空華 ー 日はまた昇る

小説の創作が好きである。私のブログFC2[永遠平和とアートを夢見る」と「猫のさまよう宝塔の道」もよろしく。

銀河アンドロメダの感想 6 (祭りの準備)

2018-08-24 08:54:56 | 文化

 

私は若い頃は萩原朔太郎の詩が好きでしたが、今は良寛が好きです。

 (かぐわしい草花があたりに繁茂し、春はまさに過ぎ去ろうとしている。桃の花びらがひらひらと川面に散って、川の水はゆったりと流れる。私はもともと僧として俗念を忘れた人であるが、この春の景色にはすっかり夢中になり、休むひまもないほどあちこち花を見に歩いていることだ。)

                                          (松本市壽氏訳 )

 

芳草萋萋(ほうそうせいせい)として春まさに暮れんとし

桃花乱点して水悠悠たり

我も亦従来 忘機の者なるに

風光に悩乱せられて殊に未だ休せず

 

 

この程度の作品を楽しめる人でないと、私の作品も理解しにくいと思います

こんな事を書いたのは、今は夏休みなので、かなり若い人がアンドロメダの言葉に引かれて、来てはみたけれど、何だろうという思いを持たれては気の毒だから、解説しておこうと思ったのです。

この物語の底を流れているのは、何十冊と、宗教哲学を古典で何十年と勉強してきた価値観がまず流れています。

それから、憲法については、若い頃、一流の教授の講義を一年間の教養課程で必死に聞き、そして今の世界情勢を見て、九条を守るのが人類と日本のために良いと判断しているのです。

今、東アジアでは、軍拡競争が起きています。

八十年も昔、イギリスとナチスドイツが軍拡をして、第二次大戦になったことがあります。

今の考えは、お互いに同じくらいの強力な軍事力を持っていれば、戦争は起きないという均衡論にのって、莫大な金額を使って、軍拡を進めているのです。

しかし、そうやって軍拡競争のはてには、偶発的に衝突がおき、一旦おきたら、第一次大戦のように、止められないで、強力な破壊力のために、人類は滅亡の方向に行くという危惧を感じるのです。

勿論、均衡論は理性的に考えられたものですから、説得力があります。しかし過去の歴史で理性的な戦争などというものは、ありません。

過去の戦争の歴史を学べば、感情的で、愚かな判断が大戦争になっているのです。

 

それよりも、憲法九条を守り、被爆国の日本が先頭にたって、世界平和を訴え、

軍備縮小を各国に訴えた方が、平和のためには、効果的だとは思いませんか。

現実問題として、防衛力は必要です。それは、国会で議論して決めることです。

それとは、別に日本と世界のために、憲法九条は必要なのです。人類の宝石なのです。

自分の頭で考えて下さい。今の日本の精神的風土に、自分に近い他の人がAと言ったから、自分もAと考えるような、自ら考えることを拒否しているような所があるような気がします。

 

 

 

6 祭りの準備

  楕円形の城壁の所に来た。

そして、その土手の下に鉄の門があり、関所のようなものがあって、旅行者は身分などを調べられる。

「この町に何しに来た」と男が大きな声で言った。

「あのう。わしは水車をつくることを得意としている。ここの殿様は町づくりに水車の電気エネルギーを使うと聞いている」白熊族の大男の唇が震えている。

「仕官だよ。おっさん。ここで何しているのよ」とハルリラは言った。

「わしのことをおっさんだと。わしはこのあたりの治安と旅行者を監視するのが任務の役人じや。ヒトが安全に商売して、国が豊かになるように仕事しているのじゃ。この国は農業以外に、焼き物と絹織物が盛んでな。名品が多い。

それに、今、祭りの準備で忙しい。

邪魔にならないようにな。

分かったか」

「祭りがあるのですか」

「年に一度の素晴らしい祭りじゃ。宮殿の近くの大広場を華麗な山車が練り歩く。その周囲では踊りさ」

「それはいいな。見たいものだ」

「お前たちは旅行者になるから、ここに名前を書いておけ。住所はないのか」

「我々はアンドロメダ鉄道の乗客だ」とハルリラは言って、カードを見せた。

「おお、そうか、それは失礼した」と役人はやや驚いたような顔をして、急に親切になった。

それで、ともかく通してもらえた。

 

我々は、役人に礼を言って、その場を離れると、ハルリラが早速

「ほお、踊りだとさ。レストランで話していたことが実現しそうな不思議な話だな」と言った。

「そうだ」と大男が答えた。

「『共時性』というのは科学の事実だと聞いたことがありますよ。つまり、部屋の中で蝶々の話をしていたら、窓からその美しい蝶が入ってきたというのかな。その不思議な一致が宇宙にはあると」と吟遊詩人、川霧が言った。

  

城は広い丘陵地帯の茶畑が広がっているその上のかなり高台になっている所に見える。その高台がいわゆる町で、無数の家とビルが立ち並び、中心にある城の周囲には広場や貴族の館があるのだという。小さな湖もある。その町に行くまでの道のりも中々到達できない仕組みになっている。

これは敵が攻めてきた時に守りやすいという城の掟によって、つくられた道だろうが、それにしても奇妙に入り組んでいる。ハルリラは故郷のと大分違うと思った。

しかし、小高い所にある町に到達するのには、行けどもいけども、くねくねとまがりくねっていて、人家と小さい要塞がその道に立ち並び、その裏に広大な平地は茶畑と野菜畑が広がっている

 

  やがて、寺院が見えた。太鼓の音が聞こえる。

寺院の後ろには座禅道場があった。ふと、見ると中に座っているのは三十名ほどの十才前後の少年ばかり。それを大人の坊主が二人で見ている。

ハルリラと大男に気づいて、一人の小柄なウサギ族の坊主が出て来た。

「どうです。座禅でもやっていきませんか」と坊主は声をかけてきた。

「でも、少年ばかりじゃありませんか」

「確かにね。でも、大人が加わってはいけないという規則はないのです。むしろ、旅人は色々な地方の話をしてくれるので、しばらくここにおられると、わしらもそういう話が聞けて勉強になる」

 

「異星人の話ですか。鉱毒の話は地元のおぬしの方が知っておるじゃろ」とハルリラが言った。

「お坊さんでもそんなことに興味を持ちますか。わしは帝都ローサに一泊してきてはいるが」と大男は言った。

「わあ、話を聞きたい。実を言って、わしらは坊主ではない。侍なのじゃ。伯爵さまから、子供達を座禅で鍛えてくれと、頼まれているのじゃ。向こうの方は本物の坊さんだけどな」

「世の中は動いているぞ。で、伯爵さまはそういうことで、腕のある者をめしかかえようとなさっているのかな」と大男は言った。

「いや、分からん。純真無垢な人での。民族の友愛主義者だ。人種偏見のような教養のない偏見を嫌う方だ。

国内の経済の発達と民の生活の安定を一番に考えておられる。ここは神仏のいらっしゃる田舎じゃ。しかし、わしは国王陛下のおいでになる帝都ローサ市の状況に興味がある」と坊主のように見えるウサギ族の侍が言った。

 

 

 ハルリラと大男と吾輩と詩人、川霧は座禅をすることにした。一時間ばかりという約束で、少年達の端っこに座った。ハルリラも座禅をするのは久しぶりだった。

ハルリラは「座禅は死ぬ気でやらなければな」と笑った。

大男は初めてらしく、不安そうな怪訝な顔をして、坊さんに足の組み方を教わってなんとか、座れたようだった。

三十分もしない内に、大男は寝ている。頭がふらふらしている。

子供たちは一斉に終わって、立ち上がったので、その時の物音で大男は目をさまし、また足をくみなおしていた。

ハルリラはみだれずに、足を組んでいたが、故郷のことが思い出されてならない。

 

故郷の川で泳いだり、魚をとったり、女の子に声をかけられたり、

ああ、あの子はどうしているかなと思ったり、ハルリラより三つ下の女の子で目が丸く、可愛らしかったが、いつもハルリラに竹刀でうちかかってくるのはまいった。彼はたいてい、外してしまうのだが、たまに、ごつんとやられると、「油断大敵では、強い武士にはなれぬぞえ」と笑う。

忘れようと思って、数を数えると、今度はハルリラの頭に、別の妄想が湧いてくる。

 

吾輩寅坊は自分でも座禅をしながら、吟遊詩人、「川霧」の座禅を何故か良寛のようだと思って見ていた。そして、吾輩の耳に、良寛の和歌が響いた。「良寛に辞世あるかと人問はば南無阿弥陀仏といふと答えよ」

良寛は禅僧で、道元を尊敬し、法華経、阿弥陀経、荘子、論語を読んだと言われ、法華経を賛美する漢詩をいくつも書いているのに、辞世はちょつと意外な気がしないでもなかった。でも、これが素晴らしい良寛の教えなのかもしれないと吾輩は思うのだった。

 

寺院では住職が歓迎してくれた。子供達を指導していたもう一人の禅の坊主は副住職のようだった。さきほどのウサギ族の侍も夕食の誘いを受けて、ハルリラさんたちの話を聞きたいと言った。

 

「帝都ローサ市では、坂本良士というのが活躍していてな」とハルリラは言った。

「おお、わしの所まで、そやつの名前は轟いているぞ。どんな奴じゃ。改革派なのか、それとも保守派なのか、どちら側なのか」とウサギ族の侍が聞いた。

「坂本良士は両方を結び付けようとしているようじゃ」と大男は答え、ため息をついてから、またしゃべり始めた。「国の中で争っていてはユーカリ国や異星人につけこまれるからな。

