちょーやばいわっ!
あれヤクザだわっ!
とにかくう~、あそこはぁ~、今やぁ~
“老人と子供の墓場”~!?
みたいなっ?状態?みたいな?状態?みたいな……』
ついさっきの泥酔状態な『白烏(しらからす)』が叫んでいた事と
『ア・ハッピーニューイヤー!
ドヤ!
ゲンキデタヤロ!
イガイト、ニンゲン、デッカイヤン!
ステキヤン!
ステキトレビヤン!
カニバリズムヤ!
カニバリズムヤデェ!
ウマイヤロッ!
キガクルウホド
ウマイヤロッ!
ドナイヤネンッ!
コノアジ
オマエントコデ
ツカエルントチャウン!?
ドナイヤネンッ』
遠い昔、『エロマンガ島』の記憶と
そして
目の前にあるこの『黒猫』の『らーめん』が
ウシ男の“頭骸骨”内側にある“脳みそ”の中で
“ビビビッ”
と繋がった!
と同時の瞬間!
「よしっ!カエダマ!行け!」
足元に寄り添っていた『カエダマ』という名の猫が大きくジャンプ!
ウシ男の頭に飛び乗った!
「ふがっ!!!???」
そのまた瞬間!
「“僕、猫田が中華鍋でおじさんの顔面を殴打!!!”」
青年の“朗読”声が聞こえたかと思ったら
目の前に黒い重厚な塊がスローモーションで迫り来て
“グワワワ~~~ン”
『黒猫』閉店時に聞いた合図の様な透き通った音色を響かせ
ウシ男の意識中で火花が散った!
ゆっくり真後ろに倒れ込むおっさん。
一体何が起こったというのさ!?
意識が途切れる一瞬手前
ウシ男の目に飛び込んで来た物は
狂った笑みを浮かべる青年の猫顔と
その青年が手に持った分厚い『本』のタイトルだった。
『らーめん放浪記』
ポンコツテレビが見せる砂嵐の様な視界の後
まるで電源が切れたかのように
“プツッ”
とウシ男の意識が途切れた。
闇。
「陽罵琉カン太のおっさん!へい!おまち!」
屋台裏から『陽罵琉(やんばる)三兄弟』肉屋のカン太がニヤニヤしながら現れ
ウシ男の巨体を引きずって
再び屋台裏へと消えて行く。
猫『カエダマ』は外に飛び出し
屋台外壁の板にタックルかまし
“パタン”
と板が反転。
『はじまり!』
「にゃーーー!」
とひと鳴き。
そして
どこからともなく人が集まり
いつのまにかまた
屋台に行列が出来るのだった。
どれくらいの時間が過ぎたのだろう。
何も無いコンクリ打ちっぱなしの無機質な部屋で
ウシ男は意識を取り戻す。
“ゴギュウィーーーーーン!!”
凄い轟音。
何が起こっているのか理解する隙も与えられぬほどの
ウシ男にとっては意味不明な音&光景&雰囲気。
ヒュンヒュンと目の前を通りすぎる見覚えある顔“3つ”。
3つはどれもこれも無邪気に笑っているようだ。
重たい頭をブンブンと振り、さて起き上がろうとしたのだが
感覚が無い。
頭では起き上がっているのだが
おきあがっているといった“感覚”がまるっきし感じられないのだ。
おい!なんだ!?
と声を上げるも、口から出た言葉は
「あぷーーー」
自分という何もかもが思い通りにいっていない?
目玉をギョロリと下に向ける。
あれ?
俺って“足が無かった”っけ?
あそこに“転がってる”のって、俺の足?
「ひゃっほー!」
“ゴギュウィーーーーーン!!”
またしても轟音。
目玉を横に向けると
今まさに自分の腕が自分から“離れた”ところのようだ。
理解不能。
チェーンソーが頭上で回転している。
そのデカイ回転刃物が
ゆっくりと振り下ろされて
そこで初めてウシ男は気づく。
ああ
解体されちゃってるのね。
と。
そしてつぶやく。
「あぷーーーーでやぢゅーーっ(あはは。俺、死ぬわ)」
その後の一瞬!
