まあまあ人生

70年の人生 まあまあですね

ああ牡丹の花

2006年04月30日 | Weblog
今朝、教会に行って驚いた。先週、我が家で育てていた牡丹の蕾が大きくなったので、教会の玄関に置いてあった。昨日見た時は、満開を少し過ぎた感じであるものの、2~3日はまだ見れるので、教会員に見ていただけば良いと思っていたのが、今朝は無残にも、鋏か何かで切り捨てられていた。ひょっとして、牧師が少ししおれたから、切ったのではと聞くと、夕べの0時頃には未だあったとのこと、何者かがその後で、切ったのであると思われる。どんな遺恨があったのか、はたまた、単なるいたずらか、は分からないが、刃物を用意しての行為に対して、強い憤りを覚えた。1年掛ってやっと一輪咲いた牡丹の花を・・・。以前住んでいた所では、環境が悪く、よく植木を持ち去られたものであるが、今の所に引っ越して7年なるも、未だ一件の被害もあってなかったが、教会でいたずらを現認して暗い気持ちになる。 人間は時には、自分の都合で常識を逸脱する行為に走ることがある。あの、ダビデ王は、自分の欲望のため、部下ウリヤの妻、バテシバを妻にして、部下ウリヤを激戦地に派遣して戦死させる行為に走った。(聖書サムエル記Ⅱ11章)名君ダビデの大きな失敗である。 そのことを思い出し、人間の弱さを思うと、腹立たしさが幾分治まった。 . . . 本文を読む

何の花

2006年04月29日 | Weblog
ゆっくりとした朝を迎える。例の如く、「さわ」に行きお粥を頂く。何時もながら朝のお腹にはやんわりとして、落ち着くので時間が許される限り、贅沢であるが楽しみにしている。  午後、植木の手入れをする。やっかいものの山芋があちこちで芽を出していた。 引き抜くのも可哀想なので、そのままにしておくと、あちこちで絡み合って困る。それで2階まで手をつけることにした。これで、夏の暑さに少しは遮ってくれるのではと期待する。 ふと見ると、以前、中央区谷町の街路樹の下で拾った、あの玉ねぎを少し小さくした球根は、その後、順調に成長しているものの、あまり葉の形が悪いので、がっかりしていたが、今日見ると、割と大きな蕾を付けているではないか、どんな花が咲くのか、正体は何か、楽しみである。紫蘭の蕾も大きくなってきた。三寸あやめも蕾を出してきた。ふじは、ついに今年は花を見せなかった、残念である。 . . . 本文を読む

無から有

2006年04月28日 | Weblog
納税協会から毎月機関紙「納税月報」が送られて来る。表紙は、毎号外国の風景写真で楽しみにしている。その中に、インタビュー記事で「めざせ!オンリーワン」と言う記事がある。5月号には、「無から有」と題して、エスケー化研株式会社社長の藤井實氏が語っておられる。創業当時、22才の時、塗料を扱う工場の人たちが、塗料用の溶剤や機械を洗浄いた後の廃溶剤は穴を掘って捨てているのを見て、それを上手くリサイクルすることは出来ないかと思い、化学を勉強して、その廃溶剤を貰ってきて蒸留精製して、塗料用の希釈剤(シンナー)を作ることに成功された。「無から有」を生み出したのである。会社のモットーは「無から有」であるのは、そのことから来ていると。 藤井社長は、創業した時よりも70歳を越した現在、毎日100倍ぐらい物事を考えておられるとか、今のほうが、創業当時よりはるかに頭は若いと言いきっておられる。会社を維持するためには、常に、新しいものを作りださなければならない。一つの製品の寿命、商売の寿命は、以外に短いもので新しいものが出てくるとすぐに消えていく運命にある。 藤井社長の最も重要なターニングポイントは家内と結婚したことですと、最後に言われた。 . . . 本文を読む

人生のブランコ

2006年04月26日 | Weblog
今朝は、不整脈ではないが三回目のトイレに4時過ぎに起きる。直ぐに眠れるかと思ったが、目が冴えてきた。丁度、4時30分近くになり、福音放送を聞く。「希望の声」はM師が箴言22:17から語られた。4月は、社会で、学校で、はたまた家庭でも新しい出発がある。不安と緊張の連続であるが、前に向って進むよう語られた。高校生(?)和歌大会の一つを紹介されていた。「人生のブランコ」と題して、大意はブランコは大きくバックするがまた大きく前に向うと、その如く少しの失敗等を恐れず、前に進むことを語られた。続く、「世の光」H師がメッセージされたが、とんと記憶にないのが残念である。  夜の「トレビアの泉」の中で紹介された中で、学校給食用に出される魚は、中国で人の手で骨を一本一本抜いているものであることを知り、唖然とした。高齢者等はともかく、子どもに対して、喉に骨が刺さることを心配(?)でそうしているのかも知らないが、一事が万事、便利、無難が優先して、子どもが訓練する場が無くなって来た。今の子どもの脆弱さはこんなことの積み重ねで、実現しているのではないか。 . . . 本文を読む

