百休庵便り

市井の民にて畏れ多くも百休と称せし者ここにありて稀に浮びくる些細浮薄なる思ひ浅学非才不届千万支離滅裂顧みず吐露するもの也

茨木のり子さん と 山本安英さん ~ 「夕鶴」 と 「汲む」 と 「自分の感受性ぐらい」

2016-09-25 19:18:44 | 日記
 本日(H28.9.25) Am3時過ぎからの「NHKラジオ深夜便・日本の歌」は、「夕焼け」と「夕日」がタイトルに付く楽曲特集でありましたが、「夕」という字、白川静さんの「字統」によりますと、象形文字で「夕べの月の形」からきているとのことでして、やはりイメージは、「ゆう」とか「ゆふ」いう日本語の発音の持つ えも言われぬ美しさや心地よさが相まって、秋 や 夕暮れ の情緒に ピッタシ嵌っているように感じられるのでありますが、

今回は、その 夕(ゆう)から連想される既ブログ、2010-03-12投稿、100q脳頽流爺(1)【夕鶴 】【汲む】を再登場させ、これに老生所有の書籍から関連情報をピックアップし付け加える、いわば ビジュアル化を図らせていただくことで、老生および皆さま方が、いつでも 自由に、その雰囲気を鑑賞・謳歌できるようなページを こしらえれたらいいな という願いから 始まっております。

まず 前回ブログは、このようなものでありました。

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 中学生のときの国語の教科書だったと思うのですが、木下順二さんの名作【夕鶴】が載っていたのであります。どういう訳か分からないのでありますが、愚生は【つう】のセリフが好きでありまして、一人でいるとき、よくそれを しゃべっておりました。不思議なことに それは、半世紀を経た今でも、「よひょう、わたしの大切な よひょう、あなたはどうしたの、あなたはだんだん変わってゆく・・・・」と、こんな具合に、よく一人でしゃべっているのであります。

ところで、最近というか 相当むかしから、まったく見聞しないのでありますが、今でも舞台は やっているのでありましょうか。

当時は、山本安英さんの独壇場でありました。まさに安英さんは、【つう】の化身でありました。あの【つう】を越えようなどと考える人は、おそらくは 出てこられないでありましょう。そんなことを言ったとたん、周りからキョトンとされること、必定であります。

ずっーと 後になってのことでありますが、その 山本安英さんが 大いに関係する有名な 詩 があることを 識りました。それは ほんとうに素晴らしい詩であります。愚生は感激のあまり、生涯2回目の仲人をやりましたとき、その挨拶に取り入れさせて貰ったのでありました。ただ 残念なことに、そのカップルは・・・・・でありますが、本日は その詩を掲げまして、失礼させていただくことといたします。


             汲む ― Y・Y に ― 
                           茨木のり子
           大人になるというのは
           すれっからしになるということだと
           思い込んでいた少女の頃
           立居振舞の美しい
           発音の正確な
           素敵な女の人と会いました
           そのひとは私の背のびを見すかしたように
           なにげない話に言いました

           初々しさが大切なの
           人に対しても世の中に対しても
           人を人とも思わなくなったとき
           堕落が始まるのね 堕ちてゆくのを
           隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました

           私はどきんとし
           そして深く悟りました

           大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
           ぎこちない挨拶 醜く赤くなる
           失語症 なめらかでないしぐさ
           子どもの悪態にさえ傷ついてしまう
           頼りない生牡蠣のような感受性
           それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
           年老いても咲きたての薔薇 柔らかく
           外にむかってひらかれるのこそ難しい
           あらゆる仕事
           すべてのいい仕事の核には
           震える弱いアンテナが隠されている きっと……
           わたくしもかつてのあの人と同じぐらいの年になりました
           たちかえり
           今もときどきその意味を
           ひっそり汲むことがあるのです

            <追伸> タイトルの【脳頽流爺】はノスタルジーと読みます。

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 では、デコレーション いたします。

 下は 創風社さん発行「木下順二・民話の世界」と、中公文庫 山本安英さん著 「歩いてきた道」。


で、まず「与ひょう」のセリフです。P65,66 を撮影させていただいたものです。
           





 下 ↓ は、中央公論新社さん発行 後藤正治さん著 「清冽 詩人茨木のり子の肖像」 と、p95 に掲載されています 山本安英さんと 一緒に写っておられる写真です。
 

                                  




