わが大地のうた♪

NPOグリーンウッド代表理事:辻英之(だいち)が今、南信州泰阜村から発信する炎のメッセージと…日々雑感!

福井重油タンカー事故の支援 その3

2011年05月01日 | 阪神大震災、福井重油事故、中越地震の支援
 1997年に北陸福井の海岸で起きた重油タンカー「ナホトカ号」の事故について、紹介します。その2です。
 実は福井は私の故郷です。その時の様子を、当時の新聞記事から。


1997年(平成9年)2月2日(日曜日) 信州日報

再び重油回収ボラへ
ダイダラボッチの子どもたち7人 「海も人も困っている」
前回大きなショック 自発的に参加決める


 ロシア船籍タンカーからの重油流出事故で被害を受けている福井県坂井郡三国町の海岸で先月、重油回収ボランティアに参加した泰阜村田本の通年合宿所「ダイダラボッチ」の子供たちが一日午後、再び福井へ向けて出発、現地で一泊してきょう二日の午前中、作業に参加する。
 被害にあった福井はダイダラボッチ所長の辻英之さん(二六)の故郷で、小正月休みで帰省した際にボランティアに参加したのがそもそものきっかけ。最初、「この惨状を見せたい、できたらボランティアにも参加できないか」と合宿所の子供たちに呼びかたところ全員が賛同して小学校四年生から中学三年生までの十一人が、半日だったが、座礁した船首を目の当りにしながら三国町の海岸で竹べらを使っての重油の回収や、布で真っ黒になった石を一つひとつ拭き取る作業に汗を流した。
 今回重油回収ボランティアに参加するのは小五から中二の男女七人で、全員が前回も参加した子供たち。小学校は休みだが中学校の授業があったため、中学生の帰りを待ってから午後に出発、夜には福井に到着してこの日は牧場を経営している辻さんの友人宅に一泊した。きょう二日は朝からボランティアに参加する予定で、前回作業を行った三
国町の海岸か、そこから十キロほど離れた福井市の海岸で作業を行う。
 前回参加した際に特にショックを受けたのが、臨海学習で一度訪れた経験のあった中学生だった。そして、今回の参加までに合宿所の子供たちが自発的に何度も集まって話し合いを重ねてきた。今回も参加する小嶋利国君(中二)は「海も石も真っ黒で、思っていた以上にひどかった。前に来たときとずいぶんと違った」と話す。彼らの頭の中には臨海学習で見た真っ青な美しい海のイメージがあった。話し合いでは、中学生から「(臨海学習で)良い思い出をくれたお礼がしたい」「きれいだった海が真っ黒だった。少しでも役に立てれば」・・・。他にも「いろいろな人に会える」「また手伝いに行きたい」と前向きで自発的な声が多く出た。
 辻さんは「特に中学生は一度行ったこともあって、思い入れは強いんでしょう。子供たちの心の中に『海も人も困っている、手伝いたい』という純粋に役に立ちたいというボランティアの芽が育っている」と話す。辻さん自身も再度ボランティアには参加するつもりでいたため、子供たちにも話したところ、口をそろえるように「絶対行きたい!」と応えが返ってきた。(終)

 代表 辻だいち

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