ごとりん・るーむ映画ぶろぐ

 現在584本の映画のあくまで個人的な感想をアップさせていただいています。ラブコメ、ホラー、歴史映画が好きです【^_^】

ゴッドファーザー(フランシス・フォード・コッポラ監督)

2008-01-13 | Weblog
ストーリー;ドン・コルレオーネ。5大マフィアの一つを率いるリーダーは、相談ごとに乗りつつ、適切なアドバイスと判断、そして用心深さを失わない。そして「その後」に備えた「恩義」についてもしっかりその見本を息子達にさりげなく示す。落ち目の歌手ジョニーに映画の役を与える場面はフランク・シナトラを激怒させたエピソードは有名(「地上より永遠に」の役についていろいろな噂が存在する)。順調に見えた日々だが麻薬ビジネスの陰がしのびよる。賭博や売春とは異なり麻薬に破滅的な匂いを感じたドンは麻薬取引を拒否するが、背後にいるタッタリアさらにはもう一つの黒幕が勝負をしかけてきてドン・コルレオーネは銃弾をあびる。表の世界を歩む予定だったマイケルは電話番として過ごしていたが、追い詰められた麻薬売買人から仲介を頼まれる…。
出演 ;アル・パチーノ、マーロン・ブロンド、ダイアン・キートン
コメント;マリオ・プーゾの原作を中学生の時に読んだのが「ゴッドファーザー」との初めての出会いだった。それから時をへて、途中映画館でリバイバル公開された「ゴッドファーザー」なども目にしつつ、凄い映画だと思いながらももう一度見るのが非常にためらわれた映画でもある。この映画が公開されたころのマーロン・ブランドは、「ラスト・タンゴ・イン・パリ」で一見ラジカルにみえて実は退屈な中年男という設定を演じて大好評をはくし、そして「ゴッドファーザー」ではマフィア映画の「偶像」ともいえるドン・コルレオーネを演じた。立ち上がって演技をしている様子の記憶がなかったのだが、途中新婦タリア・シャイアと踊る場面などもあり、座ってばかりではなかったことが確認できた。ラストの圧巻はタリア・シャイアが演じるコニーの娘のゴッドファーザーに、マイケル・コルレオーネが就任する場面だろう。この娘のその後はさらに時間をへてPART3で明らかにされるが、コッポラが退屈な善と悪の対立という図式ではなく、あえて三作にわけて人間の「業」みたいなものを描いた「重たさ」をあらためて感じる。タリア・シャイアは「ロッキー」シリーズでエイドリアンを演じた印象が強いが、ゴッドファーザーシリーズでも終始「不幸」の陰を画面にただよわせる。ソニー・コルレオーネを演じたジャイムズ・カーンはこの映画で「暗殺」されて、21世紀に「ドッグヴィル」で別の映画のドンとして出演。メリル・ストリープの元恋人ジョン・カザールがその後の暗い未来を顔と雰囲気に漂わせている。こうした画面にでるだけでその後のすべてを描写してしまう役者が1978年に早くも亡くなってしまったのはあまりにも惜しい。若きロバート・デュバルが早くもトム・ヘイゲンとして「相談役」になっているのがすごい。「ディープ・インパクト」や「フェノミナン」でそれぞれベテラン宇宙飛行士あるいはベテラン弁護士として画面の片隅にでてきて強烈な印象を残す役柄のルーツをこの映画にみる思いがする。ニーノ・ロータの甘美なメロディが後半からずっと流れており、この薄暗いメロディが3つの名作を結びつける。
 裏切りと背信。心ならずもファミリーの未来をになうことになったマイケルが、「まっとうな表の世界」から「裏の世界」=「悪」の世界へ一歩足を踏み出すシーンの演出が秀逸だ。遠くで電車がゴットンガットンと走る音がして、マイケル・コルレオーネはひとしきり逡巡した後、扉の向こう側にでる。その扉の向こうには、マフィアのドンとして悪のかぎりとその報いをじわじわと受ける「その後」が待ち構えている…。
 第1作から順順に第2作、第3作とみる方法もあるが、第3作から第1作をみると、「その後」のルーツがところどころに見出され、その「重さ」にただひたすら沈黙する175分を過ごす…。

