ペタンク爺さん

ペタンクで遊ぼうよ!で20年

今年も瓶詰に挑戦

2014年05月22日 21時13分16秒 | 山菜採り
親父の家系は私から見ると祖父は遠藤長五郎で前戸主が遠藤庄二になっていた、その名前を引き継いだのが八王子にいる次男が名前を引き継いでいる、私の親父の希望を推し量っての名づけになっていた。
長男の名づけは私の考えた通りの豊(豊かに)英(秀でる)で「とよえ」と読ませた。
次男の庄二は、親父が同じ音読で庄治であった、長五郎の長男で庄治、次男が庄二郎、三男が庄吉で此処までは庄一字入っているが四男は留吉、五男が末蔵で終わっているが、男兄弟の他に女二人がいて7人兄弟だった。

母親の父は遠藤徳蔵で前戸主は、遠藤吉五郎で母は徳蔵の二女として生まれている、男兄弟5名と姉妹4名の9人兄弟の家庭だった。
同じ苗字の遠藤で隣同士のお付き合いだった、その遠藤長五郎の長男の庄治と遠藤徳蔵の二女のハナが結婚した、子供は二男八女が授かったたが粗製乱造だったのかついこの間まで私を筆頭に4人が生き残っていたがすぐ下の妹が他界し、そのことも達も今は私と妹二人の三人にまでなってしまった。

私の兄は昭和2年10月21日生まれだったが、父と母の婚姻届はその年の9月28日になっている、出来だっちゃ結婚の先駆けだと云うことも判ってくる。
どちらの家系を見ても多産系家族であることが判ってくる、私の世代になると出産もコントロールする時代になり子供も2.3人くらいが平均になって来ていた、近頃は更に少なくなってきて日本の人口減少に繋がって来ている。

今日も、友人二人で竹の子採りに山に入る、支笏湖線のX地点に入るが今日もダメだった、まだ一週間は早いと見立て昨日行った野牛山B地点に振替える、此方も竹の子の出方が遅く条件の良い所だけで始めたばかりだった、何とかお土産程度は収穫できたので山を下りる、考えた末に瓶詰め作りにと下ごしらえを始めた、今年は絶対に失敗しないように完成させようと思っている。


瓶詰めの下ごしらえ

すずらんが咲き出す


最新の画像もっと見る

コメントを投稿