具体的な神社名が一覧となっている備前国内神名帳も原本は失われ、多少の異同がある写本がいくつか残っている。そのなかで、多分最も引用されることは多いのは「西大寺本」といわれるもので、西大寺観音院に伝えられたもの。しかし、西大寺本では「125社」とされており、欠落がある。例えば、備中国のように、神名帳そのものが失われていても、総社合祀の社数だけは伝えられているので、128社ということは動かせない。
ところで、なぜ寺院に神社のリストが伝えられたのか。これは、春迎えの行事である「修正会(しゅしょうえ)」(正月に修される法会)の際に、無事に春を迎えられるように、神に祈願し、神社名を読み上げる(この法会の結願の行事が「会陽(裸祭り)」である。)。八幡雄島宮が最初に記載されているのは、(当社が重要な神社であることはもちろんだが)国庁に最も近い、本地垂迹的な八幡神を挙げたのではないだろうか。なお、他の神社も「明神」となっているのも同じ理由と思う。
ところで、なぜ寺院に神社のリストが伝えられたのか。これは、春迎えの行事である「修正会(しゅしょうえ)」(正月に修される法会)の際に、無事に春を迎えられるように、神に祈願し、神社名を読み上げる(この法会の結願の行事が「会陽(裸祭り)」である。)。八幡雄島宮が最初に記載されているのは、(当社が重要な神社であることはもちろんだが)国庁に最も近い、本地垂迹的な八幡神を挙げたのではないだろうか。なお、他の神社も「明神」となっているのも同じ理由と思う。
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