北大路機関

京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

榛名防衛備忘録:戦車は何故必要なのか?、防御戦闘と攻勢戦果拡張

2015-01-24 22:50:04 | 防衛・安全保障
◆装甲機動旅団・航空機動旅団
 四輪駆動装甲車、北大路機関では繰り返しその必要性を提示していますが、今回は何故装甲車が必要となっているのか、について少し。

 戦車、陸上戦闘における機動打撃力の根幹です。日本本土に仮に戦車が装備されていないならば、着上陸を行う敵は一定期間補給が途絶、我が方の海上防衛力や航空防衛力により補給を寸断されたとしても、そもそも地上戦闘において最も物資を消費するのは対機甲戦闘と対砲兵戦であることから、物資の消費を最小限として素早く進出することが可能でしょう。

 そしてこれは重要都市や重要地形等を占拠し、持久戦の構えを取った上で、政府間の講和を提示し、我が方はこれ以上占領地を確保しないので、現在占領している地域だけ割譲したい、もしくはその価値に同等の政治的譲歩を迫る、ということが考えられるわけです。

 もちろん海空優位論者の方にはこうした意見は好まれていません、我が国に侵攻を試みる空軍力を根幹から破壊できるような、第三次中東戦争期のイスラエル空軍のような優勢が、戦闘機換算で1000機程度を維持する、第四世第戦闘機2000機程度の脅威を排除できる能力が無ければ実現しません。

 それだけではありません、第三次中東戦争ではイスラエル本土に脅威を及ぼすエジプト空軍爆撃機の排除が最優先でしたので、同等の脅威を及ぼす我が国周辺国の弾道ミサイル部隊を撃破できるだけの航空打撃力乃至弾道ミサイルが整備され、敵艦隊を港湾ごと無力化できる勢力を我が方が整備できるならば話はべつですが、こんなことは絵空事といわざるをえないところ。

 こういいますのも、我が国周辺は世界でも有数の兵力集中地域であり、軍事的に難しく、一人も上陸させない制空権の維持ではなく、航空優勢の確保が念頭となりますし、何より上陸させないためには自衛権の先制行使、先にこちらが侵攻の兆候を察知し、制圧できなければならず、憲法上の問題も無視できません。

 戦車については、我が国への武力攻撃を展開する企図を行い勢力に対して決定的な不確定要素を与えます。我が方の戦車を排除し、短期間、我が方の海上防衛力や航空防衛力により海上交通路が寸断し上陸部隊が孤立、仮に海上や航空での優勢を我が国より再度奪取した場合を想定しても、それまでの期間に上陸部隊が我が方の陸上部隊からの反撃により海岸に追いやられる状況に陥らない確証を得られなければ、着上陸侵攻は企図したとしても実行に乙瀬ないでしょう。

 一方で、我が国への侵攻を企図する勢力にとり、我が国戦車の最大の不確定要素は、侵攻を企図する側が敗走した場合、我が国に戦車があるという事実は逆に我が方の戦車が相手へ着上陸し、首都や重要地域を抑えられるのではないか、という心理的な負荷を与える事にもなるでしょう。我が国は平和憲法がある、という国是ですが、侵攻を企図する側の行動が憲法そのものを切り替える端緒となりえる可能性、平和憲法を論理の中枢におかず物事を図るわが国民以外の視点からは、攻めて失敗すれば攻め返される、という視点が成り立ち、こちらも心理的な抑止力と成り得るわけです。

 そしてもう一つ、我が国は海洋国家であり、この為に機甲戦力の重要性が高まるのです。一種説明が無ければ、海洋国家ならば軍艦だろう、と返答がありそうなものではありますが、かつての海洋国家イギリスは強力な艦隊に連動した陸上部隊により世界の制海権を維持しました。その背景には、海洋国家の緊要地とは港湾であり、港湾と良港適地を制圧したならばそもそも相手は海洋への接近経路を絶たれる、という論理を堅持しました。

 この成果は、同時期に海洋国家を志したフランスとドイツが大陸国家視点からの緊要地として港湾ではなく内陸部を含めた地域制圧を企図し過度に軽装備の大兵力を展開させ、人的資源の限界に早々と直面したため、イギリスほどの領域の拡大を果たせませんでした。イギリスは港湾を確保、経済流通を含め海上交通を維持できる体制を確保し、この地域を制圧できない可能性に直面した場合には港湾を破壊し素早く撤収しているため、人的損害を回避できています。港湾の占領と占領維持不能の際には破壊、という手法はローマ帝国が行っていまして、かの時代には港湾機能に造船業者等を含めていた、とも。

 もちろん、日本も大英帝国の方式を踏襲すべきというわけでは全くありません、海洋国家を企図するならば、港湾などの重要地域がもつポテンシャルを理解すべきであり、同時にこれは我が国周辺で西太平洋を自国の勢力下に置こう為政者さえ公言する隣国にとり、我が国港湾を制圧もしくは破壊する重要性を示す事にもなり、併せて同様の行動を行う側にとれば、我が国が如何に平和政策を維持しようとも、我が国に侵攻した場合に反撃を受け、自国の港湾などを脅威にさらされうる、ということ。

