私はヤゴです

水中から地上へそして空中へ飛び立つ人生を

57 ゴルフ場樹木の伐採

2009-01-29 04:06:27 | weblog
私がメンバー会員となっている長野市内のAゴルフ場。オープンしてから50年近く経ち立地条件もよく自然の景観も素晴らしく名門と言ってもよいコースだ。
このコースで昨年異変が起きた。一昨年のシーズンオフの間にメンバーの知らないところでゴルフ場側が、コース沿いの樹木を大量に伐採してしまったからだ。ゴルフ場側は、「立ち木の樹木が日陰になってコースの雪解けが遅く、そのため芝生がいたみ落ち葉の処理に人件費がかさみオープンが遅れ、これが経営を圧迫している」と樹木伐採の理由を明らかにし、さらに今後も間伐をしていかなければ経営は成り立たないと主張し強気の姿勢だ。
長年手入れをしていない樹木は間伐が必要なことは誰しも理解はできる。しかし今回の伐採状況を見るとき、樹齢100年に及ぶ癒しの大木や小動物の糧となるドングリの大木まで数百本が伐採されており、前記の主張とはかけ離れ、間伐の理由や程度をはるかに超えた伐採が行われ、これからも続けられようとしている。
ゴルフは自然の地形や条件を克服しながら競うスポーツである。ましてメンバー会員となる人は、自然の景観や涼風、小動物等に癒されながらプレーをすることを楽しみに投資をしている。少なくともこれだけ大量の伐採をするには、理事会の承認を受けたり事前広報するべきだ。
温暖化やCO2削減の叫ばれる今日、自然との調和・バランスのとれた整林を行って行くべきで、メンバー(株主)の意向を無視し、利益のために無節操な自然破壊を続ける愚行はやめてもらいたい。

 56 マスターズ

2009-01-25 04:20:15 | weblog
プロゴルファーに転向1年目の石川 遼選手(17)の活躍が目覚ましい。プロ転向時のスポンサー契約総額は20数億円といわれ、獲得賞金もいきなり1億円を超えた。賞金ランキングは国内で5位、世界でも60位に入りその人気もうなぎのぼりで留まるところを知らない勢いだ。
また、昨日の報道では世界のマスターズ・トーナメントに石川選手が特別招待されることやその前哨戦である米ツアー3戦にも招待されることが決まった。
世界の最高権威であるマスターズには、本来出場資格はないが「石川選手は若いが、招待にふさわしい技術と競技力を持っている」と会長やマスターズ委員会が惚れこんでいる。彼のプレーを通じての実力・ゴルフ観・語学力はもちろんその明るさ、謙虚さ、礼儀の正しさやゴルフへのひたむきな取組み姿勢が関係の組織やファンに好感を持たれ、そのスター性が評価されたのではないだろうか。
この正月、私は父親石川勝美氏の著した「バーディーは気持ち」を購入し読んでみた。怪童石川遼君がここまで成長してきた様、暖かい家族愛、ゴルフへの夢等が克明に記録されている。この親の指導のもとに遼君のゴルフはスケールの大きなものになっていく。彼はより遠くにボールを飛ばし、スコアーよりもバーディーに比重をおき、多くのギャラリーを引き連れて歩くプレーヤーになってマスターズで優勝するという途方もない大きな夢と哲学を持っている。波に乗れば大きな利益に繋がる産業だけに、一時脚光を浴びたが低迷を続けるミシェル・ウィー(米)嬢の轍を踏むことのないよう遼君の無限の可能性に期待している。

55 第44代米大統領

2009-01-22 09:28:57 | weblog
黒人初の米大統領に選出されたオバマ前上院議員(47)は、1月20日ワシントンの連邦議会議事堂前で宣誓を経て第44代大統領に正式に就任した。就任演説の後、同氏はミシェル夫人とともに2.5kmの道のりを大統領専用車(キャデラックリムジン)で200万観衆を前に恒例のパレードを行った。
アメリカではつい数十年前まで黒人が入れないレストランが存在し、公然と人種差別が行われていた時代に多感な時期を過ごした少年が、見事国民の心を掴みトップの座を射止めた歴史的瞬間でもあった。当然のごとく就任演説には、奴隷解放の先駆者リンカーンをはじめルーズベルトやケネディーといった敬愛する屈指の大統領の思想が受け継がれている。
ブッシュ前政権から引き継いだ今のアメリカは、イラク、アフガニスタンの2つの戦争を抱えた上に大恐慌以来の金融危機と深刻な景気後退の最中にある。それだけに理想や希望、変革ばかり掲げておれない事情もあり、まずは「米国再生」のために国民はどんな心構えでなにをなさなければならないかを若きリーダーは訴えた。一刻の猶予も許されない現状にあって経済、外交、教育等当面する危機や挑戦事項を掲げ「新たな責任の時代」がきたと強調、国民一人一人にもその責任と努力を求めた。常に「われわれ」が主語になっており、統率と協調の理念が演説の底流にはある。能弁であり格調と迫力に富む内容と受け止めた。
それに引き換え日本の国会は、国民のためと口先で言いながら給付金や消費税をめぐって次元の低い不毛な論議を繰り返し、今もって予算審議さえ出来ないでいる。アメリカと比較はしたくないが、「政治家の 政治屋による 保身のための政治」にうんざりしている。

