6/25(土)9:55伊丹発−11:35青森着
昼食は陸奥湾望む「みちのく料理西村」で、
最初の観光は、13:40三内丸山遺跡到着。
14時少し前ガイドさん案内スタート。
東京ドーム9個分の広さ❗️
21人の団体が、後ろ振り返れば半分以下に減ってる。
足痛い人多くて、この暑さと広さにめげて脱落。
縄文時遊館で展示やビデオみれますから。
現地の空気と風を感じたい私は、ウォーキングステッキで付いて歩きました。
大きい‼️
三内丸山を象徴する大型堀立柱建物と竪穴建物。
ともに復元です。
長さ15m
長さ15m
大きな集会所ホールのよう。めっちゃ立派。
縄文前期、集落の中心に建てられた復元建物。
地面に穴を掘り柱を立てた跡
屋根あり温度管理されてました。
柱穴は直径深さともに2mが6つ、穴の間隔はすべて4.2m。
中央部分に約1mのクリの柱が残っています。
陸奥湾を望む高台の三内丸山遺跡。
気温高かった縄文海進で、陸奥湾はすぐそばまで迫ってたに違いない。
1992(平成4)年競技場建設前の発掘調査で始まったそう。
紀元前3900年、縄文前期からBC2200年縄文中期の大規模集落跡です。
発掘開始から30年、栄えてた縄文時代から5000年以上過ぎて
2021年7月26日世界文化遺産
『北海道・北東北の縄文遺跡群』
17ヶ所が史跡登録され、三内丸山遺跡は特別史跡です。
14:30出発まで歩いては立ち止まり話聞く。
この立った姿勢が膝関節に負担かける。
この見学で、昨夏以来の右膝ではなくて、左膝急に悪化。
ステッキ使っても庇う腰まで痛い。
これなら展示場見とけばよかった、なんて…
このブログ書くにあたりパンフレット読むと、
世界遺産登録の立役者岡田康博さん曰く
「現場に立って周囲の景観を眺めながら、縄文人と同じ目線で体感してもらうと理解が深まる」
豊かな自然の恵みが日々の暮らしを支え、相互共存の営みが築かれていた。
「貧困の差や社会的な不平等は少なかったようです。
三内丸山の縄文人は栗の実を食料にするだけでなく、住居の建材としても活用し、
さらに古くなった木材を燃料に再利用していることがわかっている。
持続可能な消費と生産をこの時代で実践していた」
「土器や土偶など出土品の珍しさに目がいきがちですが、
遺跡や発掘現場と対峙する度にいくつもの小さな発見に出会うことができる。
その連続がいつか大きな感動へと導いてくれるでしょう」
月曜夜帰宅し、未だ足腰痛い。
この説明読んで、
歩いて空気感じて正解だったんだと救われた思いです。
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