ゆめ未来     

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チェリー ヘロインに酔うことほどいいものはなかった

2020年08月24日 | もう一冊読んでみた
チェリー/ニコ・ウォーカー  2020.8.24 

「訳者あとがき」の冒頭

 アメリカのオンライン・メディア、バズフィードの「戦争の英雄はいかにして連続銀行強盗犯になったか」とい記事を閲覧すると、まず目に飛びこんでくるのが、銀行の監視カメラに写った強盗犯の画像だ。帽子とマフラーで顔を描くし、拳銃を窓口係に向けている男、それがこの小説の作者、ニコ・ウォーカーだ。

そのニコ・ウォーカーが書いたのが、「アメリカ青春犯罪文学の傑作」と言われる 『チェリー』 です。

内容は、こんな感じの物語です。

 俺たちは赤い屋根に白い壁の家がならぶ通りに住んでいる。そもそも俺やエミリーのいるべき場所じゃない。俺たちは充分幸せに暮らしているが、悲しい気分になることもよくある。何もかもなくしていくような気がして。
 エミリーはときどき、つまらないことで思い切り俺にわめきたてる。まるで俺に何かできるはずだというように。


 ときどき俺は青春をむだにしているんじゃないかと考える。と言ってもいろんなものの美しさを知らずにいるわけじゃない。俺はあらゆる美しいものを心に受けとめる。心が締めつけられて死にそうになることもある。だから、そういうことじゃない。ただ、俺は、俺のなかの何かに、普通じゃない部分に、どこか引っぱられていくような気がするのだ。うまく説明できないけど。
 いまここにいるのは俺と、もう一人の男だけだ。男は俺と同じ歩道を歩いていて、同じブロックの反対側からこちらに向かってくる。そのうちすれ違うことになる。服装からすると年寄りっぽい、いいことだ。年寄りなら、俺のしていることなんて気にしないだろう。大事なのはいま銀行強盗をしてきましたって感じでふるまわないことだ。
 これから誰かに会いに行くって感じでふるまえ。
 警察大好きって感じでふるまえ。
 ヤクなんてやったことないって感じでふるまえ。
 アホみたいにアメリカを愛しているって感じでふるまえ。
 銀行強盗してきましたって感じでふるまうな。
 それと、走るな。
 大事なのは、走らないこと。


 俺にわかるのは、この世界はどこか変で、そういう変なところに自分がいるということだけだった。でも、俺は大学へ行った。大人たちに行けと言われたから行ったのだ。それは間違いだったが、選ぶことはできなかった。

 世の中には数えきれないほど女がいる。そのことを考えるとたまらない気分になることがあった。女はもの凄く大勢いて、みんな人生の初めには同じように明るくて、男のガキどもには見えない独特の世界を持っていて、秘密の言葉づかいやら何やらあるのに、そのうち俺たち男にすべてをめちゃくちゃにされてしまう。俺もいろんな獰猛な殺し屋みたいな女たちに心をズタズタにされたけど、俺が一度も疑ったことがないのは、そんな殺し屋みたいな女たちも、最初はまず男に殺されてるってことだ。つまり俺みたいな男に。

 俺はエミリーに電話をかけた。あなたっていい人ね、いろいろありがとう、かなんか言ってほしかったのだ。でも、彼女は俺の心を痛めつける決心を固めているみたいだった。俺は意味がわからず、首を横にふった。俺は言った。「あのさ、軍隊に入るって前に言っただろう。でも、あのとききみは何も言わなかったじゃないか」
 エミリーは言った。「それはどうせ適当なこと吹いてると思ったからよ」


 地獄への道は善意で舗装されているというが、エヴァンズ少尉にはその手の善意があった。俺は少尉が嫌いだった。

 それと俺は戦地でおぞましい経験をしたせいで、頭が変になった情けないいかれた野郎になってしまった。おぞましい経験をすると頭が変になるのは本当だ。根が凶暴なくそ野郎はそんなことにはならないと言うだろうが、どうせそいつらはアホなんだからどうでもいい。ともかく情けないいかれた野郎になっちまうとどうしようもない。もう死にたくなる。それと俺は幽霊を見るようになった。それから喋りすぎるようになった。俺はエミリーをひどい目に遭わせるようになった。たぶん彼女にもくそみたいな気分を味わわせたかったんだろう。

何時までも、年をとらなければ。
働かなくても生きていけるだけのお金があれば。
世界が平和ならば。

 いことと、ヘロインに酔うことほどいいものはなかった。エミリーと俺は一緒に暮らした。毎日がまぶしかった。仕事のことで悩むことはなかった。仕事なんかしなかったから。


        『 チェリー/ニコ・ウォーカー/黒原敏行訳/文藝春秋 』





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