ベランダの花たち

2006年04月25日 | Weblog
朝食後、出勤前の一刻、2階のベランダの植木達に水をやっていないのに気付く、特に物干し場の下の鉢植えは、雨に打たれることがないので、なおのことである。一軒家に住んで居ながら、2階に上がることが少ない。時間がないので急いで上がり、物干し場下の蘭類に水をやり、ベランダの植木達に水をやっていると、暫く見ていなかった、小手まりが今を盛りと白い花を見せてくれた。去年の夏場に水をやるのを忘れて、枯れかかっていたのが、こんなに元気になったのを見てその生命力の強さに驚く。少し横のフリージャの黄色い花が、小手まりの白との対比が鮮やかであった。つつじも咲いていた。絹さやエンドウはやや盛りを過ぎたようだ。細ねぎの苗を一ヶ月前に植えたが、ほとんど成長していない。洋蘭は所々花が咲いていた。暫くぶりのベランダは春爛漫であった。 . . . 本文を読む

ソフトパワーと教会

2006年04月24日 | Weblog
今日は、久しぶりの晴天で随分暖かであった。大阪朝祷会に出席のため、駅に向うも駅近くで、定期を持っていないことに気付き、引き返しをした為遅れるかなと思ったが、間にあつた。年のせいか物忘れをよくする。 今朝は、OCC勤務のK兄が「ソフトパワーと教会」と題して、箴言2:6、8:12から証しされた。少し前、企業から府立高校の校長になったが、その校長は、学校運営を企業原理、競争原理を導入し、恰も生徒を商品と位置ずけて、今までの培われた、校風や秩序が崩されて、生徒、教職員から不満の声があがり、やがて退職したことが、新聞が報じていたことを例に、教会にも、この原理が入っていると警告された。教会は、競争原理でなく、本来の特質をもって、魅力ある教会で伝道したいと結ばれた。ハード面ではなくソフト面を強調したい。 . . . 本文を読む

土曜日の一日

2006年04月22日 | Weblog
昨日今日と、午前4時ごろ不整脈の発作があった。お陰さまで、4時30分からの近放伝の放送を聞く事が出来て感謝である。今朝は、明日、4月23日に行われる「府民イースター」の紹介とメッセージは日本ナザレン教団桃谷教会のM牧師が十字架に架かられる前後、特にペテロとの関わりを一般の方でも分かるように語られていた。 そのまま、朝日放送のお早う浪曲を聞く。若い時はラジオしか楽しみがなかったもので、よく浪曲を聞いたものである。今朝は、二代目広沢虎造の「大瀬の半五郎」で久しぶりに聞いて良かった。これも不整脈のお陰である。  朝食は、家内と「さわ」でお粥セットを頂く。最近、お客さんが何人か入って繁盛している。食後は、内科と眼科を受診する。土曜日は何れも受診される人が多く、帰宅は昼になる。午後は、総会の資料の作成、植木の手入れをする。 牡丹の蕾が大きくなったので教会に持って行く。「ふじ」も随分成長して来た。紫蘭も生長し、花芽が大きくなって来た。そう言えば、あの「山芋」が所々で芽を出して来た。やっかいであるが、抜いてしまうのは不憫である。 . . . 本文を読む

ポピーとスズラン

2006年04月21日 | Weblog
昨日今日と二日続いて強風が吹き、銀行やスーパーの自転車置き場で、風にあおられて自転車が倒れていた。特にスタンドが片足のものが多かった。私は、この片足スタンドが嫌いである。チョツト触れても倒れるし、その倒れによって連鎖的に、次々と他の自転車を倒してしまう。愛用しているのは若い人が多いようである。何か軽薄な感じを持つのは、私だけなのか。 自転車で走っていると、大和路線の線路脇に、ポピーかが点々と淡い朱色の丸い花が風に吹かれて一斉に顔を動かしている様であって面白かった。 M銀行横の近くで見たスズランは、大きく成長して早や立派な花が咲いていた。我が家の鉢植えのスズランは少し前に、芽を出したばかりで、その差の大きいのに驚かされる。手入れの差か環境の影響か。ともあれ、やがて可愛らしい小さな白い花を見せてくれることだろう。 . . . 本文を読む

