翌朝。
午前9時きっかり。
今日もセミナーが始まった。
毎度お馴染みタコトレーナーがマイク片手に朝の挨拶。
「おはようございます」
挨拶を返す参加者連中。
「おはようございます!」
「いよいよ今回のこのセミナーも4日目となりました」
「すみません!」
「……え~」
「すみませんトレーナー!
ちょっと良いすか!」
割って入ったのは秋翔。
話の腰を折られた形で機嫌を損ねるタコトレーナーだが
“死んだ鯖の目の笑顔”で秋翔に話を促す。
「はい、どうぞ超天狗君。
何ですか?」
「鼠先輩が、いなくなりました」
「ではセミナーをはじめます」
「え?」
「本日4日目もこちらからご覧頂きましょう」
「…え!?」
“パチンッ”
タコトレーナーの合図で会場は闇に包まれ
お馴染みの映像が流された。
「ちょっ……あの……
えぇ!?」
秋翔1人立ち尽くし呆ける。
こちらも又お馴染みの曲。
初日から何も変わらぬ朝である。
♪We Are The ミート
We Are The チルドで
We Are The ボーン
今日の良き日に 良き人の為に
あちこちチョイスされ
新たに生まれ変わる
それが我々の理想郷♪
『らーめん放浪記』
〈2-(27)・スペースタコワールド&福岡〉
「“3ピースバンド『OCTOPUS ARMY』で『We Are The ミート』聴いて頂きました。
オツムパッカァ~!私ぁこの曲大嫌い!
聴いてっとムラムラしてくるんだよねぇ。
何故か“食われたく”なってきちゃう!
“この身を捧げたく”なっちゃう!
何に?誰に?
良ぅ分からんけど食われるなんて遠慮したいねぇ。
んもう危険これ!大っ嫌い!
じゃ何で流したの?
当番組『午後サタ』プロデューサーからのリクエストでした!
こらこら何のこっちゃ!おい!プロデューサー!
あんたは趣味悪っ!
なんつってそんなプロデューサーは只今向こうでニヤニヤしとります。
あぁこりゃヘラヘラとも言うのんかいな。
こらっ!何をニヤけとるんじゃ!
何をヘラけとるんじゃ!
シャキッとせい!シャキッと!
…はっはぁ~…
…ありゃまぁこれまた踊っとるわ。
プロデューサー蛸入道みたいにくねくねとタコダンスしとる。
ご機嫌だね~。
こりゃ!ご機嫌は良いが仕事中に何踊っとんじゃ!
シャキッとせい!シャキッと!
全くこりゃこりゃ、つべこべつべこべ…
っちゅう訳で相変わらず福岡県に未だ監禁状態!
愛しき東京へ帰れずにおります人気絶頂落語家
わたくし『熊猫家 康康(ぱんだや かんかん)』が
え~毎度毎度な『ばってんメンタイラジオ放送局・博多親不孝通りスタジオ』より
もういい加減ホームシックのオツムパッカァ~状態にて
今日も病気気味にお送り致しておりまっす。
あははぁ。
福岡県警も何をモタモタやっとるかねぇまったく。
私の弟子『飛飛(ふぇいふぇい)』殺害事件の捜査も暗礁に乗り上げ
そのまま今九州は様々な摩訶不思議事件が多発しとります。
そう!
つい先日もこのスタジオの直ぐ近所にありますライブハウス『チロルチョコ・FUKUOKA』のクロークから
そりゃもうおびただしい数の“シャレコーベ”が出てきたとかで事件になっとりましたわ。
洒落た神戸違いますよ皆さん!
シャレコーベですよ!ガイコッツですよ皆さん!
どーなっとるのかね九州っ子諸君よ!
どーなっとるのかね警察諸君よ!
もっと頭使って捜査せい!
あんたらのオツムはパッカ~かいな!
とにもかくにも早いトコなんとかしてちょ~だいっ!
ってな具合でここでちょいと報道センターからニュースですと。
ほいほい、良いニュース伝えてよ~!
『ゾンビ』さぁ~ん!
はい、『存尾(ゾンビ)』です。
ニュースをお伝えします。
大分県セントポルタ商店街連続放火骨無し事件の続報です。
最初の被害に遭い未だ行方不明となっている精肉店『三匹のこぶた』の店主
『豚舌 トン吉(ぶたした とんきち)』さんの物とみられるバッグが今日
福岡県はJR久留米駅前にありますカラクリ時計の中から発見されました。”」
「ブーーーーーーーーーーーーーーッ!」
“キキーッ!”
「うわぁっ!」
突然な友人『ブータン』の叫びに反応し
思わずハイウェイで急ブレーキを踏んでしまった『地頭鶏 燻(じとっこ いぶし)』!