スピーシーズ3(ブラッド・ターナー監督)

2008-01-13 | Weblog
ストーリー;エイリアンから送られてきたデータをもとにDNAを合成して作った亜種エイリアン。その第2世代が「スピーシーズ2」で政府により倒された直後、その遺伝子を狙う科学者が遺体から生まれた第三世代のエイリアンを奪い取り、100パーセントエイリアンの遺伝子でつくられた完全なエイリアンを創造しようと試みる…。
出演 ;サニー・メイブリー 、ロビン・ダン、ロバート・ナッパー
コメント;ところどころ昔のSF映画を思わせる造りがなんともいえないチープさで逆に心地よい。圧力装置の狭い通路を逃げ惑うシーンは「エイリアン2」のバスケスの壮絶な最後を思わせるし、エイリアンが人間の命を救うという場面は「ブレードランナー」のルドガー・ハウアーを思わせる。「スピーシーズ2」の8分の1以下の予算で第三作目を作るようにという指令がMGMから出たようだが、予算のチープさをアイデアで乗り切ろうというスタッフの心意気が伝わってくるSF第三作目。こういうのは小さな映画館で爆笑しながら見るのが楽しい種類の映画なのだが、もともとビデオセルを対象にしていた作品ということで、東京でも公開されたのはごくわずかの映画館のみ。現在はDVDでレンタル中だが、お色気ありグロテスクあり、でそれなりに楽しめる爆笑SF小作品といったところだろうか。銃撃シーンなど激しい場面はほとんどなく政府の調査官も「政府はSFには興味がなくて予算も人手もないので我々だけでエイリアンを退治しよう」と言い出す始末。意味も脈絡もなくエイリアンが突然全裸になったりしてそれもまたおかしい。スピーシーズシリーズでブレイクしたナターシャ・ヘンストリッジにも出演交渉で「パート3にも出ろよ、恩義があるだろ」といって出演させたという掟破りのチープさがまたなかなか良い。1と2ではマイケル・マドセン、フォレスト・ウィティカー、ベン・キングズレーなど錚々たるメンバーが出演したのだがやはり予算が制限されていると画面もデジタル処理が多くなりやや殺伐とした感じも否めないがそれがまたうまくはまっているシーンもあるので文句もいいにくい。ただし第1作の監督ロジャー・ドナルドソンはその後「13デイズ」「リクルート」とハリウッドのそれなりの大作をてがけているし、2作目の監督ピーター・メダックも「ゾロ」や「ビバリー・フルズコップ3」などそこそこの映画を撮影しているので、この第3作の監督ブラッド・ターナーもこれから何か新しい映画で名前を見つける可能性が少しはあるかもしれない…。20代の映画観客を意識してマーケティングを絞り込んだ映画作品で、とにかく「面白・楽しい」2時間を過ごすのであればやっぱり悪くない映画である…。
 大学のキャンパスの中が映画のシーンによく使われているのだが緑が多いキャンパスに日差しがさしたり、大学生どうしの寄宿舎などはうまい撮影だと思う。日差しとキャンパス。この2つの組み合わせはなかなかいい。

コーヒー&シガレッツ(ジム・ジャームッシュ監督)

