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記憶は『逃亡者』から始まった-アイルランド移民の話

2006-05-07 08:48:42 | Essay
ニューヨークのセント・パトリック教会
(St. Patrick's Cathedral)

1993年製作の映画『逃亡者』(アンドリュー・デイヴィス監督作品)で、ジェラード捜査官(トミー・リー・ジョーンズ)に追いつめられた主人公のリチャード・キンブル医師(ハリソン・フォード)が、ニューヨークの「セント・パトリックの日」のパレードに紛れ込むというシーンがあった。

「セント・パトリックの日」"St. Patrick's Day" というのは、アイルランドの守護聖人セント・パトリックのご命日(3月17日)で、アイルランド(特にカトリック)の象徴色グリーンを、身体のいずれかに着けて行進などをする。
ニューヨークのそれが有名なのは、セント・パトリック教会があることでも知られるように、アイルランド系の住民が多いから(ハリソン・フォードもアイルランド系)。

しかし、アイルランド移民の息子であるジョン・フォードが、
The Irish were a ghettoised minority, then, and it was only toward the end of my life, when Kennedy was elected president, that I felt like a first-class citizen.
と言っているように、ジョン・フィッツジェラルド・ケネディがアメリカ合衆国第35代大統領に就任するまで、WASP (White, Anglo-Saxon, Protestant) の条件を満たしていないアイルランド系アメリカ人は、「二級市民」扱いされていたようだ。

J. F. ケネディは、祖父のパトリック・ケネディが19世紀半ばにアメリカに移住してきた、カトリック教徒のまさしくアイルランド系アメリカ人である。
この19世紀半ばというのは、アイルランドでジャガイモの大不作が起きた時期。
当時、生産された小麦は、ほとんどがイギリスに輸出されていたため、アイルランド人はジャガイモを主食とせざるを得なかった。そのため、ジャガイモの不作は、アイルランドに大飢饉を起こした(その間も、イギリスへの小麦の輸出高は変化がなかったという)。
それを逃れて新世界に移民したのが、JFKの祖父などだったわけである。

パトリック・ケネディは酒造業に携わっていたようであるが、多くの移民は、
警官や消防夫になった(特にニューヨーク)。
さまざまに言われているが、仕事はきついが収入は多くないという3K労働だったため、競争があまりなかったこと、アイルランド人には融通がきかない正義漢タイプが多いこと、などが主な理由のようだ。

現在では、さまざまな職種に就いているが、有名人としては、今まで述べた人びと以外に、芸能界では、ビング・クロスビー、ダイアン・キートン、ジーン・ケリー、ジョン・ウェインなどがいる。
また、小説家としてはスコット・フィッツジェラルド、作曲家としてはスティーヴン・フォスター(『おお、スザンナ』『草競馬』などの作曲者)、意外なところでは、日本の開国に大きな関与をしたマシュー・ペリーがアイルランド系のアメリカ人である(これらの人びとは、19世紀半ば「ジャガイモ飢饉」以前の移民の子孫であろうが)。

ちなみに、女優のグレース・ケリーもアイルランド系で、モナコ大公レーニエ三世と結婚した後も、アイルランド民謡に関する楽譜などのコレクションを続けたことは知られている("Favourite Irish Songs of Princess Grace" 『グレース王妃のお気に入り』というCDアルバムもある)。

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