ウシ男の脳裏に過去の美しい出来事が
パラパラ漫画の如く
無声映画の如く
駆け巡った。
愉快に楽しく『花』を歌いながら
陽罵琉三兄弟はるんるんにウシ男を切り刻む。
美声で
キレイに
ハモっちゃって。
「♪川は流れてどこどこゆくの
人も流れてどこどこゆくの♪」
あれ?
これって『走馬灯』ってやつ?
あはは。
なるほどー!
楽しかった日々
苦しくもあったが
結局全ては楽しさへ繋がっていたさな~。
「♪そんな流れがつくころには
花として 花として咲かせてあげたい♪」
美しいハーモニーはつづき
お?
これは『おばあ』の沖縄そば!
うまかったさな~。
でもやっぱこれさ!
『アンマー(母親)』のそば!
天下一品さ~!
『モッコ』…
お前のラフテー泣ける程美味かったさ~。
美味かったさ~。
「♪泣きなさい 笑いなさい
いつの日か いつの日か♪」
エロマンガ島。
あの味が忘れらんね~さ~。
人生後にも先にも
あんな美味くて怖いもん
食った事ないさ~。
もう1度
もう1度食いたかったさ~。
あの“ペドロ麺”
人肉
人骨
“ペドロ麺”
あはは。
何だか『伊丹十三・たんぽぽ』みたいさ。
おっかしくってわらっちゃうさ~。
あ~あ
なんでこんなに早く映像が駆け巡っちゃうんさ~。
もう終わっちゃうさ~。
未練?
無念?
そりゃそうさ~。
『ベ子』、ごめんさ~。
何か知らんが俺死んじゃうみたいさ~。
顔、洗えよ。
宿題やれよ。
歯みがけよ。
また、あの世で~!
死体は桜の木の下に埋めてくれさ~。
毎年キレイな花をさかせるからさ~。
『ベ子』
お前に会う為に
お前に会う為に
花を咲かせるからさ~。
あんせ~や!ぐぶり~さびら!
(じゃ~ね!さよなら~!)
「♪花を咲かそうよ♪」
「ひゃほほ~う!!!」
長男『陽罵琉トン吉』の愉快な掛け声とともに
ウシ男のコンセントは抜かれ
ただの
肉
骨
となったのだった。
そして
それは皮肉にも
ウシ男のもっとも身近な存在の体内に入るという形で
再び最愛の人とめぐり合う事になるのだが
決して
決して花を
花を咲かす事は無いのだった。
『ウシ男』
臨終。
♪パララ~ララ
パラララララ~~~♪
街に夜鳴きの音(ね)が響く。
めけめけ~。
『らーめん放浪記』つづく。
(注)この物語はフィクションです。
登場する人物、建物、団体名等はすべて
架空のものです。
写真。野良猫、駅猫。
にゃーーー。
〈1-(14)・沖縄〉
ウシ男は屋台に並ぶ行列を無理矢理掻き分け
強引に
そして乱暴に『黒猫』の“のれん”をくぐり
「おい!人に人を食わせて儲けてそんなにうれしいか!」
一瞬凍りつく間。
「………」
「共食いさせてうれしいのか!おい!」
そして
何食わぬ顔で
らーめん屋台店主『猫田 麺吉(ねこた めんきち)』が
怒鳴り込むシーサーに答えた。
「いらっしゃい」
笑っているのかヒキツっているのか
どちらとも取れる不思議な表情の猫田を
狂った目付きで睨みつけるウシ男。
そんな2つの“山”をぴょんぴょんと飛び越えて
猫が屋台外壁にかけられた板にタックルをかます。
『はじまり!』と殴り書かれたそれがクルリ反転し
『おわり!』
猫田が“銅鑼”の様な中華鍋を思い切り叩く。
“グワヮヮヮ~~~ン”
透き通った良い音色が夜空に響き渡り
「にゃーーーっ」
猫が鳴く。
それが閉店を知らせる合図であるのか
たちまち行列の輪が崩れ
人々はまるで蜘蛛の子を散らしたかの様に
夜の那覇市街へとワラワラ消えて行った。
睨みを決め込んでいたウシ男が、そんな光景をポカンと見送る。
不平不満を言うでもなく
“はじまり”が来れば淡々と行列をつくり
“おわり”となれば黙ってさってゆく。
ここではここの『決まり』があり
それに基づき全てが動いているかの様。
暗黙の了解。
不思議でならないさ、納得がいかないさ