2008-01-13 | Weblog
ストーリー;コーヒーとタバコを題材にした11の短編集。ただ実際には英国出身俳優だけがでている「いとこ?」では紅茶とタバコだったりするが、テーブルクロスをはさんでの微妙なすれ違いと微妙なリズムがみていて楽しい・ケイト・ブランシェットの自虐的な一人二役も役者魂を感じさせる。
出演;ケイト・ブランシェット、ビル・マーレー、トム・ウエイツ
コメント;「ダウン・バイ・ロー」以来久しぶりにジャームッシュの映画でロベルト・ベニーニの静かなおかしさを満喫。奥さんのニコレッタ・ブラスキの方は「ミステリー・トレイン」のエピソードに出演していたが(「変な出会い」)「ミステリー・トレイン」で不運な散髪屋を演じていたスティーブ・ブシェミと「ミステリー・トレイン」にも出演していたベル・ボーイがメンフィスで再びめぐり合う「双子」。スパイク・リーの弟妹のジェイ・リー、サンキ・リーが出演。イギー・ポップとトム・ウェイツがカリフォルニアの場末のバーでコーヒーとタバコを挟んできまずい会話。ジュークボックスを見回して「あいつの(イギー・ポップの)もないや」というくだりがおかしい。イギー・ポップもトム・ウエイツもジュークボックスに入るような音楽ではさらさらないわけで…(「カリフォルニアのどこかで」)。「いとこ」ではケイト・ブランシェットが本人の役と売れない歌手の「姪」の二役を演じる。さりげない演技で途中まで両方ともケイト・ブランシェットが演じているのは気がつかなかった。別れた夫婦であるメグ・ホワイトとジャック・ホワイトの「ジャック、メグにテスラコイルを見せる」ではピントがあっているようでぜんぜんあっていない二人の会話を、テスラコイルを小道具にして描写。「スパイダーマン2」のオクトパス博士を演じたアルフレッド・モリナとスティーブ・クーガン(「80days」の掛け合いも面白い。キャリア的にはアルフレッド・モリナもそうそうたるものだが…。なんでもない会話をうめるコーヒーとタバコ。体にはもちろん悪いわけだがそれでもコミュニケーションにギャップが生じたときにタバコに火をつけたくなる瞬間て当然ある。そんな小さなエピソードを11年間かけてとりためていった一種のブラック・ユーモア映画短編集。「世界は一種の磁気共鳴体」というキーフレーズがラストに響く。

美しい夜、残酷な朝(パク・チャヌク/三池崇史/フルーツ・チャン監督)

2008-01-13 | Weblog
ストーリー;第1話「カット」人気映画監督はピアニストの妻と大豪邸をもちしかも人格的な面でも優れていた。それをうらやんだある男はある企てを試みる…
第2話「箱」美人女流作家とその担当編集者。北国の雪の降る中で作家はある男を捜す夢をみる。ただその夢がいつかは覚めるときがきて…。
第3話「餃子」夫が浮気をくりかえす大金持ちの妻。若返りにきくという餃子を食べに来て、そしてある日、その餃子の「具」について真実を知る…。
出演;イ・ビョンホン、長谷川京子、バイ・リン
コメント;韓国・日本・香港の3人の監督による短編映画のコラボレーション。「恐怖」を扱う映画だが、アジアのコラボらしく特撮シーンなどにはあまり頼らない画面構成。イ・ビョンホンはこの映画にはノー・ギャラで出演したらしいが、パク・チャヌクの映画はあまりにもどぎつい演出で観客動員には結びつきにくい面もあるため、いわゆる娯楽大作などでは韓国映画史上最高といわれるほどのギャラを手にしつつ、こうした実験映画への出演も自分の出演作品に加えていこうという意気込みはなかなか真似できない。ただ3つの作品を並列してみていくと三池崇史監督の力量がやはり群を抜いているように思う。「夢」と「現実」の単純な二元構造を扱っているかのようにみせて、実は三次元の世界だった…という落ちをわずかワンカットでみせて、さらに現実の世界での厳しい場面にかえて雪の降り積もる中、スコップを投げ出すワンシーンですべてを観客に悟らせてしまうという技術。またどうみても映画の大画面には耐え難いと思われる長谷川京子が妙に美しく画面に映し出される。テレビの演技よりもこの映画の演技のほうがおそらく100倍は輝いているのではなかろうか。「餃子」の撮影監督はクリストファー・ドイル。脚本も映画もいまひとつだが撮影だけは素晴らしいという映画を完成させている。
 アジアの映画コラボの中ではやはり女優の力量がハリウッドやフランス映画の女優をはるかに凌駕するように思える。カン・ヘジュンにせよ長谷川京子にせよ、恐怖を扱う映画でありながら品位が常に画面に照りだされれているのが凄い。すべてを見せるのではなくすべてを隠すことで物語が紡がれ、そして画面は静かに固定されつつ、何かが別に進行していることを2時間10分の間に観客は感じ取る。3つの恐怖が3つの娯楽となり、そしてまたアジアの映画の新たな可能性を感じる。

