向かって右の羨門が少し傾いて隙間があるが土圧かもしれないな。
雨戸を開けて中を覗くと・・・おー、今まで見て来た石室とは全く異なるものである。小さな石を積んで石室が造られていたのを御覧になられたであろうからな。ここに埋葬された者が生きていた時期、当該地域はある程度の繁栄を見たのではないか・・裕福になったかもね。
当然のことではあるが、鹿児島本線、長崎本線が走る。ただ長崎本線鳥栖駅開業は明治24年で移築は明治32年である。
鳥栖駅は名駅舎100選のうちの一駅である。(折尾駅が無くなったから名駅舎99選だな)
画面左に鳥栖スタジアムが写っている。今は駅前不動産スタジアムと呼んでいる。
雨戸が閉められている。開けることが出来るので中を覗くことは出来そうだ。
説明図に寄れば袖石に家屋文様が彫られているとある。その下に石室の簡単な構造と名称が書かれてあるのだが・・・不親切だろ。袖石に文様が彫られてあると書いてあるのにその部分が何処なのかを書いていない。これでは説明にならんだろうが。当該古墳の石室図かと思えばそうでもないしな。
開業明治22年である。現在地に移転したのが明治37年である。ドイツスタイルの駅舎が良い。車寄せがあるが、中心に位置せずシンメトリーでないのも面白い。
駅前が寂しいな。
キャラクターが元気づけてくれているぞ。
3号墳から下に降りて行く。これがまた木道なので非常に歩きにくい。滑るし、朽ち果てた部分に足が取られそうになるしで危なっかしい。
此処だけは特別である。巨石石室を持ち、羨門に線刻画があるからである。
龍王﨑古墳群5号(佐賀県)
5世紀半ばから6世紀前半にかけて築造されたとする円墳の群集墳である。現在見ることの出来る古墳は1号、2号、3号、5号、6号墳である。4号墳は名前だけで古墳の形態は確認できない。割石(板石)を積み上げた小口式から始まり巨石石室までの形態を時間の流れとして見ることが出来る古墳群ではなかろうか。
当該ブログの記事は令和1年(2019)7月23日から26日までである。
5号墳の所在を確定したいところではあるがグーグルマップでは森しか写っていないものだから確定が出来ない。それで当該古墳が所在する古墳群の位置を示しているので悪しからず。