文政権対検察の対立
行政裁判所が尹検事総長の懲戒の執行停止の判決を下すと文大統領は「裁判所の決定を尊重する」と一応は言ったが、「検察改革や捜査権改革などの後続措置を支障なく進めていく」として検察改革を続行する決意を述べた。
尹総長の2年の任期はあと7か月残っている。
尹総長は秋長官が進めた総長外しが失敗したことで、政権に対する捜査を本格的に再開するだろう。
その最初が月城原発に対する経済性評価の改ざんへの産業資源部長官と青瓦台幹部の介入であろう。
次いで蔚山市長選挙における青瓦台の介入、ライム・ファンド、オプティマス・ファンド運用を巡る青瓦台など政府・与党の不正疑惑などである。
他方、文在寅大統領側は、公捜処を新年早々にも設置し、検察から政権幹部への捜査権を奪おうとするであろう。
また、権威が失墜した法務部長官の後任人事も急ぐだろう。
公捜処が設置すれば、政権幹部に対する捜査は一義的には同処に移されることになる。
したがって、検察としてみればそれまでにどれだけ捜査を進め、犯罪を立証するかが鍵であろう。
しかし、公捜処が設置されても、検察が政府高官の捜査の情報をできる限り公捜処に引き渡さないようにするであろう。
いずれにせよ、文政権と検察の対立は尹総長の任期が終わる7月までは続くだろう。
そしてその間に政権を巡る不正はさらに明らかになり、これを抑えようとする政権側の圧力は文政権の支持率をさらに低下させることになろう。
外交問題で最大の変数はバイデン次期政権との出会い
文政権は、バイデン氏の当選が有力となると康京和(カン・ギョンハ)外相が米国を訪問するなど、次期政権への働きかけを始めた。
文大統領の最大の関心事は、バイデン政権が北朝鮮との対話にどう取り組むかである。
しかし、文在寅氏がトランプ氏を言いくるめて首脳会談に応じさせたようなことはバイデン氏にはできないだろう。
同氏は、実務陣が北朝鮮と向き合い、非核化意思が明確となるまでは、首脳会談に応じることはないであろう。
そのような状況で北朝鮮が焦って挑発行為を行わないかが、文氏にとって当面の懸念である。
こうした中で文在寅氏が取るべき道は、北朝鮮に対し、核開発を放棄しないと米朝対話はなく、北朝鮮への制裁緩和はないことを説得することである。
しかし、文政権の北朝鮮に対する弱腰姿勢を見るとこれはできないだろう。
逆に韓国の対北朝鮮ビラ散布法に対する米議会の反発が強まっている。
同法は韓国憲法に違反する可能性があり、市民的・政治的権利に関する国際規約に違反するというのが広く国際的な見方である。
バイデン政権は同法の撤廃を求めて来る可能性があるが、韓国の政府・与党は米議会や国際社会の動きに反発しており、米からの撤廃圧力が強ます場合には、米国から離れ、中国や北朝鮮とタッグを組もうとしかねない。
2021年は長年培ってきた米韓同盟が維持できるかどうかの瀬戸際となりかねない年である。
日韓関係は徴用工問題への韓国の対応が鍵
韓国の裁判所は、徴用工に関連する日本企業の資産売却に慎重になっている。
それは日本が報復する、との意思を明確にしているためである。
しかし、文在寅政権には、裁判所に対して日本企業の資産売却を思いとどまるよう働きかける動きは見せないだろう。
それは文政権の歴史問題に関する体質、市民団体べったりの体質からきている。
文在寅氏は徴用工に対し、日本企業への賠償請求を焚きつけておきながら、日本の予想外の対応に困っている。
これまで日韓間で様々な交渉を行ったが、その度に妥協案を出したのは日本で韓国はそれに注文を付けるだけであった。
それが今回は、韓国政府が財団案など次々に妥協案を出してきている。
しかし、その妥協案には日本が受け入れられる内容のものはないということである。
韓国政府は、韓国が強く出れば日本は妥協すると甘く見ていたようである。
しかし、徴用工に関して日本に補償を要求することは請求権協定の明らかな違反であり、戦後合意の蒸し返しである。
日本には妥協する考えはない。
徴用工の問題は韓国が国内でどのように処理するかの問題であり、日本との外交交渉の問題ではない。
唯一の変数はバイデン政権が日韓間で何とかしろと言ってくることであろうが、その前に米韓のもめごとがはじまっているような気がする。
要するに文政権が続く限り日韓関係も膠着状態が続くということであろう。
南北朝鮮関係は緊張が高まる