宮崎から福岡方面へと急いでいた燻の車は左右にグラグラと揺れ
一旦追い越し車線を跨いだ後に左へ寄って減速
ドライブイン入口近くの路肩でなんとか停車した。
幸い周囲を走る車が無かったから事故は免れたものの
一歩間違えたら大惨事となる所だったろう。
「あわ…あわわ…まっことヤバかぁ…」
「な、何ね!ブータンどうした急に!
ビックリしたがね!」
「あわわ…兄ちゃんが…?」
「え?」
「ブータンの…兄ちゃんの店が…?」
「え?何?
まさか今のニュースの」
「あわわ…大変な事になったとブー…」
『豚舌 トン吉』はブータンの兄だったようだ。
ブータンはラードの様な脂汗を滝のように流し
完全に気が動転し游いだ眼で燻を見つめていた。
ブータンに兄弟がいたなんて燻はこの瞬間までまるで知らずにいた。
長い付き合いではあるが、そういえば身辺に関する話はトンとした事がない。
「ブータン…兄弟いたんだ…」
「あわわ…こげんコツになるんなら…
兄弟仲良う店を継いどれば良かったブー…」
両親から譲り受けた肉屋の経営で揉めて
若かりしブータンは実家を飛び出したのだそうだ。
「こげんニュースじゃ情報薄すぎちょって何も判断できんとよブータン」
「あわわ…あわわ…」
「大丈夫!
お兄さんばきっと生きとぅとよ!」
ニュースをあまり見ない燻とブータンにとって
このニュースの内容はどうやら遅れた情報のようだった。
“事件の続報”?“未だ行方不明”?
時は既に流れている。
根拠の無い燻の“大丈夫!”は壊れたブータンには全く届かない。
「あわわ…イブシさん…」
「ん?」
「ブータンここでおろしてくだしゃいブー…」
「え、ブ、ブータンここ高速の上だぞ?」
「おろしてくだしゃいブー…」
「そんな…こげな所でおりてどうするとよ」
「ブータン大分に戻りますブー…」
「お!…大分!?
今から!?ここから!?
ブータンここもう福岡とよ!」
「ブータン大分行きますブー!
兄ちゃんとこ行きますブー!
今すぐここから大分向かいますブー!」
眼の焦点が定まっておらず
パニックに犯され動揺しきって頭かき乱した様な状態のブータン。
「…ブー…タン…」
「イブシさん!イブシさん!イブシさん!イブシさん!
ブー!ブー!ブー!ブー!」
「分かった!!!
分かったよブータン…」
燻はブータンの肩を強く抱いた。
「大分行きな!
今すぐお兄さんトコ行ってやりな!ブータン!」
「イブシさんっ!イブシさんっ!
ブーッ!ブーッ!ブーッ!ブーッ!」
ブータンの瞳から真珠の様な大粒の涙が止めどなく流れ落ちた。
幸い直ぐそこがドライブインだ。
そこからブータンをタクシーに乗せて大分へ向かわせよう。
ブータンにとって大切なお兄さんがいるように
自分には…
そう自分には大切な妹『コケ子』が博多で“助け”を待っているのだ!
もたもたは禁物。
ブータンには悪いが先を急がねばならない!
燻がひとまず車をドライブインへ移動させようとしたその時
いきなりブータンがフラフラと車から飛び降りた!
「!?
ブータン!?
ちょっと待って!」
カーラジオからは未だ呑気な『午後サタ』康康の声が流れている。
「“……なんて事件が続くと不安でしゃあないわ。
どの事件も全部繋がってんじゃないの?
裏でデカい組織や企業の影がチラリズム!
なんちゅう根拠無い事言ってたらバチ当たりますわな。
バチが当たったらえらいこっちゃ。
本当リアルに“オツムパッカ~”されちゃう。
お~怖っ!
明日は我が身なんて考えちゃうわな。
どうせ死ぬなら私ぁやっぱり咄家として寄席で死にたいわぁ。
お得意のこばなしで寄席の爆笑かっさらった後に死す。
粋だねぇ!
どーでも良い所で訳も分からず死にとぅ無いわな。
そう!まさにこんなラジオ局のスタジオなんか嫌だねぇ。
死んでも嫌だ。
あ、死んだら嫌も糞も無ぇか。
なははははは!
んじゃまここらで1曲。
え~長崎県はラジオネーム『不眠症』さんからのリクエスト。
お!『不眠症』さん!常連さんだ!
有難いねぇ!
皆さんもどしどしお便りちょーだいね~!
オツムパッカァ~!
