一風斎の趣味的生活/もっと活字を!

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『義経伝説と日本人』を読む。

2005-03-30 00:20:00 | Book Review
タイトルだけを見ると、大河ドラマの便乗本とも思われ勝ちであろうが、そこは平凡社新書のこと。そう単純な仕掛けにはなっていない。

「トンデモ本」によくある「義経生存説」あるいは「義経=ジンギスカン説」を生み出した日本人の心性に迫ろうという狙いである。著者は、それを「義経生存説運動」と呼び、心性の歴史として捉えている。
「室町中期から江戸時代へと到る秩序再編期は多数の敗者を生んだ。ここで(中略)不幸感・劣等感が醸成されたと筆者は考える。人間は不幸感・劣等感に浸って生きることのできない存在である。不幸感・劣等感を相殺する対象を必ず求める」(本書第6章「不幸の反動としての義経生存運動」)。
その対象が「判官びいき」に見られる弱い義経だった、というわけだ。
したがって、
「義経生存運動とは、民衆の敗者復活戦であり、自己肥大幻想なのである。絶対多数の敗者である民衆が現実を認めることを拒否し、挫折した弱い義経に己を重ね、義経に想像上のサクセスストーリーを歩かせることで自尊心を満足させていた」(同)
と言う。
そして、このような「義経生存運動」が、日本の歴史と関わりながら、どのように変容していったかが、本書の主な流れとなる。射程は、「判官びいき」の生まれた室町中期から現在まで。

その中でも、小生が一番興味深く読んだのは、小谷部全一郎とその著『成吉思汗ハ義経也』の項目(本書第7章)。この著は、今日の「トンデモ本」のネタ本とも言える。刊行時点(大正13年)までの「義経伝説」の集大成である。その集大成としての価値は金田一京助も認め、次のように評している。
「史論よりは寧ろ、英雄不死伝説の圏内に入る古来の義経伝説の全容の一部を構成する最も典型的、最も入念な文献として、興味あるものである」
また、小谷部は東北の豪族の末裔と信じていたようで、日本史における東北が持つ特別な位置をも考えさせられる(近くは維新時の「朝敵」としての敗北体験。遠くは「異文化圏」としての中央からの蔑視)。そのような意味で、小谷部の言説には、偽書『東日流外三郡史』を作成した某氏の情熱を連想させるものがある。
また、小谷部の著に感動し、大川周明や甘粕正彦が激励の書簡を送っている事実も興味深い。

さて、大河ドラマ(小生は見ていないが)の最後で、義経は見事に死を遂げるのだろうか、それとも……。

森村宗冬
『義経伝説と日本人』
平凡社新書
定価:本体700円(税別)
ISBN4582852599