54 不幸中の幸い

2009-01-18 04:55:02 | weblog
「1.17」は、14年前6,400人余の犠牲者を出した阪神淡路大震災が発生した日だ。その後、日本列島は宮城、能登、中越等各地で何回か大震災に見舞われているが、その都度鎮魂の祈りとともに見事に立ち直り、復興してきた。活断層が縦横に走っている上に住んでいる限り、避けて通れない日本の宿命だろうか。
そんな不安を吹き飛ばすような明るいニュースが1月16日飛び込んできた。
ニューヨークマンハッタンの西側を流れるハドソン川にアメリカ国内線旅客機エアバスが不時着したが、乗員・乗客155人全員が無事救出された事故だ。
この日午後飛び立ったエアバスは、数分後バードストライク(鳥衝突)に遭い2基のエンジンが停止不時着を余儀なくされた。林立する高層ビルを避けたサレンバーガー3世機長(57)は、不時着場所をハドソン川に選び高度な操縦技術によって見事着水に成功した。機長の英断に加えて乗員スタッフの誘導、救助隊との連携、冷静だった乗客等によって全員が救助されたが、発生が昼間であったこと、着水区間の川には橋や航行していた船舶もなかったラッキーを見逃すわけにはゆかない。これを「不幸中の幸い」「ハドソンの奇跡」で済ませてよいものだろうか。
国土交通省の調査によると、バードストライクによるトラブルは過去5年間に5,687件、19年だけでも1,320件発生しているという。科学の発達した今日鳥程度に航空界がこんなお粗末では危険きわまりない。素人考えではエンジンの空気吸入口に防護ネットを取り付ければこの問題は、たちどころに解消するというのはあまりにも幼稚か。

53 ガザの悲劇

2009-01-15 04:40:31 | weblog
今年に入り中東パレスチナのガザ地区が今大変なことになっている。隣国イスラエルの空から陸からの攻撃によってすでに1,000人を超す死者が出ており、このうちの30%は子供だと言われている。
パレスチナのイスラム原理主義組織ハマスは、昨年末に失効する停戦協定の条件を有利にすべく隣接するイスラエル領内にロケット弾を撃ち込んだ。これに対しイスラエルは、ハマスのテロ攻撃から市民を守ることを口実に過剰な反撃を行い攻撃を正当化している。というのもイスラエルは2月の総選挙を控えており、現政権のリブニ外相、バラク国防相も首相の座を狙っていて、テロリストに軟弱な姿勢を有権者の前に見せられない事情がある。
一方、不幸にもガザ住民はこの一握りのハマスを政権に選んだ結果のツケが今まわってきた感じだが、ハマスとしても自分の国を聖域に攻撃を続け、莫大な犠牲を生じさせることは、統治責任をもつ者のすることではない。
「戦争とは別の手段をもってする政治の延長である」また「戦争は武力をも直接使用して国家の国策を遂行する行為」とどんなに立派なことばで表現してみても、罪のない民間人が被るガザの惨劇がなくなるわけではなく、このままでは暴力やテロの連鎖が繰り返され、戦闘が長期化するだけである。
国境や宗教それに民族や政治が紛争の原因であるならば、フランスやサウジが個々に仲介するのではなく、何故国連が前面に出てその権限を行使しないのか。
国連とは、世界平和を維持し、困っている人達を助ける機関ではないのか。海賊船の問題も同じことが言えるが、国連のふがいなさに改めて失望する。