南北関係では、2018年9月に文大統領が訪朝し、南北首脳共同宣言を発出した。
そして昨年総選挙で大勝すると、南北の経済が一緒になれば日本をしのぐことができると非現実的な夢を語った。
しかし、南北関係は19年2月、ベトナムで行われた米朝首脳会談が決裂してから悪化していた。
金正恩朝鮮労働党委員長は、決裂の原因が文在寅氏に騙されたとの思いがあり国民に対しても会談失敗の原因を文在寅氏に押し付けた。
それ以来、韓国に対しては敵対的姿勢を示すようになっており、昨年6月金与正氏が脱北者によるビラ散布を非難したのもそのためである。
それはさらに南北共同連絡事務所爆破となった。
北朝鮮はバイデン氏の大統領当選についていまだコメントしていない。
金正恩氏はトランプ氏とは個人的関係を築いたが、バイデン氏が大統領となれば、首脳会談の見通しが全く立たないからである。
2021年の南北関係は米朝の間に立って韓国がどのような姿勢を示すかが鍵である。
文在寅氏が金正恩氏を引き付けるためには文在寅氏がバイデン氏の信頼を得、米朝の仲介を果たせるような立場に立つことが不可欠である。
しかし、文氏の言葉巧みに相手を丸め込もうとするやり方は誠実さがない。これではまた、米朝双方から愛想をつかされるのが落ちだろう。
弱まりつつある文在寅政権
文在寅氏は東京オリンピックの機会に日米韓朝の首脳の会談を開こうと画策しているが、金正恩氏が会談したいのは米大統領であり、日本や韓国も入れた会談には興味を示さないだろう。
非現実的なことを考えるのが文在寅氏と言ってしまってはそれまでだが、北朝鮮と関係を改善したいのであれば現実に目を向け、双方の実利を考えることから始めるべきであろう。
以上、2021年の展望をテーマごとに概観した。
新型コロナの世界における蔓延がどうなるのか、それにともない世界経済はどうなるのか、東京オリンピックは開催されるのか、北朝鮮は経済困難を乗り切れるのか、米中関係はどうなるのか、日本の菅政権は新型コロナを乗り切って再選できるのかなど国際情勢を見ても不確定要素は多い。
それ如何では韓国情勢も変わってくるだろう。
ただ、言えることは文政権に取って2021年は厳しい任期終盤になるということだろう。
文政権は内部のまとまりも弱まりつつある。体制を立て直すことは至難の業だろう
武藤 正敏(元駐韓国特命全権大使)
文在寅の「失政」でボロボロの韓国経済
現代ビジネス
2020年は文在寅大統領にとってジェットコースターのような一年であった。
2019年の韓国経済は、年末に財政支出で帳尻を合わせやっと2.0%の経済成長を遂げた。
しかし、経済成長率が実質的に1%台となるのは、アジア通貨危機やリーマンショックで世界経済が低迷していた時だけで、これは文政権の経済政策の失敗を反映している。
文在寅氏は格差是正を公約としていたが、最低賃金の大幅な引き上げ(18年16.4%、19年10.9%)は失業の増加に繋がり格差は拡大した。
家計の負債は増加し、青年失業率の拡大、少子高齢化の進展、不動産価格の高騰など国民生活は困難が増大した。
文在寅政権の支持率は政権発足当初70%を超えていたが、19年にはチョ・グク前法務部長官の子女の不正入学や資産の不正運用の影響で一時50%を下回ることがあった。
それでも、概ね50%前後の水準を維持してきた。
それが、跳ね上がったのが新型コロナ対応の成功である。
2月18日以降、大邱の新天地イエス協会で新型コロナの集団感染が発生した。
感染者数は3月末には9786人に達したが、徹底したPCR検査の実施、感染者の隔離、感染者の行動の追跡によって新規感染は収束し、これは「K防疫」の成果として国際的な評価を得るに至った。
この時期の感染は、野党が強い慶尚北道にほぼ限定されており、政府与党への支持は65%近くまで跳ね上がった。
国際的に「非難」されている
岩盤支持層も「文在寅離れ」を始めた
それでは2021年の文政権の行方はどうなるのか。
全般的な評価から述べたい。
歴代政権の先例を見れば、支持率は4年目に入ると目に見えて低下する。
韓国の大統領は1期5年制であり、4年目に入るころから、先が見え、政権に対する求心力がなくなることが背景にある。
文政権について見れば、立法府は先の総選挙で抑え込んでおり、行政府も局長以上は文親派で固めている。