リクエストは?なになに?
懐かしヒーロー『愛の戦士レインボーマン』の敵組織『死ね死ね団』の団歌
『キャッツアイズ&ヤングフレッシュ』で『死ね死ね団のテーマ』。
ほっほ~う。
私ぁ『We Are The ミート』なんかよりこっちの方が好きだわぁ!
はい、どうぞ!”」
「WAO~~~!!!
ビンゴビンゴビンゴッ!」
こちらはまたハイウェイを爆走する軽トラック『(有)根津工務店』御一行。
「3戦3勝!リクエスト3度目通過ネッ!」
リクエスト曲が大好きなラジオ番組でかかりご機嫌な
銃刀法違反で指名手配中の外人『梟(ふくろう)・デ・リトマス』。
「がははっ!ご機嫌よのぅ!リトマスよぅ!」
ハンドル握るはこちらも同じく指名手配中の青年『根津 実』。
「あうあうあ~!」
助手席で大人しく包帯ぐるぐるミイラの青年『瓜坊』。
こちらの3人も大切な仲間である秋翔を“かっさらいに”
いざ博多へと向かっていた。
カーラジオ大爆音!
リトマスリクエストの『死ね死ね団のテーマ』が流れる。
「“♪しね!しね!しねしねしねしねしんじまえ~
黄色いブタめをやっつけろ~
金で心をよごしてしまえ!
しね!(あ~)しね!(う~)しねしね~
日本人は邪魔っけだ!”」
“軽(有)根津工務店”がノリノリで上下にバウンドしている。
「サッスガMEガ尊敬スル康康師匠!
デカイ組織ヤ企業ガ絡ム!
『アウアウ』ノブログ情報カラシタラ
ズバリ!ビンゴタイ!
ナァ!アウアウ!」
「あうあ~!」
「バリタコインターナショナルKKタイ!」
興奮気味に跳び跳ねるリトマス。
“ボヨ~ン!ボヨ~ン!ボヨ~ン!”
「危なかばってんリトマスあまり跳び跳ねんとね」
ハンドル握り直す秋翔。
スピードが増す。
車のバウンドも増す。
ついでにカーラジオのボリュームも増した。
「“黄色い日本ぶっつぶせ!
しねしねしね しねしねしね
世界の地図から消しちまえっ!
しね!
しねしねしね~
しねしねしね~♪”」
「♪黄色イ日本シネシネ~!
真ッ赤ナ『晴流屋』シネシネ~♪
ハッハッハッ!」
曲が曲だけに、歌に紛れて日本批判する外人リトマス。
助手席で大はしゃぎ!
シートがきしむ尻バウンド!
東京タワーのキーホルダーも強く揺れる。
「おいおい一応俺と瓜坊日本人よ。
日本に魂ば売りよった外人のクセしよって
こん後に及んで日本批判とは
こら!リトマス気!何ば歌っちょろうかいね!」
「ガッハハハハハ!」
なんてジャレていると
突然!
何者かがフラフラとハイウェイ道に現れた!
片手でこちらに手を振っている!?
「!!!?」
秋翔慌ててハンドルを若干右にきる!
“キッ!”
とタイヤが軋んだ!
「ブータン!」
「!?」
もう1人別な男が現れた!
停車している車から降りて先の男に近寄ってゆく!
「何ば!?」
「新手ノヒッチハイカーカッ!?」
間一髪!
“キッ!キキーッ!!!”
秋翔は“それら”をかわす!
軽自動車(有)根津工務店はそのまま猛スピードで博多方面へと消えて行った。
“ブーーーーーンッ!!!”
「ブータン!何しちょる!危なかよ!」
「あわわ…ヒッチハイクブー。
ブータンの事はブータンでどうにかするブー。
イブシさんは博多へ…
コケ子ちゃんばおる博多へ…」
“ドーーーーーンッ!”
「!?ブーーーーッ!」
「へ?」
い・き・な・り・!?
どこからともなく現われよった?
“黒塗りのベンツ”が?
ブータンに体当たり?
身体が弾かれたブータンは?
回転しながら宙を舞う?
空飛ぶブタ?
ブータンは?
まるで一流新体操選手の演技みたいに?
綺麗な軌道を描きながら空中を移動して?
路肩の植木に?
“ドサーッ!グチャッ…”
ブータン?
“ドガドガーーーーーーンッ!”
「へ?」
またまたどこからともなく別な“黒塗り”が?
自分のお気に入りの車『ミニ』に激突?
ベーゴマみたいにぐるぐる回転して?
ブータンが落ちたより少し手前の?
路肩の植木に突っ込んだ?
