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シャンテ サラのたわ言・戯れ言・ウンチクつれづれ記

"独断と偏見" で世相・経済からコミックまで 読んで楽しい 面白い内容を目指します。 

組織トップとNo.2の役割

2015年03月25日 | 世相あれやこれや
左は野依 理研理事長。 カタツムリの上に乗るアリは (クモの糸か何かの) 糸を引いて御者のように見えるが …。 右は近藤 勇と土方 歳三。
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組織というものは様々な考え、性格、好み、指向などを持つ多くの人々が集まる集団で、これをまとめ、統一して全体を1つの方向に動かすのは、勿論簡単ではありません。

勢い 年長者や、体や眼 声 態度の大きい人物、理路整然とした意見を述べる人物、全体に利益をもたらす方策を示す人物、外部関連団体と多くの関係を持つ人物、そして私欲がなく 公平で健康な人物がトップとして立つことになります。

ただ 上記の全ての条件を兼ね備えた人物はマレでしょう。 幾つかの条件を併せ持つ人物が組織トップになります。 しかし 組織を実際に動かすのはトップ自らではなく ナンバー2の “有能な人物” が指揮をとることが殆どでしょう。

なぜなら 組織を動かすには様々な細かな指示が必要で、トップは大まかな方針を打ち出し、上部組織を含む外部関連団体との交渉や、セレモニーで忙しくなり、とてもじゃないが組織にあれこれと指示を細かく出すヒマはないからです。

ナンバー2も全員にあれこれと指示を細かく出すヒマはないから、多くの役割毎の補佐に大まかな指示を出し、補佐がグループ内構成員に実際的な指示を出し、それで組織全体が動くのが普通です。

組織トップは部下を褒めて慕われるが、細かい指示をしたり、部下を叱責すると嫌われる存在になるから、大まかな方針を出すのみで、部下を叱責すべき場面ではナンバー2がその役割を担います。 ナンバー2が部下を褒めることは殆どありません。 すると 部下の一部はナンバー2に好感を持たなくなり、叱責を何度も受けた部下は恨みに近い感情を抱くようになります。

叱責されることのない部下はナンバー2に可愛がられるようになります。 これらが重なると、自然とナンバー2に傾く派閥、ナンバー2に不満を持つ派閥に分かれて組織がギクシャクしていきます。 これが組織の末路です。 そうならないうちにナンバー2がトップになるか、上部組織からトップが送り込まれるか、上部組織からトップとナンバー2が送り込まれるかして (※)、変遷していきます。

ただし うまく回っている組織、つまり好業績が続いている間はトップとナンバー2の交代はないのが普通です。 何かしら不祥事が発生すると、トップかナンバー2が交代します。 内部で収まる不祥事なら、トップ交代はなくナンバー2の交代になります。 内部で収まりきれず 外部にも不祥事が漏れるようだと、トップが交代せざるを得なくなるのが一般的です。
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私が所属していた組織は、トップがお飾り的でしたが好人物で社員から慕われ、ナンバー2が厳し目の方で社員から嫌われ、いつか組織は、※のケースで変わりました。 今は生え抜き社員が上部組織の意向でトップになっています。
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理化学研究所における STAP 問題は、理研内部だけの問題にはとどまりませんでした。 2014年 年初に対外的に大きく発表した内容に 外部から多くの疑義が寄せられましたから、理研 理事長が、調査・処分内容が最終的に終了した後で、時期的に今年3月末という年度変わり目に 辞任したのだろうと推測します (本人の意思か別スジの意向かは不明ですが)。

逆に辞任しなかったら、外部からどう見られたでしょうか? 問題を起こした組織が下部構成員を処分しただけで、上部構成員はそのままで、組織のありかたはそれでいいのかと批判される可能性があったのでしょう。
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「理研の野依理事長が退任」(日経 3月23日)

STAP 論文の著者や理研関係者の処分 __ 元職員の小保方 晴子氏は懲戒解雇相当、元職員の若山 照彦 山梨大教授は出勤停止相当、笹井 芳樹 元 CDB 副センター長は故人のため非公表、現職員の丹羽 仁史チームリーダーは厳重注意、現職員の竹市 雅俊 元 CDB センター長はけん責 (毎日新聞 2月11日)。

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150年前の幕末期 京都の警察組織の1つで、近藤 勇 (こんどう いさみ)、土方 歳三 (ひじかた としぞう) のナンバー1、2率いる『新選組』は、1863~68年 絶頂期を迎えましたが、68~69年の戊辰戦争 (ぼしんせんそう) であっけなく滅びます。 戊辰戦争前の新選組は ”剣と槍” で京都市中で肩で風を切って歩いていましたが、戊辰戦争が始まると 剣と槍は “鉄砲と大砲” の前にもろくも崩れ去ります。

日本の中世から近世への転換点がこの戊辰戦争だったのでしょう。『新選組始末記』(子母澤 寛) 『新撰組血風録』(司馬 遼太郎) を読むと、潔癖癖の近藤、疑り深い土方が描かれ、ナンバー1、2にふさわしい性格があぶり出されています。 けれど 何か不祥事があると、すぐ ”斬れ斬れ” という口癖の近藤にはテロ集団トップの顔も …

“志士を殺害して” 実績を上げていた1863~68年 トップ2人は安泰でしたが、戊辰戦争では業績を出せなくなり (組織は死者が増えバラバラ状態となり 脱走者が増えて組織は瓦解)、新選組は消え去ります。 これはトップ2人が代わる前に組織そのものが消えた例です。

200名前後の新選組の鉄の規律を支えていたものは、”粛正とカネ” でした。 倒幕志士との戦闘による死者数は6名ですが、内部における死者は 45名で ほとんどが切腹や暗殺などの粛清絡みによるものです。 カネは上部組織の京都所司代の会津藩から出されました。 4~5名に1名が内部粛清絡みの死者というのは、異常なテロ組織であることを裏付けてますね。
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テロ組織というと、最近は中東イスラム系過激派組織が有名ですが、彼らは恐怖で組織を支配している一面が強いといえます。 殺害に次ぐ殺害を繰り返していますが、新選組と同様 そのようなテロで支えられた組織は、いつか内部崩壊してしまう運命ではないでしょうか?
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「チュニジアで博物館襲撃、19人死亡 武装集団が観光客に発砲」(ロイター 3月19日)
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以上

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