シャンテ サラのたわ言・戯れ言・ウンチクつれづれ記

"独断と偏見" で世相・経済からコミックまで 読んで楽しい 面白い内容を目指します。 

大いに参考になった竹中講演会

2008年12月11日 | 金融危機いつまで
写真は、慶應義塾大学教授の竹中平蔵氏。

12月6日東京国際フォーラムでの竹中講演会を聞いてきましたが、面白かったですね。 スピーチが早く、70分ほどでしたが普通の人の倍くらいの量を聞いた感じがします。

先月下旬 ムンバイのテロが発生したタージ・マハル・ホテルにも一日前までコンファランスで滞在、先月末には講演会で NY に滞在と東奔西走の忙しさで、今日も朝は 大阪で朝番組に出演後、飛行機で飛んできたそうです。

有楽町会場には、一階席にびっしり席が埋まって二千人は入ってましたね。 途中で「三千人を前にして逃げるわけにもいかないので … 」といってましたから、二階席も合わせて三千人が来ていたんですね。 キラ星のような経歴を見ると、ほんとにこの人は実力人気ともにある人だなぁと改めて思います。
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「失われた10年日本論が人気」(日経新聞 12月3日) _ ウォール街でバブル崩壊後の日本をテーマにした議論がさかんだ。

日本の金融危機対策で指揮を取った竹中平蔵・元金融担当相などがお目当てで、NY のシンクタンク「外交問題評議会」が週初に開催したセミナーは大盛況だ。

「近年、日本がらみの講演会でこんなに人が集まった例はない」(日本総領事館)
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ウィキペディアから__竹中平蔵は、日本の経済学者、政治家。 学位は博士 (経済学/大阪大学・1994年)。 慶應義塾大学グローバルセキュリティ研究所所長・教授。

参議院議員 (1期)、内閣府特命担当大臣 (金融担当/経済財政政策担当)、総務大臣 (第6代) 等を歴任 (経歴は追加1へ続く)。
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竹中が経済政策の舵取りを行ってきた小泉政権下で、日本経済が堅実な成長を示したことは事実であるが、一方ではこのころから日本での地域経済格差が社会問題化し始めるようになった。

しかし、竹中は在任中一貫して緊縮財政を貫いた。 このことは、地域間、ひいては個人間格差の拡大を放置したものとして、否定的に受け止められることも少なくない。 自民党が07年の第21回参議院議員通常選挙で惨敗した理由のひとつには、地方での自民不信が伺える。 このような事情もあって、竹中の経済施策は、安倍・福田政権には引き継がれなかった (追加2へ続く)。
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今の金融危機を、全てサブプライムのせいにせず、「信用の収縮」だといっていたことには目のウロコが取れた気がします。 思い出しながら、下記に発言の一部を書いてみます。 少し脈絡が違うかも知れませんが、大筋は合っていると思います。
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「金融危機で何が一番恐ろしいかというと、金融機関での決済ができなくなることです。 現在の社会システムは信用で成り立っているので、決済ができなくなると あらゆる産業に影響します」

「9月末の米政府が議会に提出した金融安定化法案はよくできたもので、あれが議会を通れば信用収縮は起こらないはずだった。 しかし下院で否決されたことで、一気に信用の収縮が起こり、あらゆる株価が下がってしまった。 これが今回の金融危機です」

「こうなってしまったら、損失の洗い出しをして全損失を確定し、公的資金を投入する以外ないのです。 唯一の希望は次期オバマ政権が最強の経済チームの布陣を敷いていることで、彼らなら今回の危機を克服するでしょう」と、ガイトナー (財務長官) とサマーズ (国家経済会議委員長) に期待しています。

ただ、それがどの位の期間で回復できるのか明言はしませんでしたね。 まぁそうでしょう、他人、他国のすることですから、誰も分からないでしょう。「麻生首相は全治3年といっていますが、どうして3年なのか根拠のない話しです」__そう、これもその通りです。

