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アートな毎日

巳午(みんま)の行事

2016-12-02 11:57:46 | アートな毎日
愛媛県に伝わる行事で、その年に亡くなった人の「お正月」をする「みんま」という行事があります。
愛媛でも東中南予によって内容は違うようですが、ウチのやり方は中予地域(松山地域)の行事です。
今年の12月には「巳午」が3回ありますが、12月1日、昨日その「みんま」をしました。
ウチは弟が4月に永眠したので、実家の座敷には法事と同じように祭壇を出しました。
しかし、しめ縄は逆になわれ、一般に行う慶事の正月飾りとは「逆」のことをするのです。

代表的な行事として、一升餅をつき、墓で参列者で食べきるという変わったならわしがあります。
写真はお餅をまるめる孫(弟の初孫)Hちゃんです。






肉親などの親い親族のみが参列し、お墓で餅を焼いて、それを包丁に突き刺し、
肩越しに餅を1人ずつ取って食べます。残さずこの場で食べきるというのが大切とのこと。
昔から伝わることなので、聞いた話としてしか知りませんが、
あえて「してはいけないことをする」ことのようです。
死を汚れとしていた時代に それらをたち切り、新年は良い年にしましょうといういわれと聞きました。
が、諸説あるようですね。
 

父が藁に火を付けて、母と叔母が餅を焼き(少し焼くだけ)参列者10名で食べました。
昨日は勤務している家族は参加できませんでした。

昔は、真夜中の「巳から午刻に変わる時間帯」におこなっていたようです。
今でも真夜中にお墓へ向かっておこなう地域もあるらしいですが、
多くは真昼の12時ジャストにするようになったようです。
私は今まで、祖父母のときに体験したので今回で3回目の体験。
だんだんとこういう「儀式」もなくなってしまうことと思います。

お墓から戻り、弟の祭壇の前で直会をしました。
弟の死はとても悲しいけど、戴くお料理は美味しいです。

まだ今でも涙しない日はありませんが、残った人たちが健康で楽しく暮らしていけたら弟も喜ぶはずです。


ウチから東温市の平野方面遠望。

これは昔昔、大正末期から昭和書初期の東温市上林の写真です。フジグランで見つけました。
背景は皿ケ嶺です。雪があるので2月頃かしら。上林小学校の上あたりから撮ったようです。

父はものすごく感動して見ていました。
と同時に、「100年前とほぼ同じ」と皆で言いました

来年は楽しい年にするぞ




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4 コメント

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しばらくありますね。 (谷口)
2016-12-02 20:39:54
3年ぐらいまでは、いろいろ行事がありますね。

そういえば、30年ほど前の父の時は、ちゃんとこのような事をしましたが、4年前の母と兄の時は、昼の12時にお墓参りしただけだった気がします。
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谷口さんへ (恵子)
2016-12-02 23:04:04
谷口さんありがとうございます。
やっぱり「巳午」の行事はだんだんなくなってるんですね。
昔は真夜中の12時だったそうで、ちょっと怖いよね

来年は楽しいことが沢山の年になりますように
みんな健康でいようね\(^O^)/
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昔からの儀式 (聖月)
2016-12-05 08:28:00
恵子さん、おはよう
弟さんの「巳午」という儀式が行われたんですね。
初めて見ました。
主人の実家の法事でおもちを人の形に切ってお供えし、後でみんなでいただいたことはありました。
地方によっていろんな儀式があるんですね。
来年はみなさんに良いことがありますように!
いよいよみんなと会う日が近づいてきましたね。
楽しい一日にしましょうね♪
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聖月さんへ (恵子)
2016-12-06 09:02:55
聖月さん、大阪ではよろしくお願いします(^_^)b
とても楽しみにしています\(^O^)/
「巳午・・みんま」は愛媛県特有の古式行事のようで、四国でも愛媛に近い地域で行われているみたいです。
ポイントは「今年亡くなった人」を対象にした弔い
ですね~。
大阪でもお餅を使ったことがおこなわれていたんですね!
日本中を調べてみたらいろいろ違った形の行事がみられるかも。
そういうの調べてみたいなぁ~(^_^)b

ではは本日も良き一日でありますように\(^O^)/
幼稚園へ行ってきまあす
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