吉野町柿原シノ原地区は、阿波市役所の東南東約5km、阿波市役所吉野支所の西約3kmのところ
吉野支所南側の県道137号線を西へ進みます
約3.1kmの「吉野シノ原教育集会所」のある交差点を左(南)へ
約300mで案内神社の北側鳥居が見えて来ます
神社を左に見て坂道を下った南側の道路脇に車を止めさせて頂きました
鳥居です
手水鉢です
拝殿は南向きです
本殿です
拝殿の南西側に目的のクスノキです
東側から
南東側から、根際の周りだけ囲われています
南西側から
西側から
天然記念物標柱です
説明版です
徳島県指定天然記念物
案内神社の大クス
昭和33年7月18日指定
指定理由 巨木な大クスの木で、樹高40m、地上13m、樹周7.85mあり、樹冠端正である。
説明事項 案内神社境内社叢の主体であて、推定樹齢約500年、地上4.35mのところで4本岐し、枝張りは、東西39m、南北37mにおよんでいる。
徳島県教育委員会・案内神社
五角柱の五神名地神塔です
*徳島藩では、五神名地神塔を祀る信仰が藩の主導で広まった。徳島城下にある富田八幡宮の祠官・早雲古宝が寛政元年(1789)に藩主蜂須賀治昭に進言したのが始まりとされ、各村浦では五角柱の地神塔を奉斎し、庄屋が斎主となって春秋の二回、五穀豊穣を祈願した。塔の造立と祭儀は大江匡弼の『春秋社日醮儀』に従って行われたと考えられている。
(以上、ウィキペディア一部抜粋です)
北西側から
北側から見上げました
西側にもクスノキです
東側のクスノキの幹は玉垣の南側に斜めに伸びています
大クスの影から逃げるように伸びています
南側の池を覆っています
帰り際に南側の道路から境内の端正な樹冠の大クスを見ました
では、次へ行きましょう
2024・6・8・13・15
吉野支所南側の県道137号線を西へ進みます
約3.1kmの「吉野シノ原教育集会所」のある交差点を左(南)へ
約300mで案内神社の北側鳥居が見えて来ます
神社を左に見て坂道を下った南側の道路脇に車を止めさせて頂きました
鳥居です
手水鉢です
拝殿は南向きです
本殿です
拝殿の南西側に目的のクスノキです
東側から
南東側から、根際の周りだけ囲われています
南西側から
西側から
天然記念物標柱です
説明版です
徳島県指定天然記念物
案内神社の大クス
昭和33年7月18日指定
指定理由 巨木な大クスの木で、樹高40m、地上13m、樹周7.85mあり、樹冠端正である。
説明事項 案内神社境内社叢の主体であて、推定樹齢約500年、地上4.35mのところで4本岐し、枝張りは、東西39m、南北37mにおよんでいる。
徳島県教育委員会・案内神社
五角柱の五神名地神塔です
*徳島藩では、五神名地神塔を祀る信仰が藩の主導で広まった。徳島城下にある富田八幡宮の祠官・早雲古宝が寛政元年(1789)に藩主蜂須賀治昭に進言したのが始まりとされ、各村浦では五角柱の地神塔を奉斎し、庄屋が斎主となって春秋の二回、五穀豊穣を祈願した。塔の造立と祭儀は大江匡弼の『春秋社日醮儀』に従って行われたと考えられている。
(以上、ウィキペディア一部抜粋です)
北西側から
北側から見上げました
西側にもクスノキです
東側のクスノキの幹は玉垣の南側に斜めに伸びています
大クスの影から逃げるように伸びています
南側の池を覆っています
帰り際に南側の道路から境内の端正な樹冠の大クスを見ました
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