また、司法も大法院長と法官、憲法裁所長と裁判官はいずれも文親派である「ウリ法・国際人権研究会」と「民主社会のための弁護士会」(民弁)が占めている。言論も幹部や労組を通じて政権批判を抑えている。
このため、文政権はレームダックになりにくい政権ではある。しかし、最近の動向を見ると、歴代政権の経験値通りになっている。
支持率はもう戻らない
昨年12月28日にリアルメーターが発表した調査によれば、肯定的評価は先週より2.8%下がり36.7%に、否定的評価は2.0%上がって59.7%とその差も23%に広がった。
支持層別にみても、民主党支持層(-4.3%)、40代(-3.3%)、女性(-4.0%)と文政権の岩盤支持層で下落している。
直近においては新型コロナ感染が首都ソウルとその近郊で広がっていること、営業時間の短縮が広がるなど経済への影響が一層深刻化していること、文政権の攻勢を防いだ検察が政権幹部に対する捜査を強化する見込みであること、文政権の圧力に対する韓国社会の反発が広がっていることなどから、支持率が回復する材料を探すのは難しい。
それでも政府与党は相変わらず反省することなく、政権への反対を力でねじ込む対応を取っている。
4月のソウル、釜山市長選挙が分水嶺
一つ大きな節目は4月に予定される、ソウルと釜山の市長選挙である。
この市長選挙で与党系の候補が負けることがあれば、政権への求心力は一気に衰え、レームダック化する可能性がある。
そのため、文政権はいかなる形で不正に介入してでも勝とうとするだろう。それを抑えるためには蔚山市長選挙への青瓦台の介入事件を詳細に暴き、選挙に介入しにくい雰囲気を醸成する必要がある。
そこで政府・与党との激しい戦いが繰り広げられるだろう。
与党では尹総長を国会で弾劾すべきと無茶なことを言っている。
何をするかわからないのが文政権である。
いずれにせよ、2021年の内政を展望すれば、文政権の強硬政策、文政権への反発、支持率の低下という悪循環に陥っていくのではないか。
文政権対検察の対立
行政裁判所が尹検事総長の懲戒の執行停止の判決を下すと文大統領は「裁判所の決定を尊重する」と一応は言ったが、「検察改革や捜査権改革などの後続措置を支障なく進めていく」として検察改革を続行する決意を述べた。
尹総長の2年の任期はあと7か月残っている。
尹総長は秋長官が進めた総長外しが失敗したことで、政権に対する捜査を本格的に再開するだろう。
その最初が月城原発に対する経済性評価の改ざんへの産業資源部長官と青瓦台幹部の介入であろう。
次いで蔚山市長選挙における青瓦台の介入、ライム・ファンド、オプティマス・ファンド運用を巡る青瓦台など政府・与党の不正疑惑などである。
他方、文在寅大統領側は、公捜処を新年早々にも設置し、検察から政権幹部への捜査権を奪おうとするであろう。
また、権威が失墜した法務部長官の後任人事も急ぐだろう。
公捜処が設置すれば、政権幹部に対する捜査は一義的には同処に移されることになる。
したがって、検察としてみればそれまでにどれだけ捜査を進め、犯罪を立証するかが鍵であろう。
しかし、公捜処が設置されても、検察が政府高官の捜査の情報をできる限り公捜処に引き渡さないようにするであろう。
いずれにせよ、文政権と検察の対立は尹総長の任期が終わる7月までは続くだろう。
そしてその間に政権を巡る不正はさらに明らかになり、これを抑えようとする政権側の圧力は文政権の支持率をさらに低下させることになろう。
外交問題で最大の変数はバイデン次期政権との出会い
文政権は、バイデン氏の当選が有力となると康京和(カン・ギョンハ)外相が米国を訪問するなど、次期政権への働きかけを始めた。
文大統領の最大の関心事は、バイデン政権が北朝鮮との対話にどう取り組むかである。
しかし、文在寅氏がトランプ氏を言いくるめて首脳会談に応じさせたようなことはバイデン氏にはできないだろう。
同氏は、実務陣が北朝鮮と向き合い、非核化意思が明確となるまでは、首脳会談に応じることはないであろう。
そのような状況で北朝鮮が焦って挑発行為を行わないかが、文氏にとって当面の懸念である。
こうした中で文在寅氏が取るべき道は、北朝鮮に対し、核開発を放棄しないと米朝対話はなく、北朝鮮への制裁緩和はないことを説得することである。
しかし、文政権の北朝鮮に対する弱腰姿勢を見るとこれはできないだろう。