エターナル・サンシャイン(ミッシェル・ゴンドリー監督)

2008-01-13 | Weblog
ストーリー;ある朝目覚めた瞬間にジョエルはいつもの通勤ではなく、モントールという街に無性にいきたくなる。理由は不明だが電車の中で偶然出会わせたタンジェリン色のパーカーをきた「キノコ頭の女性」もモントールにいくようだ。内気で非社交的なジョエルはそんな女性が声をかけてくるのを多少うとましく思いながらも次第に心惹かれていく…。
出演;ジム・キャリー、ケイト・ウィンスレット、 マーク・ラファロ
コメント;なんだか切ない恋愛映画でジム・キャリーが内気な青年役を演じる。綺麗好きだが無口で自分の殻を破ろうとしない男性。かたやケイト・ウィンスレットが演じる開放的で衝動的な女性。普通だったら話もろくにあわないはずの二人がなぜか電車の中でとなり合わせ次第にお互い心が惹かれていく純愛物語。もちろんきわどいシーンや会話もあるのだが、どうみたってこれは純愛映画で、何度も何度もお互いが傷つけ合って忘却の彼方におしやっても再び出会うというシチュエーションが素晴らしい。忘却というのは確かに人間がもつ優れた能力ではあるが、忘れちゃいけないものもある…というようないわば「青臭い」議論と真っ向から立ち向かった一種の恋愛SF不倫純愛映画という分類になるのかもしれない。冬のチャールズ川で二人が寝そべって星をみるシーンが綺麗だし、冬に撮影された映画のようだが、ずっと役者の息が白く画面に出てくる様子も綺麗だ。ケイト・ウィンスレットの髪の毛の色がお互いの思い出のどのシーンかを観客が識別する「装置」になっているのもカラーだからこそのアイデア。本屋で二人が会話するシーンも綺麗だし、汚いアパートで二人がじゃれあっている様子もほほえましい。「うざったい」のにもかかわらずなぜかまた心が惹かれる…というような経験を持つ人には他人事には思えない粗筋だし、それがまた夜の黒い空とか見事なCGとかとうまくバランスをとっていると思う。ジム・キャリーがコメディとは違った抑えた演技をしてそれがまた非常に好ましくみえるのが不可思議。屈折した、しかし純粋な独身青年役ってもしかしてジム・キャリーのはまり役かもしれない。

ハサミ男(池田敏春)

2008-01-13 | Weblog
ストーリー;成績優秀でおとなしいとされていた女子高生の連続殺人事件が発生する。犯行の手段がいずれも「ハサミ」だったことから世間では「ハサミ男」として騒がれるようになった。目黒西署管轄内で再びハサミによる殺人事件が発生し、所轄の刑事たちにくわえて警視庁本庁そしてキャリア警視正のプロファイラーも交えた捜査本部が設置される。しかしそんな中、「ハサミ」をめぐる三人の男女の間には、ぬきさしならない亀裂が生じてくる…。
出演 ;豊川悦司 、麻生久美子 、阿部寛
コメント;途中で落ちがある程度読めてくるのが辛いところ。映画の冒頭での江戸川区や埼玉県での犯行現場のシーンもいまひとつリアリティが欠ける。というより主役の麻生久美子がどうにも感情移入できないのだが、どうしてなのかなあ、と考えてみるに豊川悦司が淡々とした状態の演技でさらに麻生久美子も淡々としているとなると、あとは画面の構成で映画を見せてもらわないと出来の悪い「小津」以下になってしまうのだが、マンション室内の退屈なシークエンスやあまり知的レベルが高いとも思えない刑事や犯人の会話シーンなどに相当に時間がとられ、気がついたら眠たくなるほど退屈していた…というのが実態。所轄警察が独自に捜査を展開していく…というのはまるで「踊る大捜査線」の路線だが、「踊る…」が革新的にそれをやっているのに、この映画ってリアリティを追求してかえって逆に人工的な警察捜査になってしまったのが不可思議。こういうのが「感性」の問題っていうことなのかなあ。別にハサミでなくても良かったわけで、ラストシーンはもしかして爆笑の対象にもなりうるほどの「きわどさ」だったり。プロファイルやサイコキラーというからにはすでに「羊達の沈黙」のような際立ったキャラクターの映画があるため、その「むこう」をはるような知的レベルの高さが展開されないと、観客としてはただただ呆然とするばかり。何が悪いのか、っていうとやっぱり画面の「美しくないところ」がすべてかもしれないとも思ったり…。