           これ ↑ は、 P91,92,93 を 撮影させていただきました。

ラストは やはり 老生の大好きな、「 自分の感受性くらい 」 という詩で飾りたく存じます。
                      P220,221 を撮影させていただきました。



 < P S > この本 ↓ 「 花神社 」発行 「 茨木のり子 」も所有しています。 H29.4.24 記

 

この本も持ってます。ジュニア向け といえども、理解するの、なかなか難しいです。
 
 

 < 追 伸 > R4.1.23 以下内容を投稿してますので 添付しました。

 この方の作品に触れた方ならどなたでも、折に触れ、この方の詩を呼び起こしながら生きてられるのでは と思うのですが、R4.1.19 NHK-G『クローズアップ現代』では、此度 見つかったとされる 100分ほどの ご本人の肉声テープをもとに、

『詩人・茨木のり子 ”個”として美しく△発見された肉声』との表題で、『汲む』『 自分の感受性くらい』『倚りかからず』といった超有名な詩についての言及・その他 がありました。(オイラは、正しくは ”発見"でなく ”オープンになった” であろうと思ってますが・・・)

彼女は詩人としてデビューする前、22歳のときということですが、
.
『新劇の聖女』と称されていた山本安英さんから、生きるうえで大切なことを教わったと。

「 早く 世慣れたい すれっからしに ならなくちゃ 大人になれないんだと 思ってですね 
 そういうのは たぶん(山本さんは)キャッチなさったんですね 
 それで いいことを教えてくださったんです よね
 いろんなことに「たかをくくるな」「なめてかかるな」ということを
 教えてくださったような気がするんですね 」 


で このご体験を下敷きに、36歳の時 お書きになったのが 『 汲む ーY・Yにー 』。
                       
オイラは この詩の、『大人になってどぎまぎしたって』から『震える弱いアンテナが』の行までの記述が、特に好きです。「これこそが 詩人なんだよなぁ」と、つくづく思えるのです。

次に 49歳のとき 発表された『 自分の感受性くらい 』という詩については

皆さん 思い当たるままに 解釈されてるはずなんですが、で オイラは、それが正解だと思ってるのですが、まぁ 作者としましたら、こうとしか言えません。
「『ばかものよ』って みんな自分に言っているんですよね 」。『 自分の感受性くらい 』







次は、これは NHKさんの 何や意図的なものが感じられるのですが、韓国人についてのお談話。

かの国 および かの国の御仁の、現 為し様を鑑みますれば、如何に 先生のお言葉といえども、これには納得しかねますので、敢えてここに切り出させていただいた次第であります。

どうやらこれは、優れたノンフィクションライターの梯久美子さん(昨年 オイラは『サガレン』という、宮沢賢治さんの樺太旅行を題材にした視察旅行記を読了してます)が、茨木のり子さんの足跡を取材されてる中で クローズアップされた件でもあるようでして、

彼女の好きな『小さな渦巻』という詩にかこつけて、かの国と相互理解を図るべきだなんて、キレイゴトで〆めてられましたが、日本を貶めることが 唯一の国是であるかに思われる かの国に対しては、もうだまされないぞ という、怨念のほうが遥かに勝ってる自分の感受性が露わになったことは、紛れもない確かな事実にございます。


これは テレビ初公開、茨木のり子さんが 詩をお創りになられていた お部屋 とのこと。

 なお、縦書き詩の写真は、2016年9月投稿『茨木のり子さん と 山本安英さん ~ 「夕鶴」 と 「汲む」 と 「自分の感受性ぐらい』のコピペです。


 < 追 伸 > R4.11.6 
 山本安英さん以降の『夕鶴』上演につきまして、2003,8,14『あんず堂』さん発行 夢枕獏さん著『摩多羅神(まらたじん)の贄』というエッセイ集の p157に、次のような内容の記述がありましたので、付記します。

 昭和24年 (1949) 初演以来 37年間、 延べ 1037回 山本安英さんの『 つう』で上演されたが、以降、木下順二さんの承諾が得られないため 一切 上演は見送られていた。しかし、「坂東玉三郎さんが 演じられるのだったら・・・」とのことで、ついに OK が出、平成 9年 8月3日から『便座セゾン劇場』で『夕鶴』が上演される運びになった と。



コメント (2)    この記事についてブログを書く
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2 コメント

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ありがとうございました (野田浩夫)
2020-08-16 13:39:22
「汲む」のY.Yが誰か知らないできましたが、ようやくわかりました。ありがとうございました。
Unknown (100q)
2020-08-16 14:09:42
コメント ありがとうございます。祝着至極です。

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