 これが、抑止力、というものなのですが。単純に戦術的価値から戦車の重要性を考えがちですが、同時により広い視野から戦車の位置を、戦略的に見た場合、我が国への軍事的冒険を阻止する大きな意義がある訳です。そして、その戦車を常に最新型を開発し得る国産技術、運用体系なども、この抑止力を構成するものと言えるでしょう。

北大路機関:はるな
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7 コメント

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Unknown (ドナルド)
2015-01-25 00:24:13
はるなさま

敵が着上陸を考える際に、その輸送負担、兵站負担を大幅に増やし、結果として完璧な海空制圧なしに着上陸はできなくさせることが、機甲戦力の価値であることは、私も賛成です。

ただし、完璧な海空制圧ができるなら、着上陸などという損害の大きな戦いを敵がするはずも無く、半年ほどかけて日本国民を飢えさせて降伏させる道を選ぶでしょうが。それでも日本側は半年の時間を稼げるわけで、外交交渉を進めるにせよ、同盟国の来援を待つにせよ、貴重な時間になります。

一方で、

>侵攻を企図する側が敗走した場合、我が国に戦車があるという事実は逆に我が方の戦車が相手へ着上陸し、首都や重要地域を抑えられるのではないか

これはあり得ないと思います。政治的な問題もそうですが、そんなこととは関係なく、自衛隊の装備体系として、兵站部隊があまりに貧弱で、「日本に侵攻を試みるような大人口を持つ他国」に、陸自を侵攻させるなどという作戦は、100%不可能です。

#やる気(政治)の問題ではなく、物理的に(兵站的に)不可能。

国内防衛戦を戦い抜く兵站すらお寒い現状です。兵站負担は、実戦では予定よりも倍増する(敵の妨害や我が方の不手際で)のは、過去の戦訓より明らかです。つまりは国内戦を戦う場合でも、「前線戦力はまだ有力なのに、弾切れ、燃料切れ、整備不良で、撤退を余儀なくされる場面」が多数でてくるでしょう。

実戦で兵站負担が「倍増」する理由は極めて単純です。

陸自の弱点は兵站。戦いにおいては敵の弱点を突くのは基本中の基本。つまり、敵は、徹底的にこちらの兵站を叩きにくるからです。

いかがでしょう?
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Unknown (PAN)
2015-01-27 00:25:13
はるな様

以前の「四輪駆動軽装甲車案の傍論」のコメント欄にて、「VABのような13tクラスの四輪駆動装甲車」を導入するメリットについてのご解答をいただきましたが、なぜ四輪駆動に拘られるのか、今ひとつ納得いきませんので、ここで再び話題にさせていただきます。

ご提案の四輪駆動装甲車は、1個分隊まるまるを運べるキャパシティを持つサイズに意味があるとのことですが、そのニーズに対応するのが現行では96式装輪装甲車であり、現在開発中とされる次期APCではないでしょうか?

13tのVABと、14.5tの96式、重量を見ればほぼ同クラスであり、8×8の96式のほうが、路外走行性能が高いのは明白です(ただし96式はチヌークでの空輸は無理ですが)。ならば、似たようなサイズの装甲車を揃えるのであれば、より走行性能に勝るほうに集約するほうが、いいのではないでしょうか?

確かに96式は複雑なドライブトレインを採用したため、整備性が良くないとのマイナス面も聞きます。しかし現在開発中の次期APCは、そのアタリが大幅に改良されるはずです。
ただしこちらは96式の後継ではなく、あくまでも退役が進む73式装甲車の後継に位置づけられるとのこと。ですが、この新8輪装甲車の配備が見えている以上、それに近い車格の四輪駆動装甲車を導入することは、それこそ無駄が多くなるのではないですか?その分、新8輪装甲車の量産に振り向け、コストを下げることに注力したほうがいいと考えます。
場合によっては新APCを主力とし増産、まだまだ現役の96式も併せて普通科の装甲化を充足すると考えるべきではないでしょうか?

ちなみに、ブッシュマスターがあれほど高価なのは、わずか4両しか導入されないためであり、またIED対策を施した人員保護装備がかなり高価なものになるためです。
あれは、今回のISISの人質事件のようなケースで、現地での要人移動(例えば今回の中山副大臣のような)や、邦人救出に使われる特殊装備であり、早急に導入が必要なため、急ぎ少数導入を図ったもの(国産開発なんかしたら、開発コスト含めたら1両数億はかかりますよ)。もしそれなりの数を揃えるなら、1両あたりのコストは大幅に引き下げられるはずです。
いずれにしても、将来的にはそれも次期APCのバリエーションで代替えできるのではないかと考えます。

一方、軽装甲機動車や仏のVBLは、あのサイズと重量だからこそ使い勝手の良さがあり、存在意義があるわけです。そのために仏でもVABとVBLは並行して導入されており、担う役割は異なります。
そう考えると陸自の次期装備も、軽装甲機動車後継の小型四輪駆動装甲車と、機動力の高い新8輪APCの2車種に集約させ、量産効果によるコストダウンを図るべきだと考えますがいかがでしょうか?
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相手の立場から考える (はるな)
2015-01-27 01:00:01
ドナルド 様 こんばんは