あは…あははは…
目の前で凄い惨事が繰り広げられているのに
静かだ。
とても静かにゆっくりと時が流れている。
まるで映画のコマ送りだ。
こんな現状目の当たりにしたら
叫んで気狂うのが普通だろうが
何だろう、この穏やかな心持ちは。
あぁブータンが?
何者かに抱えられ?
“黒塗り”に引きずり込まれてゆく?
あれ?
何かこっちにも来たぞ?
イカツイ男が数人?
笑ってる?
“死んだ鯖の目”で笑ってる?
男の拳が?
俺の顔面に?
近づいて来る?
近づいて来る?
あと数十センチ?
あと数センチ?
あと数ミリ?
拳がデカく見えて?
“バチコーンッ!”
あれ?
何が起こった?
俺、男達に抱えられ?
“黒塗り”のトランクに放りこまれ?
“バタンッ”
意識が遠退き?
黒く塗り潰された。
こうしてブータンと燻は
何者かによって拉致られたのだった。
大破した燻お気に入りミニのカーラジオからは
『午後サタ』康康の軽快トークが
半ばショート気味に流れていた。
「“ジザー…♪…ね…しねしね…♪
オツムパッカァ~!
長崎県『不眠症』さんからの悪趣味なリクエストでしたぁザザ…
死ね死ね言っても死んだらダメよぉ。
おい!マジで。
さぁて続きましては…ジザー…
へ?何?
何よプロデューサー
スタジオ入って来ちゃって
ん?
ザザ…!……
へ?何?
ザザ…おい…“物騒な物”持ってよ、おいおい…
ザ…おいこら!…ジザザザー…
何のつもりザザザ…
わ…わわ…止めろキサマッ!
“ゴッ!!!”
ジザー…
なっははっ…ザザ
あれ?あれれ?
頭から大量出血?
な、なっははははははははははははは!!!
おいこらっ!これってザザ…
オツムパッカァーーーじゃないかいっ!
“ドサッ…”
キュインジザーーーーーー……”」
落語家、熊猫家康康はラジオ生番組中に姿を消し
拉致られた。
「ちょっ…と…何だよこれ…」
たたずんだままの秋翔を他所にいつもの映像は消え
代わりに会場を明かりが包む。
福岡県北九州市八幡『スペースタコワールド』内セミナー会場Eastホール。
「立派な他己になるべくおこなって来た実習も
本日を含めて残す所あと2日となりました」
いきなり喋りだすタコトレーナー。
「え?…タコ…トレーナー?
っちゅうかおい!おっさんよ!
鼠先輩がいなくなっちまったって言ってんだろうがよっ!」
「では早速本日の実習をはじめたいと思います」
秋翔などお構い無し。
叫びは虚しく宙に散る。
「おい!」
「が、その前に」
「へ?」
「頑張っている皆さんにご褒美です。
究極のご馳走を振る舞って差し上げましょう。
出でよ!タコタコシェフ!
チュウチュウ!」
タコトレーナーの合図に合わせて後方の暗幕が勢いよく左右に開かれた!
と同時に
♪ゴォ~~~ン!♪
銅鑼の音が響き
チャイニーズソングが会場に流れて~♪
なんと“らーめん屋台”が現れたではないか!
真っ黒な屋台。
看板には屋号『黒猫』の文字。
その前にショボくれた爺さんとふくれた猫顔の若者
それに猫が1匹仁王立ちしている。
何やらバスケットボールくらいの塊を片手に掲げ
爺さんが口を開いた。
「ニーハオッ!諸君!」
会場がザワつく。
と!!!
「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
後方から悲鳴が!
秋翔の姉『夏子』である!
夏子は目玉をひんむいて
全身を小刻みに震わせその場にしゃがみこんだ。
「…あお…はる…さん……」
一気に失禁する夏子!
秋翔は突如現れた謎のらーめん屋爺さんの手元を睨み付けていた。
爺さんの掲げていた塊は
明らかに“人間の頭”だった。
「ん?何じゃ?
青春さんは美味しいぞ!
それ!」
爺さんはスープの入ったズンドウにその“頭”を放り入れた。
“ドポーーーン”
「もう、爺さん大人しくしてろよぉ!」
「ガッハハハハハ!」
空気の読めぬ爺さんに
猫が鳴き声で突っ込む。
“ニャーーーッ”
魅惑的な香りとチャルメラのメロディが
会場を包み込むのだった。
♪パララ~ララ
パラララララ~~~♪
街に夜鳴きの音(ね)が響く。
めけめけ~。
『らーめん放浪記』つづく。
(注)この物語はフィクションです。
写真。浅草花やしきで買ったストラップ。
パンダカー!