レイク・オブ・ザ・デッド(ジェイ・ウォールフェル監督)

2008-01-13 | Weblog
ストーリー;病に倒れた父親の看病をしているうちに11ヶ月も自宅にとじこまったきりだった娘レベッカ。門限も忘れてバーで知り合った男と夜を明かすが、そのとき自宅でガス漏れ事故が発生。両親はともに亡くなってしまう。罪悪感におそわれて避暑地の別荘に逃避するが、そこは死者が集う「亡霊の湖」だった…。13という数字と数字にもとづく「仮説」に幽霊も人間も縛られて行動しラストはアメリカ的家族愛を完全にうたいあげるという革新的なまでの保守的映画。そのわりには門限やぶりのレベッカはいきなり脱いじゃったりするわけだが、このヒロインではちょっと…。そもそもストレスなんて感じているようにはおもえないほどの血色の良さがDVDの画面にはくっきり映し出されていて、いや別に不健康である必要はないのだが、死者と平気で会話したりしなかったりという物語の流れは、仮説に縛られて身動きのとれなくなったアメリカ市民の行動原理そのまんま、とも思える…。無邪気な資本主義的論理ですべてが動く112分…。
出演;テイタム・アデア、ティム・プリンドル、グレゴリー・ケニヨン
コメント;とんでもないホラー映画だが、でもホラー映画ってこれが本流といえるのかもしれない。途中で「数字の13」について妙な議論が始まり、ヒロインのレベッカは、「エジプトでは13はもともと幸福の数字だった」とか「旧約聖書でも13は不吉だった」とか意味不明の言動を取り始める。罪悪感に襲われている割には、避暑地の別荘でもわりと快適な生活をエンジョイしているようにもみえる。そもそも得体のしれない事件が相次いでいても別の場所に移動しようとはしないわけで…。13年ごとの13日に必ず死者がでて死者がまた死者を呼び寄せる…という粗筋ではアメリカ合衆国の「合理的精神」の表れともいえるかもしれない。幽霊が「数字」に縛られて行動するという発想そのものが、おそらくアメリカ資本主義の精神を無意識のうちに表現しているとも思えるからだ。これが韓国美少女ゴシックホラーでは、数字や論理には縛られない映像展開をするわけで、こうした一種の地縛霊的な怖さを演出するのにはアメリカよりも東南アジアの監督や俳優で映画を製作したほうが成功していたのかもしれない。脚本も監督のジェイ・ウィールフォールが担当していて、ロメロ監督にこの映画はささげられている。もしロメロ監督をアメリカ映画の流れで分析するのであれば、やはりデニス・ホッパーなどの「イージー・ライダー」と「ドーン・オブ・ザ・デッド」のヒットがほぼ同時期で、それまでのアメリカ保守社会に一石を投じる社会派映画であったということについてジェイ・ウォールフォールはあまりにも無邪気すぎたのかもしれない。出来の悪さの中にも意地の悪い「市場主義」は顔をあちこちに出していて、それが不気味といえば不気味。もしこの映画で怖い部分があるとすれば仮説をそのまま現実社会にもちこもうとする得体のしれない精神構造の幽霊達の「考え方」そのものかもしれない。なにせカレンダーといったものまで無意識のうちに精神が肯定しているわけで、これってまさしく近代的な幽霊だな…。

