一風斎の趣味的生活/もっと活字を!

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今日のことば(96) ― I. クセナキス

2006-02-10 02:58:08 | Quotation
「『メタスタシス』は私の作曲家としての人生のスタート地点にある作品ですが、その発想の源は音楽というよりナチス占領下のギリシアでの印象にあるのです。ドイツ人はギリシア人労働者を第三帝国へ拉致しようとしました。われわれは大規模なデモンストレーションを行いこれに抵抗しようとしました。私は群衆がスローガンを叫びながらアテネの中心部へとデモ行進していく音を聞いていました。やがて彼らは道をふさぐナチスの戦車隊に行き当たり、機銃掃射の音がしたかと思うと、カオスが出現しました。私には決して忘れられません。何万人もの群衆がデモ行進する足音やシュプレヒコールの規則的なノイズが、素晴らしい無秩序へと転換したのです。」
(『クセナキスとの対話』)

I. クセナキス(Iannis Xenakis, 1922 - 2001)
現代の作曲家。ルーマニア生まれのギリシア系フランス人。アテネ工科大学で建築と数学を学ぶ。反ナチス・レジスタンス運動を行い逮捕され死刑宣告を受けるが、フランスに亡命。建築家としてル-コルビュジェと協力する一方、パリ音楽院でD. ミヨー、A. オネゲル、O. メシアンに師事。電子音楽や数学の論理を音楽に応用した作曲活動を続けたが、晩年はアルツハイマー型痴呆症に冒され、作曲が困難になった。

『メタスタシス』は1955年にドナウエッシンゲン音楽祭で発表された(1954年作曲)、グラフ図形を基礎にしたデビュー作品。しかし、そのような数学を基礎とした作品が、現実の「素晴らしい無秩序」から生まれたということは、現代の音楽を考える上で示唆的である。

これは「自然の秩序」という本質的な自然観に関係してくる。
小生、理系の知識には不案内なので、見当違いかもしれないが、直感的には、クセナキスの背景にあるのは、ハイゼンベルクの〈不確定性原理〉以降の自然観のように思われる(正確には、「粒子の運動量と位置決まってはいるが、人間にはわからないだけだ」とする〈隠れた変数理論〉か?)。

これらの量子力学的理論の詳細はともかく、物理学のパラダイムが、そこで大きく変わったことに間違いはあるまい。
従来のクロノメーターのような自然という考え方(ニュートン力学の自然観)から、確率論的世界への自然観の変更である。

クセナキスは、「ストカスティック・ミュージック」(stochastic music)という「テーマや音列、リズム・パターンのような音楽的な前提をまったくもたず、ポワソン分布などの確率過程をつかって音の高さ・長さ・密度(単位時間内の音数)・音色配分、さらに全体の構成(マクロ・コンポジション)にいたるすべての局面を決定する手法」(高橋悠治) により一連の器楽作品を創り出した。

上記引用の政治的な事件と、このような作曲技法との関連は定かではないが、そこに確率論的世界という自然観があることに間違いはないように思われるのだが、如何なものであろうか。

参考資料 渡辺裕、増田聡ほか『クラシック音楽の政治学』(青弓社)
     *上記引用は本書による。


訃 報

なお、伊福部昭氏が2月8日にお亡くなりになりました。
謹んでご冥福をお祈りもうしあげます。
合掌

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