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北大路機関

京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

【日曜特集】第7師団創設56周年記念行事(11)第11普通科連隊の完全装甲化された観閲行進(2011-10-09)

2022-06-12 20:05:58 | 陸上自衛隊 駐屯地祭
■89式装甲戦闘車登場
 第7師団特集の第11回が第11普通科連隊というのは何か偶然にしてもめでたいものです。機甲師団編成である第7師団唯一の普通科連隊は日本最大規模の普通科部隊だ。

 第11普通科連隊の観閲行進が始まりました、本部管理中隊とともに六個普通科中隊と重迫撃砲中隊という、六個普通科中隊を置く為に各戦車連隊へ普通科中隊を派遣し戦車連隊戦闘団を編成した場合でも旅団普通科連隊よりは強力な戦闘部隊が残るという編成です。

 東千歳駐屯地には実は戦車連隊は置かれていませんが、この第11普通科連隊と第7特科連隊が、強力な装甲部隊という印象を突き付けます。そしてこの連隊には自衛隊に配備されている89式装甲戦闘車がほぼ全て集約されています、他は教育部隊に配備されるのみ。

 89式装甲戦闘車は、35mm機関砲と79式対舟艇対戦車誘導弾を搭載し90式戦車の機動力に随伴できる防御力と機動力を兼ね備えた新時代の装甲車として開発されたのですが、新時代が冷戦終結後であった為に量産は68両と限られたものとなり数が揃いませんでした。

 35mm機関砲は開発当時に装甲戦闘車の代名詞がアメリカのM-2ブラッドレーの25mm機関砲と西側元祖と云われたドイツのマルダー1で20mm機関砲、イギリスのウォリアーが30mmでしたのでかなり強力といわれましたが、その後欧州では40mm時代が到来します。

 26tの戦闘重量を有する89式装甲戦闘車は開発当時、抜きんでた重装甲と呼ばれぜいたくすぎるとも称されましたが、その後欧州では、戦車よりも装甲戦闘車の方が全損した場合の人的被害が大き過ぎるとされ重装甲化が進み、今や40t台が普通となったのは驚いた。

 共通装軌車両として、89式装甲戦闘車の後継に車体のみを89式装甲戦闘車の延長線上という車輛を開発し73式装甲車と89式装甲戦闘車などを置換える構想があります、砲塔は新造しないという。ならばいっそ91両が量産された87式偵察警戒車砲塔も載せてはと思う。

 装甲戦闘車は世代交代している、この視点は重要であるように思う。89式装甲戦闘車などは第7師団にしなかいものですので良いものであるという認識がありますが、比較対象が73式装甲車ならば首肯できるものの、ASCODやCV-90と比較しても言い切れるのかと。

 近接戦闘、なにしろ戦車は500m以下の近接戦闘に脆弱性があり90m以下の近接戦闘はきわめて難しい、故に乗車歩兵が銃眼から撃退するという認識があったわけですが、これは恰も第一次大戦後から第二次世界大戦初期に散見された多砲塔戦車の概念に近いといえる。

 多砲塔戦車の利点は戦闘における死角の少なさではありますが、同時に中距離目標への戦車長の統率の低さがあり、これは主力戦車に第一世代走行戦闘車は依存しつつ小銃を銃眼から様々な角度に射撃するという概念でしたので、多砲塔戦車の概念と似るよう思う。

 ただ、これ陣地攻撃に際して、なにしろ陸上戦闘の根幹は土地の収奪にあり、これは古代から現代まで不変だ、その過程で下車戦闘に移行すると、敵陣地に接近した際こと近接戦闘の蓋然性が高くなるのに対して、その瞬間は歩兵はもう下車している矛盾がありました。

 ここが第二世代装甲戦闘車、世界では装甲戦闘車を戦車のように第一世代と第二世代と第三世代で訳ないのがふつうであるため便宜的なものですが、初期のものと現代のものでは、寧ろ装甲戦闘車の根幹は防御力の高さを挙げ、車体は重量化していったと説明できます。

 自衛隊はフィンランド製装輪装甲車であるパトリアAMVを三菱重工が16式機動戦闘車の車体を応用した機動装甲車と比較し、次期装輪装甲車を検討していますが、いっそのこと装甲戦闘車もスウェーデン製CV-90C装甲戦闘車あたりを検討しては、とも思うのですね。

 一方で、日本の国土を考えれば機甲部隊が運用できる地形は限られ、普通科部隊が主体になるのではないか、という指摘はあるようです。確かに北海道北部を見ますと山間部に隘路と盆地が並ぶ、一見機械化部隊が戦闘を展開するには適していないように錯覚しますが。

 フルダギャップと同じではないか、冷戦時代の東西ドイツ国境における東ドイツ国境線が突出部となっている地形と共通点を見い出せるのですね。冷戦時代にはドイツ北部地域が平野部となっていましたので、軍団規模の戦車部隊が戦闘を行う蓋然性が指摘されたもの。

 北海道北部とフルダギャップですが、フルダギャップは北部平原と比較し山間部と地形障害となるフルダ川が戦車部隊の前進を阻むものの、山間部とヘッセン東方の高地を抜ける先には平野部が広がり、地形障害無しにそのままドイツ経済の中枢フランクフルトに続く。

 音威子府隘路や上川盆地の旭川、その先に滝川岩見沢のラインを超えますと道都札幌まで地形障害がありません、しかし道北に伸びる国道12号線と国道40号線周辺では、戦車部隊の機動、上記フルダギャップの地形よりも容易な特性がありまして、機械化部隊が要る。

 泥炭湿地、北海道防衛に機械化部隊が重要であると考える背景にはもう一つ、この泥炭湿地という地質特性がありまして、戦車でも移動が困難な地質です、戦車が動けないならば、と思われるかもしれませんが履帯幅の大きい装軌車両は踏破できます、ここが肝要です。

 道北の地形は、言い換えれば路外機動性を成約する地形だからこそ路上の装甲部隊等は航空攻撃や砲兵曳火射撃の格好の標的となりますので、逆に路外を機動しなければなりません、すると徒歩機動で路外を右往左往するには膨大な数の普通科連隊を張り付ける必要が。

 ジャベリンのような対戦車ミサイルが有れば大丈夫だ、という視点もあるようですが機動力を持たない普通科部隊だけで守るには座布団部隊を全土に張り付ける必要があり、敵のこない地域の座布団部隊は必然的に遊兵化します、そんなに人的余裕はあるのか、と思う。

 集中運用してこその機械化部隊だ、とグデーリアンやマンシュタイン、昔の方はパウルカレルあたりまで引っ張り出して来るかもしれません、最後の人は誇張表現がかなりありまして、引用する人は減っていますが、80年前は戦車の分散運用は悪手であったのは、確か。

 C4Iの時代、分散運用が基本となったのは第二次大戦後の核兵器の時代にペントミック師団、つまり五単位師団をアメリカが示したように固まっていると戦術核で一挙に焼却されるという危惧から分散運用が模索されるようになります、そしてその後C4Iの時代が到来する。

 RMA軍事における技術革命と2000年ごろには盛んに喧伝されましたが、C4Iにより分散した部隊が孤立せず電子空間で秒単位の相互支援が可能となり確実な兵站と火力支援を受けられる時代となりますと、機械化部隊の分散運用が極めて有力な勝ち目、となってゆく。

 90式戦車や89式装甲戦闘車、いまは10式戦車の時代ですが中隊単位で分散しつつ電子の空間で確実に相互支援し必要ならば集結し危険ならば分散、この機動力、歩兵も未来にモビルスーツでも量産される時代が到来すれば別ですが、今はヘリボーンのほかありません。

 人員の方が予算よりも喫緊で、日本は人口から数万十数万を有事の際に遊兵化させる余裕も数万の人的損耗にも耐えられません、予算も人口も無いと財務省が反論しそうですがならば戦術核でも使うかと代案を出しつつ、基本的に機械化を進める必要が、あるでしょう。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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【日曜特集】第7師団創設56周年記念行事(10)99式自走榴弾砲の第7特科連隊と装甲の第7施設大隊(2011-10-09)

2022-05-29 20:11:53 | 陸上自衛隊 駐屯地祭
■野戦特科と装甲施設の威容
 本日は東千歳駐屯地にて部内及び報道限定での第7師団創設記念行事が行われたところでして、この2011年の師団祭写真にて雰囲気を思い浮かべてくればと思います。

 155mm榴弾砲の射程はどんどん延伸していまして、遠くない将来に100km時代が到来しましょう。100kmの射程、こうなりますと可能となる任務は多い、まず100kmあれば一個大隊10門で2個射撃中隊を分散運用することで先島諸島全域を防衛可能となります。

 99式自走榴弾砲は長砲身の52口径155mm榴弾砲を採用していまして、ここまで砲身の長い火砲は砲身加工に相当な技術が必要なのですが、日本の倍は日本製鋼が連綿と技術を継承してくれましたので維持できています、火砲のほかに艦砲も製造しているのですからね。

 75式自走榴弾砲が30口径砲身を採用した時点でM-109自走砲が22口径でしたので、当時としては長砲身と云われたものでした、が当時のソ連軍火砲よりも射程で劣っており、欧州共同開発にて39口径のFH-70榴弾砲が開発、39口径が西側の標準砲となっています。

 FH-70の39口径、FH-70は自走も可能なのですが重く、米軍は独自にM-198榴弾砲としてV-107ヘリコプターにより空輸可能な火砲を開発しまして採用、逆に野砲王国スウェーデンは3発の自動装填装置を備えたより大型のFH-77榴弾砲を開発、自衛隊も検討した。

 FH-77などはクレーンに三発を釣り上げて装填装置に装填し13秒間で3発を撃ち切ってしまう素早い効力射を発揮します、この39口径砲の後継に南アフリカが45口径のGC45を、スペインも45口径砲を開発し新しい潮流か、ともわれたのですが実はそうは参りません。

 M-777,イギリスなどはUFH超軽量砲としましてアメリカが採用するM-777を開発しますが世界が45口径を迷っている時代に敢えて39口径で、しかし重量をFH-70の半分程度に抑えた牽引砲を開発します、要するに牽引砲は牽引が必要、長すぎると牽引が難しくなる。

 PzH-2000自走榴弾砲、ドイツが52口径の自走砲を開発しますが52口径火砲というのは全長が長くなりすぎますのでどうしても牽引するのは難しく、自走榴弾砲にしなければトラックの中砲牽引車とした場合に道路上でも錯綜地形でも無理な長さになったためという。

 カエサル装輪自走榴弾砲、52口径という火砲はフランスのGIATが逆転の発想としまして、トラックで曳くのが難しいならばトラックに載せるという発想を試しました。これは当時としては非常識ともいえる発想です、何故ならば何故FH-70は自走できるのか、という。

 中砲牽引車は要するにトラックですから遠方からは発見されやすい、だからこそ射撃陣地に進級しますと牽引車は素早く待機位置へ移動します、ただ、カエサルは、39口径火砲の25kmから30km射程は最早古く40km以遠を狙う為、もう大丈夫だろう、という発想へ。