改革派の哲学はニヒリズムなんだ。良士は理解できるが好きにはなれんと言っているようだ。なにしろ、改革派は金銭至上主義で、ルールのない株式会社とカジノを導入すべきと異星人と同じような主張をしていた。良士は心情的には

保守派に共感しているのかもしれんな。今までどおりの働く人のための会社で良いとしている。

 

 異星人は改革派を応援しているが、中身が違う。金もうけ大いに結構という特殊宗教も押し付けてくる。そうだ。地球でもあったろう。安土桃山時代にキリスト教が入ってきて、信長・秀吉は歓迎したが、秀吉は途中から、キリスト教の目的は自分の国を占領することにあると思い、家康は鎖国した。あれを思い出せば、異星人のビジネスとこの特殊宗教はセットになっていると誰でも思う

のではないか。

この惑星は金と銅が豊富、鉄は海の下、宝石特にダイヤは豊富―異星人は商売でこの金とダイヤを手に入れたいらしい。銅はビジネスだな。大砲と戦車と車を銅でつくれと言っている

 

一応、彼らのビジネス宗教からすれば、戦争でものを奪うのはダメだから、ビジネスでということになる。そういう考えを広めようという魂胆なのだろう。すでに銅山を占有して、政府の許可が下りていないのに、株主を募集し、銅山の株式会社とその関連会社を軌道に乗せている」

「新政府はそれで黙っているのか」とウサギ族の侍は聞いた。

「分からん。政府の役人、林文太郎が今は実権を握っているが

いつこの二つの勢力に追い落とされるかしれない。日和見でなんとか、政権のトップにいるような男じゃ。異星人とはうまくやっているが、まあ、別の言い方をすれば、異星人の言いなりということではないか」

「改革派と保守派はことごとく意見が違い対立することが多いという噂も聞いているぞ」とウサギ族の侍は言った。

我々はそんな話をしながらも、めしを食べていた。玄米食だった。玄米食と言うのは初めてだった。よくかんだ方がいいという話は聞いていたから、ハルリラは大男が喋っている間、三十回ぐらい数を勘定してかんで食べていた。大男は時世についてよく喋っていたが、ハルリラが思うに、玉石混交の情報のようで、どれが正しい情報なのか、ちょつと考えてみたが、ふと気がつくと、太鼓の音が聞こえる

 

ハルリラはそこの寺院の窓から見える城を見ながら、ぼんやりと夢想に耽っていた。

 

 

 白い壁に金色の筋が入った立派な城は大きな白鳥を連想させたが、つやがあり、斜めから射すやわらかな日差しに美しく青空に伸びて、今にも飛び起つようだった。

「時代が変わるのかな」と侍が独り言のように言った。

「時代は変わったばかりじゃないか、革命からまだ三十五年しかたっていない。

帝都ローサ市が動揺しているようじゃ、異星人につけこまれる」と白熊族の大男が大きな口で言うのをハルリラは見て、大男が初めてまともなことを言ったような気がした。

「それじゃ、改革派と保守派の綱引きは当分続くということか」とウサギ族の侍は言った。

「ハルリラさん。おぬしは、どう思う。坂本良士が何かやらかすか。彼はどちらにも属していないからな。そしてどちらにも仲間が沢山いるという不思議な奴じゃ」と大男は聞いた。

「色々、噂はあるけどな。どれが正しいのか分からん。それより、わしはここの城に仕官に来たのじゃ。お前さまは取次が出来んのかな」とハルリラは答え、侍に取次のことを聞いた。

「もう城は昔と違う。ただの役所よ。伯爵さまも知事と中央の議員をかねておられる」と侍は答えた。

「でも、お宅は仕官している。立派なものじゃ 」と大男は言った。

「わしか。わしはここの城という名の役所では、自慢じゃないが、一番の下級武士よ。サムライはまだ廃止されていない。

そんな取次が出来るくらいなら、自分の帝都ローサ市行きを交渉しているよ。住職なら、少しは力があるから、彼に取り次ぎを頼んでみたら」

 

食事が終わって、ハルリラと大男は住職の部屋を訪ねた。

「仕官したいとおっしゃるか」

「ここで、座禅の本格的な修行をしてから、行った方がいいのじゃございませんか」

「禅の修行、わしらはそんな悠長なことを行っておられんのじゃ。第一、あんな風に座っていて、何年したって、同じじゃありませんか」と大男は言った。

「それじゃ、わしからは城に取り次ぐことは出来んな。しばらく先に行くと、村長がいる。祭りの支度に忙しいが彼が取り次ぐだろう」

 

庭に出て、座禅道場の近くを通ると、先ほどよりも年齢の高い男の子たち、十五才ぐらいかが二十人ほど集まっていた。

午後の部の座禅らしい。さきほどの侍もいて、にやにや笑っている。

侍は男の子数人と話している。どうやら、一人の背の高い少年に

我らを村長の所に案内するよう命じているらしい。

 

「君達は武士か」

「ぼくは百姓です。でも、伯爵さまがこれからの男子は百姓も武士もない、腕のある奴はめしかかえる。座禅と剣をみがけとおっしゃるので。でも、今は祭りの手伝いをしています」と彼は言った。
「村長さんとこにか」

「ええ、公民館の横に、山車を組み立てる建物があるんです。そこへ皆さんを案内しろといいつけられました」

 

  

「それはありがたい。村長さんがいらっしゃるのじゃろ」

「はい」

「案内してくれ」

我々は林の中を突き抜けて、三十分ほど歩くと、公民館らしい白壁のビルと横にそれよりも少し大きめの煉瓦づくりの建物があった。

少年の話によると、その建物が山車を納めて、祭りが近づくと組み立ての作業をする場所なのだそうだ。

 

「村長に会う前に、祭りの準備を見たいな」と大男が言った。

少年はうなづき、中に入った。

体育館のような広い空間の中に、焦げ茶色の美しい材木が並べられていた。

既に、何度も使用したものらしく、壁側の置き場に、整然と並べられ、

それを数人の男たちが取り出し、組み立ての作業をしているらしかった。

 

「向こうに村長さんがいらっしゃいます」と少年が言った。

「おお、わしらのことを紹介してくれ」

少年は村長の所にひと走りした。

村長はこちらに軽く、頭を下げたので、礼儀正しい人だと思った。

彼が近づいてきて、「ようこそ。アンドロメダ銀河のお客さんとか」と言った。

「それに、わしは仕官が目的じゃ」とハルリラは言った。

「仕官ですか。わたしが伯爵さまにご紹介しましょう」と村長は微笑した。

「今は祭りの準備が忙しくてね。もう夕方も近いですから、今晩は近くの宿も手配しますよ」と村長は言った

しばらく我々は 山車の組み立ての作業を眺めていた。

「素晴らしい祭りですよ。もう広場では踊りの練習が始まっていますよ。本番では、この山車が大きな広場をぐるぐる回り

その中を人々が踊りを熱狂的に踊るのです

あなた方も踊ると良いです。」

 

吾輩は京都の祇園祭と阿波踊りを思い出した

祇園祭は自分という猫を飼ってくれていた京都の銀行員に連れて行ってもらい一度だけ見たことがあるからである。阿波踊りは銀行員の家のテレビで、見た。

なんでも、パリにまで行って踊ったという有名な踊りなんだそうだ。テレビで見ていたら

阿波踊りなら、猫でも踊れると思い、ひそかに、一人【いや、失礼一匹】になった時

阿波踊りをやってみた記憶がある。しかし、あれはやはり、沢山の人と一緒にやるのが楽しいのだろうと思い、やめてしまったことを思い出した。

 その後、我々は一杯のお茶をご馳走になった。そのうまかったこと、天にものぼる心地というのはこのことをいうのかという思いが吾輩の脳裏をかすめた。

       

                                                          【 つづく 】  

 

久里山不識

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント

銀河アンドロメダの感想 5 (異星人の文化)

2018-08-21 13:59:46 | 文化

 こんな普通のファンタジーにも言論の弾圧がある。日本は言論の自由な国の筈なのに、どうやって弾圧するのか。証拠をとられないようにしてやるのです。具体的なことは、今はあまり書きたくないので、これ以上は書きません。すみません。読者の推理力におまかせするしか、今はありません。

最近、東京新聞で、オウム事件の林郁夫について、ノンフィクション風に書いてある本が紹介してありましたので、最初の方だけ目を通してみました。

入信してきた若い女が、脱退したいと言ったら、強い薬の入った注射を打ち、狭い部屋に入れて、

監禁したことを親切心でやっている宗教の中でのことだから、国家の法は及ばないというようなことを、取り調べの警部補に言っているのです。

驚きましたね。大秀才の林が、こんな初歩的な宗教観の間違いを信じていたとは、

お釈迦さま、キリスト、日本の偉大な僧は皆、離れる者は離れるにまかせ、来たる者はどんな人でも、歓迎したという事実を知らないのでしょうか。

宗教も哲学も、自由に個人が選び、学び深く入っていく人もいるし、途中で引き返す人もいます。

自由なのです。確かに、昔はどの宗教がすぐれているとか、どの哲学がすぐれているかという論争がありました。人類にとって必要な論争だったと思います。

しかし、今は違います。人類が生き残れるか生き残れないか、という危機の時代なのです。

優劣よりも、互いの共通性を探し、互いの理解を深めることの中から、より深い真実が明らかになる時代に突入しているのです。

山の頂上に上るのに、いくつもの道があって当然。

  

