秋麗(あきうらら)

うーちゃんの節約日記です。
不思議だなと思う心、いつまでも忘れずにいたいな

葛城古道を歩く その1

2013-09-24 | おでかけ・近畿
歩行距離12.585km 歩数19,068 計測時間5:01 消費カロリー453kcal
想像以上にハードでした。
秋分の日とはいえ夏のように暑かったせいもあるでしょう。

いつか歩いてみたいと思われる方のご参考になればと記録残します。

梅田集合時間午前7:20、7時半バス発車。
ウォークは、御所市六地蔵石仏前を8時半ごろスタートしました。
このたびのコースと逆から歩くのが一般的だそうです。
急峻な坂など3kmほどを最初に歩くには風の森スタートがいいのでしょう。

おそらく最後にかもきみの湯に入浴するためとか、
帰りのバスを駐車待ち場所とかの都合で逆に設定されたのだと思います。



櫛羅の六地蔵でスマホアプリのWalkerを起動させました。

伝承によれば、この巨大な石は室町時代に土石流が発生し現在の場所に流れ着いたそうです。



このあたり、「櫛羅」という不思議な地名について以前記事にしました。
2012-12-30 事代主と下照比売 その1

そのときに紹介した説は、
「クジラ」と読んでいるが、漢字本来の字音からすれば「クシラ」。
これは源順の『和名類聚抄』・郡郷名に記載のある大隅国姶羅郡串占(くしうら=串良)に直につながる地名である。
…山城国風土記が示唆するように南九州の曽の国の串良湊(大隅潟湖=ラグーン)から
鴨(鹿子=航海民)族が船団を組んで紀州に至り、紀ノ川ルートで大和の葛城山麓に定住したから、と解けば何ら不思議ではない。


今回、奈良まほろばソムリエのガイドさんの説明は、
葛城山を急激に下る土砂崩れが度々発生したため「崩れ」が語源だと。

確かに1週間前の台風の爪あとがあちこちに残っていました。



今回のコースは残念ながら鴨山口神社には寄らず、
駒形大重神社鳥居前を通り



綏靖(すいぜい)天皇葛城高丘宮跡



先の記事でDIVAさんがコメントで書いて下さったように、
>この地が故郷である仁徳皇后の磐之媛

つぎねふや 山城川を 宮のぼり わがのぼれば
あおによし 那良を過ぎ をだて 大和を過ぎ
わが見がほし国は 葛城高宮 吾家のあたり

一言主神社までもう少し。




猪よけの柵をあけて竹林道を行くと、一言主神社の階段参道左手にでました。

去年2度、一言主神社参詣した時
駐車して鳥居くぐって いいなぁ~と思った景色は、
逆コースゆえ帰るとき最後に見ることになります。



これでは感動半減…。


去年撮影した画像、なぜか懐かしく感動した風景です。

続く

2 コメント

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一緒に歩いてる気分です♪ (DIVA)
2013-09-25 01:33:29
パート2 ありがとうございます~~。
確かに…古ーい木立を通って神社に辿りつくと
有難い気分になりますよね。最後の写真、共感です。

極楽寺から高天彦神社へ行った極寒の日、
うっそうとした険しい急な坂を登ってたどりついたので、
かんさびた神社にオソレオノノキ畏怖の念を感じました。
けれど秋の良い日和に、
弟に車にのっけてもらって横手から入ったら、
なんてことのない村の鎮守さん「あれ?ここどこ??」と有難みも半減でした。

そうそう、ulalaさまのブログによると、
お宅に一言さんの「一陽来福」だったかな、
お札を貼ってらっしゃるんでしたね
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DIVAさんへ (ulala)
2013-09-25 20:13:29
一陽来福ではなくて、一陽来復、まためぐってくる復です。
今でも南南東向けて貼ってありますよ~
同行したAさん、息子さんちに赤ちゃんできますようにと祈られてかなえられたと。
効果絶大だと言われてますが、私はまだ…。

一言主神社の二の鳥居前の写真最後に追加しました。
今回のウォークでかなり先に一の鳥居があることを知りました。
かつては広い境内だったのですね。
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