■凍った夏/ジム・ケリー 2018.7.23
いまや、むごい死に方でつらい人生を終えたふたりの男たちの別の姿が見えてきていた。共同寝室の窓から外を眺め、子供時代が終わることを夢見ている、ふたつの青白い顔。
「フィリップ・ドライデン」シリーズの一冊 『凍った夏』 を読みました。
地味な展開で、しかもなかなか先が見通せない。少々小さめの文字ポイントで、ページはびっしり埋め尽くされて、p465。
お昼にお酒を飲んで、昼寝の前に読んでいるとバサッと落ちてくる。気がつけばいいのであるが、大概は高いびき。
それでも、最終章は読ませます。好きな人は、これがたまらないのかも知れません。
“英国本格の伝統を継承する作家” の真骨頂。
ジム・ケリーの作品を読むのは、これで二冊目。
『逆さの骨』 は読みましたが、彼の代表作である 『水時計』 は、まだ、今度読んでみます。
「そういうことは、いつとはっきりわかるものではありません。われわれは罪なきものから、いきなり罪びとへと変わるわけではない。じょじょに道を踏み外していく。それが悪のやり方です。ドライデンさん。小さな勝利を積み重ねて、善を凌駕していく。わたしは組織の一員でした。そして、組織というのは、そうしたことが起きやすい場です。気がついたときには、もはや手遅れになっている。わたしは、もはや手遅れだと気づいたときのことを覚えています」
マーティン神父は身体をすこしひねって、お盆を机の上に置いた。「狡い返事といわれそうですが……」
「訊かれなかったから」ドライデンはいった。
不信というのは、じわじわと効いてくるものなんだ。不信をもったほうも、もたれたほうも、最後にはそれにやられてしまう
マーティン神父が天を仰いだ。「これがわたしへの罰です。ドライデンさん。告発されたもののなかで、ひとり取り残されることが」
彼自身、カトリック系の学校にかよっていたが、そこでのあつかいはおおむね穏やかなものだった。だが、それでもときおり暴力や習慣化した残酷さにさらされた経験があり、虐待の被害者にいくらか共感をおぼえることができた。
ドライデンの膝の上では、オフィスの飼い猫スプラッシュが仰向いて寝て、ピンク色の肉球を突き出していた。ドライデンは猫を撫でた。その毛皮と自由気ままなところが、どちらもおなじくらい羨ましかった。
『凍った夏』はアーチ橋づくりをほうふつとさせる小説である。一つ一つ、着実に足場を固めて進みながらも、向こう岸がなかなか見えてこない。だが無我夢中で足場づくりを続けて振り返ると、そこには決して揺らぐ事のない、美しい巨大なアーチ橋が出来上がっているのである。(解説/若林踏)
読書メーター/感想・レビュー
『 凍った夏/ジム・ケリー/玉木亨訳/創元推理文庫』
いまや、むごい死に方でつらい人生を終えたふたりの男たちの別の姿が見えてきていた。共同寝室の窓から外を眺め、子供時代が終わることを夢見ている、ふたつの青白い顔。
「フィリップ・ドライデン」シリーズの一冊 『凍った夏』 を読みました。
地味な展開で、しかもなかなか先が見通せない。少々小さめの文字ポイントで、ページはびっしり埋め尽くされて、p465。
お昼にお酒を飲んで、昼寝の前に読んでいるとバサッと落ちてくる。気がつけばいいのであるが、大概は高いびき。
それでも、最終章は読ませます。好きな人は、これがたまらないのかも知れません。
“英国本格の伝統を継承する作家” の真骨頂。
ジム・ケリーの作品を読むのは、これで二冊目。
『逆さの骨』 は読みましたが、彼の代表作である 『水時計』 は、まだ、今度読んでみます。
「そういうことは、いつとはっきりわかるものではありません。われわれは罪なきものから、いきなり罪びとへと変わるわけではない。じょじょに道を踏み外していく。それが悪のやり方です。ドライデンさん。小さな勝利を積み重ねて、善を凌駕していく。わたしは組織の一員でした。そして、組織というのは、そうしたことが起きやすい場です。気がついたときには、もはや手遅れになっている。わたしは、もはや手遅れだと気づいたときのことを覚えています」
マーティン神父は身体をすこしひねって、お盆を机の上に置いた。「狡い返事といわれそうですが……」
「訊かれなかったから」ドライデンはいった。
不信というのは、じわじわと効いてくるものなんだ。不信をもったほうも、もたれたほうも、最後にはそれにやられてしまう
マーティン神父が天を仰いだ。「これがわたしへの罰です。ドライデンさん。告発されたもののなかで、ひとり取り残されることが」
彼自身、カトリック系の学校にかよっていたが、そこでのあつかいはおおむね穏やかなものだった。だが、それでもときおり暴力や習慣化した残酷さにさらされた経験があり、虐待の被害者にいくらか共感をおぼえることができた。
ドライデンの膝の上では、オフィスの飼い猫スプラッシュが仰向いて寝て、ピンク色の肉球を突き出していた。ドライデンは猫を撫でた。その毛皮と自由気ままなところが、どちらもおなじくらい羨ましかった。
『凍った夏』はアーチ橋づくりをほうふつとさせる小説である。一つ一つ、着実に足場を固めて進みながらも、向こう岸がなかなか見えてこない。だが無我夢中で足場づくりを続けて振り返ると、そこには決して揺らぐ事のない、美しい巨大なアーチ橋が出来上がっているのである。(解説/若林踏)
読書メーター/感想・レビュー
『 凍った夏/ジム・ケリー/玉木亨訳/創元推理文庫』