 火砲は52口径が限界なのか。52口径火砲は50km以遠を狙うものとなります、射程延伸弾を用いれば60kmの射程も見えてくるのですが、例えば中国の52口径155mm自走榴弾砲である05式自走榴弾砲は射程延伸弾は39kmですがWS-35砲弾は射程100kmで叩く。

 05式自走榴弾砲のWS-35砲弾が100kmを飛翔したのは2013年でした、驚いたのですがWS-35砲弾の輸出仕様改良型が試験により達成したものといい、詳しく調べるとこの砲弾は滑空砲弾として翼を持ち、ロケット補助推進と併用している、不思議な弾薬なのでした。

 ERCA拡張型火砲、アメリカは58口径の将来火砲を開発していますが、ERCAはM-982A1エクスカリバー誘導砲弾を用いまして70kmを達成します。これは空軍第一で野砲冷遇の米軍ではかなり驚くべき成果といえたのですが、車体がM-109なので砲塔が余りに巨大だ。

 ラインメタルHX-3-155HSP,本命といえる怪物のような自走砲は2021年に構想が発表されました、MAN社製戦車輸送車である新型のHX-3トラックに、ドイツの技師たちは60口径砲を搭載する事を思いついたのですね、60口径砲身は50t級のPzH-2000でさえ長い。

 HX-3-155HSPというのは、要するにPzH-2000を輸送する為の大型トラックに直接砲塔を搭載するならば、52口径火砲よりも遥かに長い60口径砲でも搭載できる、という。巨大な自走砲でも搭載出来ないものをその輸送車ならば搭載できるというまさかの逆転発想です。

 エクスカリバー誘導砲弾、GPS誘導砲弾が開発されています。これは射程延伸弾を兼ねていまして、これにより長い射程と命中精度を両立できる構図です、しかし一発あたりは携帯対戦車ミサイルと同程度の費用、従来の砲弾と比較し格段に高価であることは否めない。

 L-60砲という60口径155mm砲は通常榴弾でも80kmの射程を叩き出しエクスカリバー誘導砲弾を用いれば100kmに達するという。エクスカリバーはM-982は効果でしたが量産型のM-982A1は安価となり、オランダは199発を2000万ドルで購入、10万ドル弱だ。

 100kmの射程というのは、沖縄本島北部と奄美大島、そして鹿児島県大隅半島に配置するだけで、南西諸島を火砲だけで防衛することも不可能ではありません。その上で砲弾にはミサイルにはできない大きな意味と可能性を備えているのですね、その可能性とは。

 ミサイルは射撃してしまえば、命中しなかったとしても不手際はこちらにあり弁解はできません、それは開戦の口実となり、なにしろ誘導弾ですので警告射撃には使えない、相手に開戦の口実を与えてしまうのです。しかし、野砲であればわざと外すことが可能だ。

 警告射撃、これは今後想定しなければならないグレーゾーン事態に際して必要な手段です。ただ、FH-70榴弾砲の射程を考えますと、39km、これでは南西諸島には各離島に配置しなければなりませんし、海峡には火砲が中央部に届かない海域も出てくるわけです。

 火砲の射程が100kmに達するという意味合いは大きいのですね。もちろん、100km先となりますと地球の自転影響等を受けますので、30km先を狙うように誤差40mという精度を維持するのは難しくなるのかもしれません、すると誘導砲弾の時代が来るのでしょうか。

 野砲、地域制圧の時代はすると誘導砲弾の費用というものが終わりをもたらすのでしょうか。一方で、地域制圧なんてものは専守防衛の我が国としましては、制圧する地域に逃げ遅れた非戦闘員、そして国民の財産が並んでいますので好ましい選択肢とはいえません。

 野砲、もちろん日本に侵攻する側に立てば、そこまでの精度を考慮する必要性は必ずしもありません、しかし、迎え撃つ側に立つならば、射程の大きな野砲というものは相手に口実を与えない、過度に民生被害を助長しないという意味で、理想的なのかもしれませんね。

 現実の戦場を見ますと、現在この瞬間も激戦が続くウクライナでは砲兵が威力を発揮しています、ロシア製クラスノポール誘導砲弾のレーザー誘導による正確な照準に対して、アメリカ始め西欧各国が供与したエクスカリバー誘導砲弾が更に正確な照準を長射程で叩く。

 自衛隊も99式自走榴弾砲を元に、先ず必要なのはエクスカリバーの採用か国産GPS誘導砲弾の開発、そして60口径砲という次世代火砲の開発、巨大となりますが今後は本土師団特科は方面特科へ移管される為に運用は可能でしょう、こうした研究は必要と考えます。

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【日曜特集】第7師団創設56周年記念行事(09)87式自走高射機関砲装備する第7高射特科連隊(2011-10-09)

2022-05-15 20:11:08 | 陸上自衛隊 駐屯地祭
■87式自走高射機関砲
 自衛隊は2000年代に入りますと巨額のミサイル防衛事業費を捻出する為に余りに装備を妥協し逆に危機を招く事にはならないか、防衛費をGDP比2%に増額させる機運とともにこの歪を直視して欲しい。

 87式自走高射機関砲、第7師団はこの87AWSPともよばれる32両の高射特科装備と、81式短距離地対空誘導弾システム10セットにより厳重に防空されています。各防空装備はいずれも師団対空戦闘情報システムに連接しており、対空レーダ装置P-14の支援下にある。

 35mmエリコン機関砲は、射程が3500m云々と聞いていましたので自衛隊もAH-1S対戦車ヘリコプターに搭載しているTOWミサイルが射程は3750m、射程4000mのミサイルには太刀打ちできないのではないか、こういうのは昔、書籍の情報を鵜呑みにしていたもの。

 機関砲、しかし、毛髪に触れるだけでも作動する焼夷徹甲弾を毎秒17発射撃でき、しかもこの35mm砲弾は安全考慮し6500mで自爆するという設計を聞きますと、3500mという射程は、有効射程が実際にはもう少し長いのではないか、とも考えてしまうのですよね。

 機関砲の利点として、熱源や欺瞞紙などで妨害されず発射したならば真っ直ぐ飛翔するところ、ミサイルと違う利点です。もっとも難点として機関砲の整備はミサイルと違い遥かに面倒ですので、即ち整備性と信頼性の高い機関砲というものも課題なのかもしれません。

 高射特科部隊は、しかも中隊で6両が猛烈な弾幕を構成し、しかもレーダー管制されており機動力も高いものですし、電波を発信しなくとも87式自走高射機関砲は照準用カメラによる光学照準が可能ですので、電波を発していなくとも相手は存在を留意せざるをえない。

 48両しか製造されませんでしたが、当初は150両が全国の高射特科部隊へ配備される計画でしたので、今更でも遅くはありませんのでこの種の装備を揃えるべきなのでは、と。取得費用は高い装備ですが、無人機対処等も含めこの種の高射機関砲の近代化は必要と思う。

 野戦防空は、しかしこれも一概に一種類の装備品だけで自己完結できるほど甘いものではありません、また防空制圧という高射特科部隊そのものが標的となるものでもありますし、延々とレーダーを作動させ警戒していますと、そのレーダーが防空制圧の目標になります。

 ハーピー徘徊式弾薬などは、レーダー電波を探知して突っ込む防空制圧用の徘徊式弾薬でイスラエル製ですが既に1990年代に中国へ輸出され、リバースエンジニアリングされています、かなり小型なのですがその分多数による飽和攻撃が可能で、看過できない脅威だ。

 CIWSの20mm機関砲が威力が大きすぎて付随被害、周辺の民家などに流れ弾がという認識ならば、例えばM-134ミニガン、20mmではなく7.62mmですが、これと併用してもよい。おそらくHARMのような超音速機が相手では無理ですが、小型無人機には十分に効く。

 ミニガンのCIWS,奇しくも1990年代初頭にBAEシステムズの前身であるヴィッカース社が戦車を対戦車ミサイルから防衛する戦車版CIWSとして兵器展に出展しているのですね。高射特科の広域防空ミサイルも、自衛するための装備は今後考えてゆかねばなりません。

 装備品、これこそ決定打、という装備はありません、すると様々な装備品は近代化されるか更新してゆく必要があるようにも思う。例えば、昨今、89式装甲戦闘車の車体を更新する共通装軌式車両が開発されていますが、無いよりましにしても、要求仕様は古いのでは。

 共通装軌式車両は、89式装甲戦闘車の後継車両となるものですが基本的にこの砲塔は89式装甲戦闘車のものを流用するとの事で、同時に共通装軌式車両の車体は87式自走高射機関砲の砲塔も継承するという。フィンランドもマークスマンAWSPでやった方式ですが個人的に火器管制装置の性能を相当に強化せねばならない。

 共通装軌式車両、ただ、87式偵察警戒車の砲塔も共通装軌式車両に搭載するならば対戦車ミサイルは搭載しないものの装甲戦闘車として転用できそうなものでも、と考えたことはあります、装甲戦闘車が足りなさすぎる為に、偵察警戒車の分が増えればせめても幸い。

 日本が戦車開発を進めている間、10式戦車という高性能戦車が開発されたのですが、61式戦車と組んだ60式装甲車、74式戦車の相方73式装甲車、90式戦車の相棒志望の89式装甲戦闘車に当る10式戦車の同僚は開発されることはありませんでした。問題といえます。

 35mm機関砲を誇った89式装甲戦闘車の優位も、CV-90が40mm機関砲を搭載しロシアが30mmに加えて100mm低圧砲を搭載したBMP-3を開発しますとあっさり格差が開きます、そして89式装甲戦闘車の戦闘重量26tも徐々に重量級とは言えないようなってゆく。

 紛争地域ではRPG対戦車擲弾やIED簡易爆発物が日常的に装甲戦闘車に降り注ぎ、結局はCV-90も、スペインオーストリア共同開発のASCODも、装甲が徐々に強化されてゆき、これも89式装甲戦闘車の戦闘重量26tは当初頑丈の部類に入っていましたが、時代は進む。

 1990年代後半に装甲戦闘車の標準重量は30t台後半、そして40t台に入って行きました、10式戦車が44tですので凄いといえば凄い。ドイツがマルダー装甲戦闘車の後継にプーマ装甲戦闘車を開発した際には増加装甲を最大限装着した場合で戦闘重量41tに達しました。

 プーマ装甲戦闘車の41tを勝手に重装甲戦闘車と表現していましたが、同じメーカーであるクラウスマッファイ社がドイツ連邦軍向けではない輸出用のリンクス装甲戦闘車を開発しますと45tと10式戦車よりも重く、イギリスのエイジャックス装甲偵察車も40t級です。

 40t級の装甲戦闘車が2010年代の趨勢となりつつある、10式戦車並の重さ。もちろん車格が大きいために防御力の優位を示すものではないが、26tの89式装甲戦闘車は下手をすれば装輪装甲車の、下手をせずとも実際そうなのですが、装甲は平凡なものとなっています。

 航空自衛隊のC-2輸送機が36tまで搭載できるのですから35tの61式戦車程度の装甲戦闘車、増加装甲の装着により40t程度まで、40mm機関砲程度には耐えられる装甲戦闘車を、戦車部隊が300両なのですから450両から600両程度、量産しても良いよう思うのですね。