おかしな感情がおっさんの中心でトグロを巻いていた。
「何故客を帰したさ?」
ウシ男がそう口火を切ろうとした瞬間
それよりも先に
「何故客を帰したかって?」
猫田が切り出す。
「!?……」
「それはおじさんがそうして欲しそうだったからさ」
なんさこいつ。
「食べるでしょ?」
麺の塊を乱暴にズンドウへ投げ入れる猫田。
乳白色の塊がフワリほどけて
グツグツ煮え立つ湯の中で海草の様にやわらかく踊る。
『どんぶり』に何やら2種類の液体を入れ
腰に手をあてながらジッとズンドウの中身を見つめている。
そんな猫田をカウンターごしにジッと見つめるおっさんウシ男。
俺の推理が間違いでないとするならば
今、目の前で『らーめん』とやらを作っているこの青年は
“人として究極してはいけない信じられない行為”で商いをしているさ。
こいつが手を下しているのか
はたまた他人が“さばいた”ものを“仕入れて”いるのか
どちらにしても最低な行為であって
最低な“スープ”さ。
もし、例えば俺の身内が“さばかれて”いたとしたならば
そんな許せねえ事は無いし
俺が“煮込まれた”として、それをまた他人に“摂取”され
他人の血や肉や骨となり
そいつがまた“さばかれた”としたならば
“人間として”そんな情けねえ事は無えさ。
遠い遠い記憶…
あの日の
あの島の記憶…
『ポール・マッカチン』との
『ペドロ』との
あの日の記憶…
『カニバリズム』
ウシ男の考えを断ち切るかのように
「来ると思ってたよ。おじさんがここに」
どんぶりに“スープ”を注ぎ込みつつ猫田。
凄い香り!
凄く上品な…香り。
自然と多量の唾液がウシ男の口内にて分泌され
「ゴクリ…」
飲み込む。
ちきしょう!
俺の推理が間違いでないとするならば
こんなゲスなもんに俺の体は自然反応しちまってるっちゅうこっちゃ!
人間て
人間ていったい何なんだとか思っちまう。
そう思うウシ男を全く気にもせず
「いや、来てもらわないと困っちゃうからね、実際」
猫田は頃合いの麺をすくい上げ
「つ・じ・つ・ま・がっ!」
“チャッ!チャッ!”と余分な水分を力強く振り落としながら
「合わなくっ!」
“チャッ!チャッ!”
「なっちゃうっ!」
“チャッ!チャッ!”
「からねっ!」
“チャッ!チャッ!”
「っと!」
そっと繊細に湯切りした麺をどんぶりに滑らせ
軽くなじませた後
“肉片”とキザミネギ、海苔をそえて
「“この物語、沖縄編のつじつまが合わなくなっちゃう”からね」
ニコッと笑顔で
「めんそ~れ!『黒猫』へ!」
「!………」
「へい、おまち」
“ドンッ!”
とおっさんの目の前に『らーめん』を置いた。
「………」
らーめん屋台『黒猫』の、あの憎い行列の『らーめん』
「チッ!」
心は拒否するも
またまた溢れ出る唾液。
「どうぞ」
「いらねーさ」
「食べてみないと分からないよ。
おじさんが“気になっている事”も」
「うるせーさ」
“ぎゅるるるるる~”
と腹の虫が鳴く。
「チッ!」
「あははははは!
遠慮せずに食べなって!
勿論僕からのおごりだからさ」
「ごくり…。
い、いらねーさ!」
「のびちゃうよ」
「率直に聞こう。
このスープは何さ」
「ん?」
「何を煮込んだスープさ。
この肉は何さ。
何の肉さ。
答えろ。
答えろ!」
「もう。
だから食べてみればいいじゃんかぁ。
いけず~」
「ふざけるな!
答えろ!」
「んもう~」
なにやら手に取り
「はい」
猫田がウシ男の顔面に
ページが開かれた分厚い『本』を突きつける。
「ここ、読んで」
「………」
「ほら、ここ、読んで。
ね。
食べないと“先に進まない”し
“つじつまも合わない”でしょう?」
「何だ…この…『本』?」
「『らーめん』食べれば分かるって」
ウシ男に突きつけた『本』を引き寄せて
パラパラページをめくり。
「“おーい!『カエダマ』~!