宗教や哲学とは、違いますが、原発の時も、原発派と脱原発は激しい衝突をしました。

私はテレビの中で、両方の側の学者が議論というよりは、ほぼ口喧嘩のような状態になっているのを見たことがあります。その結果、権力のある側がない方を無視するということをやったのです。あの時、もう少し度量を大きくして、反対側の意見もとりいれたら、少なくとも原子力の災害は

小さくてすんだのではないでしょうか。日本は地震国なのですという声を過小評価して、科学を過信しすぎた。

皆、同じ人間です。道元にいわせれば、仏性を持っているのです。

その人達が一生懸命にやっているときは、お互いに尊重するという文化をつくり。理解するということが、今世紀の人類の危機を脱する道ではないでしようか。

 

今、ニュースを見ていると、良いニュースよりも悪いニュースがはるかに多いです。あれを見ていると、立派な人も多い筈の日本全体に、何かのウイルスが取り付いて、カミュの「ペスト」みたいに、病気が広がり、良い価値観の崩壊がおきているのではないのか、と思わざるを得ません。この間の読売新聞にはパワハラが増加しているという大きな記事を見ました。

ボランティアの活躍には 希望を見ますが。

 

 5 異星人の文化

 

  我々は話に夢中になり、「魂の出張所」の中にいることを忘れていたようだ。

それほど、その初老の男の語り口は音楽のようで、表情も魅力に富んでいた。

風景画が天井一杯に描かれていた。並木道、川、そうした風景を取り囲むような低い山、そして真ん中に城壁に囲まれた町の中の御伽の国のような湖と城と樹木。つまり、このあたりの風景そのものが正確に描かれているようだった。

我々は話に夢中になりながらも、その天井をちらりと見ていたのだと思う。

それで、スピノザ主義の詩句が響いてきたのだと、吾輩は解釈した。

我々は男に勧められるままに、テーブルの前の椅子に座り、グラスにそそがれたワインを見た。

ワインがあればと思ったら、目の前にワインが出てきたという不思議な気持ちをハルリラに言った。

「わしはそんな魔法は使っとらんぞ。こちらの方の接待じゃ、飲むがいい。わしは飲まん。アルコールを入れると、魔法の力が落ちるという学説が、最近有力になってきたのでな」

初老の男は微笑して、吾輩と吟遊詩人にワインを勧めた。

赤いワインは上質で、吾輩は少し飲んでみたが、陶然とした気分になった。

 

我々はそのスピノザ主義に傾倒する初老の鹿族の男の弁舌に興味を持ったが、男の後ろから中年のリス族の女が出てきた。(少数だがリス族もいるとは聞いていた。) 男の魅力的な発言とは裏腹に、そのリス族の女は何か陰うつな感じを我々に与えた。初老の男は用事があると言って、隣の部屋に移った。

リス族の女はやや小太りで、美しい顔立ちをしているようにも思えたが、一方で納豆のような目をしていて、暗いねばばした気を身体全体から発酵させていた。さらに奥の方の椅子に座って事務をしている若い女がいる。

 

「案内してくれないか」とハルリラが少しどもった。ハルリラがどもるということは滅多になさそうに思えるので、心の中に何か嵐のようなものが吹いたのかもしれない。それが何であるのか、考える間もなく、リス族の女は質問した。

「旅館ですか、ホテルですか」

ハルリラは「士官したいのだが」と答えた。

「士官って、お城にですか。」

「当たり前でしょ」とハルリラは答えた。

 

ハルリラは相変わらず、いつの間に百合の花を持っていた。

「花を見詰める。わしの心を無心にするためさ。わしの魔法は無心の時に、一番よく働く。同時に、この花はわしの魔法で長持ちする。今・ここの百合の美しさを見ることに没頭する。わしの神経は無心の時に一番働く。魔法の感受性もよく働く。そうすると、この『魂の出張所』の雰囲気も隅から隅までよく分かる」

吾輩の耳元でハルリラはそうささやいたので、吾輩は微笑した。

 

 

 「そちらの方もですか」と女が聞いてきた。

吾輩と吟遊詩人は顔を見合わせた。

「いや、そちらの方はアンドロメダ鉄道で来た旅人ですよ」とハルリラが答えた。

「アンドロメダ鉄道」と女は驚いたような顔をして目を大きくした。

 

 

 「それで、あなたは剣道何段くらいの腕前をお持ちなのですか」

「三段だけど、それはそういう資格を取ったということだけで、実際の実力は相当のものよ」

「でも、あんまり、強そうに見えませんけど」

「俺が猫族だから、そんなことを言うのだな。猫族はたいてい優しい顔をしている。あんたはオラウータン族のようだな。

人を顔で判断するものではない。拙者を侮辱するとただではすみませんよ。本当を言うと、俺は剣の達人なのじゃ」とハルリラは言って、腰の刀に手をかけた。

「乱暴は駄目ですよ。それに、あたしリス族ですから」と女はにらむようにハルリラを見ると、「今、電話機で聞いてあげますから、待って下さい」と言った。

 

地球から見ると、かなり古い感じがして大正時代の頃のような電話だった。受話器を手に持って耳にあて、送話器に向かって話しかけていた。

長い事、連絡しあっていた女は電話を終えてから、地図を見せて、赤い丸印がついた所を指さして、「この旅館に行って、待機して下さい」と言った。

「何日ぐらい待機するのだ」とハルリラが聞いた。

「さあ、それは分かりません」

 

我々が『魂の出張所』を出ようとする時、もう一人の鹿族の女がこちらを向いてにっこり笑い「気をつけていってらっしゃい」と言った。

目が宝石のように輝き、美しい笑顔で、まるで観音菩薩のようだった。

 

 「同じ『魂の出張所』に、魂の色合いが違う女性が二人いた」とハルリラは言った。

「魂の色合いの差。そんなものを僕も感じた。ハルリラさんに少し感化されたのかな。」と吾輩は言った。

ハルリラは笑った。

「わし等、魔法次元のものは、空海の考えを発展させて、ヒトには魂のレベルがあるということは前にも言ったことだが。

それはともかく、同じ『魂の出張所』に魂の色合いの美しいものと、曇っているものがいる。」

「確かに、同じ『魂の出張所』に納豆のような目をしたリス族の女と、観音菩薩のような女が勤めていた」と、吾輩は言った。

「おそらく、わしの直観では、あの納豆のような女は異星人の可能性がある。異星人はもうあちこちにスパイを放っている。彼らは変身の術を持っている。この惑星では鹿族やウサギ族あるいはリス族にまぎれこむ。

オラウータン族と、わしは少し茶化したが本当はサイ族の可能性がある。彼女は銅山の本局に情報を提供しているのかもしれない。これで、我々のような旅人がこの向日葵惑星にいることが本局に知られる。我々が彼らにとって利益になる人物か害になる人物か徹底的に調べられるだろう」

「僕と吟遊詩人はただの旅人ですよ。ハルリラさんは士官という目的があるから、異星人に目をつけられるかな」と吾輩は言った。

「わしはこのテラヤサ国がいい国になることを願っているだけさ。異星人はよその惑星をコントロールしようというのだから、そして、金とダイヤを儲けようというのだから、吾輩はもしかしたらにらまれるかもしれないな」とハルリラは笑った。

 

 

 「異星人はみんな、あんな魂の色合いをなしているのですか」、

「魔法次元の秘密の教科書には、同じ人間でも、一日の内に極端な例では五十から百五十まで、経験するという。普通のアンドロメダのヒトの例では、百ぐらいの所をうろうろしているのだろう。異星人はよからぬ目的を持って、よその惑星に来てやっていることを考えると、魂の色合いが美しくなるのは無理だろう。

あの納豆のようなリス族の女は八十か七十ということだろう。」

「血圧なら、貧血で、倒れてしまいますね。しかし魔界のささやきがあったのかもしれない。中々こういう問題はむずかしい」

「そうよ。そうなれば、魂の色合いの曇った連中は自分の魂が曇ったことに気がつく。曇ったまま、気がつかないというのは不幸なことさ。

 

百七十の高貴な魂のなかにも、三十の地獄のものが混じるとかいう話は聞いたことがある。二十の地獄の魂のなかにも、高貴な百七十のものがまじるとかいうのも聞いたことがある。」

「それは魔法で分かるのですか」

「魔法でわかる場合もあるし、言葉で分かる場合もある」

「言葉で」

「言葉をぞんざいに扱ってはならぬ。言葉で魂の色合いが分かる場合があるのだ」

「言葉は神なりきともいいますからね。それに、魂は進化するものではありませんか。魂はみがき、学習することにより、進化するのだと思います」と吟遊詩人が言った。

「なるほど、それは面白い。魂は生きものだから、流動的なのでしょう。」

 

 

 再び、並木道をしばらく歩き、豪華な喫茶店のような所に来た。

 我々はのどが渇いていたし、疲れていたという気持ちで、中に入った。入り口にいた女中は刀をあずかりますと言った。

武士の魂を預けるのは伯爵【殿様】に会う時ぐらいだと思っていたハルリラは「これはわしの魂じや。持って入るぞ」と言った。

「いえ、それはなりませぬ。それではお城からのお達しに違反します。ここは星印のついた喫茶なのです」

確かに天界から響くような音楽がなり、美しいステンドグラスに金色の陽光が差し込み、壁には素晴らしい風景画がいくつもかかって、椅子もテーブルも豪華だった。

「それでは仕方ない」とハルリラはあずけた。

コーヒーとパンを注文した。

食べて、窓から往来の様子を眺めていた。ハルリラのような武士はあまりみかけない。和服姿の商人風の男とネクタイに背広のサラリーマン風の男が目立つ。

 