ブラッド・ワーク(クリント・イーストウッド監督)

2008-01-13 | Weblog
ストーリー;猟奇殺人犯を追跡途中に心臓発作で倒れ2年後退院したテリー・マッケイレブ刑事を船室で待ち受ける女性グラシエラがいた。彼女の妹が心臓を提供したおかげで、手術が成功したのだが、その強盗殺人事件に不審を感じたマッケイレブは、次第に単なる強盗殺人事件ではなく猟奇的連続殺人事件であることを悟っていく…。
出演;クリント・イーストウッド 、ジェフ・ダニエルズ、ワンダ・デ・ジーザス
コメント;「タイトロープ」のラストの追跡シーンを思わせる夜の街の追跡劇が印象的。いきなりドラマチックに映画が展開する割には映画全体の粗筋はすべて最初の方でネタバレしてしまうあたりもクリント・イーストウッドらしい。あまり物語的な映画を信じ込んでいないスタイルは「恐怖のメロディ」とさして変化はない。とはいえ静かにするする流れる画面はハリウッドでは貴重だし、アカデミー賞を受賞した「ミリオンダラー・ベイビー」や「マジソン郡の橋」よりもはるかに好感がもてるミステリー映画だ。ラストは「アウトロー」のように血のつながらない3人があたかも家族のようにヨットにのるシーンで終わるのだが、「血」のつながり以上の何かを暗示するあたりはタイトルをさらに深読みさせてくれる楽しみもある。ジェフ・ダニエルズふんする「ノーワン」という人物は一応謎解きめいたメッセージも現場に残したりするのだが、それもわかってみると「ははー」としかいいようがないのだが、ミステリーというカテゴリーで考えるべきではないのかもしれない。

フォーガットン(ジョセフ・ルーベン監督)

2008-01-13 | Weblog
ストーリー;1年ほど前に「クエスト航空」で子供が行方不明になった母親。精神科医にカウンセリングを受けつつも、ある日息子サムの写真やビデオがすべて消去されていることに気づく。それどころかサムの存在自体が否定されていくにつれて、次第に巨大な陰謀が仕組まれていることに気づく。ニューヨーク市を舞台に宇宙人やら国家安全保障局やらがいりみだれてその割には予算はあまりかかっていない映画で、記憶消去などをするわりには、壁紙の下に子供の書いた落書きがそのまま残されているなど矛盾やら粗筋の破綻など「突っ込みどころ満載」のSF映画…。
出演;ジュリアン・ムーア、ゲイリー・シニーズ、ドミニク・ウェスト
コメント;「forgotton」‥ 「忘れ去られて…」とかいう意味になるのだろうか。ジュリアン・ムーアが母親役なのだけれど、どうしてもこの人に母親役って無理があるような気がする。女優だからして当然美人なのだけれどナオミ・ワッツが演じればそれだけでいろいろな「もの」が顔で表現できるのに、ジュリアン・ムーアだといろいろな情報を画面やシナリオで付加してあげないと観客もわけがわからないまま映画を見続けなくてはならないということになる。「ハンニバル」でFBI捜査官などをナオミ・ワッツがやるのにはかえって逆にいろいろ不具合が起きるがああしたサイコ・スリラーなど孤独の陰がつきまとう映画になるとジュリアン・ムーアのほうが適任だと思うが、役者がいくらどんな顔でも表現できるとはいっても、子供の「記憶」をめぐるという錯綜したドラマでの母親役にはキャスティングの前提として、母性愛みたいなものと一種の狂気じみた愛情の両方をいかんなく発揮できる女優という基準が必要になると思う。主役のジュリアン・ムーアにはそうした「ヤヌス」の鏡みたいな矛盾した母親の役って顔からして無理ではないかな、というのが率直な印象。
 で、さらに話の途中から国家安全保障局が顔を出してくるのだが…。通称NSAとよばれる国防総省の情報機関で悪名高いCIAとは扱う分野が多少異なる。CIAがスパイなどを用いる情報機関であるのに対してNSAは、電子機器などを用いたシギントとよばれる情報活動が中心。国家予算は意外なことにCIAよりもNSAの方が多額とされているが電子機器の購入などに相当なお金がいるのかもしれない。だからしていきなり車に体当たりして銃をかまえて…というような情報活動はNSAが出てくるとちょっと不可思議な気持ちになる。シギント活動なので盗聴器などの電子機器が当然粗筋の背後にでてくることになるはずだが…。ただ別にもうおそらくは「宇宙人」と思しき超自然的な存在まで持ち出されると記憶だろうがなんだろうがすべて消去可能なので粗筋としてはほとんど全部破綻しており、楽しめるのはジュリアン・ムーアの精神炸裂状態にある中で冷静な判断力を維持するというキワモノ演技のみということになる。ドミニク・ウェストは「モナリザ・スマイル」に続いて2枚目どころの役回りなのだが、どうしてもこの胡散臭さが気になっていまひとつ役回りに感情の入れ込みができない。「あっち」ではこういうのがいい男になるのだろうか。

