ふりかえれば、フランス。

かつて住んでいたフランス。日本とは似ても似つかぬ国ですが、この国を鏡に日本を見ると、あら不思議、いろいろと見えてきます。

除草剤を使用する農民・・・健康被害者か、環境への加害者か。

2011-12-13 21:30:30 | 社会
“Chaque médaille a son revers.”・・・物事には裏がある、といった意味ですが、良かれと思ってやったことが、思わぬ悪影響を及ぼすことがありますね。例えば、地域の発展を目指して、スキー場を整備し、観光客を誘致したところ、スキー場の建設自体が自然破壊のもとになったり、スキー客による観光汚染が広がったり。

実は、上記の例、今年の“DALF / C1”の口頭試問のテーマとその事例なんだそうですが、こうしたケースは私たちの周りでもよく起きていますね。再び、例えば、ですが、農薬。効率的な農業ができる半面、環境破壊につながる、あるいは農業従事者の健康に悪影響を与える場合もあります。

そうした場合、農業従事者は、農薬メーカーの被害者なのでしょうか。それとも、環境への悪影響をもたらした加害者なのでしょうか。みなさんは、どう判断しますか。

除草剤の農民の健康への影響と環境への影響をめぐる裁判がフランスで始まりました。その背景は・・・12日の『ル・モンド』(電子版)が伝えています。

環境的権利を争点とした初めての裁判だ。12日、リヨン大審裁判所(日本の地裁に相当)第4民事小法廷が、シャラント(Charente)県の農民、ポール・フランソワ(Paule François)による訴えを審査することになっている。健康へ重大な影響を及ぼす除草剤を製造したとしてバイオ化学品の巨大メーカー、モンサント社(Monsannto:セントルイスに本社を置くアメリカの多国籍バイオ化学メーカー。遺伝子組み換え作物の種子は世界シェア90%を握っています)を相手取って訴えを起こしたものだ。

モンサント社側は、誰も法廷で発言しようとはしていない。PR担当役員も、係争を担当する企業弁護士も。フランス法人の本社をリヨン近くのブロン(Bron)に置くモンサント社は、黙って嵐が過ぎ去るのを待つ戦術のようだ。一方、裁判所の前では組合の農民同盟(la Confédération paysanne)が集会を開くことになっている。

シャラント県ベルナック村(Bernac:人口400人ほど)に住む47歳の農民、ポール・フランソワにとって、この裁判は長くつらい戦いの帰着点となっている。穀物栽培農家であるポール・フランソワはもはや短期間しか働けず、慢性疲労、しつこい頭痛に悩まされている。医師たちは、モンサント社製の強力な除草剤、ラッソ(Lasso)を吸引したことが彼の中枢神経に悪影響を及ぼしていると判断している。

事故が起きたのは、2004年4月27日。トウモロコシ畑の世話を終えた後、ポール・フランソワはタンクの掃除をしたのだが、その時タンクからガス状の蒸気が漏れだした。彼は気を失い、記憶喪失を患うようになった。2008年、その後遺症はシャラント県の社会保障事件裁判所(TASS:le tribunal des affaires de sécurité sociale)により労災と認定された。そして、この認定は、2010年1月、ボルドーの控訴院(la cour d’appel)にて追認された。「この除草剤は極めて重大な危険をもたらした。モンサント社は知らなかったなどと言えるはずがない」と、ポール・フランソワは語っている。

「メーカーを裁判に訴えることは、農産物食品加工業界において初めてのケースだ」と、原告、ポール・フランソワの弁護を引き受けたラフォルグ(François Lafforgue)弁護士は強調している。ラフォルグ弁護士は公衆衛生の事件を専門的に扱うパリの弁護士事務所に所属しており、今までにアスベストや原子力実験、トゥールーズにあるAZF工場の爆発事故(2001年9月21日に起きた、化学工場の爆発事故で、31人が死亡、2,500人が負傷しています)などの被害者の弁護にあたってきた。「今回の件では、過ちを明確にすることが目的だ。我々は、製品の化学成分に起因する重大なリスクについてメーカー側が警告を怠っていたと考えている」と、弁護士は述べている。