 列国に伍する高性能、そんな安直な発想ではありません、戦車に随伴するということは戦車と同じ攻撃を受ける事を示すわけで、耐えられねば意味はありません。日本の場合は、専守防衛ですので結局は国土戦となります、そして国土戦ということは重要な点がひとつ。

 国土戦では、我が同胞の居住地域が戦闘地域となるのですね。国土戦となれば、どうしてもサイパン攻防戦と沖縄戦の歴史を思い出さないわけには参りません。そして同時に、戦車が撃破された場合には戦車の乗員は3名、その人命が大きな危機にさらされるのですが。

 装甲戦闘車の場合は10名、乗員に加えて普通科隊員が乗車中ですので危険にさらされる人命はどうしても多いのです、すると装甲戦闘車の防御力重要性を考えないわけには参りません。装甲戦闘車、開発当時には戦車を支援するとか乗車した歩兵の地位を変えたもの。

 通常のAPC装甲人員輸送車では戦場までのタクシーであり乗車したならばそのまま戦闘に関与できないというもので、そこに機関砲を搭載することで戦闘に参加できるという点と、銃眼、装甲戦闘車の第一世代では銃眼は必須だった、ここから小銃をつきだして撃つ。

 銃眼により戦闘に参加できるというものが。乗車戦闘能力こそが装甲戦闘車の考えでした、これは間違いとはいいません、装甲戦闘車の重要性が認識された一つに対戦車兵の第四次中東戦争における能力の拡大であり、撃退できる能力を戦車が十分もたなかったのですね。

 装甲戦闘車はこうした必要性から生まれたものなのですが、他方で留意しなければならないのはこの戦争が1973年、49年も昔の戦争だ、ということなのですね。すると装甲戦闘車というものにも世代が在る、この視点を忘れないようにしなければ、なりませんよね。

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【日曜特集】第7師団創設56周年記念行事(08)74式戦車時代の第7偵察隊と装甲化された後方支援と通信部隊(2011-10-09)

2022-05-01 20:07:57 | 陸上自衛隊 駐屯地祭
■機甲師団の偵察部隊
 ウクライナ戦争は当初無人機と対戦車ミサイルの活躍が報じられましたが開戦十日後からは攻撃前進に戦車の不足が指摘され今や戦いは機甲部隊のぶつかり合いとなっている。

 今回は通信大隊と後方支援連隊、そして偵察隊の観閲行進です。全国の師団偵察隊もせめてこの規模があれば、機動戦闘車の戦闘中隊を加えて偵察戦闘大隊としても敵の正面を突破し主陣地防御の陣容を解明したり、敵機械化部隊の戦力を推し量れるのだと考える。

 機甲師団の偵察隊は凄いぞ、とは言われるところですけれども、もともと1962年の師団改編までは管区隊偵察中隊にM-24,狙撃銃ではなく軽戦車ですが、装備されていました。自衛隊の弱点は偵察、いや機械化全般の遅れが偵察にも反映されていると猛省すべきでしょう。

 第7偵察隊、74式戦車装備の当時は戦車10両と装甲車17両を装備していました、ただ、74式戦車は流石に第7師団では退役していまして現在は90式戦車が装備されている、C4I性能の優れた10式戦車が装備されず10式戦車は第71戦車連隊から配備されています。

 戦車を装備する偵察隊というのは第7偵察隊のみとなっていますが、そもそも偵察の任務は敵の有無を図る斥候ではなく敵の戦闘力を図る事に在るのですから、戦車は必須、近年自衛隊は偵察戦闘大隊として16式機動戦闘車の中隊を配置しているのですが、すくない。

 90式戦車を装備している現代の第7偵察隊は、偵察隊本部、第1戦闘偵察小隊、第2戦闘偵察小隊、第3戦闘偵察小隊、斥候小隊、電子偵察小隊、以上を基幹としています。なお、近年全国に改編が始っている偵察戦闘大隊は戦車大隊の機能を兼ねていて不安が残ります。

 偵察戦闘大隊は戦車大隊の機能を兼ねる、この問題は偵察部隊は精鋭部隊が集められている為に、一種の騎兵部隊として認識されるのですが、偵察専従部隊と騎兵部隊の相違は、逆襲部隊や予備戦力では無い点です、戦車大隊を兼ねるのはこの混同の懸念があるのです。

 ウクライナ侵攻という現実を見ますと、戦車大隊は直ぐに方針転換する事は出来ないにしても、偵察戦闘大隊から戦車大隊と偵察大隊を分離させ近接戦闘能力を強化するか、近年50tクラスの装甲戦闘車が出始めていますが、その120mm機動砲型等が必要でしょう。

 戦闘偵察小隊、本題に戻します。戦闘偵察小隊は小隊本部と戦車分隊、装甲普通科分隊、迫撃砲分隊、以上を基幹としていまして90式戦車2両と73式装甲車4両、81mm迫撃砲2門などを装備しています、前の編成では小隊長も戦車に乗車し戦車は3両あったのですが。

 斥候小隊は87式偵察警戒車を装備していまして25mm機関砲は通常の師団偵察隊や旅団偵察隊では重要な威力偵察の手段ですが、第7師団では斥候に使うのが限度と考えている模様、確かに、25mm機関砲で威力偵察を行い戦車に反撃されたらば一溜りもありません。

 偵察部隊、各国は様々な編成を試みているのですが、電子情報や無人偵察機などの情報収集に当る部隊と、実際に戦闘を介して攻撃軸や敵防御態勢など戦闘能力を推し量る部隊とは分けているようにも思えています、ここで参考までにフランス軍の編成を並べてみます。

 フランス軍の増強装甲偵察中隊という編成は、ある意味で自衛隊の理想型ではないかと考えました。その理由はながいのですが要点を示せばフランス軍の戦車定数は230両ほどでしかない、つまり自衛隊の90式戦車よりも少ないながら欧州最強を自称できる点です。

 増強装甲偵察中隊は常設部隊ではなくNATO即応部隊としてバルト三国などへ前方展開している部隊です。など、と曖昧に記すのは昨今のロシア軍ウクライナ侵攻を受けポーランドに増強されルーマニアにも新編されつつあるためで、現在進行形で増強されているため。

 偵察隊と増強装甲偵察中隊、自衛隊の偵察隊は中隊でも大隊でもない隊というどうとでも解釈できる名称を付与していますが、NATO即応部隊の増強装甲偵察中隊も発想としては重なるものがある。ただフランス軍の編成をみますと中隊の1.5個分という規模なのですね。

 フランス軍増強装甲偵察中隊の編成は本部小隊を含め6個小隊と2個分遣隊を基幹としている、本部小隊と2個増強戦車小隊、機械化歩兵小隊、斥候小隊、工兵小隊、そして砲兵前進観測班と戦車回収車班が分遣隊として派遣される編成、戦車は9両配備されている。

 増強戦車小隊はルクレルク戦車4両とVBL軽装甲車4両に中型トラック1両で、兵員は小隊長以下23名です。ルクレルク戦車は自動装填装置を採用している90式戦車とほぼ同世代の戦車、1994年より運用が開始、初期のデータリンク装置を標準装備している戦車です。

 ルクレルク戦車は4両で戦車分隊、VBL軽装甲車も4両で装甲分隊を編成している。VBLは自衛隊が軽装甲機動車を設計するうえでドイツのウィーゼル空挺装甲車とともに参考とした装甲車となっていまして、2ドアの軽装甲機動車という印象ですが水陸両用車でもある。

 VBL軽装甲車は7.62mm機銃搭載の車両が2両と12.7mm機銃搭載の車両が2両、戦車小隊というには戦車に加えて軽装甲車が4両装備されていますので、小隊長はある程度の経験がなければ、なにしろかたや路上で110km/hの韋駄天、片や戦車ですので運用は熟練が。

 増強戦車小隊といいますと身構えてしまいますが、実際にはフランス軍は2個分隊に分けているものの、VBL装甲車は3両で分隊を構成するような運用が前提ですので、戦車4両を一つの分隊としているために身動きがとれにくそうにしているだけにも思えるのですね。

 戦車を2両で戦車分隊として、2個戦車分隊に1個軽装甲分隊と考えれば自然に見えます、そして人員規模は23名、VBLの指揮車は2名乗車といいますのでトラックに2名乗っているとしても、人員規模ではある意味で歩兵小隊と比べますと小振りともいえるのです。

 本部小隊は戦車指揮班がルクレルク戦車1両、指揮班がVBL軽装甲車2両とプジョーP-6小型車1両、このP-6というのは車格からみても自衛隊の1/2tトラック即ちパジェロと同規模、そして通信班がVAB軽装甲車通信型、VBLは本部に装甲救急車としても1両が。

 VBL装甲車は1975年に開発されたのですが、外見は82式指揮通信車が開発される際に小松が参考としたのだろうというくらいに似ているのです、ただ、模倣かというとそうではない、82式指揮通信車は1970年代初頭に小型装甲車として開発の車両の派生型でした。

 F7警備車として小型装甲車は三菱重工が試作車を警察庁の機動隊用に供給していますので写真をごらんになった方も多いでしょうか、この小型装甲車は全国高速道路網整備を背景に普通科部隊の緊急展開を念頭に開発したもの、オイルショックで量産中止となったもの。

 小松と三菱が試作車を開発していまして、試作車は四輪駆動、車体装備に砲塔などを追加した場合に六輪駆動とできるよう車体を共通化したものですが、肝心の原型が採用されず指揮通信車のみが全国に大量配備されたもの。それにしてもVABと似ている車両なのです。

 本部小隊もう一つの分隊は輸送分隊でルノー中型トラックを3両装備している、いずれも250kgトレーラ付だ。分隊は補給班が支援し補給班はプジョーP-6小型車に乗車する。そして前述のVBL装甲救急車は衛生班に配備される、本部小隊は小隊長含め22名とのこと。

 機械化歩兵小隊はVBCI装輪装甲戦闘車4両より成る。VBCIは3両が歩兵分隊用で1両が支援車両、支援車両ですが基本的に歩兵分隊の車両とおなじで小隊本部要員3名、つまり小隊長と小隊軍曹と通信軍曹が乗っている。VBCIという装甲車は不思議でおもしろい。

 VBCIは1990年代にフランスが日本へも共同開発を打診したというもの、装輪装甲車なのですが25mm機関砲を搭載していまして、もともとはAMX-10P装甲戦闘車というホッチキス20mm機関砲を搭載した装軌式装甲車の後継として開発、重量はAMX-10Pより重い。

 VBCIをおもしろい、と表現するのは25mm機関砲塔が一人用砲塔なのです、するとルノーBT戦車のように車長が砲手を兼ねるのかとおもわれるかもしれませんが、砲塔は砲手のみ、車長は兵員室からモニターを通じ車両を指揮、装甲戦闘車の弱点は下車歩兵の不足だ。

 フランスは、車長が下車戦闘に加わることで解決した。どこにゆく車長、とおもわれるかもしれませんが、VBCIはこの点で心得ていて、FVとAPCの違いを如実に記しているという。APCアーマードパーソナルキャリアーは、要するに運ぶだけが任務、砲弾から守る。

