
どんなにつらいことがあっても、日はまた昇り、朝が必ずやってくる・・・
その知らせが届いたのは、15日の朝でした。
絵本サークルの長年の仲間、Yさんの突然の死を知らせるものでした。
16日、13:57発のこだまで、神戸の芦屋で行われるお通夜に、仲間とともに向かいました。
日本中が大雪で大荒れの日でしたので、新幹線は名古屋~新大阪の間は、大雪で徐行運転、
なんとか一時間遅れで、着きました。
彼女は、関西出身の方で、ご主人の転勤で、浜松で長く暮らしていた時、絵本のサークルを一緒に楽しんだ友人です。
お母様の介護もあり、終の棲家を神戸に構えて数年経ちますが、4年ほど前より、肺の難病を抱え、療養中でした。
小柄で、華奢で、とてもおしゃれなきれいな人でした。
ユーモアや機知に富んだ、可愛らしい先輩でした。
昨年定年退職なさったご主人が、早めに退職なさって、一人娘さんと、懸命に介護なさっていましたが、
50歳半ばを過ぎたばかりの若さで、あまりにも早く天に召されてしまいました。
ご主人や娘さんは、懸命の介護の中で、覚悟を深めて来られたので、気丈にふるまってらしたのが、
より辛く、時折見せる涙や、残された80歳過ぎのお母様の姿に涙が止まりませんでした。
彼女の美しいお顔や、ご主人の愛情にあふれたご挨拶を、心に刻みました。
式の後、お坊さんが、「あまりにも早く逝かれたことは残念ですが、死・・・そこは誰もが行く場所、
彼女は、大切な家族や友人に、自分の身を持って、それを伝え、示してくださった。」と言うことを、おっしゃっていました。
最後に、中島みゆきの曲、「糸」が、流れていました。
私もとても好きな曲ですが、また特別な曲になりました。
帰りは、新大阪20:33発のこだまに乗りましたが、雪はさらに降り続き、
浜松駅に着いたのは、11時過ぎ、
しかも駅前のタクシーが雪で出払っていて、30分待ってやっと乗っても、路面凍結で徐行運転・・・。
4人で乗り合わせたため、いちばん駅から遠い我が家にたどり着いたのは、
夜中の1時半過ぎでした。

玄関周りの花鉢は、すっぽり雪に覆われていました。
タクシーの運転手さんも怯えるこんな雪は、10年に一度あるかないかです。
母の葬儀の時も、北海道で雪が降っていたのを思い出します。
「涙雪だな・・・。」父が、ぽつりとつぶやいていました。
彼女のもとへ向かう、大雪の中の仲間との時間、一生忘れない旅となるでしょう。