「私が金融担当相を勤めていた頃、現 FRB 議長のバーナンキはプリンストン大経済学部教授で、日本の金融危機対策では助言をいただきましたが、今は日本の金融危機の経験をお伝えしています」__講義する立場、受ける立場が入れ替わったのですね。
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「皆さんの資産が5千万あると思っていたのが2千万になったら、どうしますか?  それまで5千万で生活していた人は、2千万の生活をしようとするでしょう。 それが世界的に波及して経済が収縮しているんです」__とても分かり易いですね。

「3% 成長するだろうと考えていたら、1% かそれともマイナス成長になるかも知れないとしたら、企業は設備投資を手控えるでしょう」__その通りです。
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「近年 偽装事件が多発していますが、秋田の比内地鶏偽装事件が発生した時に自宅でテレビを見ていたら、コメンテーターが『これも小泉と竹中が地域間格差を作ったのが原因だ』などと話していて、遂に比内地鶏まで私のせいにされてしまったかとびっくりして飛び上がってしまいましたよ」__聴衆は大笑いです。

現役の大臣時代に、批判が相次いで自虐的コメントを発していたのを覚えています__「太っているんじゃないんです。 回りからボコボコに叩かれて顔が腫れ上がっているんです」

「日本は金融危機に加え、コンプライアンス (法令順守) 不況が重なっています_これは木村剛 … 日銀出身の金融コンサルタント_がいいだしたのですが。 耐震設計を偽装した姉歯というとんでもない人が05年に出たために、マンションの設計基準が厳しくなって、翌06年にはマンションの建築認可が何割も減ってしまいました」

「今、日本は偽装事件が多発したせいもあって規制が増え、経済の足を引っ張っています。 規制を増やすのではなく、規制を減らして民営化できるものはどんどん民営化して、経済を活性化する必要があるんです」

「世界の大学ランキングで、東大は19位です。 世界第二の経済大国の首都の最高学府がそれでは情けない。 そしてランキング上位は全て私立大学です。 ですから東大も民営化したらいいじゃないかと東大の先生方にいうと、私の政策に賛成した全ての教授がみんな既得権益を手放したくないものだから反対するんです」

「電源開発株式会社の株を保有する英ヘッジファンドが株式を増やそうとしたら、役人が天下り先を確保したいものだから法律で規制してしまった。 そんなことをやっていたら、日本に投資をしようという外資が入ってこなくなる。 51% 以上の株を外国が握っているのが外資系だとしたら、ソニーはもう外資系なんです」

「小泉首相は変人変人といわれてましたが、いい意味での変人だったんです。 目標を明確にし、アジェンダ (議題) を次々に繰り出していった。 だから私も大臣の仕事ができたんです。 小泉改革をやっている時は、世界中で日本が評価されて投資が増え 株価が上がっていったじゃないですか」

「小泉さんが辞めて改革がとまったら、株価の値下がりの率は金融危機発生もとの米国よりも大きいんですよ。 ですから改革を止めてはだめなんです」
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「今は政治がほんとにヒドい状態だが、それでも日本経済は踏みとどまって頑張っている」と経済人にはエールを送っています。「改革をしないのかと自民党に聞いたら、こういう答えが返ってきました__改革をすれば麻生内閣の支持率は 10% 上がるだろうが、何もしなければあと9ヶ月はもつ、まるで末期ガン患者の話しみたいですよ」とこれも大受けです。

ついでに、「自民党と民主党の主張の違いが殆どなく、何が違うかというと、こう冗談をいってました__自民党は与党であり続けたい政党で、民主党は与党になりたいと思う政党だ」と、この人は冗談もとてもうまい。
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個人間格差を放置したといわれていることについては、こう否定しています。「ブラジル銀行の日本支店に電話したら、出てきたオペレーターの日本語が少したどたどしいので、『もしかしたら あなたはブラジルにいてオペレーターをしているのか?』と聞いたらそうだと答えが返ってきました」

「これが今のデジタル技術、IP 電話なんです。 IP 電話なら、隣家でも地球の裏側でも電話料金は同じなんです。 米国のオペレーターの多くは今インド人です。 となれば、日米のオペレーターの給料はどうしてもブラジルやインドの賃金に引きずられてしまうのは避けられません。 IT による新しい産業が起こって、高額の収入を得る人もいれば、そうでない人もいるんです。 これが世界的に起こっているのが現実なんです」
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会場からの質問者が、「また大臣に戻ってもらいたい」と発言すると、会場では拍手がわき起こって、期待の大きさを表していましたが、それにはこう答えていました。