ドッジボール(ローソン・マーシャル・サーバー監督)

2008-01-13 | Weblog
ストーリー;隣り合わせのスポーツジムで片方は最新機器をおしみなく取り入れたホワイト・グッドマンの経営する最高級ジム。片方は13ヶ月も料金の取立てをしないピーター・ラ・フルールが経営するアベレージ・ジム。ホワイトは駐車場が必要になり、銀行がアベレージジムに設定していた抵当権を取得。弁護士をアベレージジムに送り込み月末までに50,000ドルが支払えない場合には抵当権を行使してアベレージジムの建物の破壊を予告する。アベレージジムに集う負け犬だらけのアスリートは優勝賞金500万ドルの獲得を決意してドッジボール世界大会に出場するがドイツ、日本、ラスベガス警察チームなど世界各地の強豪が集うとんでもない大会でしかもCATVで実況中継もされていたのだった…
出演;ヴィンス・ヴォーン 、クリスティーン・テイラー、ベン・ステイラー
コメント;「ザ・セル」でやや偏屈だったFBI捜査官を演じていたヴィンス・ヴォーンがうらぶれたジムの経営者という役どころで出演。ちょっと意外なキャスティングだが、このとんでもない映画の中で落ち着きを取り戻すにはちょうどいいキャスティングだったのかもしれない。敵役にはベン・ステイラー・これまで見たベン・ステイラー出演の映画の中では一番肩の力がぬけてみえるので、これも適役。アクション映画の神様チャック・ノリスが意外な場面でカメオ出演。さらに癌を告知されながらも世界選手権に出場した自転車プロレーサーのランス・アームストロングもカメオ出演。ベン・ステイラーの奥さんクリスティーン・テイラーも出演。「負け犬」とよばれるチームが世界の強豪相手に勝ち進み賞金500万ドルを獲得するというサクセス・ストーリーなのだが、チアリーダー・チームに思いをよせる高校生(ジャスティン・ロング)やら怒りを忘れた中年男性(スティーブン・ルート)など観客の誰しもが身に覚えのあるキャラクターがぎっしり満載。で、この低予算の映画がスティーブン・スピルバーグ監督トム・ハンクス主演の「ターミナル」をおさえて全米興行成績第1位を獲得。リップ・トーンが全米ドッジボール大会連続7回出場という経歴をもつ怪奇なコーチの役で出演しているのだが、2トンの看板がなんの前触れもなく落下してきていきなり映画から消滅。あまりの無茶苦茶ぶりにここからはもうシュールな世界のみが展開されていくのだが、こういうコメディ映画って案外久しぶりにみるのかも。