除草剤「ラッソ」は特に、塩素ベンゼンとアラクロールという2種類の有害物質を含んでいる。ラフォルグ弁護士は、この除草剤はその販売がカナダでは1985年に、ベルギーでは1990年に、イギリスでは1992年にそれぞれ禁止されたが、フランスで禁止されたのは2007年になってからだった、という点を指摘している。また、弁護士によれば、モンサント社は販売を正当化するために、販売禁止以前に出されていた国家による認可を立てに責任逃れをするかもしれない。しかし、「メディアトール事件(l’affaire Mediator:太り過ぎの糖尿病患者に処方されていた薬で、Servier社製。アンフェタミンに近い成分が含まれており、弁膜症や高血圧を誘発。2009年11月に販売が禁止されましたが、それまでに500~2,000人が死亡したと見られています)以降、政府の認可があっても、メーカーは情報を十分に開示すべきであることを消費者は理解している。しかも、政府の対応が不十分だからといって、メーカー側の責任が不問に付されるわけではない」と、弁護士は述べている。

ポール・フランソワは、裁判に訴えたことにより、フランスの農民たちの健康状態について広く関心を惹きたいと思っている。それは、多くの農民が除草剤などに起因する病気に苦しんでおり、しかも、その事実を公言しようとしていないからだ。「農民たちは、健康問題に黙って耐えようとしている。鼻からは出血し、目は痛み、頭痛はひどいというのに。事を荒立てずに済まそうとしているが、化学品による中毒はついには重篤な病気に至るものだ。死に瀕している農民もいる」と、彼は話している。では、なぜ声を発しないのだろうか。ポール・フランソワによれば、農民たちは罪の意識のせいで、立ち上がろうとしない、ということだ。環境や健康に有害な製品を使用していることを非難されるのではないかということを恐れているのだ。それゆえ、彼らは論争の種を撒くのを恐れて、自らの病気について公にしようとはしないのだ。「農民は死んでいく。しかも、非難されてもいる。農民は糾弾されるというのに、農薬を製造した化学メーカーは利益を挙げ続けている」と、ポール。フランソワは憤っている。

農民たちは、作業を改善しようとしている、ゆっくりとだが、確実に。しかし、環境に対するリスクは常に自覚している。ポール・フランソワは、「高速道路を時速250kmで飛ばすドライバーがいるように、農民にもいわば間違った人間がいる。しかし、大部分がそうだということではない」と語っている。彼は判決を聞くのが待ちきれない。「毎朝モンサント社のことを考えながら目を覚ますというわけではないが、今回の訴訟は重要なステップだ、たとえ何年もかかろうとも。一刻も早くこの試練を乗り越えたい。化学品に関われば、利害の衝突に巻き込まれることになり、状況は複雑になる。私はシンプルな一市民だ。私はモンサント社のような巨大な力に抵抗するいかなる代表でもない。しかし、我々の権利を主張するために、そこに裁判所があるのだ」と、農民、ポール・フランソワは述べている。

・・・ということで、除草剤などの農薬の使用により、自らの健康を害している農民たち。しかし、農薬は自分たちの健康だけでなく、環境にとっても有害であることを自覚していればこそ、健康被害を言い出せずにいるフランスの農民たち。農薬の使用を非難され、黙って死んでいくことになります。このままでいいのか・・・そこで、立ち上がったのがポール・フランソワ氏、というわけです。

しっかりとした「個」を持ち、主張すべきは主張するのがフランス人、というイメージがありますが、農民たちの態度は、遠慮の塊。ただひたすら面倒を避けようとしているわけで、日本的ですらあるように思えてしまいます。

物事には裏がある・・・国民性にも、裏表があるのかもしれません。十把一絡げで、何人はこうだ、と決めつけては、別の面を見逃してしまうのかもしれません。裏まで見るのは大変ですが、裏があるから面白いとも言えます。しかも、それは、国民性だけでなく、個人でも。思わぬ一面があるから、互いに飽きないのかもしれません。時には、見たくない一面を見せられることもありますが・・・

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