午前9時きっかり。
今日もセミナーが始まった。
毎度お馴染みタコトレーナーがマイク片手に朝の挨拶。
「おはようございます」
挨拶を返す参加者連中。
「おはようございます!」
「いよいよ今回のこのセミナーも4日目となりました」
「すみません!」
「……え~」
「すみませんトレーナー!
ちょっと良いすか!」
割って入ったのは秋翔。
話の腰を折られた形で機嫌を損ねるタコトレーナーだが
“死んだ鯖の目の笑顔”で秋翔に話を促す。
「はい、どうぞ超天狗君。
何ですか?」
「鼠先輩が、いなくなりました」
「ではセミナーをはじめます」
「え?」
「本日4日目もこちらからご覧頂きましょう」
「…え!?」
“パチンッ”
タコトレーナーの合図で会場は闇に包まれ
お馴染みの映像が流された。
「ちょっ……あの……
えぇ!?」
秋翔1人立ち尽くし呆ける。
こちらも又お馴染みの曲。
初日から何も変わらぬ朝である。
♪We Are The ミート
We Are The チルドで
We Are The ボーン
今日の良き日に 良き人の為に
あちこちチョイスされ
新たに生まれ変わる
それが我々の理想郷♪
『らーめん放浪記』
〈2-(27)・スペースタコワールド&福岡〉
「“3ピースバンド『OCTOPUS ARMY』で『We Are The ミート』聴いて頂きました。
オツムパッカァ~!私ぁこの曲大嫌い!
聴いてっとムラムラしてくるんだよねぇ。
何故か“食われたく”なってきちゃう!
“この身を捧げたく”なっちゃう!
何に?誰に?
良ぅ分からんけど食われるなんて遠慮したいねぇ。
んもう危険これ!大っ嫌い!
じゃ何で流したの?
当番組『午後サタ』プロデューサーからのリクエストでした!
こらこら何のこっちゃ!おい!プロデューサー!
あんたは趣味悪っ!
なんつってそんなプロデューサーは只今向こうでニヤニヤしとります。
あぁこりゃヘラヘラとも言うのんかいな。
こらっ!何をニヤけとるんじゃ!
何をヘラけとるんじゃ!
シャキッとせい!シャキッと!
…はっはぁ~…
…ありゃまぁこれまた踊っとるわ。
プロデューサー蛸入道みたいにくねくねとタコダンスしとる。
ご機嫌だね~。
こりゃ!ご機嫌は良いが仕事中に何踊っとんじゃ!
シャキッとせい!シャキッと!
全くこりゃこりゃ、つべこべつべこべ…
っちゅう訳で相変わらず福岡県に未だ監禁状態!
愛しき東京へ帰れずにおります人気絶頂落語家
わたくし『熊猫家 康康(ぱんだや かんかん)』が
え~毎度毎度な『ばってんメンタイラジオ放送局・博多親不孝通りスタジオ』より
もういい加減ホームシックのオツムパッカァ~状態にて
今日も病気気味にお送り致しておりまっす。
あははぁ。
福岡県警も何をモタモタやっとるかねぇまったく。
私の弟子『飛飛(ふぇいふぇい)』殺害事件の捜査も暗礁に乗り上げ
そのまま今九州は様々な摩訶不思議事件が多発しとります。
そう!
つい先日もこのスタジオの直ぐ近所にありますライブハウス『チロルチョコ・FUKUOKA』のクロークから
そりゃもうおびただしい数の“シャレコーベ”が出てきたとかで事件になっとりましたわ。
洒落た神戸違いますよ皆さん!
シャレコーベですよ!ガイコッツですよ皆さん!
どーなっとるのかね九州っ子諸君よ!
どーなっとるのかね警察諸君よ!
もっと頭使って捜査せい!
あんたらのオツムはパッカ~かいな!
とにもかくにも早いトコなんとかしてちょ~だいっ!
ってな具合でここでちょいと報道センターからニュースですと。
ほいほい、良いニュース伝えてよ~!
『ゾンビ』さぁ~ん!
はい、『存尾(ゾンビ)』です。
ニュースをお伝えします。
大分県セントポルタ商店街連続放火骨無し事件の続報です。
最初の被害に遭い未だ行方不明となっている精肉店『三匹のこぶた』の店主
『豚舌 トン吉(ぶたした とんきち)』さんの物とみられるバッグが今日
福岡県はJR久留米駅前にありますカラクリ時計の中から発見されました。”」
「ブーーーーーーーーーーーーーーッ!」
“キキーッ!”
「うわぁっ!」
突然な友人『ブータン』の叫びに反応し
思わずハイウェイで急ブレーキを踏んでしまった『地頭鶏 燻(じとっこ いぶし)』!