52 海賊船

2009-01-11 08:33:22 | weblog
昨年9月エチオピアで武装集団に誘拐された医師赤羽桂子さん(32)=伊那市出身=が108日目に解放され、1月10日パリで記者会見した。国際医療援助団体「世界の医療団」の関係者は否定しているが、取引には高額の身代金が支払われたことであろう。
こうした陸上での誘拐行為とは別にソマリア沖の海上でも海賊行為が多発している。国際海事局(IMB)の調査によれば、2007年の紅海・アデン湾で13件、ソマリア沖インド洋では31件が発生。この中には日本郵船の原油タンカーが襲われた被害も含まれている。海賊船はロケットランチャーなどで武装し国連の支援食料を積んだ貨物船(Semiow号)を拿捕したり、豪華客船(SeabournSpirit)を襲撃して身代金を要求している。
海賊船の横暴ぶりは止まるところを知らず、ついに昨年10月には戦車33台を積んだウクライナの貨物船が海賊に奪われてしまう事件が発生した。
以前から国連は、加盟国の軍艦に海賊掃討のため国連憲章第7章に基づき武力行使を含む「必要なあらゆる措置」をとる権限を認めている。海上の安全を図り、国際的な不法行為を一掃するためにアメリカ、ロシア、EUが共同し駆逐艦を派遣し海賊掃討を目指しているが、日本も遅まきながら諸外国と同調し自衛隊を派遣して海上警備活動に武力の行使が出来るよう新法を検討しているところだ。
海賊行為は「人類共通の敵」とされる国際犯罪であり、その処罰は公海上で海賊船舶を拿捕した国家に委ねられている。グリーンピースやシーシェパードの行為も同じことが言えるのではないか。一刻も早く一掃したいものだ。

51 苦悩する自動車産業

2009-01-08 05:55:43 | weblog
1月5日日本自動車販売協会連合会の発表では、平成20年の国内新車販売台数(除く軽自動車)は、321万台の低水準でバブル期のピークだった台数のおよそ半分しか売れていない明らかに異常事態である。
この傾向は5年連続前年実績割れで、特に昨年12月の新車販売は前年同月比
22.3%減の18万台にとどまり、軽自動車を含めての販売総台数は508万台。平成21年の総販売台数は、500万台を下回ることが確実視されている。何故自動車が売れないのか。少子高齢化や若者のクルマ離れ、消費の多様化、ガソリンの高騰、都市部への人口集中といった複合的な背景・要因が横たわっており、そこえ今度の世界同時不況が世界の自動車産業をまともに襲った感じがする。販売不振は、自動車製造会社本体ばかりでなく部品メーカーをはじめ鉄鋼、工作等関連業種をも直撃し、生産調整を余儀なくされリストラの嵐が雇用不安となって吹き荒れている。
隣国の若者の行動を見ると、中国は自転車、台湾はバイクが主流であるのに反し日本の若者は大半が自動車を持ち運転している。燃料資源もないのにガソリンを撒き散らし高級車を乗り回す。今日のような限界の到来は予想できたはずだ。
年間2兆円の利益を生んだ世界のトヨタが赤字に転落する時代。アメリカのビッグ3が苦悩している時代。資源も製品も食料も大切にしたいものだ。
私は、自動車はA点からB点まで安全に行ければよい。腕時計は正確に時を刻めばよい主義でそれ以上のものは望まないことにしている。

50 賢い消費者

2009-01-04 08:29:49 | weblog
昨年、日本が中国から輸入した食料品から毒物混入が認められ一部被害が出たり、国内産でも産地を偽るなど偽装表示で消費者は振り回され、食料品の安全性に対する権威と信頼は著しく地に堕ちる結果となった。
われわれ凡人が目の前にある米や肉や野菜が真実表示どおりのものか見分けることは、高度な知識や鑑定眼を持ち合わせていない限り困難である。近年は品質や味にこだわり伝統を守ってきた商人よりも利益至上主義的な商法が市場経済の主流となってしまい、消費者は味も値段も取引もこの経済メカニズムの慣習に洗脳されてしまった感がする。
私は仲間と一緒に趣味でりんごの栽培をしており年間の消毒代(業者依頼)が高いので、これに充当するため一部を直売所や市場に出荷しているが、今年は王林1箱(18㎏入り)500円とはあまりにもひどいではないか。そのうえ色や大きさにまでクレームをつけられる。ジャム用でさえ300円で引き取ってくれると言うのに・・・。
これは生産者の苦労や生産コストを無視し、中間業者が購入価格を決めるシステムに問題がある。米やりんごで生計出来ない生産者が可愛そう。全て色や形、見映えが先行し味は二の次になっている。きゅうりは本来曲がっているものなのに、まっすぐなのが高いのはそうした需要があるからだろうか消費者側にも問題がある。
自給率40%に満たないと言っている国が、何も耕作させない休耕田に補助金を出し、必要のない事故米や飼料米を輸入して廃棄処分する。こんな減反政策で夢が持てるか。米がだめなら麦かもろこし等を耕作して輸入を減らすことの方が無駄が省けそう。生活不安の増大する社会、これからも゛考える生産者゛゛賢い消費者゛であり続けたい。

