「共同富裕」は、コロナ禍でさらに拡大した不平等を減らし、国民の生活の質を改善する意図で習近平国家主席が掲げている政策だ。

しかし、「極度の貧困を解消した」という政府の発表とは裏腹に、都市部と農村の乖離はさらに鮮明になり、経済や地方自治体を混乱させているという。

「所得再分配」で所得格差解消を狙う

「共同富裕」は、2021年8月に開催された中央財経領導委員会第10回会合で、議長を務める習近平国家主席が打ち出した政策だ。

基盤となるのは「所得再分配」である。

低所得層の収入の増加を図り、企業や富裕層からの「社会還元(=増収)」を用いた再分配を行うと同時に、地域開発をよりバランスの取れたものにする制度の確立を目指している。

鄧小平前最高指導者(1978〜1989年)主導下で実施された「改革開放政策」を機に、中国経済は著しく成長したものの、その一方で所得格差の拡大という社会問題を生み出した。

世界不平等研究所が2021年12月発表した年次報告書によると、

中国の成人の下位50%の年間所得が約2万5,520人民元(約50万円)であるのに対し、上位10%はその15倍近くとなる平均37万210人民元(約730万円)を得ている現状だ。

サウスチャイナ・モーニングポスト紙は、「中国における所得格差は、どの先進国よりも大きい」と指摘している。

「共同富裕」が引き起こす株式市場のチャイナパニック

貧富格差の解消は、国連加盟全193ヵ国が掲げる「持続可能な開発目標(SDGs)」にも盛り込まれている。

国際社会の持続可能な成長を促進すると同時に、自国を繁栄させる上で欠かせない重要課題だ。

当然ながら「共通富裕」にも貧富格差への取り組みとともに、新たな産業の機会を創出するという狙いがある。

共産党が「取り残された」人々を救済するために真っ先に着手したのは、巨額の利益を上げるテクノロジー、教育、エンターテインメント企業と超富裕層の取り締まりだった。

先陣を切って逆風にさらされたのは、中国経済の4分の1を占める不動産開発産業だ。

政府が「再編」という名目で過度に融資を規制したことにより、恒大集団を筆頭とする大手は巨額の負債を抱えることとなり、経営危機に直面している。

現在は、不動産関連上場企業の5割弱が赤字という現状だ。

一方テンセント(騰訊控股)は、2021年10~12月期の四半期決算で2四半期連続「減益決算」を記録し、アリババ(阿里巴巴)バイドゥ(百度)などのIT競合とともに大規模な人員削減に迫られている。

対米関係の悪化やウクライナ侵攻を巡る親露姿勢など複数の要因がさらなる圧力を加える中、株式市場ではチャイナパニックが続いている。

2022年3月にはハンセン中国企業指数が2008年11月以来最大の下げ幅となったほか、ハンサン・テック指数は年初のピークから2兆1,000億ドル(約260兆7,033億円)相当が一掃された。

浮き彫りになる「地域格差」と「非現実的なモデル」

「共同富裕」を実現させるための、機能構造改革という問題も横たわる。

改革ニーズは州ごとに大きく異なるため、「全土万能のアプローチ」は存在しない。

しかし、専門家や当局者などの間では、中国沿岸部の一部の裕福な地方で革新的な計画が進められている一方で、多くの地方は「基本的な開発ニーズを満たすことを目的とした、既存の政策の寄せ集めに依存している」と指摘する声もある。

たとえば、政府は「浙江モデル」と呼ばれる、東部浙江省が打ち出した共同富裕実現の模範例を推奨している。

これは、2025年までに年間可処分所得を10万~50万人民元(約195万~976万円)の世帯の割合を80%に引き上げるとともに、20万~60人民元(309万~1,170万円)の世帯を45%確保することを目指す計画だ。

しかし、浙江と同じような発展を他の地域でも期待できるわけではない。北西部甘粛省や南西部貴州省など貧困率が高い地域においては、まったく異なるアプローチが必要だ。

都市部の住民の可処分所得は2021年末で年間平均4万7,412人民元(約93万円)、農村部の住民は1万8,931人民元(約37万円)とその差は歴然としている。

オックスフォード大学中国センターのジョージ・マグナス研究員は、「特に資金難で負債を抱える地方政府の多くにとって、企業や個人から富を収集して再分配するのは難しいだろう」との見解を示している。

中国中部江西省の村役人シャオ・ジンマオ氏によると、地元経済を農業に依存している地域は産業を発展させる術もなく途方に暮れているという。

「村の集団経済を強化することは中央政府の政策のカギだが、補助金があっても地方政府が収益率の高い産業を発展させることは困難だ」。

一方では、「浙江モデルは目標が高過ぎる」との見方もある。

2021年の公式データによると、中国で最も裕福な省のひとつとはいえ、浙江省の1人当たりの年間可処分所得は5万7,541人民元(約112万円)だ。

今後3年以内に目標値を達成するのは、どう楽観的に見ても非現実的ではないか。省内の推定3,000万人の移民労働者がデータに含まれていない点も、考慮する必要がある。

改革協会委員長「クラスターの外側の地域は崩壊する」

都市部と農村の乖離が「共同富裕」実施における重要課題のひとつを浮き彫りにしているにもかかわらず、政府はそれに対する解決策を打ち出していない。

「共同富裕政策が適切に実施されない場合、クラスターの外側の地域は崩壊する可能性が非常に高い」と、中国シンクタンク「広東省改革協会」の彭彭執行委員長は警鐘を鳴らす。

「共同富裕」が企業の成長を阻み、「富める地域がさらに富み、貧しい地域はさらに苦しむ」という構図を作り出すリスクをはらんでいることを、習国家主席がどこまで認識しているかは謎だ。

文・アレン・琴子(英国在住のフリーライター)