  突然、彼の前に半袖の黄色いTシャツを着た大男が現れた。白熊族なのだろうか、肌が物凄く白い。大きな顔、大きな丸い目、腕も太い。しかし、顔の表情は柔和でひどく優しい雰囲気が漂っている男だ。

大男はずっとレストランの中を一通り、眺めると、我々の方に視線を向けた。空いている席が他にもあるのに、「ここに座ってよござんすか」と言った。

なんだか、毛むくじゃらの大男の癖に、言葉は女っぽい。

「いいぞ」とハルリラは言った。

「お宅も士官を志しているのですか。実を言って、わしもそうじゃ。わしは水車をつくることを得意としている。ここの殿様は町づくりに水車の電気エネルギーを使うと言っているそうだ」と大男は言った。

水車の技術を持っているのか。それなら、採用されるかもしれんぞ」

  

「旅は道ずれ、世はなさけ。一緒に城に行きませんか」

彼は座り、ハルリラと同じものを注文した。

「腕が太いなあ」とハルリラは言った。

「そうでしょ。腕相撲なら、誰にもまけません。それに相撲も強いですよ」

しかし、この男はひどく気が弱いのが表情で分かる、これは猫の秘伝で分かると吾輩は思っていた。それともハルリラの魔法が伝染してきたのか判断に迷う。

「しかし、おぬしは腕相撲の力で、城には雇ってもらうのではなく、水車の技術でしょ。全国版の新聞広告によると、腕に自信のあるものは高給によって雇う」と書かれているのだぞ」

「その通りです。わしは水車をつくりたいので、ここに流れる川に鉱毒がまじっているのを危惧しているのです。」

「鉱毒」

「そう、銅山があるのですよ。車と大砲と戦車をつくるために必要なんでしょうけど」

「そんなら、理解のある伯爵【殿様】に頼めばなんとかなるのでは」

「いや、それが鉱山と工場は殿様の管轄の地域を少し離れていましてね。異星人が占拠しているのですよ」

 

 

 「異星人については、ペンギン族の老人もそう言っていたな。」

「ああ、あの方」

「知っていますよ。あちこちに、神出鬼没で顔を出します。私の話も、彼から、得たもので。惑星の温暖化のことを言っていました。アンドロメダのこの向日葵惑星の近くの惑星で、温暖化で文明が滅びたという情報が入ったと、あの例のペンギン族の老人が言っていました」

「何者だい」

「仙人でしょう」

「仙人か。話には聞いていたが」とハルリラは言った。

「それはともかく、この国は 鹿族が多く、惑星全体としても鹿族とうさぎ族と温厚な気質の祖先を持っているのが多い。少数にオラウータン族とか熊族などいるが、この異星人というは一説によると、サイ族ということらしいが、いつの間に住み着いて占拠して、国のあちこちを買い占めている」

「異星人というからには、どこかの惑星から来たのですか」

「いや、それが皆目分からん。なにしろ、向日葵惑星は文明段階がまだ低い。

そこを狙われた アシアン巨大島に秘密の国があって、そいつらがこちらをねらってきたという説もあるが、あそこは寒冷地、国家なぞ昔からないというのが説。今のところ、あの科学技術のレベルから見ても、よその惑星から来たというのがもっぱらの噂。なにしろ、秘密のヴェールを閉じて我々に見せないように、隠密裏に行動するのが得意ですし、今の所、もめごとを起こす気はないらしく、経済活動を狙っているらしいのです」

「この国の価値観も変えたいらしい」

「価値観」

「競争と金銭がかれらの価値観。我らの惑星にはアニミズムの素朴な信仰がありますから。近代化を進めようとしてはいますが、神々はまだ死滅していない。ですから、違和感を感じます。

それに、一説によると彼らはミサイルと特殊爆弾を持つとも言われている。人数は少数でもあなどれないのはここですよ。彼らはそういう怖ろしい武器を持っていることで、よその惑星に来て、あんな勝手なことをしていられる。これをどうすべきかですよ」

 

 

 ハルリラはカント九条の説明をして、白熊族の大男が感心してポカーンとしているのに、さらに続けて言った。

「カント九条を作っても、警察力は必要だ。警察の特殊部隊が迎撃用の大砲を持ってはどうかな。大砲で、異星人の銅山の本局を攻撃できる」とハルリラは言った。

「それでは異星人と同じことを言っていることにならないかな。異星人は新政府に銅を売り込み、それで大砲をつくれと勧めているのですよ。儲かりますからね。つまり、異星人にとっては、大砲なんか怖くないんですよ。大砲は隣のユーカリ国相手の武器競争を駆り立て、自分たち異星人は儲けようという死の商人の魂胆がありありと分かるではありませんか」

「それなら、気球で銅山の本局に乗り込み、我ら剣の達人が襲い、彼らを縛り上げる」

「不意打ち作戦ですか。面白いけど、うまくいきますかね。向こうだって、そのくらいのことを考えて、強力な武器で反撃してくるかもしれませんよ。それに、今、説明してくれたカント九条の理念に反するではありませんか。カント九条は素晴らしいが、防衛のための力は必要だとおっしゃるのでしょう。もちろん、必要ですよ。それと並行して、お互いの文化の交流をすることの方が平和への近道という気がするのですがね」と大男は言った。

「貴公はみてくれと違って、意外に理想主義者だな。面白い意見だ。で、異星人の文化は」

「彼らは踊りが好きなのですよ。その踊りの衣装には、莫大な金をかけるらしく、踊りも様々なものがあるらしいのです」

「ほお、それでは接点があるではないか。踊りの中には、神々がいらっしゃるものだからな」

吟遊詩人がヴァイオリンを奏でた。レストランにちらほらいる客の目が輝き、うっとりするような顔をした。

そして、詩人は歌った。

「おどれよ。踊れ。

自分を忘れてしまうまで踊ろうよ。

さすれば、もろもろの自然の事物は宇宙の真実が表現されたものとなる

花も 

昆虫も

空の川も

小川も

我を忘れて 夢中で踊れば、全ては友達になる

全ては一個のいのち 全ては友達、一個の明珠

それが分かれば、異星人の価値観も変えられる

そして、鉱毒も消え、清流がよみがえる」

 

                                                                    [つづく ]


                                                            久里山不識

      

 

 

 

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銀河アンドロメダの感想 4 (異星人)

2018-08-19 15:52:52 | 文化

今日は午前中、パソコンのトラブルを直すのに三時間もかけてしまった。パソコンはうまく動いている時は、魔法のような器械だと思うが、トラブルが起きて中身を見ると、物凄く奥が深い。いつだったか、この仕事をしていて、過労自殺した若い女性のことを思い出した。気の毒なことだと思った。かなり優秀で若いのに、期限付きで慣れない仕事をやれば、トラブルもおきるかもしれない。おきたら、この奥の深いパソコンの森の中に足を踏み入れなければならない。森なんて、そんな情緒のある所ではない。川もないし、花も咲いていないし、美しい鳥の声も聞こえない。

あるのは人類千年の理性だけで編み出した針金でつくられたような神経細胞が縦横無尽に走り回っている。へたな所を動かせば、トラブルはさらに大きくなる。その上、直すのがいつまでという期限がつく。寝る暇なんかない。 

そのうえ、上司のパワハラがくる。パワハラと思っていないで、指導だなんていうから、始末が悪い。

 

パソコンから、離れてこの二十年、三十年の世の中の進歩を見ると、人類はいい方向に進むのだろうか、いい方向に進んで欲しいという祈りみたいなものが湧く。

 

分かりやすい所から例をあげれば、携帯電話。今はスマホ。

いつの頃だったか、道を歩いていたら、大きな声で独り言を言っている人がいる。

あれ、このストレス社会で、少し頭をやられてしまったのかなと思った。しかし、それから、しょっちゅうそういう場面に出くわし、それが携帯電話というものであることが分かった。喫茶店で一人で話しているのが何かの即興劇のように面白く思われた時代があった。

 

ノートパソコンだって、私が最初に買ったのは四十万円もした。その前はワープロ時代だ。カメラだって、私がヨーロッパ旅行に持っていたのは十五万したミノルタのフイルム写真。

デジタルは最初に八万で買ったが、今から見れば、玩具ぐらいの性能しかなかった。

 

まあ、こうして進化するのは沢山のいい面を持つ。科学技術の発達の進化は素晴らしい。

 

ああ、そうほめてだけいたいのだが、そうもいかない。

軍事技術にそうした科学技術が使われているからだ。キューバ危機には人類破滅の寸前までいったという。最近では、宇宙軍をつくるなんて、アメリカの大統領が言っている。中国の軍事技術の進化もあと、十年したらどうなることだろう、と思う、

 

私の物語で、魔界とか魔王メフィストとか、魔とかいうものを出してきて、何か人類はそうしたものに引きずられているのではないのかという心配を象徴的に表現してみた。

 

異星人を持ち出してきたのはそこまで恐ろしいことは考えなくとも、人間は善と悪を両方持っているのではないかと日常的に経験することだ。

異星人程度の悪なら、人間の努力でなんとかなるし、法律で防げるという見通しがついてきた。これもフランス革命以来の人類の長い努力のおかげだ。

 

しかし、魔界はそうはいかない。最初に魔界に囚われの若い女で魅力的な女を出し、

それが愛によって、崇高な変身をとげるのはそこに人類の希望がかかっていると私は無意識に考えたのかもしれない。愛と大慈悲心が宇宙と人間の中核にあると、優れた宗教と優れた哲学は言っているのだ。

