愛媛県宇和島市からの良いたより♪

私のブログでは次の内容を紹介致します。
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2.花々、風景写真
3.俳句、他

60年以上も前の有楽町、銀座4丁目、皇居前広場の思い出♪

2022-05-16 19:09:48 | 思い出

 月日の流れは速く、東京で学び働いていた時代が、郷里に帰って生活する今は、夢のように感じるようになりました。

 高校を卒業し、初めて上京し、最初に行ったのは有楽町、銀座4丁目、皇居前広場でした。確か中学生になった頃だったと思いますが、「君の名は?」というラジオドラマがあり、当時そのドラマが始まると主婦たちが一斉に仕事を止めて、ドラマを楽しまれたように記憶しています。ドラマの舞台が有楽町で、後に歌や映画にもなったと思います。その「君の名は?」ドラマの舞台の有楽町はどんな所かを自分の目で見てみたい、と思い、見に行き、両親に手紙でどんな場所だったかを書いて送ったものです。

 中学1年生になった時、社会科の授業で銀座に行くと一握りの寿司が100円(当時の価格)もするものを東京の人たちは、食べていると学び、何か別世界の人が住んでいるように感じました。私の住む田舎では寿司は、今でいう「バラ寿司」で、握り寿司などは食べる機会は全くありませんでしたので「一握りの寿司が100円」というのは想像がまったくつきませんでした。そのため、銀座4丁目どんな所かを見学に行きました。そこには大きな三越のデパートがあり、その規模にびっくり仰天し、寿司の価格のことはすっかり忘れ、どこかに消えてしまっていました。

 中学生になり社会科時間に皇居前広場、という言葉は聞いてはいましたが、当時は写真でしか見たことがなく、さっそく確認に行きました。広くゆったりした広場に、やはり驚き、素敵な広場が残り解放されている文化に感心しました。二重橋や、社会科の時間に学んだ「桜田門外の変」の桜田門も直接見て、歴史で学んだ内容を思い起こしたものです。

 遥か昔のラジオドラマの舞台の有楽町、中学の社会科の時間に聞いた銀座4丁目の食文化の違い、社会科の時間に聞いていた皇居前広場は、田舎の生活しか知らなかった私にとって、目を見張るものでした。後に、東京都江東区豊洲の会社に就職してからは、特に銀座丁目は通勤経路の乗り換え点で、有楽町、皇居前広場、日比谷公園、銀座4丁目は親しい、なじみの深い場所に変わり、多くの思い出がよみがえる今日このころです。

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       ー この花は昼間に咲いています ー

 

 

 


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