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ビーズうさぎのハナちゃんです!!

日々の生活、山登りや釣り、ドライブなどをアップします。ここの所、巨樹めぐりがメインですが!(汗)

愛知県西尾市、花蔵寺町上島南「慶昌寺のイブキ」(市指定)です!!

2023-02-27 18:29:35 | 巨樹・大木
 花蔵寺町上島南地区は、西尾市役所の東南東約3kmのところ

 市役所前から県道310号線を東南東へ、道成りに進んで矢作古川を古川橋で越えます

 次の広田川を高河原橋で渡って直ぐ右(南西)へ、土手道を下って進み約600mで左(南東)へ

 約300mの左手に慶昌寺が南東向きに有ります、

 南側の道路脇に車を止めさせて頂きました


 南側から慶昌寺を見ました

 山門前に目的のイブキです

 山参道入口です

 真宗 大谷派 笠間山 慶昌寺です

 手水舎です

 本堂です

 山門前(南西側)から


 南側から

 説明版です
   慶昌寺のイブキ
    所在地 花蔵寺町上島南3番地
    管理者 慶昌寺住職 三浦了信
    区分  西尾市指定天然記念物
    指定  昭和44年6月12日
 ヒノキ科。一名シンパクという。
 根囲り3.4m、胸高囲3.0m、樹高12m。
 昭和63年3月   西尾市教育委員会

*イブキ(伊吹、学名:Juniperus chinensis)は、ヒノキ科ビャクシン属の常緑高木。 別名ビャクシン(柏槇)、イブキビャクシン(伊吹柏槇)、シンパク(槇柏、真柏)。多くの変種、品種があります。園芸品種が多く、庭木、公園木、グランドカバーによく使われる。材は赤みがあり木理が美しく、家具材や床柱に利用されます。
 


 東側から 

 北東側から

 では、次へ行きましょう
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愛知県西尾市、吉良町瀬戸宮西「西林寺の大椎」(市指定)です!!

2023-02-27 06:29:06 | 巨樹・大木
 吉良町瀬戸宮西地区は、西尾市役所吉良支所の北北東約5kmのところ

 吉良支所から県道42号線を北へ、約1.7kmの三叉路雑役免信号を右斜めに進みます

 約2kmでまた県道42号線に合流して北東へ道成りに進みます

 約800mで瀬門神社参道へ入って、すぐ三叉路を左斜めに丘の裾を進みます


 道路の右側に西林寺入り口と目的のシイの木が見えて来ます

 前の道路脇に車を止めさせて頂きました


 北西側から


 天然記念物標柱です

 説明版です
  西尾市指定天然記念物
   西林寺の大椎
     昭和38年4月1日指定
     根回り 5.7m
     高さ 10.0m
 旧岡崎街道沿いに位置し、往古は周辺にシイ・杉が生い茂り、このシイが西端にあたることから、覚樹山西林寺と称したといわれる。
  平成18年3月  西尾市教育委員会

 参道を入って南側から見上げました

 山門です

 山門前から見ました

 山門を入ると正面に本堂です

 境内東側から

 北東側から見ると幹は空洞になっていました


 白瀬南極探検隊長之墓の案内板が有ります

 墓地に行ってみましたが墓参り(掃除に献花)をされている方がいらっしゃたので戻りました

*白瀬 矗(しらせ のぶ、1861年7月20日(文久元年6月13日])- 1946年(昭和21年)9月4日)は、日本の陸軍軍人、南極探検家。最終階級は陸軍輜重兵中尉。幼名は知教(ちきょう)「白瀬中尉」と呼ばれることが多い。
 明治43年(1910年)、白瀬は南極探検の費用補助を帝国議会に建議した。衆議院は満場一致で可決したものの、政府はその成功を危ぶみ3万円の補助金を支出しなかったため、渡航費用14万円は国民の義援金に頼ることとなった。
 明治45年(1912年)1月16日、南極大陸に上陸し、その地点を「開南湾」と命名しクジラ湾より上陸した、同地は上陸、探検に不向きであった。1月20日、極地に向け出発した。この時点では南極点到達は断念し、南極の学術調査とともに領土を確保することを目的とした。
 1月28日、帰路の食料を考え、南80度5分・西経156度37分地点一帯を「大和雪原(やまとゆきはら・やまとせつげん)」と命名して、隊員全員で万歳三唱、同地に「南極探検同情者芳名簿」を埋め、日章旗を掲げて「日本の領土として占領する」と先占による領有を宣言した。


 墓地への石段からシイを見ました

 では、次へ行きましょう
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