「皆さん、肩から自分の名前を書いたタスキを掛けて、自分の名前をマチナカで連呼できますか? まともなインテリジェンスを持った人だったらとても出来ません」

「で、国会議員になった1年生議員は何をするかというと、2年生議員になろうと努力するわけですが、色んな人から頼まれて貸しを作り、また借りを作り、そうして貸し借りをどんどんと大きくしていくのが議員なんです」

「私は、いつか将来 その時の首相から手伝って欲しいといわれた時に、いつでもお役に立てる人を育てるのが今の私の使命だと思っておりますので」__と辞退していました。

降壇する時に会場から30~40台の男性が壇上に近より、紙袋を渡していました。 ファンからのプレゼントだったのでしょうか?

議員 大臣 教授を経験してなおかつ発言が注目を集める竹中平蔵は、今のそして将来の日本になくてはならない人材です。 小泉首相と共に将来 もっと評価されるべき人でしょう。 東奔西走の忙しさで、いつ学生に講義しているのか分かりませんが、この人気で人を呼ぶ魅力があるのなら、教授席に座っていなくとも十分に大学に貢献していますね。

以上


※追加2_ その後の世界金融危機に伴って、日本でも経済の停滞がみられているが、竹中は「日本の経済がなかなか元気にならないのは改革をやり過ぎたからではなく、改革を止めてしまったからだ。 郵政民営化や、政策投資銀行である商工中金の民営化を決めた05年には、改革が進むということで、一年間で日本の株価は 42% 上がった。 日本にはそれだけの技術、資本、人材もあるから、改革をすれば、日本の株価は上がる。

ところが改革をしないと期待成長率が下がって、07年みたいに株価が 11% も下がってしまった。 07年のアメリカもサブプライム問題で揺れながらも、株価は上昇していた。 政治的に改革をしたくない既得権益者の政治的キャンペーンに、日本中がこの二年間で染まってしまった」と、停滞の一因を改革への反動に求める意見を表明している。
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※追加1_ 経歴_1973年一橋大経済学部同卒業。 日本開発銀行に入行。 81年ハーバード大/ペンシルバニア大客員研究員。 82年大蔵省財政金融研究室に出向。 87年大阪大経済学部助教授に就任。 89年日本開発銀行を退職、ハーバード大客員准教授及び国際経済研究所客員フェローに就任。 90年に経済学者で後に「政府税制調査会」の会長となる加藤寛に誘われ、慶應義塾大総合政策学部助教授に就任。 93年にアメリカ合衆国に移住。 コロンビア大学のビジネススクールにある「日本経営研究センター」の客員研究員になる。 96年に帰国、慶應義塾大教授に就任。 97年「東京財団」理事、99年同理事長。

98年の小渕内閣発足により設置された経済戦略会議の委員を務める。 日本の短期経済政策には金融健全化と大胆な財政出動を伴う追加的景気政策が必要とし、総理に対し「10兆円を大きく上回る規模の追加的財政出動」などを提言、その後「日本経済再生への戦略」と題した答申を発表した。

森内閣発足により設置された IT 戦略会議にて委員を務める。 総理が推進する e-Japan 構想に対しさまざまな提言を行った。

2001年、第1次小泉内閣において、民間人として経済財政政策担当大臣、02年金融担当大臣も兼任する。 03年、内閣府特命担当大臣として金融、経済財政政策を担当。 04年、第20回参議院議員通常選挙に自民党比例代表で立候補し70万票を獲得しトップ当選。 第2次小泉改造内閣において、内閣府特命担当大臣 (経済財政政策)・郵政民営化担当に就任。 小泉内閣の経済閣僚として、日本経済の「聖域なき構造改革」の断行を標榜する。 05年第3次小泉改造内閣において総務大臣兼郵政民営化担当大臣に就任。 NHK 民営化にも乗り出したが、首相の小泉純一郎が民営化に否定的な見解を示した為、頓挫する。 06年、任期を4年近く残し政界引退を表明。 慶應義塾大学に復帰。

以上

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