
昭和50年9月1日(月)いよいよ最終日となる。光市から九州へと向う。国道2号線を西進するのは面白くない(前々年宮島から九州まで走っているので)ので、小郡から国道190号に乗り換える。宇部、小野田、小月、下関(写真)、そして終にゴール。
走った。やった。という感じよりもあともう少し走りたいとの思いと、少し物足りなさを感じてしまった。まだまだ余力がある。当然に鍛われてきているからであろう。
家のものなどは、「おっ、帰ったんか」(父)「洗濯物出しよ」(母)「うわー、真っ黒。汚いねー。風呂入り」(姉) 偉業を成し遂げた我輩に向ってそれはないだろう。「おかえり、おかえり」と大層喜んでくれたのは愛犬だけである。
翌日は愛犬に別れを告げて大学へと帰っていった。