 FVことファイターヴィーグルは、敵陣目の前まで機関砲で射撃しつつのこる十数mという段階で下車戦闘、歩兵の任務は掃討が含まれますが敵前目前まで乗車できることで、言い換えれば"当面の敵を撃破する"から"戦果拡張"の再乗車まで短時間に短縮するのが狙い。

 APCでなくFVなのだから車長は下車戦闘に際しても車両を指揮できる位置に遷移する、そんなの無理だろうといわれるかもしれませんが、マリ介入サーバル作戦など実戦でVBCIはそこそこ成功している。もっともギリシャへの輸出仕様は二人用砲塔を採用しているが。

 斥候小隊はVBL軽装甲車を8両とルノートラック1両を装備、定員は24名です。VBLは2両ごとに装甲班を編成している、自衛隊と同じだ、とおもわれるかもしれませんが、そこは装輪装甲車先進国フランス、装甲班は機能別編成となっていて様々な班が協力します。

 VBL軽装甲車は指揮班が7.62mm機銃装備の2両、そして2個班がミサイル班といいましてミラン対戦車ミサイルを装備している、ミランはレーザー誘導方式の対戦車ミサイルで、実は自衛隊も昔小銃班用に検討したことが、パンツァーファウストⅢが採用されましたが。

 ミラン対戦車ミサイルを運用する対戦車班のほかに残る一班が12.7mm機銃搭載のスカウト班です、速度が速いものですから万一の際には一目さんに退却することもできるしミラン対戦車ミサイルの射撃位置を確保できれば戦車が相手でも防御戦闘は可能という編成だ。

 工兵小隊は28名、小隊本部はVBL軽装甲車に乗車し工兵機材などを輸送するルノートラックも1両おかれている、そして工兵分隊は3個で各分隊はVBL軽装甲車により機動します、専用の装甲ドーザーや架橋装備は配備されていませんがこの部隊は偵察隊、妥当です。

 ルクレルク戦車9両、VBCI装輪装甲戦闘車4両、VBL軽装甲車20両、VAB軽装甲車6両、P-6小型車2両にトラック7両、戦車回収車1両、なかなかの規模といえまして、NATO即応部隊は大隊戦闘群規模ですので偵察部隊としては、十分以上の規模といえるでしょう。

 第7偵察隊の話題を中心にお伝えしましたが、後方支援連隊には90式戦車回収車に交じり78式戦車回収車が残り、また戦車は更新されるものの73式装甲車が残るなど、機甲師団は強力ですが、唯一の機甲師団なのですから、支援部隊強化も今後の課題といえるでしょう。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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【日曜特集】第7師団創設56周年記念行事(07)北方の切り札!第1高射特科団と第1電子隊(2011-10-09)

2022-04-17 20:01:51 | 陸上自衛隊 駐屯地祭
■空睨むホークミサイル団
 北海道を護る北方こと北部方面隊はロシア軍と云う巨大な北からの脅威に備えているのですが部隊もさまざまです。

 観閲行進が始まりました、先頭は観閲部隊指揮官として副師団長が乗車する90式戦車が進みます。しかし、この90式戦車とともに観閲行進に臨むのは、機甲師団である第7師団の弱点である空からの攻撃に備える北海道防衛もう一つの切り札、第一高射特科団なのだ。

 第一高射特科団、東千歳駐屯地に司令部を置く。実際は師団祭とはいうものの、もう少しこの高射特科団の行事を、例えば年にもう一度同じ駐屯地で高射特科団祭の行事をおこなうとかあっていいと思う、東千歳は戦車だけでなくミサイルの駐屯地でもあるのだから。

 第一高射特科団は、東千歳の第1高射特科群と名寄駐屯地の第4高射特科群より成り、東千歳駐屯地、北千歳駐屯地、島松駐屯地、名寄駐屯地と北海道に広くホークミサイルによる防空網を置き、特に道北の名寄だけでも4個高射中隊のミサイルが空を睨んでいます。

 第7師団司令部のおかれる東千歳駐屯地ですが、実は戦車連隊は一つもおかれていません、恵庭と千歳の広く駐屯していまして、もっとも普通科連隊も特科連隊も駐屯していますこの東千歳駐屯地は、機甲部隊即ち装甲機動部隊の要諦そのものでもあるのですけれどもね。

 北海道のミサイル部隊は文字通り有事即応、強力な三連装発射装置は迷彩色のドームに隠されていて、豪雪期でもスイッチ一つでドームを開閉させ即座に射撃できる、特撮のような話ですが意外にも特撮映画ではこの描写がないのは、在る意味不思議とおもうのだ。

 改良ホーク、HAWKという名称はホーミングオールウェイキラーという格好いい名前とともにアメリカでもペトリオットミサイルが陸軍防空砲兵の主力となったのちにも海兵隊において1990年代まで運用が継続、海岸堡を防衛する為に短距離弾道弾へも迎撃能力がある。

 03式中距離地対空誘導弾システムへ自衛隊では置き換えが進んでいますが、ホーク改善Ⅲ型については見た目からは想像できないほど能力向上しているとのこと。ただ、ホーク近代化改修は三度に分け実施され、そのつど群あたりでかなりの費用がかかっていました。

 73式装甲車で充足した一個普通科連隊の0.9個分がかかるといわれまして、要するに全国のホーク部隊近代化改修費用が無ければ、もう北海道はもちろん本州の普通科連隊は全部が全部73式装甲車程度ならば行き渡っていたというほど、費用をかけている計算です。

 自衛隊はそれほどに、機械化よりも防空を重視してきたともいえる。ただ、この指針は間違ってはいないのでしょうけれども、近年の地対空ミサイル射程延伸の趨勢を見ますと、ロシアのS-500ほどというのは行き過ぎですが50km程度の射程には少々ふあんはないか。

 ユーロサムはじめ欧州やアメリカのミサイル射程はおおむねこの程度ではあるのですが、要するにこちらがわのミサイル射程の要求性能が低すぎないものか、と考えるのです。ロシア中国のミサイル射程延伸を前にペトリオットミサイルさえ性能が不十分となっている。

 航空自衛隊と陸上自衛隊の任務区分があることは理解しているのですが、それでも陸上自衛隊の将来の方面高射部隊へ装備するミサイルは、国産技術が相応にあるのだからという前提で、射程を250km程度まで延伸し、ミサイルギャップを生まない必要が、在ると思う。

 高射特科部隊が現在のままでよいとはとても考えられないのですね。まず高射特科は何より重要です、そして自衛隊が第二次世界大戦の、航空攻撃により散々な目にあった血の戦訓に依拠して、高射特科部隊を重視してきました、ただ、これだけでは未だ足りません。

 防空砲兵、なかでも戦域防空や広域防空を担う装備は、これを叩かなければ現代戦は不可能となりますから、優先目標となり得ます。そしてSEAD防空制圧任務のような大げさな防空制圧ではなく、無人機の多数運用により防空制圧は年々、その敷居が下がっています。

 アイアンドームほど強力な装備である必要はかならずしもありませんが、広域防空システムを対レーダーミサイルや防空制圧用無人機から防衛するCIWS近接防空火器のような装備は遠くない将来に必須になる、安価なものではないが、これがないと何もできない。

 C-RAM地上配備型近接防空火器のようなものが必須となるのではないか、例えばHARM対レーダーミサイルと同等のレーダー電波を逆探知しレーダー破壊を任務とするミサイルの攻撃に対して、いま使われている手法はレーダーを断続的に停止させるというもの。

 HARMからはレーダーを動かさなければ逃れることはできますが、動かさなければ防空作戦が成り立ちません。もちろん延々と動かし続けるというものではなく適宜陣地変換は必要なのでしょうが、対レーダーミサイルの直撃から防衛するシステムは必須でしょう。

 第1電子隊、直轄部隊として自衛隊の電子戦部隊です。その任務はあまり詳しく公開されていませんが、洋上の艦艇などの電波標定を行い、例えば通信が行われている水陸両用部隊等の位置を水平線の向こうも含め標定し、地対艦ミサイル部隊の戦闘を支援するという。

 電子戦部隊は、その内容が公開される事はまずないのですが、地対艦ミサイル部隊の支援というには規模が大きく、そして無線封止を行って上陸する船団に対しては無力です、更に隊長に1佐が補職され、規模として小さな部隊ではありません、1981年に誕生しました。

 99式自走榴弾砲は第一陸曹教育隊の装備です、1954年新編、一時期廃止され特科教育中隊と上級陸曹教育中隊として北部方面教育連隊隷下にありましたが再編成されたのが2011年4月といいますので、まさにこの行事が再編された第一陸曹教育隊のお披露目と云えます。

 第7化学防護隊の観閲行進、第7師団司令部付隊として観閲行進に臨んでいます。化学防護隊といえば、この行事を撮影しました2011年はまだにあの東日本大震災の年であり、化学防護隊は今も記憶に残る福島第一原発事故へ災害派遣されている部隊のひとつでもある。

 化学防護隊、2022年の今日的な視点から見ますと、原子力事故もさることながら隣国ロシアがウクライナに侵攻した際に、化学兵器と生物兵器の使用が常に心配されている点です。つまりロシア軍が将来、北海道に侵攻する懸念が現実となった場合の裏返しともいうもの。

 戦術核兵器等も実際に使用されるのではないかとの懸念、頼むからこの記事を掲載中にそんな悲劇は行わないでくれと切に願うのですが、特に化学兵器は防護装備を充分にもつ軍隊には無力です、特に奇襲的に有事ではなく平時の第一撃で使わない限りは、顕著です。

 化学防護隊、それでは化学兵器へ脆弱な軍隊ならばどうか、その威力は絶大となるでしょう、つまり自衛隊が充分な化学防護隊を有しているからこそ、相手にこの種の装備を使わせない抑止力となるのです、なにしろ使えば自衛隊は兎も角、非戦闘員には致命的なのだ。

 軍事力の第一の任務は抑止力です、戦争が起きなければ防衛費は無駄、こういう方が居ます、そういう方は戦争が起きれば費用対効果が見合ってよかったと満足するのでしょうか、こうした視点を理解する為にも、防衛にも政治や選挙にも、関心を持たねばなりませんね。

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【日曜特集】第7師団創設56周年記念行事(05)装甲普通科連隊の観閲行進準備(2011-10-09)

2022-03-20 20:17:05 | 陸上自衛隊 駐屯地祭
■始動する北海道の機甲師団
 ウクライナ戦争、ロシア軍のウクライナ侵攻は一部でロシア軍が防御陣地を構築しはじめたと衛星写真で判明し長期化の様相を呈す、そんななかで北海道の抑止力を紹介だ。

 73式装甲車に89式装甲戦闘車に96式自走迫撃砲、戦車や自走砲に加え装甲車両の観閲行進待機位置への前進が開始されました。これは写真でも案外届くのかもしれませんが、これだけの装甲車両が一斉に動きはじめますと本当に大気が揺れ動き始めるのですよね。

 装甲戦闘車は、しかし自衛隊にはいま最も必要な装備であるように思う、それはロシアの脅威の為でも中国の脅威でもましてや北朝鮮の脅威からでもない、少子高齢化の時代において、普通科隊員は必要なのです、だからこそ守らなければならない。この日本の為にも。