49 牛

2009-01-01 00:48:43 | weblog
新年あけましておめでとうございます。
今年の干支は「牛」で自分の年に当たる。気がつけば私も還暦、古希を過ぎ人生6回目の「牛」年を迎えた。今年も高村光太郎の詩「牛」のように、達者でのろのろと人生の大地にしっかりと足をつけ一歩一歩着実に歩んで行きたい。
牛            高村光太郎
牛はのろのろと歩く 牛は野でも山でも川でも 自分の行きたいところへはまっすぐに行く 牛はただでは飛ばない ただでは躍らない がちりがちりと 牛は砂を掘り土を掘り 石をはねとばし やっぱり牛はのろのろと歩く 牛は急ぐことをしない 牛は力いっぱいに地面を頼って行く 自分を載せている自然の力を信じきって行く ひと足ひと足牛は自分の道を味わって行く ふみ出す足は必然だ うわの空の事でない 是でも非でも 出さないではいられない足を出す牛だ 出したが最後 牛は後へはかえらない 足が地面へめり込んでもかえらない そしてやっぱり牛はのろのろと歩く 牛はがむしゃらではない けれどもかなりがむしゃらだ 邪魔なものは二本の角にひっかける牛は非道をしない 牛はただ為たいことをする 自然に為たくなる事をする牛は判断をしない けれど牛は正直だ 牛は為たくなって為た事に後悔をしない 牛の為たことは牛の自身を強くする それでもやっぱり牛はのろのろと歩く どこまでも歩く 自然を信じ切って 自然に身を任して がちり、がちりと自然につっ込み 食い込んで遅れても 先になっても自分の道を自分で行く雲にものらない 雨をも呼ばない 水の上をも泳がない 堅い大地に蹄をつけて 牛は平凡な大地を行く やくざな架空の地面にだまされない ひとをうらやましいとも思わない 牛は自分の孤独をちゃんと知っている 牛は食べたものを又食べながらじっと淋しさをふんごたえ さらに深くさらに大きい孤独の中に入って行く 牛はもーとないてその時自然に呼びかける 自然はやっぱりもーとこたえる 牛はそれにあやされる そしてやっぱり牛はのろのろと歩く牛は馬鹿に大まかでかなり不器用だ 思い立ってもやるまでが大変だ やはりはじめてもきびきびとは行かない けれども牛は馬鹿に敏感だ 三里先のけだものの声をききわける 最善最美を直覚する 見よ 牛の眼は叡智にかがやく その眼は自然の形と魂とを一緒に見抜く 形のおもちゃを喜ばない 魂の影に魅せられない うるおいのあるやさしい牛の眼 まつ毛の長い黒眼がちの牛の眼 永遠を日常によび生かす牛の眼 牛の眼は聖者の眼だ 牛は自然をその通りじっと見る見つめる きょろきょろときょろつかない 眼に角も立てない 牛が自然を見る事は自然が牛を見る事だ 外を見ると一緒に内が見え 内を見ると一緒に外が見える これは牛にとっての努力じゃない 牛にとっての当然だ そしてやっぱり牛はのろのろと歩く 牛は随分強情だ けれどむやみとは争わない 争わなければならない時しか争わない ふだんはすべてを聞いている そして自分の仕事をしている 生命をくだいて力を出す 牛の力は強い しかし牛の力は潜力だ 弾機ではない ねじだ 坂に車を引き上げるねじの力だ 牛が邪魔者を突っかけて跳ね飛ばす時は きれ離れのいい手際だが 牛の力はねばりっこい 邪悪な闘牛者の卑劣な刃にかかる時でも十本二十本の槍を総身に立てられて よろけながらもつっかける つっかける 牛の力はこうも悲壮だ 牛の力はこうも偉大だ それでもやっぱり牛はのろのろと歩く 何処までも歩く 歩きながら草を食う そして大きな体を肥やす 利口で優しい眼と なつこい舌と かたい爪と 厳粛な二本の角と 愛情に満ちた鳴き声と すばらしい筋肉と正直な涎をもった大きな牛 牛はのろのろと歩く 牛は大地を踏みしめて歩く 牛は平凡な大地を歩く