宮崎から福岡方面へと急いでいた燻の車は左右にグラグラと揺れ
一旦追い越し車線を跨いだ後に左へ寄って減速
ドライブイン入口近くの路肩でなんとか停車した。
幸い周囲を走る車が無かったから事故は免れたものの
一歩間違えたら大惨事となる所だったろう。
「あわ…あわわ…まっことヤバかぁ…」
「な、何ね!ブータンどうした急に!
ビックリしたがね!」
「あわわ…兄ちゃんが…?」
「え?」
「ブータンの…兄ちゃんの店が…?」
「え?何?
まさか今のニュースの」
「あわわ…大変な事になったとブー…」
『豚舌 トン吉』はブータンの兄だったようだ。
ブータンはラードの様な脂汗を滝のように流し
完全に気が動転し游いだ眼で燻を見つめていた。
ブータンに兄弟がいたなんて燻はこの瞬間までまるで知らずにいた。
長い付き合いではあるが、そういえば身辺に関する話はトンとした事がない。
「ブータン…兄弟いたんだ…」
「あわわ…こげんコツになるんなら…
兄弟仲良う店を継いどれば良かったブー…」
両親から譲り受けた肉屋の経営で揉めて
若かりしブータンは実家を飛び出したのだそうだ。
「こげんニュースじゃ情報薄すぎちょって何も判断できんとよブータン」
「あわわ…あわわ…」
「大丈夫!
お兄さんばきっと生きとぅとよ!」
ニュースをあまり見ない燻とブータンにとって
このニュースの内容はどうやら遅れた情報のようだった。
“事件の続報”?“未だ行方不明”?
時は既に流れている。
根拠の無い燻の“大丈夫!”は壊れたブータンには全く届かない。
「あわわ…イブシさん…」
「ん?」
「ブータンここでおろしてくだしゃいブー…」
「え、ブ、ブータンここ高速の上だぞ?」
「おろしてくだしゃいブー…」
「そんな…こげな所でおりてどうするとよ」
「ブータン大分に戻りますブー…」
「お!…大分!?
今から!?ここから!?
ブータンここもう福岡とよ!」
「ブータン大分行きますブー!
兄ちゃんとこ行きますブー!
今すぐここから大分向かいますブー!」
眼の焦点が定まっておらず
パニックに犯され動揺しきって頭かき乱した様な状態のブータン。
「…ブー…タン…」
「イブシさん!イブシさん!イブシさん!イブシさん!
ブー!ブー!ブー!ブー!」
「分かった!!!
分かったよブータン…」
燻はブータンの肩を強く抱いた。
「大分行きな!
今すぐお兄さんトコ行ってやりな!ブータン!」
「イブシさんっ!イブシさんっ!
ブーッ!ブーッ!ブーッ!ブーッ!」
ブータンの瞳から真珠の様な大粒の涙が止めどなく流れ落ちた。
幸い直ぐそこがドライブインだ。
そこからブータンをタクシーに乗せて大分へ向かわせよう。
ブータンにとって大切なお兄さんがいるように
自分には…
そう自分には大切な妹『コケ子』が博多で“助け”を待っているのだ!
もたもたは禁物。
ブータンには悪いが先を急がねばならない!
燻がひとまず車をドライブインへ移動させようとしたその時
いきなりブータンがフラフラと車から飛び降りた!
「!?
ブータン!?
ちょっと待って!」
カーラジオからは未だ呑気な『午後サタ』康康の声が流れている。
「“……なんて事件が続くと不安でしゃあないわ。
どの事件も全部繋がってんじゃないの?
裏でデカい組織や企業の影がチラリズム!
なんちゅう根拠無い事言ってたらバチ当たりますわな。
バチが当たったらえらいこっちゃ。
本当リアルに“オツムパッカ~”されちゃう。
お~怖っ!
明日は我が身なんて考えちゃうわな。
どうせ死ぬなら私ぁやっぱり咄家として寄席で死にたいわぁ。
お得意のこばなしで寄席の爆笑かっさらった後に死す。
粋だねぇ!
どーでも良い所で訳も分からず死にとぅ無いわな。
そう!まさにこんなラジオ局のスタジオなんか嫌だねぇ。
死んでも嫌だ。
あ、死んだら嫌も糞も無ぇか。
なははははは!
んじゃまここらで1曲。
え~長崎県はラジオネーム『不眠症』さんからのリクエスト。
お!『不眠症』さん!常連さんだ!
有難いねぇ!
皆さんもどしどしお便りちょーだいね~!
オツムパッカァ~!