と、僕が僕の飼い猫の名前を呼んで”」
「にゃーーー!」
猫が鳴く。
「“と鳴きながら、『カエダマ』はそれに答えておっさんの側へやってくる”」
猫が来る。
「!?」
その分厚い『本』を大声で読みあげ出す猫田。
「“もうどうでもいい様な気持ちになったおじさんは
おもむろに『黒猫』の『らーめん』をひとすすり!”」
どうしちゃったんだ?俺?
なんだか“もうどうでもいい様な”気持ちになってきちまったさ…
この“猫顔”の青年が
食べれば分かるっちゅうんなら
俺の推理の正解が紐解けるっちゅうんなら
別に拒む必要性もない訳だしさ…。
割り箸を手に取り
唾液いっぱいの口にくわえて真っ二つに割り裂いて
「そう!おもむろに!」
おもむろに『黒猫』の『らーめん』を
「ひとすすり!」
“ずずーーーっ”
「!!!!!!!?」
爆弾が爆発したかのように
活発に脳内がピストン運動を繰り返し!
ぐるぐると右脳と左脳が行ったり来たり!
広がったり縮まったり!
引き出したりしまったり!
『あそこ、“違法助産行為”ちょーやってっし
流産、死産の率がはんぱねー!
しかも、めっちゃ“医療ミス”!
死体のチョモランマ!
それが全て“意図的”?みたいなっ!
う・わ・さ。
そんでその死体の一部だけど~
行方不明にもなったりしてるらしいのら~!
必要以上に解剖したりしてるって話だしね~!
ギャハッ!
裏の組織との繋がりもあっし
闇金、裏金もちょー動いてっし
院長あれちょーやばいわっ!
あれヤクザだわっ!
とにかくう~、あそこはぁ~、今やぁ~
“老人と子供の墓場”~!?
みたいなっ?状態?みたいな?状態?みたいな……』
ついさっきの泥酔状態な『白烏(しらからす)』が叫んでいた事と
『ア・ハッピーニューイヤー!
ドヤ!
ゲンキデタヤロ!
イガイト、ニンゲン、デッカイヤン!
ステキヤン!
ステキトレビヤン!
カニバリズムヤ!
カニバリズムヤデェ!
ウマイヤロッ!
キガクルウホド
ウマイヤロッ!
ドナイヤネンッ!
コノアジ
オマエントコデ
ツカエルントチャウン!?
ドナイヤネンッ』
遠い昔、『エロマンガ島』の記憶と
そして
目の前にあるこの『黒猫』の『らーめん』が
ウシ男の“頭骸骨”内側にある“脳みそ”の中で
“ビビビッ”
と繋がった!
と同時の瞬間!
「よしっ!カエダマ!行け!」
足元に寄り添っていた『カエダマ』という名の猫が大きくジャンプ!
ウシ男の頭に飛び乗った!
「ふがっ!!!???」
そのまた瞬間!
「“僕、猫田が中華鍋でおじさんの顔面を殴打!!!”」
青年の“朗読”声が聞こえたかと思ったら
目の前に黒い重厚な塊がスローモーションで迫り来て
“グワワワ~~~ン”
『黒猫』閉店時に聞いた合図の様な透き通った音色を響かせ
ウシ男の意識中で火花が散った!
ゆっくり真後ろに倒れ込むおっさん。
一体何が起こったというのさ!?
意識が途切れる一瞬手前
ウシ男の目に飛び込んで来た物は
狂った笑みを浮かべる青年の猫顔と
その青年が手に持った分厚い『本』のタイトルだった。
『らーめん放浪記』
ポンコツテレビが見せる砂嵐の様な視界の後
まるで電源が切れたかのように
“プツッ”
とウシ男の意識が途切れた。
闇。
「陽罵琉カン太のおっさん!へい!おまち!」
屋台裏から『陽罵琉(やんばる)三兄弟』肉屋のカン太がニヤニヤしながら現れ
ウシ男の巨体を引きずって
再び屋台裏へと消えて行く。
猫『カエダマ』は外に飛び出し
屋台外壁の板にタックルかまし
“パタン”
と板が反転。
『はじまり!』
「にゃーーー!」
とひと鳴き。
そして
どこからともなく人が集まり
いつのまにかまた
屋台に行列が出来るのだった。
どれくらいの時間が過ぎたのだろう。
何も無いコンクリ打ちっぱなしの無機質な部屋で
ウシ男は意識を取り戻す。
“ゴギュウィーーーーーン!!”
