はれっとの旅路具

(はれっとのたびろぐ)田舎暮らしと旅日記
金沢・能登発 きまぐれ便

かみさまの壷

2006-05-15 16:10:15 | つぶやきあれこれ
むかし、むかし…

まだ人が地上に現れる前のお話です。


神様は、その日もひとりで雲の上をお歩きになっていました。
神様には、出逢いがありません。

そして、別れも
ですから、愛別離苦という気持ちがどんなものか
神様は知りませんでした。

あるとき神様は、ふと
出逢いと別れ、そしてそれを巡って起こる
さまざまな感情というものを
知りたくなってきました。


神様には、できないことは
何一つありません。

神様は、壷をひとつ取り出してきて
雲の上から地上に、そっと落としました。

壷は地上に落ちて
粉々に割れ
細かくなった破片は飛び散ってゆきました。

このかみさまの壷の
破片の一つ一つが
一人一人の人間になったそうです。

そして、かみさまの壷だった人間は
自分の隣だった破片、
つまり欠けた跡がぴったりくっつく人を探して
出逢いを求めて人生を過ごすことになりました。

割れた断面が似たような人と出逢うと
とても嬉しいのは、このためです。

一人孤独で居られないのも
このためです。


でも、元あった場所が
壷の上の方と、下の方では
そりが合いません。

結局、また近い場所だった破片を探しに
旅に出ることになります。

何故か疎遠になる人がいるのは、
このためです。


何かにつけて、
反発したり、癪に障ったりする人が
いますよね。

その人は、あなたが元いた場所と
壷の反対側の破片どうしの場合なのだそうです。


とっても気の合うお友達や、
本当に仲の良い伴侶は
あなたと元居た場所が近い人たち。

あなたと隣同士だった人は、
魂の伴侶か、大親友か
それは判りません。

今生で出逢えるか、
もう一度生まれ変わったら出逢えるか
それも判りません。

只、出逢うために生まれている

神様の代わりに出逢い、別れ
愛するものと別れる辛さ
離れてゆく苦しさを
味わっている…


でも、これまでに人は
元のたった一つの壷になるため
何度も何度も数えられないくらい
集まっては、壊れ、離れていきました。

このため、そろそろ壷になる
新しいやり方を見つけた人たちが
いるそうです。

壷の反対側だった人と争ったり、
彼らの言動に傷つけられる必要はありません。

彼らもあちら側では良い人たちばかりです。


劇的に出逢い、別れてゆくことにも
これ以上嘆き悲しむ必要はありません。

お互いに、元いた場所が
違っていただけなのですから。


気の合う仲間を増やしてゆくことは
とても大切なこと。

元居た場所に近いもの同士で
出会える機会が増えるから。


そうやって、近いもの同士でつながって
一つ一つの破片が、壷の面になってゆき
壷の反対側の人々とも許し合えたなら、
壷はやがて、神様の掌の中にあった時と同じ
一つの壷に帰ってゆくことができるでしょう。


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このお話は、ある方から高名なお坊さんのお話として数年前に伺ったものがベースです。

インターネットのブログで、一人一人が思いを記すことができるようになり、新しい出逢いの形が生まれています。
心無い発言もある代わりに、心温まる記事も少なくありません。

出逢えるはずが無かったあなたにも、今こうして読んで頂いています。

ふとしたきっかけで始めたブログですが、元居た場所に近い仲間を探しているのではないか。

かみさまの壷のお話を思い出して、そう感じています。


気を取り直してみませんか。
またひとり、気の合う仲間を見つけてゆきましょう。

どんな出逢いも、いつの間にかの疎遠も、悲しい反対側の言動も
何一つ握り締めず、許せるようになるために。


どうぞ、ご自分の心の健やかなるために
ご自分しか表現できない世界をブログに綴ってみてください。

そうすることが、ご自分として自然なことならば


私のブログに来てくださって本当にありがとうございます。
このような出逢いと、想いを交わすご縁に恵まれることに、心から感謝したいと思います。

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写真の壷は、手元にあったものです。
かみさまの壷ではありません…(^^;ヾ
念のため

写真を撮っている私が写っていますね~♪