逆に韓国の対北朝鮮ビラ散布法に対する米議会の反発が強まっている。
同法は韓国憲法に違反する可能性があり、市民的・政治的権利に関する国際規約に違反するというのが広く国際的な見方である。
バイデン政権は同法の撤廃を求めて来る可能性があるが、韓国の政府・与党は米議会や国際社会の動きに反発しており、米からの撤廃圧力が強ます場合には、米国から離れ、中国や北朝鮮とタッグを組もうとしかねない。
2021年は長年培ってきた米韓同盟が維持できるかどうかの瀬戸際となりかねない年である。
日韓関係は徴用工問題への韓国の対応が鍵
韓国の裁判所は、徴用工に関連する日本企業の資産売却に慎重になっている。
それは日本が報復する、との意思を明確にしているためである。
しかし、文在寅政権には、裁判所に対して日本企業の資産売却を思いとどまるよう働きかける動きは見せないだろう。
それは文政権の歴史問題に関する体質、市民団体べったりの体質からきている。
文在寅氏は徴用工に対し、日本企業への賠償請求を焚きつけておきながら、日本の予想外の対応に困っている。
これまで日韓間で様々な交渉を行ったが、その度に妥協案を出したのは日本で韓国はそれに注文を付けるだけであった。
それが今回は、韓国政府が財団案など次々に妥協案を出してきている。
しかし、その妥協案には日本が受け入れられる内容のものはないということである。
韓国政府は、韓国が強く出れば日本は妥協すると甘く見ていたようである。
しかし、徴用工に関して日本に補償を要求することは請求権協定の明らかな違反であり、戦後合意の蒸し返しである。
日本には妥協する考えはない。
徴用工の問題は韓国が国内でどのように処理するかの問題であり、日本との外交交渉の問題ではない。
唯一の変数はバイデン政権が日韓間で何とかしろと言ってくることであろうが、その前に米韓のもめごとがはじまっているような気がする。
要するに文政権が続く限り日韓関係も膠着状態が続くということであろう。
南北朝鮮関係は緊張が高まる
南北関係では、2018年9月に文大統領が訪朝し、南北首脳共同宣言を発出した。
そして昨年総選挙で大勝すると、南北の経済が一緒になれば日本をしのぐことができると非現実的な夢を語った。
しかし、南北関係は19年2月、ベトナムで行われた米朝首脳会談が決裂してから悪化していた。
金正恩朝鮮労働党委員長は、決裂の原因が文在寅氏に騙されたとの思いがあり国民に対しても会談失敗の原因を文在寅氏に押し付けた。
それ以来、韓国に対しては敵対的姿勢を示すようになっており、昨年6月金与正氏が脱北者によるビラ散布を非難したのもそのためである。
それはさらに南北共同連絡事務所爆破となった。
北朝鮮はバイデン氏の大統領当選についていまだコメントしていない。
金正恩氏はトランプ氏とは個人的関係を築いたが、バイデン氏が大統領となれば、首脳会談の見通しが全く立たないからである。
2021年の南北関係は米朝の間に立って韓国がどのような姿勢を示すかが鍵である。
文在寅氏が金正恩氏を引き付けるためには文在寅氏がバイデン氏の信頼を得、米朝の仲介を果たせるような立場に立つことが不可欠である。
しかし、文氏の言葉巧みに相手を丸め込もうとするやり方は誠実さがない。これではまた、米朝双方から愛想をつかされるのが落ちだろう。
弱まりつつある文在寅政権
文在寅氏は東京オリンピックの機会に日米韓朝の首脳の会談を開こうと画策しているが、金正恩氏が会談したいのは米大統領であり、日本や韓国も入れた会談には興味を示さないだろう。
非現実的なことを考えるのが文在寅氏と言ってしまってはそれまでだが、北朝鮮と関係を改善したいのであれば現実に目を向け、双方の実利を考えることから始めるべきであろう。
以上、2021年の展望をテーマごとに概観した。
新型コロナの世界における蔓延がどうなるのか、それにともない世界経済はどうなるのか、東京オリンピックは開催されるのか、北朝鮮は経済困難を乗り切れるのか、米中関係はどうなるのか、日本の菅政権は新型コロナを乗り切って再選できるのかなど国際情勢を見ても不確定要素は多い。
それ如何では韓国情勢も変わってくるだろう。
ただ、言えることは文政権に取って2021年は厳しい任期終盤になるということだろう。
文政権は内部のまとまりも弱まりつつある。体制を立て直すことは至難の業だろう
武藤 正敏(元駐韓国特命全権大使)