 自衛隊の普通科隊員は、いろいろ調べてみますと先進国の中では最も体力を強いられている、徒歩機動や山岳機動力などでは恐らく世界最高でしょう。武装競争などはあのフランス外人部隊の水準といいますし、ここまで個人技術に頼るのはアメリカ海兵隊など一部で。

 空挺兵としてアメリカの101や82は凄いといいますし、フランスの27山岳も凄いという、イギリス海兵隊などは全員コマンドーだ、と反論されればまさにその通りなのですが、全般的な平均値としては、陸上自衛隊はかなり高い水準にあるのではないのか、平均値です。

 装甲車に乗車させるならば、最後の瞬間まで体力を温存でききますので下車戦闘では短距離走のような瞬発力を発揮できます、逆に長距離競歩の能力で短距離走に勝てというような要求そのものが不思議というものでして、それならば装甲戦闘車に乗せるべきとおもう。

 日本の89式装甲戦闘車は銃眼からの乗車戦闘を念頭とした第一世代の装甲戦闘車ですが、世界の装甲戦闘車は乗車戦闘能力よりも歩兵戦闘の迅速化へ、打撃力を機関砲に特化させ、その上で乗車歩兵は銃眼からの射撃で戦闘への参加よりは、下車戦闘に軸を置くようなる。

 機関砲の3P弾やフレシット弾など散弾型の砲弾を含め陣地攻撃を行うことで装甲戦闘車への陣地からの反撃を抑制させ、近接戦闘に下車展開を開始するまで、とにかく陣地に肉薄するという運用に転換しています。ここが重要で、防御力をたかめなければならないのだ。

 防御力を高めるという構図から銃眼は、銃眼に対戦車擲弾が命中した場合は構造上メタルジェットが戦闘室内に流れ込み乗車人員を殺傷する懸念、こうしたものを回避する必要があり、銃眼を改良により塞ぐか、新型では排する設計が新しい常識となりつつあります。

 これは同時に装甲戦闘車の車内設計が従来は銃眼を射撃するために座席を車体中央部に配置し乗員は車体左右で背中合わせに配置していたのに対し、従来のAPC装甲人員輸送車のように向かい合わせに、つまり通勤電車のロングシートのように座席を配置するのです。

 これは利点が一見分かりませんが、車内中央部に空間が生まれることを意味し、対戦車ミサイルを車内に持ち込みやすくなる利点が生まれるということ。対戦車ミサイル、第一世代装甲戦闘車には対戦車ミサイルを車載するものが、予算が許せが広範に行われました。

 ミサイルの搭載、ソ連のBMP-2やBMP-1はサガー等、そしてアメリカのM-2ブラッドレーなどはTOWを標準装備、イギリスのウォリアーはオプションとして輸出用に提示していました、日本の89式装甲戦闘車も79式対舟艇対戦車誘導弾を標準装備していたのですが。

 これは砲塔に搭載するもので、車内には89式装甲戦闘車では84mm無反動砲を装備する程度、ブラッドレーでは昔は旧型のドラゴン対戦車ミサイルまでは持ち込んでいたようですがジャベリン対戦車ミサイルなどは持ち込みません。最初の時点で窮屈だったのですね。

 対戦車ミサイル、必要ならば無理矢理持ち込もうと思えばのせられるのでしょうが、なにしろ車内の戦闘室中央部の座席が邪魔になります、ジャベリンもドラゴンも携帯対戦車ミサイルですが、これが三脚を要するミラン対戦車ミサイルやスパイクER対戦車ミサイルは。

 ミラン対戦車ミサイルやスパイクER対戦車ミサイルなどとなりますと、打つ手なし、入らなくなる。これがCV-90やASCODなどでは三脚ごと持ち込むことが可能です。邪魔にはなりますが車内は相応に広く、足の位置を工夫するならば81mm迫撃砲も持ち込めます。

 ミサイルも迫撃砲も予備弾薬も搭載できる。利点は多い、対戦車ミサイルは基本的に直接照準で運用します、いやレーザー誘導型の第三世代型などはレーザー照射装置を離隔して運用するならば直接照準の必要はないのですけれども、各国なかなかそういう運用はない。

 対戦車戦闘、基本的に装甲戦闘車が独立戦闘を行う場合には、直接照準の必要があり、見通しの良い射撃陣地に展開する必要がある、対戦車ミサイルの速度はTOWや重MATなど有線誘導型が200m/sというところ、この速度の根拠は誘導ワイヤーが切れてしまうため。

 レーザー誘導型が400m/sで音速を超える程度なのですが、戦車砲弾は1800m/s程度が普通、4kmの射程で射撃しますと命中まで十秒二十秒と対戦車ミサイルが要するとともに誘導しつづけねばならないのですが、対する戦車は主砲の瞬発交戦能力が極めて高いという。

 戦車砲弾は2秒で誘導中の装甲戦闘車を撃破し得るということにほかなりません。装甲戦闘車にミサイルを搭載するのはこうした問題点がありまして、たとえば今後は装甲戦闘車に伸縮式マストを、ドイツオランダのフェネク装甲偵察車のようなものを搭載することも。

 伸縮式マストを、ここから誘導し車体は掩砲所からミサイルを射撃することもあり得るのかもしれませんし、威力は限られますがスイッチブレード徘徊式弾薬を装甲戦闘車から打ち上げるとか、ミサイル誘導用に無人機を活用する選択肢もあるのかもしれませんが。

 しかし、現状では車体をさらす必要がある。すると、下車戦闘でミサイル班を降ろして有利な地形からミサイルを運用する利点は、実は大きいのですよね。実際、CV-90の訓練をみますと戦車との遭遇戦では即座に対戦車班3名を下車させる。ミサイル射程は3kmほど。

 対戦車班を下車展開させると装甲戦闘車は迅速に後方の掩蔽可能な地形に後退し機関砲で対戦車班を敵歩兵から防護しつつ、対戦車班は素早く地形防御の彼方に隠れて敵戦車を攻撃しています。戦車と協同が前提であれば、装甲戦闘車は出番は薄くなるのかもしれない。

 時代遅れ、乗車戦闘の時代は終わりつつあるのかもしれませんが、これを根本から示すのが殆ど乗車戦闘だけを想定して開発した様な旧ソ連製BMP-3を見ますと納得するのではないでしょうか、今年二月中旬までは搭載火砲口径だけで強力な装甲戦闘車と信じていた。

 アメリカのブラッドレー装甲戦闘車等を見ますと、乗車戦闘能力というものが反映されているのですよね、これは89式装甲戦闘車と同じ様に乗員は背中合わせに着席する、銃眼から外を狙えるように。ドイツのマルダー装甲戦闘車も同様、その下車戦闘の乗降口は狭い。

 プーマ装甲戦闘車やCV-90装甲戦闘車といった、新時代の装甲戦闘車は車内がフラットで乗員は隔壁に沿って座席を配置しています、これですと銃眼は無いので乗車戦闘は想定していないのですが、対戦車ミサイルを車載する際にも座席などの配置は邪魔になりません。

 戦車の時間だ。観閲行進準備は戦車連隊の移動が開始される頃合いに。90式戦車、これだけ数が揃うと中々の迫力です。第71戦車連隊、第72戦車連隊、第73戦車連隊と、第7師団には三個戦車連隊が揃っていまして、有事の際の機動打撃を担う骨幹戦力となります。

 第71戦車連隊、第72戦車連隊、第73戦車連隊と、各戦車連隊は本部管理中隊と五個戦車中隊を基幹としていて、戦車連隊戦闘団を組む際には第11普通科連隊に六個普通科中隊と重迫撃砲中隊が置かれていますので、任務に応じた様々な編成が状況に応じて可能という。

 BMP-3装甲戦闘車はやはりダメだったのか、ロシア軍ウクライナ侵攻にともなうウクライナ戦争によりBMP-3がかなりの数が撃破されたことで、打撃力に特化した装甲車両の限界というものを痛感させられました、また撃破された車両をみますと乗員は、とも思う。

 装甲戦闘車、このなかにあってBMP-3は異端児でした、こういうのももともとは軽戦車として設計された車体を応用した車両ですので異色といえば異色なのですが、同時に100mm低圧砲と30mm機関砲を連装し火力重視設計で、100mmという口径に身構えたもの。

 100mm低圧砲は陣地攻撃に火力支援として用いるか、または対戦車ミサイルを運用し遠距離にある戦車などに対抗するという運用が用いられていまして、動く相手いにたいして正確に照準できるものではなく、こうした場合には基本的に機関砲を用いていました。

 PT-76水陸両用軽戦車、BMP-3の車体設計はこのPT-76を応用したものなのですが、これは同時に下車戦闘を想定した車体ではないために乗員は苦労して下車するという設計でした。車体後部にあるエンジンが邪魔で下車の際にはエンジン上を屈んで降りてゆくという。

 乗車戦闘重視、もともとBMP-3はソ連陸軍の無理な火力至上主義という要請により設計されたものでした。このために下車戦闘は可能でさえあれば設計上の配慮が重視されなかったのかもしれません、故に乗車戦闘が第一であり、車内配置も相応のものとなっています。

 BMP-3は座席がすべて前を向いて配置されている、いやより具体的には100mm低圧砲と30mm機関砲を備えた巨大な砲塔、その基部を囲むように座席が配置されていまして、窮屈というものを考えさせられる、だけではなく砲弾と兵員が同居する危険な配置を採った。

 装甲車の必然、下車戦闘に際して、BMP-3は下車に時間をかけるものですが、同時にそれは乗車、つまりBMP-3への復帰へも時間を要するものである裏返し。訓練でどの程度の歩兵全員下車や再度乗車所要時間を想定しているかは未知数ですが、迅速は不可能でしょう。

 一方、100mm低圧砲と30mm機関砲の連装というものは一見強そうに見えまして、しかし主砲だけで二系統の弾薬を必要とするにほかなりません。このためロシア軍は57mm自動砲への換装を計画しています、本来はアルマータT-15重装甲戦闘車用に開発されたもの。

 57mm自動砲は高射機関砲を転用したもので、発射速度も高いのですが初速が高く射程も長い、具体的にはアメリカのTOWミサイルを遙かに凌駕する性能であり、アメリカ製装甲戦闘車をアウトレンジする性能を備えている。装甲戦闘車同士の戦闘では相応に脅威です。

 日曜特集、これは北大路機関記事の資料写真としての機能もありますので写真点数を多めとしましたら、何回記事が必要なのか、と24枚記事を36枚記事に強化してみましたが、その分はわたしの戦車観を列挙する記事となってしまいました。御付き合いください。

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【日曜特集】第7師団創設56周年記念行事(03)師団長巡閲と部隊観閲行進準備(2011-10-09)

2022-02-20 20:20:00 | 陸上自衛隊 駐屯地祭
■北海道千歳に機甲師団あり!
 ウクライナ情勢が今この瞬間に緊迫度を増す中に自衛隊の機甲師団を見ますとなにか隣国の牙が東方に向いた場合にも備えが在る事に安堵する。