 

 

 

 

異星人

 

 並木道をさらに進むと、面白いベンチが見つかった。屋根のあるベンチである。

後ろに、立派なトイレがある。

そのベンチで鹿族の中年の男とうさぎ族の若い男は絵をかいている。

我々は興味を持って声をかけた。

中年の男は自分の家を持っているらしいが、若い男はホームレスだという。

話によると、若い男の方が絵ははるかにうまいというのだが、我々もそんな気がした。向こうに見える低い山を描いているのだが、どこかセザンヌを二人ともまねしているのかと思うほど、似ているような気がしたのは吾輩の目の錯覚か。

このあたりの伯爵は芸術、特に絵を好み、白壁に囲まれた町の中央の城のそばに美術館を置いている。時々、展覧会を開催し、入選した者には年金が支払われ、中でも優秀なものには名誉博士を与え、住宅などの生活が保障されるということだ。全国から集まる若者には、金のないものも多く、ホームレスも沢山になり、そういう者のためにも、ベンチには屋根がつけられ、万一のためにも、泊まれるようにしてある。(勿論、屋根のないベンチもたくさんあるが )   この国は大変温暖な気候なので、ホームレスが生きるのに困ることがないように、政治も自然もそうなっているという話だった。

中年の男は言った。

「わしは日曜画家になりさがったが、この男は才能がある」と若い男を指さした。うさぎ族の男は髭もそり、耳の長い所でやっとうさぎ族と分かるほど、顔が整い、服も小奇麗なブルーのトレーナーを着て、全体に清潔な印象を受けたので、我々は、ホームレスと聞いても信じられなかった。

我々は若者に数日分の食事代になるようにと、この国の通貨を渡したら、これまで書いた数枚の絵を見せてくれた。

 

その時、空で例の魔ドりがルリ、ルリリと鳴いた。皆、空を見上げた。樹木の指に数羽の魔ドリがいる。

「嫌な鳥が来たな」とハルリラが言った。

「そうですか。」と中年の男は「どうだい」と若い男の意見を聞いた。

「魔ドりは絵をかくには悪い時もあるけど、いい時もあるのですよ。何かインスピレーショーンみたいなものがわあーと吹き出すようになって、筆が動くのです。

 

 我々は絵をかいている二人と別れて、さらに歩いた。歩いている最中も、今のホームレス画家やゴッホなどの印象派の画家の話に花を咲かせた。

「魔界も物語に必要な時があるということかな」とハルリラは言った。

 

ゴッホの話は三人に人気があった。

「それだけの才能があっても、生きている間、認められない。信じられませんな」とハルリラが言った。

「それはきっと以前の絵の形式がいいという思い込みがあるからでしょ。新鮮なイメージで絵が創造されると、以前の形式しか知らない人には理解できないということはあります。こういう狭い視野で批判しようとする人はいつの時代にもいるものですよ」と吾輩は京都の主人のよく言っていた理屈を思い出し、同じようなことを言った。

「ゴッホは気の毒でしたな。この国のような画家を優遇する制度があって、御覧なさい」とハルリラはゴッホに盛んに同情した。

「ゴッホは物自体を見ようとして、それを書きたいと思った。それが彼の苦悩の一つであったのかも」と詩人、川霧は言った。

「物自体とは」

「物自体とは。例えばそこにある花そのもの、樹木そのものということです。それなら簡単で、分かりやすいかな。それとも、まだ分かりにくいかな」

「確かに花そのものを描く、誰でもやっていること」

 

 

 「でもね。キリストは野の百合の花は ソロモンの栄華より美しいと言った。その百合の花は、普通に我々が言う百合そのものとは違う。

真理【真如】の世界での百合の花なんですよ。

我々人間は物を見る時、脳の枠をつくり、それで見ている百合ですから、真理の世界の百合ではない、禅では主客未分の世界と言いますが、そうして見られた百合はソロモン王がつくった宮殿やその中のあらゆる豪華で華やかなものよりも百合一輪の方が美しいと言ったのです。」

「ゴッホの描いた椅子はそういう真理【真如】の世界の中での椅子なんですか」

「ゴッホがそれをめざしていたかどうかは分かりませんが、どちらにしても

椅子そのものを描こうとしたのでしょうが、彼の天才をもってしても、描ききれなかったのではないですか。それほど、真如の世界に入るということはむずかしいということでしょうね。昔の偉い僧は修行でそれが出来たということでしょう」

 

 

その時、大きさと形がカラスに似た茶色の鳥が吟遊詩人の肩に何かの液体のようなものを落とした。すると、不思議や、詩人の服が囚人服に変わってしまったのだ。

小さな穴がいくつもある太い黒い横縞の入った薄汚い黄色い服だ。

「魔ドリのいたずらだ。それにしてもひどい。着替えはないし」とハルリラが言った。吟遊詩人はそれほど困った顔をしていない。「魔界というのはあるようだね」

我々は詩人の言葉に呑気さを感じ、感心したが、しばらくその並木道の所で立ち止まり、ああでもないこうでもないと話していた。

「どうしたんですか」と言う女の声があった。吾輩は驚いて、彼女を見ると、見覚えがある。邪の道を双眼鏡で見た時にブルーの服を着た若い女がいたが、その女ではないか。

「あら、あなた。川霧さん。囚人服なんて着て町を歩くと、皆から、変な目で見られますよ。この国は囚人には厳しい国ですから」と女は緑の目を光らせて言った。

彼女はいきなりポケットから、横笛を出し、不思議な音色の曲を流した。

不思議や、詩人、川霧の囚人服は消えて、元の美しい青磁色のジャケットになっていた。

「あたし、知路と申しますの。よろしくね」

我々があっけにとられて、いると、彼女は、そばにあった自転車に乗って、さっと消えてしまった。

我々はまた彼女のことをああでもないこうでもないと噂ばなしをして、歩きつづけた。ハルリラの結論では、あの女は川霧が好きなのかもしれないが、気を付けた方がいいという話だった

やがて、土蔵や焦げ茶色の家が並ぶ所に、高い時計台があり、その横に案内所があった。そこを我々は中に入った。

案内所の中の壁に、大きな看板がかかっていた。

 

【異星人  よりの布告

価値観を変える株田真珠党に早急に入ることを歓迎する。 】

 

「あの看板は何だ」とハルリラが聞いた。

出てきた初老の鹿族と思われる背の高い男が説明した。

「つまりですね。株を配当して、金を集め、あの銅山を株式会社にしようとしているわけなんでしょ、株主には会社がもうかれば配当が配られるという風ですよ」

 

 

 「ふうむ。会社組織というのは既にあるというのは知っている。町のあちこちの看板に、会社の名前のついているのを見た。

しかし、株式会社というのは面白いアイデアではないか」とハルリラは言った。

「地球では、大変さかんですよ」と吾輩は言った。猫であった吾輩の主人の京都の銀行員の父親は株で億の単位で儲けて、京都の郊外に豪邸をかまえていると聞いたことがある。

「株式会社と言えば、我がテラヤサ国ではまだだが、隣のユーカリ国では、もう採用している」と初老の鹿族の男が言った。

「それを異星人が広めたというのかな」とハルリラが聞いた。

「そうですよ。そういうのって、異星人が広めたのですよ。でもね、わが国は伯爵さまがおられるから」

「伯爵さまはそういうの、嫌いと思っているのかね」とハルリラが言った。

「さあ、好きではないでしょう。我々庶民の多くはそう思っていますよ。伯爵さまは神々のいる町を理想としていらっしゃるから」

「神々のいる町とは」

「うわさでは、清流に木の水車を置き、町の家々に電気を送るというような自然そのものを大切にした町づくりだそうだ」
「水車で電気をつくる。いいね。株式会社そのものも面白いアイデアだと思う。その会社が有望だと思って、お金を投資し、伸びれば自分も配当をもらえる。経営者は工場をつくったり、機械をつくったりして、会社を大きくするには、資金が必要だ。そういう金は株主から集められる。中々、合理的ではないのかね」とハルリラは言った。

 

 「会社というのは生き物なんですよ。恐竜みたいになってくると、貪欲になる。こうやって、よその国の惑星にまで入ってきて、鉱山や工場では、よその惑星だからと言って、遠慮もなく、労働者をこき使う」と初老の鹿族の男は話し、さらに続けた。「安い賃金で長時間、働かす。

住宅はひどい所に住まわし、安くこき使う。もう随分と死者が出ているんですよ。

パワハラなんて日常的にありますし、過労死も、沢山あります。病気になるものもあとをたちません。新政府は異星人に何も言えない。なさけないですね。

株式会社は放っておくと、そうやって労働者を人間として扱わない。その方が会社の利益になりますからね。

そうやって、会社は大きくなり、儲けることを背後の株主も喜び、ギャンブラーのような心境になってしまうのですよ。株主もそうやって儲かるわけですから。

異星人がわがテラヤサ国に入ってきて、現にそういうことが、起きているわけです」

「確かに、過度の競争が株式会社を利益第一主義に追い立てることはあるし、それは良くないことだ。しかし、会社は働く人達のためにあるというもともとこのテラヤサ国にあった会社の理念をそのまま引き継げば、そんな心配は法律で規制すればいい」

「しかし、カジノと株式会社をセットして、異星人はわが国に輸出しようとしている。

異星人はカジノを貴族がやっていた歴史があるが、わが国はそんなことを許さないアニミズムの伝統がある。

わが国には邪の道と言われている所がいくつもあるが、議論の的になっている森林地帯がある。

 