港湾部への逆侵攻の可能性ですが、相手の立場に立って考えるべきではないかな、と記載しました,
"大英帝国の方式を踏襲すべきというわけでは全くありません"と示しているのはそうした意味で、主たるものは”港湾などの重要地域がもつポテンシャルを理解すべきであり”として、相手側が我が港湾を無力化しようと重装備を上陸させる可能性がある、という点

隣国が何処かは敢えて示しませんが、我が国周辺において継続して複数師団規模の侵攻部隊を支える海運力は無く、我が国が民生被害を顧みず専守防衛を貫徹すれば、対応は可能と考えます、しかし、相手側は渡洋作戦の経験が不十分であることを自覚できず軍事侵攻を行う、渡洋作戦の難易度を低く見積もって侵攻計画を立案するのであれば、言い換えれば自国の海軍力を過大評価しているにほかならず、これが同時に我が渡洋作戦能力をも過大評価することに繋がる、という意味でもあります、“我が国に侵攻した場合に反撃を受け、自国の港湾などを脅威にさらされうる、”という示唆とはそういう意味です
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四輪式よりも安価な八輪式があればそれが理想 (はるな)
2015-01-27 01:19:27
PAN 様 どうもです

四輪駆動に当方が拘る理由ですが、幾度か示しました通り、大量配備を実現するために96式装輪装甲車の半分程度と軽装甲機動車の倍額程度で10名を乗車可能な装甲車を配備し、航空機動部隊普通科部隊や装甲機動部隊支援車両を充足させるためです

安価にこだわるのは、昨年に機械化大隊の特集で示しましたように装甲機動部隊に戦車へ随伴し機動戦を展開できる装甲戦闘車が必要であり、ハイローミックスの区分が必要、そのためにとにかく安いものを、と

96式のH型駆動系等ですが、82式指揮通信車と同じようにトレーリングアーム式懸架装置を採用することで、従来型車軸に対し転覆限界の制約を抑え、リンケージ式パワーステアリング方式により最小旋回半径を抑え狭隘地形での運用能力を高める目的がありました

整備性の悪評は聞くところですが、北方で聞くところではしかし、73式装甲車よりは整備性が高い、しかしその反面泥炭地形での不整地突破能力の低さが酷い、と聞きます、本土では高機動車より整備性が煩雑、と聞きますので比較対象の問題ではないでしょうか
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付け加えますと・・・ (はるな)
2015-01-27 01:23:57
整備性ですが、米陸軍のストライカー装甲車部隊と共同訓練を行った普通科部隊(高機動車と軽装甲機動車を装備する)の方に聞きますと、仮にストライカーが自衛隊に大量配備された場合でも、現状の整備能力では手におえない、と率直な感想がありました
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Unknown (ドナルド)
2015-01-27 23:37:13
はるなさま

お返事ありがとうございます。

物理的に日本による外国への侵攻は確かに不可能である。しかし、相手が勝手に脅威に感じる可能性がある、という理解でよろしいでしょうか?

そう考える人も敵?国に少しは、いるかもしれませんが、我々はそんなことのために機甲部隊を整備する訳ではないと、私は考えます。つまり我が国における機甲部隊の整備目標とは関係の無い話しではないかと、、。

そもそも、もし中国を想定するのであれば、膨大な機甲部隊を含む巨大な陸軍がいる以上、陸自による侵攻など、全く脅威ではありません。瞬殺されるでしょう。一方で、では、脅威になるくらいまで我が方の機甲部隊を強化すべきかと言えば、そんな無駄なお金をかける余裕はありません。

>相手側が我が港湾を無力化しようと重装備を上陸させる可能性がある

ここもすこし確認させてください。

港湾の無力化が目的なら、空爆と機雷敷設で100%達成できます。重装備部隊の上陸は、港湾を「利用する」ためにするもので、破壊するための手段としては、著しく効率が悪いと思うのですが。。。

#ちょっと噛み合っていないので、はるなさんの意図が理解できていないのかもしれません。。すみません。
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説明不足でした、限定紛争と全面戦争 (はるな)
2015-01-28 02:17:12
ドナルド 様 こんばんは

説明不足でした、限定紛争と全面戦争の違いです

港湾制圧等は限定侵攻(佐瀬稔氏の北海道の十一日戦争や、木元寛明氏の道北戦争1979をイメージ)、相手に大量の物資補給を強要する規模の戦闘を展開するものは全面戦争(檜山良昭氏のソ連軍大侵攻本土決戦、舞台は違いますがラリーボンド氏の侵攻作戦レッドフェニックスやトムクランシーと共著のレッドストーム作戦発動など)

>相手側が我が港湾を無力化しようと重装備を上陸させる可能性がある

この部分は、イギリスやローマの事例を喩えとして出しています通り、最善は確保し利用、不可能ならば破壊、という構図で機雷封鎖してしまうと封鎖した側が利用できません、使う目的で限定侵攻し、不可能ならば破壊する、という構図です
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