老人の席取りの話。
1.始発駅から4名の老人グループが乗ってきた。
その内、3名は座れたが、1名が座れなかった。
座れなかった老人は、「われわれは、お酒を飲んで帰るだけ。一日働いてきて、疲れた人が、優先だ。」と言って会話していた。
途中で気づいたのか、会話の相手の人が、「この話は、止めよう」と言って、仲間内の話に変わった。
(少し遠くに)座っていた者(私)としての反論。
私も座って帰りたかったので(座りたいときは)、次の電車が来るまで待って乗っている。
どうしても座りたかったら、次の電車を待って、座って帰ればと思う。
特に、始発駅で、年寄りだから優先と考えるのは、どうかなと考える。
優先席しか空いていなくて、座っている時、途中駅から乗ってこられた、お年寄りには、席を譲る。
優先席は、そう考えている。
もちろん、路線によっては、全席、優先席という考え方もあるが。
2.優先席でない場所で、自分が立っていた目の前の席でないところを、遠くから荷物を置いて席を取ろうとした老人。
気持ちはわからなくもないが、老人の自己中心的行為。
それを、遠くから手を伸ばして、席に荷物を置いて席を取ろうとするのは、頂けない。
その前に立っていた人は、席を立った人の影で行われていた老人の行為(自分の荷物を置く)に気づかずに、その荷物の上に座った。
老人も、席を譲って欲しかったら、優先席コーナーに立ったら良い。
自分の前の席が、空いたらラッキーと考えて欲しい。
電車には、グリーン車が2両付いている。
どうしても座りたかったら、グリーン車に乗れば良いと考える。
私も、疲れている時、腰痛の時等、どうしても座りたい時は、そうしている。
3.私の朝の楽しみは、乗車する時、座っている人を瞬時に見て、この人だったら途中駅で降りるだろうと見極めてから、立ち位置を決めている。
見極めた人が降りて、席が空いた時は、なんだか嬉しい。
見極めた人の隣の席の人が降りた時は、見極めが悪かったと思うしかない。
一番最悪と思うのは、見極めた人の両サイドの人が途中駅で降りた場合。
よりによって、何故、この人を選んだのだろうと考える。
結論は、途中の駅で降りるだろうと外観だけで見極めるのは難しいと言うこと。
明らかにこの人は、途中の駅で降りると分かる人の前は、誰かが陣取っている。
4.外観で判断と言えば、私は、元気に見える。
しかし、実際は、腰痛持ち。
傍目には、丈夫そうに見えるが、立っているのがつらい場合がある。
だからと言って、座らせて欲しいとは言わない。
自分で対処する。
つまり、座る必要があれば、グリーン車に移動か、途中駅で降りて休む。
先日、優先席に座っていたら、他の乗客が注意しに来た。
私は、その時は、コルセットを腰に巻く程の腰痛だった。
しかも、優先席にも、それ以外の座席も、座れる席がある状態だった。
年寄りが立っていた訳でもない。
その人は、何故、注意しに来たのだろう?
多分、見た目だけで注意しにきたと考える。
座っている人が、元気な人ばかりとは限らない。
中には、座らないと困る人もいる。
見た目で判断したらいけない。
始発駅なのに、老人だから座らせて欲しいと主張するのは、頂けない。
自分の色眼鏡で見た基準(元気そうに見えるから座るな)で判断すると、余計なお世話になる。
子供ではないので、見た目で注意するのは、気をつけた方が良い。
他人に迷惑を掛けないのが、原則と考える。
しかし、これが、結構、難しい。