 そこは熊族の祖先、熊と言う野獣の住処になっていることもあり、誰もよりつかない。熊の神様が、我々人間が入ることを禁止しているという信仰がある。

それを異星人は新政府に圧力をかけて、森林と熊を殺し、カジノをつくれと言っているのですよ。」

「それは魔界のメフィストのささやきのようにも聞こえる」とハルリラが言った。

「魔界? そこまでは考えていませんが、異星人の考えている株式会社と、あなたの考えている理想的なスタイルの株式会社とでは相当な違いがあるということですよ」

「お宅は中々の見識を持っているな」とハルリラは言った。

「私はスピノザ協会の会員なんです」

「ほお。スピノザ主義。わたしのもろもろの事物の中に、宇宙の真実が表現されているという信条と似ていて、大変面白い」と詩人、川霧が言った。

「スピノザ主義は拝金主義を嫌う。大自然の中に神を見るのですから。素晴らしい。その神の愛の意思の流れが我々人間になり、社会になっているのですから、我々はこの自然の法則の中で、社会の仕組みを考える必要があるのですよ。一体、熊の住む森林地帯に通じる道を我々は邪の道だなどと断定している。【確かにこの国にはいくつも邪の道といわれる所があり、本物の魔界【毒界】へ通じる道もあるかもしれないが、この森林地帯は違う 】

近代化路線が自然の法則にのっとって進化するためには、大自然にひそむ神の意思をくみとらねばならない。カジノなんてとんでもない。大森林も熊も一緒になって、我が国の発展を見守ってくれるような近代化が望ましいとは思いませんか。」

 

 吾輩にスピノザ主義の詩句が耳に響いた。 

「かぐわしい草花があたりに緑のじゅうたんとなる頃、美しい蝶が舞う。そして、樹木の上には梅の花から、桜の花へと、満開を楽しむと、それはやがてひらひらと地上に降り、土色の大地は雪が降ったように、白くなる。その白さの中に春のいのちのピンクが見えるのは何という美しさだ。スピノザの神はこのピンクのようなものだ」

 

美しい蝶は今、どこ

美しい鳥は今、どこ

ここはまだ平凡な並木道

雲は悠然と動いているが

川の向こうに城の壁が見え、そこに緑の樹木と果物が見える

ああ、その森と湖と町が混在した神秘な町に早く行きたいものだ

日暮れも近い

並木道に日差しにまぎれて夕べの香気がしのびよる

何故か、心は憂愁にひたる

ああ、ワインがあれば。

 

 

 

                                 [つづく ]

 

 

 

 

 

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銀河アンドロメダの感想 4 (高邁な志)

2018-08-15 14:03:14 | 文化

 ブログ村に昨日まで、小説家と散文詩の両方、入っていたが、小説家の方は都合で抜けた。

この二つが一緒になっていることに、不思議な気持ちを持っておられる方もおられたようなので、簡単な説明をしておこうと思う。

過去の小説家の中には名文家がいて、その文は散文詩というに相応しい。

永井荷風の「フランス物語」の文章は散文詩のように流麗である。

外国では、会話を詩で書いた人に、シェイクスピアがいる。

彼の有名な文をいくつか上げておくと、分かりやすいと思うので、いくつか書いておく。

三つの物語の有名な文章を書いてみる。これらは、みな登場人物の会話の中で言われる

言葉なのだ。

 

ヴェニスの商人

【ロレンゾウ】     月の光が、花々の上に、なんとやさしく眠っていることか。

ここに座って、音楽の響きに心を浸そう。

この夜のやわらかな静寂こそ、楽の音の心地いい諧調には またとなくふさわしい。

さ、おすわり、ジェシカ

ごらん。天空をびっしり満たしているあの星々、まるで漆黒の夜空にはめこんだ、

黄金の螺鈿細工さながらに輝いている。

その中で、今、君に見えているいちばん小さな星だって、

天使のように歌を歌っているんだよ、

瞳もあどけないケルビㇺの歌声に、

永遠に声を合わせて。

この地上に住むぼくら人間にだって、不滅の霊魂のうちには、それほどにも清らかな音楽、

美しい調和が、じつは秘かに流れている。

けれども、やがて塵となって朽ち果てる肉体に包まれている限り悲しいかな、

ぼくらの耳には、聞こえないんだ。[安西徹雄氏訳 ]

 

 

 

 

ハムレット

【妃】   小川のふちに柳の木が、白い葉裏を流れにうつして、斜めにひっそり立っている。

オフィーリアはその細枝に、きんぽうげ、いらくさ、ひな菊などを巻きつけ、それに、口さがない

羊飼いたちがいやらしい名で呼んでいる紫蘭を、無垢な娘たちのあいだでは死人の指

と呼びならわしているあの紫蘭をそえて。

そうして、オフィリアはきれいな花輪をつくり、

その花の冠を、しだれた枝にかけようとして、よじのぼった折りも折

意地わるく枝はぽきりと折れ、

花輪もろとも流れのうえに。

すそがひろがり、まるで人魚のように川面をただよいながら、

祈りの歌を口ずさんでいたという

死の迫るのも知らぬげに、水に生い水になずんだ生物さながら。

ああ、それもつかの間、ふくらんだすそはたちまち水を吸い、

美しい歌声をもぎとるように、あの憐れないけにえを

川床の泥のなかにひきずりこんでしまって。それきり、あとには何も。(福田恒存 訳 )

 

 

 

マクベス

 明日、また明日、また明日と、時は

小きざみな足どりで一日一日を歩み、

ついには歴史の最後の一瞬にたどりつく

昨日という日はすべて愚かな人間が塵と化す

死への道を照らしてきた。消えろ、消えろ

つかの間の燈火! 人生は歩きまわる影法師

あわれな役者だ、舞台の上でおおげさにみえをきっても

出場が終われば消えてしまう。白ちのしゃべる

物語だ、わめき立てる響きと怒りはすさまじいが、

意味はなに一つありはしない

 

 

このマクベスの言葉はニヒリズムの極致。西欧では、キリスト教の神への信仰を失うと、こういう精神状態になる場合があるようだ。

東洋は違う、空海、最澄、法然、親鸞、日蓮、道元、白隠、良寛、白隠と素晴らしい精神文化を持っている。

それを、どうやって、現代に浸透させるかというのも、私の小説のテーマの一つとなっている。

 

 

 

 

3 高邁な志

 

 吾輩と吟遊詩人とハルリラが郵便局とパン屋のある所まで来ると、そこは薔薇の花に囲まれた小さな広場になり、三つの方向に石畳の路地が広がり、路地の周囲は赤や黄色や青や緑の壁と色とりどりの家が並んでいた。

 

さらに、並木道を歩くと、美術館ともホテルともとれるような建物の前に、地下街への入り口があった。その入り口の所に、レストランやカフェがいくつかあるという看板が立っていた。そこに二人の若い女と中年の女が並んで立っていて、どこの店が一番うまいか、どんな風にうまいかなどいう会話をしていた。

それが歌うように会話するのだから、面白い。

中年の女が「ここの蕎麦屋はうまいよ。のどにするすると入る時のうまさは極楽。そばは天下一品だよ」と言う。

その歌うような声に答えるような顔をして、若い女が言った。

「わたしの所のカレーはインドにも負けない」

「そば屋に並ぶのは中華。ラーメンは胃の中に入ったら、胃がウマ―イと言うほど」

「何。何。カレーと並ぶのはすしだな。ここのすしは海を泳ぐまぐろが目に浮かぶほど、新鮮。口の中にとろけるように入るのは最高」

こんな風に二人は歌うように会話して、宣伝しているのだ。

 

  我々は腹が空いていたので、赤い葉の樹木に取りかまれた建物のことも気になったが、ともかくめしだということで、地下街に降りて行った。そして、おしゃれなレストランを選び、中に入り、テーブルの前に腰かけた。

みな、それぞれ、自分の好きな食品を選んだ。吾輩の前に出たのは、柿に似た赤い果物と、ほうれん草に似た野菜のいためものと、魚はさんまのようなもので京都の秋の味覚のさんまを思い出した。ごはんには栗が入っていて、この味はカボチャに似ているような気がしたが、地球では食べたことのないという感触もあった。

吾輩の好きな果物は主食の合間にも少しずつ口に入れた。

味は地球で食べたりんごとも言えない、柿とも言えない、しかし両方に似ているような甘いかりりとするものだった。

ハルリラが注文したのは カレーだが、吾輩のイメージするのとは違って、色は緑色がかっていて、中には小魚が入っているみたいだった。

詩人はスープの中に野菜や魚が料理されているものを食べていた。

 

食べていると、耳の長いウサギ族の女の子が盆を持って、出てきて、それを落としてしまった。コップがいくつも載っていたから、かなりの音がして、ガラスが飛び散った。

一つ、かけらがハルリラの足元にも飛び散った。

その時の音が吾輩の耳に京都の銀行員の主人のよく聞いていたオペラ「セビリアの理髪師」のある場面を思い起こさせ、その舞台よりもオペラ全体の不思議な音色が耳に響いた感じだった。

オペラの中の女の「ああ、何の音でしょう」という声。男の皿八枚に、カップ八枚われてしまったというイタリア語の声を吾輩は思い出した。

そして、何故か、映像に映った指揮者の外観の面影が吾輩の頭にちらりと浮かび、目の前にいる吟遊詩人と似ているような気がしたのだった。

 

