浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

『地平』9月号

2024-08-03 21:28:46 | 

 今日、畑から帰ってきたら、ポストの中に『地平』9月号があった。夕食後に読みはじめた。ほかに早く読まなければならない本があったのに、読みはじめたら止まらない。何を読んだかといえば、大特集「ジャーナリズムをさがせ」。例の吉田調書報道に携わった朝日新聞記者ふたりが、記事取消にまつわる事実を記していたのである。

 わたしは、小泉の郵政選挙までは「朝日」を購読していたが、社説で小泉の演説を評価して書いているのを読んで、その日から「朝日」をやめた。したがって、吉田調書報道は読んではいない。

 しかし、その記事が朝日経営陣の圧力で消し去られたことは当然知っている。消された記事を書いた宮崎さんと木村さんが、『地平』9月号に原稿を寄せているのだ。

 二つの原稿、とりわけ木村さんの原稿は、ジャーナリズムに関する鋭い問題提起ともなっていて読み応えがあった。

 わたしは20代の頃から、いろいろなことをやっていて、そのため新聞記者から取材を受けることが何度かあり、いろいろな記者と交流するようになった。そのため、わたしも新聞について関心をもちはじめ、新聞批評をするようになった。ペンネームで、「静岡新聞」などについて、いくつかの媒体に書くようになったが、新聞代の値上がりなどもあり、複数の新聞を購読するのもたいへんで新聞批評から卒業した。

 そのなかで、わたしは新聞とはいかにあるべきかを学び、その視点から新聞を読むようになっていった。「朝日」を長い間購読していたのは、親がずっと「朝日」を購読していたからで、また「朝日」がもっともジャーナリズム精神があると誤解していたからだ。もっとも批判していたのは「静岡新聞」で、時に「中日」、「読売」を批判したことがある。

 「朝日」の購読を止めてから、やっぱり「朝日」はだめだと最終決断したのは、吉田調書記事の取り消し、慰安婦報道についての謝罪であり、また『週刊金曜日』発行人になっている植村隆さんが、慰安婦報道に対して不当な言いがかりをつけられたとき、「朝日」は植村さんを守らなかったことである。

 もう「朝日新聞」に対していっさいの幻想をもっていないから、どうでもいいのだが、しかし『地平』の二つの文を読み、朝日新聞社の社員には嫌悪すべき奴しかいない、ということがよくわかった。

 木村さんの文。木村さんは、こういう奴が嫌いだという。

不公正で理不尽で、強いものに媚びへつらい、弱い者の声を鼻で笑い、権威を振りかざし、外面だけはかっこよく、徒党を組み、思考を停止し、大きなな流れに身を委ね、嘘をつき、人を騙し、仲間を裏切り、自分だけは安全なところにいて、事実を捻じ曲げ、正義を振りかざしては別の正義を攻撃し、個人よりも組織に価値を置き、恩を仇で返す

 わたしも嫌いだ。でもこういう奴等はあちこちにたくさんいる。わたしはこういう奴とはつきあわない、短い一生であるから、無駄な時間をこんな奴等に費やしたくない、と思って生きてきたら、今ではつきあう人がどんどん減ってきた。

 しかし新聞社にこういう輩がいるということは、やはり新聞は購読しなくてもよいもの、という結論になる。

 『地平』は読ませる。まだまだ購読者が少ないだろう、応援して欲しいと思う。

 地平社

 

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