リクエストは?なになに?
懐かしヒーロー『愛の戦士レインボーマン』の敵組織『死ね死ね団』の団歌
『キャッツアイズ&ヤングフレッシュ』で『死ね死ね団のテーマ』。
ほっほ~う。
私ぁ『We Are The ミート』なんかよりこっちの方が好きだわぁ!
はい、どうぞ!”」
「WAO~~~!!!
ビンゴビンゴビンゴッ!」
こちらはまたハイウェイを爆走する軽トラック『(有)根津工務店』御一行。
「3戦3勝!リクエスト3度目通過ネッ!」
リクエスト曲が大好きなラジオ番組でかかりご機嫌な
銃刀法違反で指名手配中の外人『梟(ふくろう)・デ・リトマス』。
「がははっ!ご機嫌よのぅ!リトマスよぅ!」
ハンドル握るはこちらも同じく指名手配中の青年『根津 実』。
「あうあうあ~!」
助手席で大人しく包帯ぐるぐるミイラの青年『瓜坊』。
こちらの3人も大切な仲間である秋翔を“かっさらいに”
いざ博多へと向かっていた。
カーラジオ大爆音!
リトマスリクエストの『死ね死ね団のテーマ』が流れる。
「“♪しね!しね!しねしねしねしねしんじまえ~
黄色いブタめをやっつけろ~
金で心をよごしてしまえ!
しね!(あ~)しね!(う~)しねしね~
日本人は邪魔っけだ!”」
“軽(有)根津工務店”がノリノリで上下にバウンドしている。
「サッスガMEガ尊敬スル康康師匠!
デカイ組織ヤ企業ガ絡ム!
『アウアウ』ノブログ情報カラシタラ
ズバリ!ビンゴタイ!
ナァ!アウアウ!」
「あうあ~!」
「バリタコインターナショナルKKタイ!」
興奮気味に跳び跳ねるリトマス。
“ボヨ~ン!ボヨ~ン!ボヨ~ン!”
「危なかばってんリトマスあまり跳び跳ねんとね」
ハンドル握り直す秋翔。
スピードが増す。
車のバウンドも増す。
ついでにカーラジオのボリュームも増した。
「“黄色い日本ぶっつぶせ!
しねしねしね しねしねしね
世界の地図から消しちまえっ!
しね!
しねしねしね~
しねしねしね~♪”」
「♪黄色イ日本シネシネ~!
真ッ赤ナ『晴流屋』シネシネ~♪
ハッハッハッ!」
曲が曲だけに、歌に紛れて日本批判する外人リトマス。
助手席で大はしゃぎ!
シートがきしむ尻バウンド!
東京タワーのキーホルダーも強く揺れる。
「おいおい一応俺と瓜坊日本人よ。
日本に魂ば売りよった外人のクセしよって
こん後に及んで日本批判とは
こら!リトマス気!何ば歌っちょろうかいね!」
「ガッハハハハハ!」
なんてジャレていると
突然!
何者かがフラフラとハイウェイ道に現れた!
片手でこちらに手を振っている!?
「!!!?」
秋翔慌ててハンドルを若干右にきる!
“キッ!”
とタイヤが軋んだ!
「ブータン!」
「!?」
もう1人別な男が現れた!
停車している車から降りて先の男に近寄ってゆく!
「何ば!?」
「新手ノヒッチハイカーカッ!?」
間一髪!
“キッ!キキーッ!!!”
秋翔は“それら”をかわす!
軽自動車(有)根津工務店はそのまま猛スピードで博多方面へと消えて行った。
“ブーーーーーンッ!!!”
「ブータン!何しちょる!危なかよ!」
「あわわ…ヒッチハイクブー。
ブータンの事はブータンでどうにかするブー。
イブシさんは博多へ…
コケ子ちゃんばおる博多へ…」
“ドーーーーーンッ!”
「!?ブーーーーッ!」
「へ?」
い・き・な・り・!?
どこからともなく現われよった?
“黒塗りのベンツ”が?
ブータンに体当たり?
身体が弾かれたブータンは?
回転しながら宙を舞う?
空飛ぶブタ?
ブータンは?
まるで一流新体操選手の演技みたいに?
綺麗な軌道を描きながら空中を移動して?
路肩の植木に?
“ドサーッ!グチャッ…”
ブータン?
“ドガドガーーーーーーンッ!”
「へ?」
またまたどこからともなく別な“黒塗り”が?
自分のお気に入りの車『ミニ』に激突?
ベーゴマみたいにぐるぐる回転して?
ブータンが落ちたより少し手前の?
路肩の植木に突っ込んだ?
