産経新聞の加藤達也ソウル前支局長が韓国紙記事を元に2014年4月16日の大韓民国の大型旅客船「セウォル(世越)」が全羅南道珍島郡の観梅島(クヮンメド)沖海上で転覆・沈没した事故当日、朴槿恵韓国大統領が7時間も所在不明となっていた、男性と会っていたのではないかといったコラムをWEBサイトに掲載、大統領の名誉を傷つけたとして2014年10月8日、ソウル中央地検は加藤達也を虚偽の事実を書いて大統領の名誉を傷つけたとして在宅起訴された。
この事態に日本政府は報道の自由と日韓関係への影響を挙げて釈放を求め、アメリカ政府も報道の自由の観点から懸念を示し、内外のジャーナリズム団体やメデイアも韓国の言論の状況に憂慮の念を表明した。
こういった各国の懸念が圧力とした働いたのだろか、ソウル中央地裁は2015年12月17日、コラムの公益性を認めて加藤達也前ソウル支局長に無罪判決を言い渡した。
この無罪判決をNHKは朝のニュースで報道の自由の勝利とばかりに一番に取り上げていた。
確かに報道の自由は大切であり、守られなければならない重大な価値観である。だが、そのコラムを読んでいただけに報道の自由と記事の内容が妙にバランスを欠いていて、優先順位を第一番に持ってきて報道すべき性格の事件だったのだろうかと疑問に感じた。
加藤達也のコラムは《【追跡~ソウル発】朴槿恵大統領が旅客船沈没当日、行方不明に…誰と会っていた?》(MSN産経/2014.8.3 12:00)と題して、〈調査機関「韓国ギャラップ」によると、7月最終週の朴槿恵大統領の支持率は前週に続いての40%となった。わずか3カ月半前には6割前後で推移していただけに、大統領の権威はいまや見る影もないことを物語る結果となった。こうなると吹き出してくるのが大統領など権力中枢に対する真偽不明のウワサだ。こうした中、旅客船沈没事故発生当日の4月16日、朴大統領が日中、7時間にわたって所在不明となっていたとする「ファクト」が飛び出し、政権の混迷ぶりが際立つ事態となっている。(ソウル 加藤達也)〉と、何らかの政治性に関わる内容かと思わせる文言の尤もらしい書き出しで始まっている。
ところが出だしと違って、韓国最大部数の日刊紙である朝鮮日報の「大統領をめぐるウワサ」と題した記者コラムの7時間の所在不明中、誰と会っていたのかとする詮索を紹介して、「おそらく、大統領とオトコの話は、韓国社会のすみの方で、あちらこちらで持ちきりとなっていただろう」と急転直下、密会のゴシップへと進む。
朝鮮日報の記者コラムは最初大統領が会っていた男性の名前を明かしていなかったが、〈このコラム、ウワサがなんであるかに言及しないまま終わるのかと思わせたが途中で突然、具体的な氏名を出した“実名報道に切り替わった。〉と書いて、記者コラムが明かした男性の実名とその男性の離婚の事実伝える記述を紹介、コラムに書いてあったのか、離婚相手の女性が誰なのかまで書いて、益々ゴシップ記事化していく。
そして最後に記者コラムの大統領の支持率が低迷していること、「大統領個人への信頼が崩れ、あらゆるウワサが出てきているのである」との解説を紹介してから、〈朴政権のレームダック(死に体)化は、着実に進んでいるようだ。〉と、内容は尤もらしい体裁を取った安手のゴシップ記事に過ぎないのに書き出しと同様に政治性の装いをまぶして記事を終わらせている。
いくら言論の自由が守らなければならない重大な価値観であっても、加藤達也のコラムの内容が、韓国大統領の旅客船沈没当日の7時間の不在が救助に関係しない男性と会うことを優先させて国民の人命を後回しにした軽視そのものであると批判したもので、そのことを以って名誉毀損で訴えられたなら、言論の自由云々を正面切って正々堂々と振りかざすことはできるが、誰と密会したのかしなかったといった安手のゴシップ記事での名誉毀損、言論の自由となると、日本の主要な新聞社から派遣されて外国の首都に支局長という立場で駐在している記者が、その立場に相応しい内容のコラムとは到底思えないことと併せて、確かに言論の自由の問題ではあるが、前者と同様の言論の自由云々を振りかざした場合、何の後ろめたさも感じないで済ますことができるのだろうか。
例えば2014年8月20日の70人を超える死者を出した広島市での激しい豪雨による土砂災害で午前3時過ぎには広島市安佐南区山本の住民から住宅の裏山が崩れて、2階建ての住宅の1階部分に土砂が流れ込み、5人家族のうち子ども2人の行方が分からなったとの通報が市消防当局に入り、3時間後には子ども2人のうち1人が心肺停止の状態で発見されたと市消防が発表し、なお大雨が振り続いて各地での土砂崩れ、河川の土石流の報告が相次いでいながら、当日夏休中だった安倍晋三は山梨県の別荘に滞在、予定していたゴルフをしにゴルフ場に7時半頃到着、予定通りにゴルフを開始して、官邸からの通報でゴルフを中止したのは9時を過ぎていて、それから急遽官邸に向かい、官邸到着は午前11時少し前となっているが、各地で土砂災害が起こり始める3時の時間帯を安倍晋三が国民の生命・財産への配慮から官邸に向かわなければならない起点とすると、別荘から官邸までの掛かる時間を差し引くと6時間となり、朴大統領の7時間の所在不明よりも1時間少ないものの、居るべき場所に居ない6時間の空白を以って国民の生命・財産を軽視する行動だと批判をして名誉毀損で訴えられたなら(日本ではあり得ないことだろうが)、何の後ろめたさも恥ずかしさも感じることなく正々堂々と正面切って言論の自由を掲げて、その抑圧と見て戦うことはできるはずだ。
だが、そういった内容ではなかった。
韓国の検察当局も安手のゴシップ記事として無視すべきだった。言論の自由云々を振りかざすにはちょっと恥ずかしいゴシップ記事に過ぎないコラムを大統領の名誉を傷つけたと起訴することで言論の自由云々を正面切って正々堂々と振りかざす正当性を与えてしまった。
与えたことで、逆に韓国の言論の自由に懸念を示されることになって、大きな失点となってしまった。
確かに言論の自由を取り沙汰しなければならない名誉毀損の訴えではあるが、安手のゴシップ記事に過ぎないコラムであることを考えると、NHKが朝のニュースの第一番で取り上げたり、他のマスコミが言論の自由を大上段に据えて報道しなければならない無罪判決だっただろうか。