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本日、死去

2016-02-22 20:26:42 | 日記

約4年ほど病気で患っていた親が永眠した。

本日、11時40分、酸素飽和度60%、心拍数0。

うちら兄弟に看取られながらの最後であった。

 

実際、昨日から発作は起こしていて、夜中に病院の医師から電話があり、急遽、駆け付けたのだった。

そこから今日の8時くらいまで、心拍数は130~140を維持し、酸素飽和度は85~96%くらいで推移し、心拍数は高いが、それなりに持ち直してきていた。少し安定してきたので、うちら兄弟も翌日からの徹夜もあり、不安定でありながらもそれなりに数値が安定してきたので、一度、家に帰ることにした。

会社には予断を許さない状況なので、急遽休みにしてもらいった。

朝食を食べ、ちょっと休憩後に再度、病院へと向かった。

向かった時は相変わらず心拍数はちょっと高いが、その数字はそれなりに安定していた。

だが、11時30分頃に急変。酸素飽和度80%、心拍数80と急激に減った。

その間、ナースや医師なども駆け付けたが、10分後、酸素飽和度60%、心拍数0。

体をさすったり、大声で呼びかけも行ったが、もう既に反応はない。心臓マッサージもちょっとやってみたが、それも効果なし。

手立てはないのか? の問いに医師は手立てがないと…。

強く手を握ったが、もうその手からの力はなかった。それに腕やその他の部分も冷たくなりつつあった。

 

医師の宣告の下、11時40分、永眠となった。

 

2週間くらい前からちょっと調子がおかしかったのは事実だ。だが、まさかこんな展開を迎えるとと…。早すぎる…。

昨日の深夜から最後まで心拍数130~140で推移していた。ようはマラソンを約6時間ほど行っているような感じだ。

昨日の深夜に病院に来るときに「次、酸素飽和度が60以下になったら、もう打つ手がない」とは言われてはいた。

 

そして11時40分、うちの親は息を引き取った。

親の長く辛い戦いは終わったのだ。4年間、お疲れ様でした。やっと苦しい肉体から解放され、食べたいものも食べられず、飲みたい物も飲めず、行きたいところにも行けず…そんなことからやっと解放された。お疲れ様でした、そして約50年近くうちら兄弟を育ててくれてありがとう。

呼吸困難の最後ではあったが、死に顔は苦しんだものではなかったのが、せめてもの救いだった。

最後に弱弱しく握ったあなたの手は忘れません。

 

うちら兄弟も親の死に目には会えないと思っていたので、最後に親の人生の終わりに立ち会えたことは一生忘れることはないだろう。

偉大で豪傑だった母親よ、安らかに眠って下さい。


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