すみれの花

2006年04月20日 | Weblog
小雨混じりの朝、カナン朝祷会に出席する。今朝は、日本聖公会のU主教が「霊による一致」と題して、エペソ4:1~6からメッセージされた。主の復活の恵みに与る私達は、主に在って、一つとなって、主の業に励まなくてはならないと語られた。  U主教は、90才に近いが、お元気で、先生のこれからの歩みと健康が守られるようお祈りをさせて頂く。  自転車で平野区内を走ると、去年はほとんど目につかなかった「すみれ」達は、今年は、至る所でお目にかかる。特に、道路の隅で健気に一輪咲いているのを見ると、何故か芭蕉の句が頭をよぎる。 山路来て なにやらゆかし すみれ草 少し変わったものや、色が違ったものに出会うと、種が出来た時に採取しようと思うのであるが、手帳にでも場所を書いておけばよいが、書かない為に、後で何処だったかなーと分からなくなるのが常である。困った性格である。 . . . 本文を読む

牡丹の花

2006年04月19日 | Weblog
私は甘いものが好きで、午後3時ごろになると何となく、甘いも物が欲しくなる。午後、お世話になった所に持つて行く為、近くにある和菓子店「塩伊」で少し購入する。勿論、事務所で頂く分もちゃつかり購入した。この「塩伊」の店頭に季節の花々が飾られており今日は、見事な牡丹が置いてあった。我が家の牡丹の蕾はまだ小さく、その数も一つ(昨年は二輪)と淋しいかぎりであるが、「塩伊」の牡丹は5~6輪と数も多く、花も大きかった。話を聞くと、当該牡丹は、かれこれ18年になると言う、本来なら、別の牡丹を飾るところであったが、その牡丹が蝉の害(?)に遇い、半分以上枯れているので、ピンチヒッターとして、くだんの牡丹が登場したとのことであると説明を聞く。和菓子と共に最高のものを展示するその心意気に拍手を送りたい。  仕事を終え、バスで帰る。乗車した途端、大声を出している乗客一人が居た。バスはすいていたので、時折の大声はそれ程気にはならないものの、少し酒に酔っている、高齢者には、皆余りいい気はしていない雰囲気であった。私は、何か言うのが良いか、迷ったがバスの中で暴れても、運転手に迷惑なるといけないと自粛した。あべのに近かずくと、チャッカリ前の方に座席を移していた。降りるのを他の人が待っていたが、降りそうもなく、私はその時、早く下りやと声をかけて降りた。下りしな、くだんの男性の定期を見ると、敬老優待乗車証であった。もっと感謝の気持ちもって利用したいものである。 . . . 本文を読む

イースター

2006年04月17日 | Weblog
深夜の2時半ごろから不整脈が出る。暫く治まるのを待っていたが、敵の攻撃は強く、意を決して、ラジオを聞く。3時を少し過ぎたころであった。ラジオ深夜便「日本の歌、心の歌」の番組で、今朝は童謡特集であった。久保木幸子の「あの町、この町」、伴久美子の「叱られて」、安田幸子の「おぼろ月夜」、松島トモ子の「赤い帽子、白い帽子」、川村じゅん子の「りんごのひとりごと」など等、楽しい童謡を聞くことが出来た。4時過ぎに治まったので、うとうとと眠りにつく、6時前に目覚ましで起床、朝祷会に出席する。 今朝は、バブテスト同盟大阪新生教会のT牧師が「あの方は、復活された」と題して、ルカ24:5~7からイースターの恵みをヨーロッパのイースターを紹介しながらイースターは、喜びと希望そのものであるとメッセージされた。昨日は、阿倍野教会では、今までしたことのない早天祈祷会を行い、その後、サンドウィチの朝食を皆で楽しく頂き、イースター礼拝に臨んだ。今朝も重ねてイースターの恵みに与ることが出来て感謝。 . . . 本文を読む