白いブラウスと紺のガウチョパンツ姿の女の子はあわてて、目の前のガラスを拾ってから、周囲に散らばったのも拾っていた。

その時、ハルリラは不思議なことをした。

一種の呪文を唱えると、飛び散ったガラスがみんな元にもどり、完全に回復して、盆の上に元のガラスのコップが並んだ。女の子は驚いたような顔をしていた。

 

 

 「不思議だ」

「うん。でも、完全ではありませんよ。割れたひびが模様になって残ってしまっている」

我々は見せてもらう。

不思議だ。確かに ガラスのコップはひびが入っていて模様のようになっているが、元のコップになっている。

「使えるの」

「使えますけど、長持ちはしませんね。しばらく使ったら、廃棄した方がいいと思いますよ」

「それにしても不思議だ」

「何をしたのですか」

「魔法ですよ」

 

 

 プランターに植えられた観葉植物の緑の葉がさわさわと揺れ動いていた。

「風もないのに」と吾輩は葉を指さした。

「わしの魔法ですよ。ハハハ」

「どうしてそんなことが出来るのですか」

「僕は魔法次元から来た男ですから。でも、これ、他の人に言わないでください。銀河鉄道のお客さん、特に地球から来た方へのプレゼントで言っているのです。一般的には喋らないんです」

「秘密。何故ですか」

「紳士道です。礼節が大切なのです」

「礼節ですね。確かにね。でも、この惑星ではまだ旅の始まりですからね」

うさぎ族の女の子は茶色のキュロットをはき、白いニットを着ていた。顔はリンゴのような赤さと白がまざりあって、目は大きかった。

「ガラスが我々のテーブルの下まで飛んできたのですよ。」とハルリラは言って、テーブルの下にもぐり、ガラスのかけらを見せた。

「これだけのかけらがこちらに飛んできて、さらに嫌な音をたてているのに、『すみません』も言わない。他に客がいないのにですよ」

「忙しくてうっかりしていたとか。もしかしたら、ハルリラさんの魔法に驚いたからでしょう」

 

「確かにね。もしかしたら、あの女の子は素晴らしい子なのに、毒界【魔界】の連中のいたずらなのかもしれませんな。そういうことも大いにありうる。」

「魔界の連中は姿が見えないのですか」

「わしのような正義をめざす剣士の邪魔をするのが好きな連中。わしの魔法レベルがまだ三段ですからね。メフィストの子分は透明人間で姿が見えないことの方が多いです」

「それでは魂が綺麗とかそうでないとかいうハルリラさんの錯覚ということですな」と吾輩は皮肉をこめて言った。

「いや、わが魔法界ではそういう判定法がはやっているのですよ。特にアンドロメダの惑星の旅に出た時はね。魂の色合いには、固定的なものはないけれど、常時輝いていて美しい人と、常時よどんでいる人とかあると思いますよ。美しい人も怒ると曇る。よどんでいる人も親切にしたり、微笑したりすると輝く」

「ふうん、面白い理屈だね」

「これは宇宙インターネットによると、地球では空海なんか魂が異生羝羊心という善悪をわきまえない迷いの心と動物的な所から、真理のあることを知り人に親切にするようになる愚童持斎住心という第二段階へとのぼり、さらに学び、階段を昇っていくように魂をみがき、浮揚していくとやがて自我に実体がないという第四段階になり、そうやって階段をのぼっていくと、最高の悟りの秘密荘厳心に至るという話が書いてあったけれども、これと符合するのではないかな」

 

 

 ハルリラはそう言って、美しい微笑をした。

 

城の周囲の町に入った途端の偶然のハプニングに、なんとなく変な気持ちを味わいながらも、外に出た。

 

並木道の道々、ハルリラは自分の志を話した。これは銀河鉄道の中でも、聞いた話だが、この道の話には彼の情熱がこもっていた。

平和な国づくりだった。銃も大砲も戦車もない国が理想だった。何故か、刀だけはいいようで、サムライ精神の重要性を言った。

そして、革命によって時代が変わり、新政府が憲法をつくっているが、それは良いことで、その中に平和の宣言とカント九条を入れるべきだと主張した。

「カント九条とは」と質問されると、ハルリラは目を輝かして説明した。アンドロメダ宇宙インターネットによると、多少の誤差のある情報ではあるが、天の川と言われている銀河系宇宙に、ある惑星があって、カントという偉人が出て、永遠平和の惑星をつくるべきだとして平和の提言をしている。噂によると、そのいくつもの提言の中の九条がまるでモーゼの十戒のような美しい響きを持っているという。なにしろ、戦争を否定し、武力による威嚇、又は武力の行使は国際紛争を解決する手段としては永久に放棄すると書いてあるそうだ。これを俗にカント九条という。

宇宙でもハルリラの知る限り珍しい考えである。ハルリラの希望は これを向日葵惑星のテラヤサ国の新政府にのませることだという。

 

それから、格差のない社会だった。ワーキングプアのない社会だった。価値観が金銭や競争にあるのでなく、いのちの美しさにある社会だった。エネルギーは自然エネルギーを応用するのを夢見た。水素エネルギーと太陽エネルギーが理想だった。神々が感じられる町。神々が小川にいる、道端にいる町、そんな国がアンドロメダ銀河にあったら、そこで仕官し、結婚相手を見つけ、家族をつくり、その惑星の発展に貢献して、またいずれ、魔法次元に返る気持ちだった。それがハルリラに託された使命だと思っていた。

 

 

 「カント九条は素晴らしい話だ。私はそれに福音を伝えたい。」と吟遊詩人カワギリが言った。

「福音とは」

「人間や宇宙の色々なことを考察していくと、空しいと思うことが多い。最終的に人は死にますしね。でも、人生には真実のものがある。」

「それは何ですか」

「そうですね。そこの薔薇の花を見なさい。自分がこちらにいて、客観的に薔薇があると見るのでなく、自分が薔薇になったと思うまで、じっと見ることですよ。そうすれば、本物の薔薇のいのちが見えるかもしれません。

それは一人一人が見つけるものです。

私が言えるのは永遠に確固とした価値のあるもの、それは不生不滅のいのちと言っても良いのでしょうけど、そういう風に言うだけなら、簡単なんですけど、それは物凄く奥が深く、理性がとらえられる範囲を超えているという意味で、人生そのものの航路の中で見つけるものでしょう。

私が言えるのはそういう素晴らしいいのちの実在があるということだけです。それは愛に満ちているのだと思います。それをこの目でしっかり確認したいために、私はアンドロメダの旅に出たのです」

「いい詩が生まれるといいですね」

「そうです。優れた芸術の多くはこの福音を表現したものだと思っています」

「では、セルビアの理髪師もそうですか」

 

 

 吾輩は京都の銀行員の主人がこのオペラが好きで年中聞いていたことをあのコップの割れる音で思い出したからだ。

「セビリアの理髪師」と吟遊詩人はつぶやいた。

「理髪師って、何でもできるというか、何でもやなんです。彼が出入りしている金持ちは姪の両親の死のあとの遺産と彼女との結婚を狙っていた所、若い伯爵がこの姪に恋をする。しかし、伯爵は伯爵というブランドのない生の自分をこの女性が愛してくれるかという不安があったのか、彼女の誠実な人柄を知りたくて、貧乏な男に変身し、求愛して成功するという物語だったね。

こんなどこにでもあるような喜劇の中に神秘な音色が流れる。これはたとえ音楽がなくても、我々の生きるという生活の中に既にある神秘ないのちが目にも見えず耳にも聞こえない音色が響いているということかもしれないね。それを音楽でプッチーニが表現したものではないのかね」

「平凡な生活の中に、既に永遠の神秘ないのちが流れているというわけですね」

「そう」と言って、吟遊詩人は笑った。

     

            [つづく ]

 

 

 

 

 

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銀河アンドロメダの感想 3

2018-08-12 15:19:53 | 文化

   魂があるかどうか、これは人によって意見が分かれる。ということは、西欧的科学では、そういうものは分からないということだろう。だから、現代ではそんなものはないと否定する方も多いと思われる。はっきり人間は霊であると宣言しているのは、スピリチュアリズムである。当然、魂もあるとする。シルバーバーチの本を読むと、人間は霊であると、書かれているだけでなく、その文章の迫力はすごい。何しろ、ある東大医学部名誉教授が推薦しているくらいであるから、迫力はすごい。ついでに言うと、ここの医学部の教室では、かなり前であるが、道元の「正法眼蔵」を翻訳しているくらいだから、西欧的唯物論より、「いのち」に対して独特の伝統があるのかもしれないと思いたくなる。薬学部の清水 博名誉教授は、科学と道元をドッキングさせておれるように、私には見えるので、尊敬と敬意を感じるので、さらに教授の学問を勉強したいと思っている。

私は道元の言われる「仏性」に敬意を抱くものであるから、こうした貴重な見解に魅力を感じるのです。

この私の小説に関係あるところにしぼって、思うと、魂と霊と仏性は似ているのかまるで違うのかということを一言、述べたい。魂と仏性ははっきり違う。一般的に言えば、魂は多くの人になじみが深い。つい江戸時代ぐらいまでは、人は魂となって、あの世に行くと信じられていたと思われる。仏性は悟らないと、分からないほど深い真理である。

聖霊と仏性は概念だけで比較すると、似ているというべきか、私にはそう思われる。

現在、科学の勢いがすごく、素晴らしい成果をあげているが、科学だけでは、いのちの秘密は解けない。とすると、魂があるほうに軍配を上げたくなる。そういう視点で小説は書かれている。