 第7師団祭、師団長の磯部晃一陸将が巡閲を行い、そして訓示、来賓祝辞と祝電披露という、厳かな行事が進められるのですが、やはり何度見ても90式戦車を筆頭に並ぶ機甲師団の威容には圧倒されます、戦車を恐竜に喩える人もいますが、日本防衛には恐竜が要る。

 冷戦後という幸せな時代は終焉を迎えつつあるのではないか、ウクライナ国境でのロシア軍によるウクライナ危機をみていますと、鉄のカーテンこそまだ降りてはいませんが、ロシアとの国際関係は今までのような資源供給国と広大な大地の国から変容しつつある。

 米中対立という、もともとは知的財産の世界的集約拠点アメリカと世界の工場中国、そのバイラテラル関係というものが中国の海洋進出とともに知的財産拠点のアメリカとの二分化へ進んだことで不協和音が生じ始めているところで、転換期が見え始めていましたが。

 レジームチェンジ、これは考えてみれば日本は東西冷戦終結はもちろん、第二次世界大戦敗戦、サンフランシスコ平和条約とその背景、考えれば数十年に一度の頻度であります訳で、1991年のソ連崩壊から2022年はすでに31年となるわけです、次の波が到来したとも。

 北海道の防衛力、日本にとって僥倖なのは、かなり削減したとはいえ北海道の戦車部隊と重戦力を、危機に対応できる水準で維持していることにあります。信じられないかもしれませんが冷戦時代にはソ連のT-72戦車が北海道に上陸し74式戦車と戦う懸念が高かった。

 90式戦車の時代となりますとソ連崩壊と重なりT-90戦車が北海道に上陸するにも、海上自衛隊と陸上自衛隊地対艦ミサイル部隊の防衛を突破して北海道に上陸するには、核攻撃でも加えなければ難しい時代、地対艦ミサイル連隊は坑道中隊とともに核攻撃には備えた。

 しかし、10式戦車の時代にロシアのT-14戦車が上陸するのかと問われれば、T-14はハイブリット戦争を想定した戦車戦闘の比重を若干低くし、遠方から丸見えになるような、T-80やT-90よりも巨体の戦車とはなっていましたが、蓋然性は、実際どうかんがえるのか、と。

 ウクライナ危機をみていますと、過去24時間のウクライナ東部における停戦義務違反が1500回、その前日が600回となっていますので、グレーゾーン事態の懸念も高まっているさなか、ロシアの脅威は過去のもの、というには少々難しい現状があるよう思えるのです。

 この式典ところで、少し前回の写真と重複があるよう見えますが、気のせい、ではなくこのときはEOS-7DとEOS-50Dの二つのカメラを活用していましたためです、望遠レンズをEOS-50Dに装着して広角レンズをEOS-7Dに装着して、転換の時間差を省いたのです。

 EF28-300mmISレンズ、現在はCANONの白レンズでも便利ズームと称されるレンズを活用していますので、観閲行進は戦車や装甲車が間近まできますのでEF15-85mmISレンズかEF18-200mmISレンズを活用、遠方を撮影する訓練展示は28-300mmを使っています。

 2011年、この頃はSIGMAの120-400mmOSレンズを望遠レンズとして活用していました、これもすばらしいレンズなのですが、特にデザインの優美さと機能美、構えていて疲れない性能だけでなく使い手を考えたレンズなのですが、広角が、いのです、望遠だから。

 EOS-50Dには望遠ズームを装着していました、理由は簡単でEOS-50Dにはバッテリーグリップを装着していたのです、電力消費量の多い望遠ズームを装着していても対応できる、撮影は望遠で遠景を撮影し、被写体が寄って来たら即座にEOS-7Dへと秒で持ち替える。

 EOS-7D,いまはmark2が生産終了となり久しいのですが、mark2は予備を含めて二台、予備の方は保管したまま、EOS-7DとEOS-7Dmark2とを使っているのですが、EOS-7Dをお散歩カメラ、mark2を自衛隊撮影用としてほぼほぼ使っている態勢です。考えると長い。

 戦闘機撮影などに、考えてみれば2011年から使い続けているEOS-7Dは十年以上使っているのですが、F-35戦闘機を撮影しました際に、このときはたまにはmark2ではなくEOS-7Dで小牧基地を散策していたらばF-35が出てきたので撮影、すると案外高い解像度を。

 第7師団、この2011年と今を比べると74式戦車が消えて10式戦車が配備開始され通信機材がコータム、拳銃ホルスターと制服が変わった程度と、前にふと思ったのですが、それを撮影する撮影機材のほうも7Dを7Dで撮影しているのは変わらない、ふとそんなことを。

 G-12,この第7師団祭はコンパクトデジタルカメラを定点撮影用に初めて動員した記念すべき行事でもありました、それまではコンパクト機種の性能に不満がありましたが、CANONのpowershotG-12はレリーズによる撮影が可能で、しかもカメラとしての性能も高かった。

 現在はG-3Xという同じCANONのpowershotシリーズの一番大きな、そして凄い望遠性能をもつ機材を活用していますが、意外と視線の及んでいない角度の知らない構図を、レリーズ操作だけは自分なのですが、しっかりと撮影していてくれますので頼りになります。

 師団祭。動き出した戦車部隊、こればかりは実際に体験してもらうほかないのですが、この数の戦車や装甲車に装甲戦闘車に自走榴弾砲がエンジンを始動させますと、空気が震えるのです、馬力にすると、戦車は1500馬力で、数が、計算するのは大変だが凄いもので。

 千歳のF-15戦闘機、このエンジン始動も間近で聞いていますと鼓膜の振動が大きくなり過ぎて、轟音と云うよりも音ではない何かが空間を支配しているような錯覚を覚えるのですが、点で動く戦闘機と違って、戦車というか機甲師団は、この一帯が振動で動きを感じられる。

 戦車部隊、陸上自衛隊では長らく最大の安全保障上での脅威が極東ソ連軍による北日本侵攻という蓋然性でしたので、戦車の優先度は高いものでした。戦車の優先度、日本の場合は曲がりなりにも10式戦車が開発されていますので高い水準にあるといえるのですが。

 レオパルド2のように後継が開発されない状況と比べれば日本は恵まれている、これは多分に国際情勢の反映と云えましょう。日本の場合はロシアのT-14アルマータ戦車や中国の99式戦車などのような現実的な脅威が在りますので、戦車開発は必然的といえましょう。

 韓国のK-2戦車量産のように明日にも否まさにこの瞬間にも北朝鮮軍の戦車部隊が南下をはじめるのではないか、というほどの脅威にみまわれているかといいますとそこまでではありません。一方、10式戦車を開発している点は、賛否両論ある緊張状況、というものが。

 欧州のようにレオパルド2主力戦車、改良は重ねられているものの1979年に開発された戦車を延々と改修している、なにしろ1979年といえば2019年で既に開発40周年、こうした状況ほどではありません。欧州ではフランスのAMX-56ルクレルクがまず思い浮かぶ。

 ルクレルクの他、イタリアのアリエテ2戦車も開発されているのですが、ルクレルクについては改修限界に達していますしアリエテ2については需要の薄さから改良型開発が停滞しており、更に欧州全体ではレオパルド2のみが普及している状況、という印象ですね。

 欧州域内でみてもアリエテ2とルクレルクは輸出に成功していません。戦車の優先度は、こう考えれば緊張度の裏返し、というものなのですね。自衛隊の場合は10式戦車の開発をしている、この重要性についてはいったん戦車開発を中断させると生じる問題点を示す。

 技術は失われると、再開するのは簡単ではないという現実を直視したものともいえましょう。EMBT,欧州共同開発としましてフランスとドイツがレオパルド2の後継として欧州で統合運用する性能を持ち、またフランスもルクレルク後継となりうる戦車開発はまだ先で。

 EMBT計画というものが漸くルクレルク等の後継に2019年より本格化させています。イギリスのチャレンジャー2主力戦車を忘れていたか、これもレオパルド2以降に独自開発されたもの。EMBT、欧州主力戦車という意味なのですが、安直な選択肢として印象がある。

 ユーロサトリ2019兵器見本市ではレオパルド2の車体にルクレルクの砲塔を搭載するという、新しい印象が全くない、田宮模型の戦車があれば誰もが一度はやっているような選択肢を提示していました、ルクレルクの部隊配備は1994年、ポスト冷戦時代の戦車という。

 1994年というど要するに日本の90式戦車と比較しても新しい戦車でした。レオパルド2はさすがに戦車王国ドイツ、最近はそうはいえないもののレオパルド1を大量生産した歴史に依拠したうえでのレオパルド2ですので間違いではあるまい、とこうなる構図です。

 レオパルド2は機械的に優れた設計となっています。実際乗ってみた方の話でも安定していたといいますか、90式戦車の殺人ブレーキのような振動も無かったといいます、一方でレオパルド2の悩みは砲塔設計の古さでして、こればかりは近代化もどうにもなりません。

 レオパルド2A4までの改良型をみますと射撃統制装置は砲塔の正面装甲を貫通した位置に配置されていますので、照準機の部分に敵戦車砲弾が命中したならば確実に撃破されうる防御上の脆弱性でした。砲塔は、なにしろ装甲防御を考えれば容量を増すことは難しい。

 砲塔を一定以上巨大化できませんし、重くなれば旋回装置も再設計が必要、これも出来ないことではないのですが、限界はあります。一方の方で、フランスのルクレルクは、車体部分の設計をなんとかしなければならないほどに稼働率に問題が指摘されていました。

 先進的な動力系統というものは、一歩間違えれば大変なことになる、というのは旧ソ連のT-64戦車にも当てはまるところでしたが、ルクレルクの場合は演習場はともかくとして演習場をでての生地演習となりますと、勿論実用兵器としての範疇ではあるが大変だという。

 フランス軍は兎も角、諸外国の視点で稼働率を維持させるための整備負担が看過できない水準で、UAEアラブ首長国連邦への輸出ではエンジンを信頼性あるものに交換するという条件が付いていたほどです、一方でデータリンク能力などはルクレルクは高い水準でした。

 完全な兵器というものは存在しないか冗長性を欠くために性能寿命に限界が近いものといえるのかもしれませんが、戦車開発を止めてしまいますと、良いとこ取りの設計に甘んじる他ない、という現実があるのかもしれません。これは日本も一旦止めれば、例外でない。

 日本には戦車の国産技術があります、世界最強と云い得る戦車さえ国産できる、しかしこれを政治は蔑としていないのか、日本は海洋国家だ、こう反論があるようですが、海洋国家が狭い海の対岸に戦車大国を幾つも対峙しています、こうした認識を、忘れるべきでない。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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【日曜特集】第7師団創設56周年記念行事(02)第7師団長は磯部晃一陸将時代(2011-10-09)

2022-02-06 20:11:54 | 陸上自衛隊 駐屯地祭
■東日本大震災から七カ月後
 この師団祭は東日本大震災から七カ月後というまだ記憶は鮮明と云う段階の前の挙行となっています。

 第7師団長は2011年行事の際、磯部晃一陸将の時代です。陸上自衛隊航空科幹部として、速度戦の重要性を体感している指揮官の一人ともいえるのですが、1991年湾岸戦争当時に外務省北米局米局安全保障課出向、米国海兵隊指揮幕僚大学で軍事学修士とアメリカ通で。

