安倍晋三の慰安婦問題「後世代の子らに謝罪し続ける宿命を背負わせてはいけない」とは何ともトンチンカンな

2015-12-30 09:39:24 | 政治


 安倍晋三が12月28日、日韓外相会談での慰安婦問題解決合意を受けて朴槿恵韓国大統領と電話会談、その後官邸で記者団に次のように発言したと「産経ニュース」(2015.12.28 19:47))記事が伝えている。 

 安倍晋三「先程、朴槿恵大統領と電話で会談を行い、合意を確認致しました。今年は戦後70年の年に当たります。8月の首相談話で申し上げてきた通り、我々は歴代の内閣が表明してきた通り、反省とお詫びの気持を表明してきた。その思いに今後も揺るぎありません。

 その上で、私たちの子や孫、その先の世代の子供たちに謝罪し続ける宿命を背負わせるわけにはいかない。今回、その決意を実行に移すための合意でした。この問題を次の世代に決して引き継がせてはならない。最終的、不可逆的な解決を70年目の節目にすることができた。今を生きる世代の責任を果たすことができたと考えています。

 今後、日韓は新しい時代を迎えます。日韓両国が力を合わせて新しい時代を切り開いていくきっかけにしたいと思います」――

 相変わらず合理的・客観的認識能力を欠いたトンチンカンなことを平然と言ってのけている。

 「歴代の内閣が表明してきた通り、反省とお詫びの気持を表明してきた」と言っているが、反省とお詫びという行為の正当性を歴代内閣に置いている。歴代内閣が表明してきた通りに表明してきたんですよ、どこに間違いがあるのですかと。

 いわば自身の正当性を表現するのに歴代内閣の正当性を借りなければならない。

 「先祖代々やってきたことを私は立派に遣り遂げています」と言うのと共通している。

 両者共に例え慣例を踏襲する行為であったとしても、そこに自己自身から発した自己独自の正当性の表現――自分ならではの正当性の表現を見ることができない。

 安倍晋三について言うと、安倍晋三自身から発して安倍晋三独自の正当性を持たせた反省とお詫びの気持が見えない。

 もしそのような反省とお詫びの気持があったなら、その気持は自ずと見えてきて、「歴代の内閣の表明」を借りる必要は生じない。

 見えてこない理由は安倍晋三自身から発した安倍晋三独自の正当性を別のところに置いているからである。

 2007年3月5日の参院予算委員会。従軍慰安婦を集めるのに強制性はなかったと発言しているのではないのかとの質問に答えて、安倍晋三は次のように答弁している。

 安倍晋三「その件につきましても昨年の委員会で答弁したとおりでございまして、この議論の前提となる、私がかつて発言をした言わば教科書に載せるかどうかというときの議論について私が答弁をしたわけでございます。

 そして、その際私が申し上げましたのは、言わば狭義の意味においての強制性について言えば、これはそれを裏付ける証言はなかったということを昨年の国会で申し上げたところでございます」

 「狭義の意味においての強制性」について追及を受けると、

  安倍晋三「ですから、この強制性ということについて、何をもって強制性ということを議論しているかということでございますが、言わば、官憲が家に押し入っていって人を人攫い(ひとさらい)の如く連れていくという、そういう強制性はなかったということではないかと、こういうことでございます」

 そして存在した強制性を次のように説明している。

 安倍晋三「この国会の場でこういう議論を延々とするのが私は余り生産的だとは思いませんけれども、あえて申し上げますが、言わば、これは昨年の国会でも申し上げましたように、そのときの経済状況というものがあったわけでございます。御本人が進んでそういう道に進もうと思った方は恐らくおられなかったんだろうと、このように思います。また、間に入った業者が事実上強制をしていたというケースもあったということでございます。そういう意味において、広義の解釈においての強制性があったということではないでしょうか」――