あは…あははは…
目の前で凄い惨事が繰り広げられているのに
静かだ。
とても静かにゆっくりと時が流れている。
まるで映画のコマ送りだ。
こんな現状目の当たりにしたら
叫んで気狂うのが普通だろうが
何だろう、この穏やかな心持ちは。
あぁブータンが?
何者かに抱えられ?
“黒塗り”に引きずり込まれてゆく?
あれ?
何かこっちにも来たぞ?
イカツイ男が数人?
笑ってる?
“死んだ鯖の目”で笑ってる?
男の拳が?
俺の顔面に?
近づいて来る?
近づいて来る?
あと数十センチ?
あと数センチ?
あと数ミリ?
拳がデカく見えて?
“バチコーンッ!”
あれ?
何が起こった?
俺、男達に抱えられ?
“黒塗り”のトランクに放りこまれ?
“バタンッ”
意識が遠退き?
黒く塗り潰された。
こうしてブータンと燻は
何者かによって拉致られたのだった。
大破した燻お気に入りミニのカーラジオからは
『午後サタ』康康の軽快トークが
半ばショート気味に流れていた。
「“ジザー…♪…ね…しねしね…♪
オツムパッカァ~!
長崎県『不眠症』さんからの悪趣味なリクエストでしたぁザザ…
死ね死ね言っても死んだらダメよぉ。
おい!マジで。
さぁて続きましては…ジザー…
へ?何?
何よプロデューサー
スタジオ入って来ちゃって
ん?
ザザ…!……
へ?何?
ザザ…おい…“物騒な物”持ってよ、おいおい…
ザ…おいこら!…ジザザザー…
何のつもりザザザ…
わ…わわ…止めろキサマッ!
“ゴッ!!!”
ジザー…
なっははっ…ザザ
あれ?あれれ?
頭から大量出血?
な、なっははははははははははははは!!!
おいこらっ!これってザザ…
オツムパッカァーーーじゃないかいっ!
“ドサッ…”
キュインジザーーーーーー……”」
落語家、熊猫家康康はラジオ生番組中に姿を消し
拉致られた。
「ちょっ…と…何だよこれ…」
たたずんだままの秋翔を他所にいつもの映像は消え
代わりに会場を明かりが包む。
福岡県北九州市八幡『スペースタコワールド』内セミナー会場Eastホール。
「立派な他己になるべくおこなって来た実習も
本日を含めて残す所あと2日となりました」
いきなり喋りだすタコトレーナー。
「え?…タコ…トレーナー?
っちゅうかおい!おっさんよ!
鼠先輩がいなくなっちまったって言ってんだろうがよっ!」
「では早速本日の実習をはじめたいと思います」
秋翔などお構い無し。
叫びは虚しく宙に散る。
「おい!」
「が、その前に」
「へ?」
「頑張っている皆さんにご褒美です。
究極のご馳走を振る舞って差し上げましょう。
出でよ!タコタコシェフ!
チュウチュウ!」
タコトレーナーの合図に合わせて後方の暗幕が勢いよく左右に開かれた!
と同時に
♪ゴォ~~~ン!♪
銅鑼の音が響き
チャイニーズソングが会場に流れて~♪
なんと“らーめん屋台”が現れたではないか!
真っ黒な屋台。
看板には屋号『黒猫』の文字。
その前にショボくれた爺さんとふくれた猫顔の若者
それに猫が1匹仁王立ちしている。
何やらバスケットボールくらいの塊を片手に掲げ
爺さんが口を開いた。
「ニーハオッ!諸君!」
会場がザワつく。
と!!!
「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
後方から悲鳴が!
秋翔の姉『夏子』である!
夏子は目玉をひんむいて
全身を小刻みに震わせその場にしゃがみこんだ。
「…あお…はる…さん……」
一気に失禁する夏子!
秋翔は突如現れた謎のらーめん屋爺さんの手元を睨み付けていた。
爺さんの掲げていた塊は
明らかに“人間の頭”だった。
「ん?何じゃ?
青春さんは美味しいぞ!
それ!」
爺さんはスープの入ったズンドウにその“頭”を放り入れた。
“ドポーーーン”
「もう、爺さん大人しくしてろよぉ!」
「ガッハハハハハ!」
空気の読めぬ爺さんに
猫が鳴き声で突っ込む。
“ニャーーーッ”
魅惑的な香りとチャルメラのメロディが
会場を包み込むのだった。
♪パララ~ララ
パラララララ~~~♪
街に夜鳴きの音(ね)が響く。
めけめけ~。
『らーめん放浪記』つづく。
(注)この物語はフィクションです。
写真。浅草花やしきで買ったストラップ。
パンダカー!