 米国国防大学で国家資源戦略修士も修得している指揮官です。磯部晃一陸将は昨年から月刊軍事研究巻頭の論説を執筆されていますので、防衛分野に関心のある方には毎月読まれていることでしょう。そして磯部晃一陸将は東日本大震災の際には統幕防衛計画部長を。

 統幕防衛計画部長として、当時東日本大震災における極めて喫緊の課題、福島第一原発事故に対し、日米統合運用の調整に当られていまして、アメリカ通といいますか、米国海兵隊指揮幕僚大学と米国国防大学での議論や指揮系統の経験は大きく活かされた事でしょう。

 第37代東部方面総監、第7師団長を経て東部方面総監にも任じられていまして、この第7師団祭は例年5月の挙行が2011年は東日本大震災により半年近く延期となっていましたが、言い換えればこの半年前、自衛隊は東日本大震災という実戦を、経験していたのですね。

 しかし、2011年の行事、2022年から見返しますと、戦車のアンテナが細く要するにデータリンク対応の広帯域無線機コータムは入る前ですし、拳銃ホルスターもレッグホルスターではなく革製のまま、制服も当然旧型で新型開発前、偵察隊には74式戦車も残っている。

 90式戦車にはもう一歩近代化の必要を感じまして、開発当時から戦車砲弾も相応に進化していますので、第三世代戦車の後期に開発された戦車とはいえ、正面装甲を強化しなければ今日的には貫徹される可能性を認識すべきですし、他にも装甲車に課題は残っています。

 73式装甲車は、アルミ合金製ながら今も車体部分に影響なく活用できているのは当時のアルミ合金精錬技術の高さを示すものですが、89式装甲戦闘車の生産終了から2011年当時で間もなく10年という状況、それから11年経る今日でも後継車配備は開始されていない。

 戦車、結局のところ現代においての陸上火力の根幹を構成する部隊で、またもっとも頑丈で且つ打撃力を持つ自己完結型装備です。戦車部隊の時代は終わった、と揶揄される紛争が起こるたび詳細を検討しますと事実は逆で戦車の時代なのだ、と痛感するものも多い。

 アメリカ第3機械化歩兵師団がほぼ一個師団で一国を破砕した2003年のイラク戦争などを提示するまでもなく、たとえば2011年から続くシリア内戦では戦車の損害が目立つように奉じられていまして実際シリア軍の戦車部隊被害は大きなものですが現実は真逆でした。

 2011年から続くシリア内戦でシリア軍が崩壊しないのは戦車を中心に戦闘を展開しており戦車はT-72戦車を修理し運用しているのですが、1991年湾岸戦争の頃よりも防火対策が強化されたT-72戦車は撃破されても乗員が脱出するまで時間を稼ぐだけの防御力がある。

 2020年にアゼルバイジャンがアルメニアに侵攻しトルコ製無人機とイスラエル製徘徊式弾薬が威力を発揮したナゴルノカラバフ紛争においても、こうした無人装備を多用したアゼルバイジャン軍が主力としていたのは戦車部隊であり、攻撃前進への中枢を担っています。

 戦車の時代は終わった、という主張は、しかし戦車の時代を終わらせたと指摘された側がそもそも戦車の時代を進めていた、そんな実例もありました。戦車部隊、それは万能ではあるが完全ではなく能力を常に強化する努力が必要という単純な事実なのかもしれません。

 当たり前ですが、戦車が強力であっても胡座をかいてそのまま能力強化を怠れば、1970年代の視点では簡単に対戦車ミサイルの餌食に、1990年代の視点では簡単に戦闘ヘリコプターの餌食に、そして2010年代の視点では簡単に徘徊式弾薬の餌食にされるわけですが。

 対戦車ミサイルも戦闘ヘリコプターも徘徊式弾薬も脅威ではある、が、この部分を裏返せば、対策を十分に採るならば戦車部隊はまさに無敵とはいかないまでも陸上戦力の中では圧倒的な優位を誇るものといえます。乗員3名で運用できる装備としてはまさに最強です。

 対策こそが肝要、対戦車ミサイルの脅威へは随伴歩兵の能力強化により対処できましたし、戦闘ヘリコプターについては防空火力の発達からもはやその時代は終わったと、少し前まで戦車の時代が終わったと主張していた方々が騒ぐ様な構図が醸成されているようでして。

 戦闘ヘリコプターについては近年はAH-64Eアパッチガーディアンから射程が格段に大きなスパイクNLOSミサイルの運用試験がアメリカではじまりまして、2021年3月の試験では射程32kmを達成しました。スパイクミサイル、進化するイスラエル製のミサイルです。

 AH-64Eアパッチガーディアン、匍匐飛行しつつ低空から32km先までミサイルを投射し命中させる、こうしたものですので地対空ミサイルの圏外から、なにしろヘリコプターは錯綜地形ならば森林の樹木高よりも下に降りる裏技がある、こうすれば発見されません。

 有利な状況から射撃する運用ですので戦闘ヘリコプターはその脆弱性を搭載するミサイルの射程の延伸により対応している構図という、一方で戦車の方はイスラエルのトロフィーやドイツのストライクシールドのような、アクティヴディフェンスという新装備が誕生へ。

 アクティヴ防御システム、これは新しい概念、対戦車ミサイルを装甲で受け止めて耐える方式から対戦車ミサイルを迎撃して撃墜する運用に転換しつつあって、また最先端技術がわずかな旧式装備を破砕する構図へ展開を、発達を続けている構図がここにもあるかたち。

 トロフィーにしてもストライクシールドにしても発展余地はあります、現時点では一定以上の角度のトップアタック式の対戦車ミサイルを迎撃する方法はありません、もっとも浅い角度で戦車上面を攻撃するミサイルは撃墜できるという、迎撃の大きさにも限度はある。

 将来を考えますと、戦車はそもそも火器管制装置の性能が高い水準で設計されていますので、例えば脅威である徘徊式弾薬に対してもアクティヴ防御システムで迎撃できるようにはなるでしょうし、RWS遠隔操作式銃搭の機関銃がその役割を担うかもしれない。

 アクティヴ防御システムについては我が国でも防衛装備庁が開発を進めています。もっとも、日本では74式戦車が現役で残っていまして、有事の際に人命を守る為にも、喩え戦車定数よりも多くとも90式戦車や10式戦車を量産し、事後輸出なり削減すれば良いと思う。

 戦車部隊、そしてこうした部隊を運用するノウハウや戦術と戦略体系まで至る、戦車そのものよりも戦車を運用する事で得られるノウハウと教育された高度な人員も日本の防衛にはかけがえのない資産ですので、活用する道を模索せねば、税金の無駄遣いと考えます。

 戦車というものは、近年、市街地戦闘においても歩兵との連携とともに必須の装備であり、対戦車火器により撃破される事は事実ですが、撃破されても全損に至るのは稀で数十時間で修理完了し乗員が無事という事例も多く、その意義は世界規模でも見直されています。

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【日曜特集】第7師団創設56周年記念行事(01)戦車が視界一杯の東千歳駐屯地(2011-10-09)

2022-01-23 20:00:20 | 陸上自衛隊 駐屯地祭
■第7師団は日本唯一の機甲師団
 機甲部隊とは装甲機動部隊の略称で東日本大震災の記憶新しい2011年10月に延期されていました師団祭は挙行されました。

 第7師団創設記念行事、2011年の行事ということで10年以上前の行事となりますが、今回改めて掲載する事としました。この10年間で日本の防衛力と防衛力整備というものは大きな変革に見舞われ、そして周辺情勢も大きく転換しました。今回、改めてみてみよう。

 東千歳駐屯地は広い、こう表現する事は単純なのかもしれませんが東千歳駐屯地を、おっ街道の駐屯地に慣れている方はそう思わない方もいるのでしょうか、しかし開門と同時にゲートをくぐりまして、まず手荷物検査は無いという部分から、少し不思議に思いました。

 82式指揮通信車。恐らくはテロ警戒の為なのでしょうかヒグマ対策の為なのでしょうか、いつでも装甲車の車体を盾に駐屯地と観覧者を防護する準備が出来ていまして、要するに来るなら来い、という機甲師団ならではの迫力を醸し出しています。この当たりから違う。

 広い、この一言に尽きるといいましたが、普通に歩いて式典会場まで40分ほどかかります、いや、誇大表現と思われるかもしれませんが、早歩きで45分ほど掛かります、演習場の中を歩くのではなく、建物と倉庫とモータープールを縫って歩いて45分、本当にひろい。

 北の大地、こう表現しますと厳寒な冬の吹雪や荒漠たる大自然の猛威と手つかずの原風景、というものを思い出されるかもしれませんが、単純にロシアとの国境、最短は国後島か、最短距離では20km程度という事実を突き付けますと、ここは防衛の最前線だとわかる。

 戦車、戦車、戦車、あと自走砲に自走高射機関砲に装甲車と、戦車、戦車、戦車、あと偵察警戒車に装甲戦闘車に装甲車、戦車、戦車、戦車、あと自走迫撃砲に戦車橋に装甲ドーザー、戦車、戦車、戦車に。第7師団祭を表現しますと安直ですがこうしたものとなる。

 90式戦車が、こう横一列に並びますと迫力に圧倒されます、いや東千歳駐屯地だからでしょうか、新千歳空港に隣接する東千歳駐屯地は周辺に目立つ建物が無く、横一列に視界を埋め尽くすように戦車が並んでいますと、迫力を通り越して異次元の様相を帯びてくる。

 北海道の自衛隊関連行事で毎回感じますのは、本州の自衛隊行事は機械化部隊が自慢の富士学校祭を含めて、何とか強大な敵を撃破した、という印象のものが多い中、北海道の場合は陸上火力におり圧倒撃滅する、そんな機械化部隊の偉容というものがあるのですね。

 第7師団、驚いてはいけないのですが東千歳駐屯地には戦車連隊は駐屯していません、戦車連隊の定数を考えれば各中隊から小隊を参加させていて、式典に参加している車輛は師団のごく一部であり、そう考えますと第7師団というものを改めて大きく感じるもの。

 圧倒撃滅、こう印象づけるのは駐屯地の式典会場が広いことも挙げられるのかもしれませんが、戦車の多さ、という部分が無関係ではないように思う。日本周辺には大規模な軍事パレードを定期的に実施する国が幾つかありまして、その様子は報道発表されています。

 軍事パレードは予算を要する以上目的が必要で、なにしろ国威発揚が目的なのだから当然といえば当然だけれども、映像で流されます。正直なところ、自衛隊行事を知っている方々でも師団祭で戦車が数両しか参加しない地域にお住まいの方は、見比べてどう思うのかと。

 日本の防衛力で軍事恫喝に対応できるのか現実を突き付けられ、いや日本は日本海と東シナ海があるし、と考えるのかもしれませんが、北海道の自衛隊行事を知っている方からみるならば、いやこのくらいならばウチの戦車連隊でなんとかなるな、こう思われるようで。

