一風斎の趣味的生活/もっと活字を!

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『暗殺・伊藤博文』を読む。

2005-03-15 10:18:48 | Book Review
JFKの非業の死に、いまだに疑問が残るように、伊藤博文の暗殺にもいくつかの謎がある。
まず、暗殺の実行犯とされる安重根は、伊藤と同一平面上にいて、下からピストルを発砲した、しかし、伊藤の遺体に残る致命傷といわれる銃弾は、右上からの入射口を持っている、という事実がある。
また、安重根が使用したのはブローニングの7連発拳銃であるが、命中した弾丸は、フランス騎馬銃(カービン)のものだったという。
伊藤のハルピン行きに同行した貴族院議員・室田義文は、「駅の二階の食堂から伊藤を狙撃したものが真犯人」であると考えていた。けれども、当時海軍大臣だった山本権兵衛に「ことを荒立てるとロシアとの外交問題にもなるといわれて断念したという」のだ。

このような謎を解き、真犯人説を「立証することは極めてむずかしい」。
著者の上垣外憲一は、『雨森芳洲』(中央公論社刊)でも知られる日韓交流史専攻の学者で、その視点から、周囲の状況証拠を埋めていく作業を行なったのが本書である。
実際の考察過程は、本書を読んでいただくとして、ここではポイントのみをご紹介する。

《第1のポイント》政治外交状況
伊藤暗殺により、政治的なメリットを得るのは、
(1)日露の戦端再開を画するロシア革命派
(2)日露の協定による満洲分割を阻止しようとする中国
(3)早期の韓国併合を推進しようとする日本軍部、右翼
等、3カ国の関係者である。
著者の判断によれば、その動機が一番強いのは(3)。

《第2のポイント》韓国併合論者の色分け
動機が最も強いとされた韓国併合論者であるが、その中には、さまざまな思惑がひしめいていた。
(1)韓国内部の併合推進団体《一進会》を操縦する内田良平など玄洋社
(2)憲兵の治安担当任務を文民警察に委譲され、権限を縮小された明石元二郎朝鮮軍参謀長
(3)玄洋社に近しい関係の外交官・山座円次郎
(4)満洲進出を目論む陸軍長州閥・山県有朋、桂太郎、寺内正毅、田中義一

これらの人々の間には、常日頃から「伊藤の首を斬るべし」と公言していた向きもあるという。そのような連中が、ある背景の元に結集したとすれば……。
「伊藤暗殺犯人が安重根でないと断定することは困難である。しかし、朝鮮独立派とは別に右翼、軍部の間でもう一つの伊藤暗殺計画が動いていた可能性は十分あるのである。そうした伊藤暗殺犯が、日本側にもあり得ると疑っていた最大の巨頭は、ほかならぬ山県有朋だったと私は考える。」

さて、結論は、この後に書かれているのだが、著者の結語は以下のようなものである。
「伊藤の死が併合を早めたのは事実であろうが、それが伊藤の遺志であったということは、決してない。それでは、伊藤博文は死んでも死にきれないであろう。伊藤の亡霊はなお中天をさまよっていると私は思うのである。」

上垣外憲一
暗殺・伊藤博文
定価:680円(税込714円)
ちくま新書
ISBN4480058680


なお、小生の書評は一読書人としてのものであり、史料的な扱い等の当否に関しては、以下のサイトなどを参照されたい。
http://www1.kcn.ne.jp/~orio/sub/shohyo001.html