凄い轟音。
何が起こっているのか理解する隙も与えられぬほどの
ウシ男にとっては意味不明な音&光景&雰囲気。
ヒュンヒュンと目の前を通りすぎる見覚えある顔“3つ”。
3つはどれもこれも無邪気に笑っているようだ。
重たい頭をブンブンと振り、さて起き上がろうとしたのだが
感覚が無い。
頭では起き上がっているのだが
おきあがっているといった“感覚”がまるっきし感じられないのだ。
おい!なんだ!?
と声を上げるも、口から出た言葉は
「あぷーーー」
自分という何もかもが思い通りにいっていない?
目玉をギョロリと下に向ける。
あれ?
俺って“足が無かった”っけ?
あそこに“転がってる”のって、俺の足?
「ひゃっほー!」
“ゴギュウィーーーーーン!!”
またしても轟音。
目玉を横に向けると
今まさに自分の腕が自分から“離れた”ところのようだ。
理解不能。
チェーンソーが頭上で回転している。
そのデカイ回転刃物が
ゆっくりと振り下ろされて
そこで初めてウシ男は気づく。
ああ
解体されちゃってるのね。
と。
そしてつぶやく。
「あぷーーーーでやぢゅーーっ(あはは。俺、死ぬわ)」
その後の一瞬!
ウシ男の脳裏に過去の美しい出来事が
パラパラ漫画の如く
無声映画の如く
駆け巡った。
愉快に楽しく『花』を歌いながら
陽罵琉三兄弟はるんるんにウシ男を切り刻む。
美声で
キレイに
ハモっちゃって。
「♪川は流れてどこどこゆくの
人も流れてどこどこゆくの♪」
あれ?
これって『走馬灯』ってやつ?
あはは。
なるほどー!
楽しかった日々
苦しくもあったが
結局全ては楽しさへ繋がっていたさな~。
「♪そんな流れがつくころには
花として 花として咲かせてあげたい♪」
美しいハーモニーはつづき
お?
これは『おばあ』の沖縄そば!
うまかったさな~。
でもやっぱこれさ!
『アンマー(母親)』のそば!
天下一品さ~!
『モッコ』…
お前のラフテー泣ける程美味かったさ~。
美味かったさ~。
「♪泣きなさい 笑いなさい
いつの日か いつの日か♪」
エロマンガ島。
あの味が忘れらんね~さ~。
人生後にも先にも
あんな美味くて怖いもん
食った事ないさ~。
もう1度
もう1度食いたかったさ~。
あの“ペドロ麺”
人肉
人骨
“ペドロ麺”
あはは。
何だか『伊丹十三・たんぽぽ』みたいさ。
おっかしくってわらっちゃうさ~。
あ~あ
なんでこんなに早く映像が駆け巡っちゃうんさ~。
もう終わっちゃうさ~。
未練?
無念?
そりゃそうさ~。
『ベ子』、ごめんさ~。
何か知らんが俺死んじゃうみたいさ~。
顔、洗えよ。
宿題やれよ。
歯みがけよ。
また、あの世で~!
死体は桜の木の下に埋めてくれさ~。
毎年キレイな花をさかせるからさ~。
『ベ子』
お前に会う為に
お前に会う為に
花を咲かせるからさ~。
あんせ~や!ぐぶり~さびら!
(じゃ~ね!さよなら~!)
「♪花を咲かそうよ♪」
「ひゃほほ~う!!!」
長男『陽罵琉トン吉』の愉快な掛け声とともに
ウシ男のコンセントは抜かれ
ただの
肉
骨
となったのだった。
そして
それは皮肉にも
ウシ男のもっとも身近な存在の体内に入るという形で
再び最愛の人とめぐり合う事になるのだが
決して
決して花を
花を咲かす事は無いのだった。
『ウシ男』
臨終。
♪パララ~ララ
パラララララ~~~♪
街に夜鳴きの音(ね)が響く。
めけめけ~。
『らーめん放浪記』つづく。
(注)この物語はフィクションです。
登場する人物、建物、団体名等はすべて
架空のものです。
写真。野良猫、駅猫。
にゃーーー。