 平和主義、これは非常に重要な外交政策ではあるのですが、周辺国での戦争をみて見ぬ振りをする、世界での圧制による犠牲は無かったことにする、平和は大事にするもの、平和は維持するもの、発音では似ているものですが前者を選びますとどういう事になるのか。

 平和というものが大事という部分では共有できる価値観ですが、その上で戦争を回避する具体的な施策を考えない場合は、これをわたしは"平和を手段とする"か"平和を目的とする"と相容れないものである視点であると指摘しているのですが、前者を選んだ場合は、さて。

 結局のところ万一の状況に大切なもの、戦争というものの脅威を前に、極論で平和だけを手段として回避し屈服することで人命を薄なわずにすんだとしても基本的人権や幸福追求権、場合によっては財産権や生存権を失う危険に曝されるという実状があるように思う。

 平和を手段として結果としての平和を実現できるならば、何しろ戦車にしても戦闘機にしても安価ではありませんので世界中がその選択肢をとりそうなものですが、資源や地政学的立地を求める諸国がすべて共有できない場合にはどうしても摩擦が生じるのは道理です。

 予防外交。脅威を突き付けられた際、その際に防衛力を有していれば予防外交、予防外交が実らない場合でも抑止力を維持することで武力紛争を一時的でも回避し、その上で恒久的な武力紛争回避や紛争解決への卓上で意見集約を行う時間的余裕が生じるように思う。

 防衛力というものはそのためのものなのですね。その上で、北部方面隊の隷下部隊行事にみられる、敵を押し返すのではなく押しつぶす、圧倒撃滅の能力誇示は、もう一つの役割があるように思う、それは主権維持と憲法の堅持へ国民の支持を得られるか否か、という。

 実際のところ国民が政府を支持するか外国政府の圧に屈することを支持するかは防衛力を筆頭に政府が、そして自国の防衛力が国民に支持されるのかという部分にあるのですね。国民の支持がなければ国家は維持できません。その為には国家にも覚悟というものが要る。

 もちろん、理想は、この理想というのはカント的なという意味でですが、国民が外国の軍事恫喝に徒手空拳はもちろん生命を掛けて屈しない共同体意識があれば、常備軍が不ようになる、と考えられたものですが、なかなかそこまで堅固な意識、全体では持ち得ません。

 民族自決を全員自爆の覚悟まで昇華させることは出来ませんし、個々人の意志と抵抗には現代兵器を凌駕することは非現実的でもあります、すると防衛力整備の重要性はここにある。そして、日本の防衛力ならば軍事恫喝を受けた場合でも、という自信に繋げねば。

 日本の防衛力ならば軍事恫喝を受けた場合でも、それが海を越えて襲来した場合でも破砕できる、だからこそ憲法の掲げている基本的人権や男女同権、環境権や幸福追求権は維持されるべきであるし、自国民統制手段に銃砲さえ用いる圧政を行う様な国に屈しないべき。

 国家が香港や平壌と武漢やヤンゴンで行われていたような行動を21世紀の今日に繰り返すような勢力からの恫喝は頑としてはねのける気概を、実際の軍事恫喝を受けた場合でも堅持するには、そのための備えが必要だと思う。この点で重厚な防衛力に意味合いがある。

 重厚な防衛力を北海道に集約する構図には、もちろんこの防衛力は北海道の地政学上の要求からは必要ではあるために、引き抜くという意味ではなく整備という意味で、現状の本州防衛力には不可思議であるよう、思うのですね。全国的に機械化を進めるべきと感じた。

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【日曜特集】駒門駐屯地創設55周年記念行事(4)訓練展示模擬戦は状況終了(2015-04-05)

2021-11-28 20:07:22 | 陸上自衛隊 駐屯地祭
■前進する戦車の迫力!
 戦車部隊が次々と攻撃前進に移行しまして訓練展示は静から動へ一挙に転じています。

 10式戦車が躍動感を伴い機動打撃を展開するお気に入りの情景です。戦車が迫ってくる情景というものは撮影できそうで難しい、目の前で停車している構図は工夫次第でなんとかなるものですが、こう、躍動感、動いているぞ、という構図は、やはり難しいのですよ。

 10式戦車の機動打撃とともに意外に長い砲塔と奥の90式戦車が面白い。基本的に双方とも第三世代戦車、つまり、打撃力と機動力と防御力という戦車の三要素を最大限確保しています。しかし10式戦車は極めて軽量であり、これを第四世代戦車とする考え方もあります。

 74式戦車も前進を開始し第一線を形成した90式戦車を超越してすすむ。74式戦車は戦後第二世代戦車といい、この時代は打撃力と機動力と防御力のうち、機動力と防御力をどちらか犠牲にする設計が主流でした。当時は軽量強靱なエンジンや装甲技術がなかったため。

 74式戦車がこちらに向かい後方には戦車に火砲に装甲車が並ぶ。チーフテンは防御力を特に重視した結果機動力が極端に下がり、AMX-30やレオパルド1は防御力は機関砲防御程度に抑え機動力を重視している。74式戦車とT-62は車内を局限まで抑えて両立を目指した。

 74式戦車に望遠の焦点を合わせると迫り来る迫力と後方の90式戦車が。第三世代戦車は、イギリスが複合装甲というチタンとセラミック、対戦車ミサイルの放つ高熱と徹甲弾の叩きつける衝撃に強い素材を重ね圧延均一鋼板換算でもの凄い厚さを再現したことで始まる。

 74式戦車が2両重なり砲塔を敵に向けつつこちらへと邁進してきました。第三世代戦車は複合装甲とともに軽量な1500hp級エンジンが開発されることで、多少装甲が厚くそして重くとも、遮二無二機動力を発揮できるエンジン技術が開発、バランスのよい戦車ができた。

 74式戦車が射撃姿勢を維持しつつこちらへ向かう迫力の構図が進む。74式戦車は第二世代戦車が1960年代初頭から開発されましたので後塵を拝する構図ですが、車内容積を絞り砲塔形状を工夫し油圧式懸架装置の採用により地形防御を採る、高い防御力を有しています。

 74式戦車の精悍な角度が今まさに行進間射撃するような迫力を醸し出す。この74式戦車と対照的なのはM-60戦車で、これは機動力をそれなりにとりつつ、車高は高いですが使いやすい車内を追求し完成しました。課題はありましたが均衡はあり、これがM-1戦車に続く。

 74式戦車に続き戦果拡張に必要な施設科部隊の自走架橋柱が前へ。施設科部隊を随伴させるということはウェットギャップなどを渡河するという想定なのでしょう、駐屯部隊全員参加で有り合わせの訓練展示部隊ですが、それでも想像は大きく膨らんで往くものですね。

 74式戦車が81式自走架橋柱を伴いこちらへ進む迫力ある構図とともに。81式自走架橋柱は戦車などの応急橋梁を架橋する優秀装備ですが、見ての通り防弾装甲は皆無で油圧式の架橋柱は砲弾片に非常に弱い。偵察隊は先行し、相当敵情を注意深くみているのでしょう。

 11式装軌車回収車も12.7mm重機関銃を構えつつ機動打撃に展開する。後方支援連隊の装備です。ここまで来ますと総攻撃というよりも一家総出という印象ですが、戦車回収車まで攻撃前進する展示というものも、ないにはないですが相当に希有で貴重な情景でしょう。

 90式戦車も戦闘加入を準備したところでようやく状況は終了となった。状況終了の喇叭が響きますと、さてさて、疲れたなあ、と当方の周囲でも帰り支度が始まる。自衛隊行事を撮影するという際には、この切り替えというものが、実は大事なのかもしれませんね。

 満開の桜花と共に90式戦車。実のところ撮影位置をどこからとするのか、相当迷ったのですが、少しメイン会場から出口に近い位置でしたので、こうした戦車と見学席という不思議な構図を撮影することができました。国民に見守られる戦車、税金をしっかり活用する。

 90式戦車、最新の10式戦車も良い戦車だとは思うのですが、国内インフラの整備進捗を見ますと、44tに無理して軽量化するよりも戦車定数900両の時代に、さっさと90式戦車の数を揃えていれば、とも思うのですよね。近代化改修により90式は充分現用に耐えます。

 即応機動旅団とか即応機動師団とか総合近代化師団に地域配備師団、名前だけは世界に誇る文字の羅列ですが、専守防衛を堅持するのであれば戦車と軽量安価な装甲車を揃えていれば、専守防衛として相手に上陸させる気を起こさせない、という本分は担えたとおもう。

 本土決戦主義、こう当方のような考え方を批判というか揶揄する向きもあるようですが、海上防衛力で対中対ロの必勝を期すという、わたしたちを本土決戦主義と批判するたちこそ、実際には中ロ開戦主義という、実は危険な主張なのではないか、抑止力視座から思う。

 96式装輪装甲車も、戦車と連携するならば機動力に富んでいて一定程度の防御力を有し、なにより安価で良い装備だ、と思うのですよね。万一の際には戦車が盾となってくれる。しかし、装甲車単体で運用するならば、もっと重装甲で、必然的に高い装甲車が必要だ。

 74式戦車。もう間もなく自衛隊装備としては役目を終える装備なのですけれども、非常に優秀な乗員と訓練体系を構築している優秀な集団です、74式戦車の要員を装甲戦闘車の乗員に転用できるよう装甲戦闘車の数を揃えれば、戦車と連携する真の装甲機動部隊が育つ。

 状況終了、とともに装備品展示の見学へと移行します。国際教の装備として軽装甲機動車と96式装輪装甲車が並ぶ。ともに優秀な装備ですが、政府と国民とマスコミが一体となって国内防衛産業叩きを行い、小松製作所は新規開発撤退表明、後継装備は高価な海外製に。

 防衛産業というものは防衛力の一要素であると思う、これを象徴するのが展示車両となっている61式戦車以来、連綿と受け継がれる装備体系ね。戦車を国産できない国は悲惨な状態になっている国が多い、しかし、恵まれている日本ほど恩恵の意義を理解していない。

 78式戦車回収車に90式戦車回収車に11式装軌車回収車、自衛隊の戦車回収車三世代が勢ぞろいとなりました。どれも微妙に違うのが面白いですね。90式戦車回収車を91式戦車回収車と呼び間違えてしまいます方が居ますので少々注意を、91式は戦車橋、別の装備です。

 90式戦車回収車とよく呼間違える91式戦車回収車は、おそらく91式戦車橋を勘違いしているのでしょうか、91式戦車なにがし、と覚え間違えるのでしょう。そして91式戦車橋は東千歳くらいでしか毎回出てこない装備で、車体は74式戦車だという、紛らわしいです。

 73式装甲車。この後継車両が89式装甲戦闘車後継車両と車体部分を共通化させる共通戦術車輛として試験が進んでいます。実際のところ、防御力は89式装甲戦闘車の車体でも現用装軌式車両としては最小限度のものですが、国産できすならば採用すべき、数も大量にね。

 74式戦車改といいますか、G型が展示されていました。熱戦暗視装置を追加し弾道コンピュータを新型化、そして履帯も脱落防止転輪としたものですが、1両改造するのに1億円を要し5両を試験改造したところで90式戦車の量産が優先され事業は終了しました。こんなかたちで会場を巡り、こちらも状況終了です。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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