食の旅人

~ 食べることは生きること、生きることは旅すること、そうだ食べることは旅すること~
  野村洋文

ボルドー

2015-04-16 21:35:38 | 日記
「桜がきれいなのは、桜の木の下に、死体が埋まっているからだ」夜の八時、この時期、梶井基次郎の一節がじんわりと胸に染みてくる。
 wikipediaで、4月16日を検索すると、紀元73年、マサダ要塞に籠城したユダヤ人が集団自決し、ユダヤ戦争が終結する、とある。
 マサダとは、イスラエル南部の死海の畔に屹立する岩山だ。紀元70年、ローマ軍はエルサレムを陥落させ、ユダヤ教の第二宮殿を徹底的に破壊した。そのエルサレムから、数千のユダヤ人が脱出して、マサダの要塞に立てこもり、二万のローマ軍を相手に、三年間戦い続けた。そして、遂にローマ軍によって攻め落とされるのだが、陥落直前に、2人の女性と5人の子供を残して全員が自決し玉砕したのだ。現在、マサダはイスラエル民族の聖地となっている。イスラエル国防軍の入隊式は、まさにそのマサダの頂上で行われ、新兵はそこで国家への忠誠を誓うそうである。
 先日、大学時代からの親友と、「ボルドー」というバーに赴いた。バーではない。東京都や国が、指定歴史建造物にするべき代物だ。蔦の絡まる石づくりのたて物にたどり着き、中世の城門のごとくに重厚なドアを開けると、昭和2年に開店したそのままの歴史が閉じ込められていた。内装、調度品は当時のまま変わっていないようで、戦前に迷い込んだ感覚に陥いる。体感したはずのない記憶が蘇った。鈍く黒光りする床板を、ぎしぎしと軋ませ、階段を上がり二階に入りこむと、予約した、山本五十六連合艦隊司令長官の愛用席に通していただいた。(この、まさにこの席で山本五十六は部下たちとお酒を飲んでいたんだ~)時間の濃淡が消えた。椅子も机も当時のままである。背もたれの縫い目が鮮明に浮き出ていた。背筋が伸びる。心臓が締め付けられる思いがした。沈黙がわずかにつづいた後、意外な事実が友人の口からでた。「僕のおじさんは、特攻隊で死んだんだよ」
 重ね重ねて思う。もし、あの無謀ともいえる我が国の挑戦がなかったら、今頃、世界地図は欧米一色に塗りつぶされていただろう。白人のみが人間で、有色人種は人間以下の生き物というヒエラルギーが永遠に続いているだろう。
 店内に降り積もった時間を壊さないようにそっと扉を開け、僕らは再び喧騒の中に足を踏み出した。