雨の一日

2006年04月15日 | Weblog
今朝も「さわ」でお粥の朝食を摂る。その後、谷町9丁目にある診療所に行く。帰りに、難波の高島屋に買い物に行くため、地下鉄を降りて、高島屋の手前の地下街で、「お久しぶりです、電気屋の田中です。」と声を掛けられた。60才前後のごま塩頭の男性からである。顔を見ても思い出せない。何処かの所属でお世話になったのかも知れないが、心当たりがない。その男性は、親しそうに、競馬をしているのです。昨日、調教師、馬と一緒でした、いい情報を受けて、馬券を買って、200万円を儲けたといいながら、男性は持っていた、手提げバッグを開けて見せてくれた。そこにはバラの一万円札が200万円以上のものが入っていた。これから行くのです。いい情報がありますので行きませんかと、男性は誘った。昔、同僚達とわいわい言いながら馬券を買ったことがあるが、興味もないので、丁寧に断り、頑張りなさいと言って別れた。後で考えても、思い出せない。くだんの男性の思い違いか、私が忘れているのか、はたまた、新手の詐欺の手口か、昨日、牛乳パック版振り込め詐欺が新聞で報じられていた。気をつけなければいけない。 午後から所要で、京都に行く。天満駅を出た時、大川沿いの、造幣局の桜並木が目に入ってきた。つり橋の川崎橋は桜見物の傘、傘、傘が埋めていた。帰り道、原田病院に入院中のU姉を見舞う。前にお伺いした時より元気相だった。娘さんとお孫さんが来られたので元気な顔を見ただけで帰る。今日も、色々なことに出会った。 . . . 本文を読む

花の季節

2006年04月14日 | Weblog
今日は、昨日までと打って変わって寒い一日であった。昨日、今年初めてツバメを見た。さぞ、今日の寒さに驚いたことであろう。団地内を自転車で通り抜けていると、石楠花がピンクの美しい花を咲かせていた。もう咲く頃なんだ、事務所にある鉢植えの西洋石楠花も少し前から咲いていた。何年か前に買った白色の石楠花の美しかったのを忘れられず、今年買ったのであるが、白色は白色でも、何かくすんだ様な白色で、花びら一枚に模様がはいっているが、おせいじにも綺麗とは思われない。写真とは大分感じが違っていた。石楠花はつつじ科である。本家のつつじも蕾が大きく膨らみ、所々咲いていた。  ある所で、沈丁花の花かと思って見ると、それは、金のなる木の花であつた。少し、ぼそぼそとした感じであるが、一見するとよく似ている。  これから百花繚乱の季節である。  年々歳々花合い似たり 歳々年々人同じからず。 . . . 本文を読む

アクシデント

2006年04月13日 | Weblog
ここ四日ほどお天気が悪い、今日も雨模様、雨の合間に自転車を走らす。杭全神社横の環濠沿いに植えられている桜並木も最後の花盛りを見せていた。とある交差点で信号待ちをしていると、ボソッと足元で音がしたので、足元をみると、鳥の糞が右足の靴の先端にベットリと付いていた。上を見ると電線に一羽の鳩が止まっているではないか、鳩の糞害である。一瞬私は、憤慨して鳩をにらめつけるも、鳩は尻を向けたまま悠然と止まっている。第二弾の攻撃があってはと思い、場所をずらした。鳩にしては、自然現象であって故意にしたのではない。  人生には、予想しない出来事に遭遇することが時にはある。靴の上だからまだましである、あれが頭の上だったらもっと憤慨していたと思う。  午後も自転車に乗って、大和川の高野大橋を渡り、堤防を東に少し行き、用事を済ませ帰えろうと思い、何気なく川面を見ると、鴨が30羽ほど群れをなし、北国への大旅行の前の調整をしているように見えた。その少し離れた所、川面すれすれに一羽の白鷺がゆっくりと飛んでいた。のどかな一幅の絵を見ている様であった。 . . . 本文を読む

雨の中

2006年04月11日 | Weblog
雨の中、自転車を走らす。平野川を渡る時、ふと、川の両岸を眺めると、今が盛りか菜の花が雨をものともせず咲き乱れていた。最近は、あまり見かけなかったが、こうして咲いているのを見ると、まだまだ健在である。この雨の中、モンシロチョウが一匹、菜の花の周りを飛んでいた。少し、遠くに目をやると、雨に煙りながら、桜の花が霞んで見えて来た。帰路、大和路線の線路下に、沢山のすぎなが生えていた。ふと、国民小学校の国語の一節が頭に浮かぶ。 つくしだれのこ すぎなのこ そとはそよそよ はるのかぜ  遙か六十うん年昔のことである。 杭全公園の桜も、花びらのジュータンにはならないが、うっすらとピンク色に地面を染めていた。もくれんの花も雨に打たれて、大きな花びらを落としていた。無常の雨である。 . . . 本文を読む