 つまり従軍慰安婦になる場合の業者がカネづく・力づくで狩り集める一般的とされている種類の強制性は認めているが、「官憲が家に押し入っていって人を人攫い(ひとさらい)の如く連れていく」といった狭義の(限られた意味での)特殊な強制性はなかったと発言している。

 多くの元従軍慰安婦が証言している、日本軍兵士に若い女性限定の人間狩りさながらに力づくで拉致・誘拐同然に連れ去られて日本軍の従軍慰安所に閉じ込められ、性奴隷とされた、確かに存在した“狭義の強制性”、日本軍が関わったその特殊性を無視して、ときには暴力事例もあった業者の手による一般的な募集だとするところに安倍晋三は自身に独自の正当性を置いているから、反省やお詫びの気持など湧いてくるはずもなく、歴代内閣の表明を借りなければ、反省とお詫びの気持を表明できないということになる。

 従軍慰安婦に関してこの程度の認識しか持つことができないから、後段の発言につなげることができる。

 「私たちの子や孫、その先の世代の子供たちに謝罪し続ける宿命を背負わせるわけにはいかない。今回、その決意を実行に移すための合意でした。この問題を次の世代に決して引き継がせてはならない」・・・・・・

 従軍慰安婦に関わる日韓の現在の確執を生じせしめた主たる理由は日本側の「狭義の強制性」の否定説にあるはずである。最近では従軍慰安婦報道の朝日の誤報を以って「狭義の強制性」説は崩れたとする議論を展開している。

 確かに朝日新聞は「吉田証言」が「証言」とは名ばかりのフィクションに基づいて日本軍による強制連行・強制売春を歴史の事実とする誤報をやらかした。だが、吉田清治なる人物が韓国済州島等で日本軍の軍令で900人だかの朝鮮人慰安婦狩りをしていたとする証言がフィクションであることを以って、それ以外の韓国の地域、あるいは当時日本軍が占領していた海外各国の従軍慰安婦の「狭義の強制性」を裏付ける証言をフィクションとすることは牽強付会そのものとなる。

 それが証拠に今回の日韓合意を受けて中国政府や台湾政府が現地の元従軍慰安婦に対する謝罪や賠償を求め、フィリッピンでは元従軍慰安婦支援団体が日韓合意と同じ内容の合意を求めている。

 旧日本軍が犯した人道の罪に相当する「狭義の強制性」であり、それを否定することによって自分たちが確執の種を散々撒いてきたのだから、謝罪は政府が行うべきであって、一般国民でもないし、その「子や孫、その先の世代の子供たち」ではない。

 彼らにまで謝罪の対象に加えるのは罪とその謝罪に巻き込む無責任な企みに他ならない。

 謝罪しなければならない第一番は「狭義の強制性」否定説を撒き散らして日韓確執の主たる要因をつくった安倍晋三であろう。この点に関して安倍晋三は頭を丸坊主にして頭を下げても足りない。
 
 一般国民が謝罪する必要も謝罪しなければならない責任もないが、外国及びその国々の国民との関わりで生じた、特に罪に値し、その罪によって相手に被害を与えた歴史的事実から目を背けずに、「子や孫、その先の世代の子供たち」であっても学び続けなければ、歴史は自分たちに都合のいい記録のみとなって、事実を見抜く公平・公正な客観的にして合理的な視野・判断能力を身につけることができなくなる。

 自分たちに都合のいい記録のみで自国の歴史を満たした場合、ときには自分たち民族は絶対正しいと思い違いをする独善的な自尊意識を自らに植え付け、民族優越意識に侵されない保証はない。

 安倍晋三は謝罪する必要のない世代を対象に「謝罪し続ける宿命を背負わせるわけにはいかない」と合理性を全く欠いたことを言い、歴史の事実を見抜くために必要とする歴史の直視・歴史の学習については一言も無い。

 だから、最初に相変わらず合理的・客観的認識能力を欠いたトンチンカンなことを平然と言ってのけていると書いた。

コメント (1)
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