人間の社会には、色々なことが起こる。悪がある。あれを見ていると、魂には美しいのと、よごれているのと、あるのではないかという空想が羽ばたく。

空海は,人は動物のような状態から、宗教心に目覚め、しだいに高い真理に目覚めていく様子を描いている。他の仏教あるいは宗教も似たようなことを言う。

それに、普段のニュースで恐ろしい事件など見ていると、人は魂の状態を悪化させることがあるのではないかということと、逆に精神的な立派なことをする人を見ると、宗教のいうことはありうると思う。スピチュアリズムもこの世界を魂を磨く場所と言っている。

この小説でもそういう魂の状態を扱ってみた。環境も魂の状態に影響を与えるのではないか。

科学が発達してきたのは素晴らしいが、核兵器を生んだ。それに、最近のニュースでは、アメリカは宇宙軍をつくるそうだ。そんな風に色々の国が軍備を拡大し、その軍に科学を利用していけば、未来の人類は戦争を避けることが出来るのだろうか。軍備を均衡させて、平和を保つというのは理屈としては、分かるが、何かの切っ掛けで、戦争が始まり、それが第一次大戦のように止めれなくなると、もう人類は破滅に向かうという危惧を感じるのは多くの人が感じるのではないか。

人類を救うのは軍縮が正しい。そのためには話し合いが大切で、その土壌として、色々の国民が互いに互いの文化を知り、理解し、尊敬しあう関係になれば、軍縮が当然ということになろう。

 

 


2 プラタナスの街角

 そこの町は楕円形の城壁に取り囲まれていた。十万人ほど住むというその旧市街に入る前にも、旧市街のあるその丘陵地帯に達するまでのより低い平地を我々は歩かねばならなかった。馬車はあるが、そこの田園と住宅と街角のいりまじる中を歩くのも良いと思ったし、並木道や花壇のある美しい道が整備されていたので、我々はずっと歩く方針だった。

 

 花壇のある石畳の道をしばらく歩くと、小さな池のある所に出た。池には、鯉が泳いでいた。赤や黄色や黒いのや色々あって、空気は穏やかだった。そこからプラタナスの並木が続いている。

池のそばのベンチにタヌキ族の男が座っていた。目が大きく、その上に丸いメガネをかけて、丸顔である。温厚な青年だった。膝から下が細い美脚に見せるブルーのデニム風パンツをはき、長袖の緑のジャケットを着ていた。彼は我々を見ると、立ち上がった。

「あのプラタナスの並木は美しい」と彼は穏やかな調子で我々に言った。「それに、いたる所に、ベンチがあるし、地下水のあふれる水道がついているので、歩くのが楽しくなりますよ。

道に沿って、大きな川ではありませんが、清流が流れ、水車も見かける。これで電気を起こすのです。季節ごとに咲くこの土地ならではの花も沢山咲いていますからね、馬車でいくことも出来ますが、このアンドロメダ並木は健脚の人にはお勧めです。

城壁まではかなりありますけど、途中で一泊するホテルや宿屋もありますし、」

我々は礼を言って、プラタナス並木の道を歩いた。しばらく歩くと、ハルリラが「あのタヌキ族の青年の魂は色合いが明滅して、不安定ですね。青年期にはよくあることです。外見は普通でも、魂は進化しているわけですから、悩みごとがあれば、嵐にあった難破船のように揺れが激しくなり、色合いも変化するわけです」と言った。

「魂に色合いがあるのですか」と吾輩は驚いて、ハルリラを見た。

「あると言って良いのでは」とハルリラはにやりと笑った。

「七色のスペクトルのように、赤、緑、黄色、茶、白、黒とあるだけでなく、同じ赤でも咲き始めたカンナの赤のような綺麗な赤、薔薇のように魂を吸い込むような華麗な赤、よどんだ赤、輝いている緑、くすんだ緑」

「赤はカンナと薔薇だけなんですか。」

 

 「そんなことはありませんよ。これは譬えですからね。私はたまたま好きなカンナと薔薇を思い浮かべただけで、紅葉の赤も綺麗でしょ。夕日の赤もあるし、色々あるから、色合いというのです。

色というよりは、綺麗に輝いている魂とか、どんよりしているとか、宝石のようだとか、花のようだとか、それはもう色々たとえでしか、魂というのは表現できないのですよ。やはり嫌なのは汚い色合いのもが混じっているのは困りますよね」

「そんなものが見えるのですか」

「見える時もある。見えない時もある」とハルリラは笑った。「外見で判断するのはやさしい。外見ではまず言葉ですな。あとは礼節のある態度があるかないか」

その時、カラスがかあかあ鳴いて、飛び立ち、ハルリラの目の前に何かを落とした。

 

 「あのカラスは駄目だな」と言って、太刀を抜き、一瞬空を切ると、又、太刀を腰におさめた。

吾輩はカラスのことよりも、ハルリラの会話に少し、戸惑ったが興味も持った。

「私は綺麗な順に、魂をとりあえず百七十に分けていますよ。普通の人はだいたい百ぐらいのレベルを上下している。もちろん、同じ百でも、色合いは色々違いますよ。緑から、茶色、ブルーまで、あるのですよ。」

「そんな話は初めて聞いた」

「ただ、これも難しいことがある。魔界がいたずらに人の魂の中に入り、つぶやくことがあるのです。本人は自分がそういう悪いことを自分が思っていると。勘違いするのですが、実際は私の最も嫌う魔界の連中の独り言ということがある」

「悪魔のささやきというのは比喩としては聞くが、それにキリストも釈迦も悟りに入る寸前に悪魔の誘惑にあわれ、それをはねつけたという伝説も知っている。しかし、だからといって、そんな魔界を信じたことは一度もない」

「そうでしょうよ。私も魔法次元で学んだことですよ。ですから、宇宙インターネットで知ることの出来る地球の空海のような高尚な分け方ではありませんがね。我々の魔法次元でもこういう魂も分け方に反対する人も少数ですが、いましたけれど、この百七十の分け方が一般的なんです。噴水の所にいたあのタヌキ族の若者の魂は百三十から九十の間を揺れ動いています」

 

 「まるで血圧みたいですね」

「血圧ね。いいかもしれませんね。ただ誤解してもらっては困るのは、血圧は血圧計ではかることが出来ますが、魂のレベルは器械ではかれないということです。原理的に目に見えない数字なのです。それに魂は百とか綺麗に線で切れるものではありません。ある種の厚みがあるのが普通です。愛と憎しみが恋人の中にあるなんて話はよく出てくるでしょう」

「なるほど」

「私が何故、こんなことを持ち出したかというと、あの青年は外見は高雅でしょう。まあ、魂レベル百三十以上はあると思われるのに、何かそうでないものでひどく不安定に見えたので、そういう推理をしているわけです。この惑星の人たちの最初の人物観察ですよ。だって、この惑星にどんな人達が住んでいるかで我々の旅の様子も変わってくるわけですからね」とハルリラは言った。

それに対して、吟遊詩人カワギリが厳しい表情で、反論した。

「私はそういう風にいのちを見るのは好きではない。いのちは数字で分けるなんて、とんでもない。

確かに、魂は明滅しているというのはたとえとしては面白い。あるようなないような存在ですし、消えたと思ったら、どこか別の所で、花を咲かせるということもあるのかもしれない。

綺麗に咲いたものはそうやって、移動する時にさらに輝いて移動する。

これもポエムとしては素晴らしい。

魂には確かに優れたのと、そうでないという差はあるかもしれないが、それは固定したものではないのですから」

「それはそうです。ですから、わしも血圧の数字に変動があるように魂にも変動があると言っている」とハルリラは笑った。

 

 「いのちというのも、魂も数式であらわすべきでない。いや、数式が作る魔訶不思議な世界をさらに超越した不可思議なカミのようなものだ。魂は若々しく光のように輝いているのが良い。確かに、ハルリラさんの言うように、灰色の雲におおわれているとか、時に黒くなるとかなるのはまずい。ともかく、数式であらわすのは、魔法次元の文化ではないかな。」

「吟遊詩人といえども、わし等を侮辱するとは、ためになりませんぞ}

ハルリラは刀に手をかけた。

吟遊詩人は笑った。

「おぬしは仏性だぞ。それに気づかないで、まだ、刀なんかを振り回す愚か者か」

「私が刀に手をかけたのは冗談ですよ」ハルリラははっとしたような顔をして、「仏性とは、何だ。それは。初めて聞く」

 「不生不滅のいのちとでもいうのかな。本来、言葉で言い表せない。人間と大自然そのものですよ。一個の明珠です」と吟遊詩人は古びた木のベンチに落ちていた赤い実を指さした。ベンチの背後に巨木があって、そこに沢山の赤い実がなっていた。「今、私とあの赤い実は分離していない。ですから、あの赤い実は仏性なのです。私のいのちなんです。つまり、赤い実の赤もその間の空間も小鳥のさえずりも皆、一個の明珠で、仏性なんですよ。いのちなんです。これは数式で現わされると、骨だけになってしまう」と吟遊詩人が言った。

「世界は数式であらわされるという考えもある」とハルリラは言った。

「そうではない。物質系だけみていれば、そう見える。しかし、ひとの大いなるいのちは数式ではあらわせない。いのちは仏性だから、不生不滅で、もっとしなやかな愛に満ちたものさ」

「魔法次元では、そういうことは教わらなかった。やはり旅はいいものだ。おぬしみたいな人間に出会えるからな」

 珍しい議論を聞いて、吾輩は胸がときめくのを感じた。

  

 並木道の外側の広い道路には、時々何かが走り去る音がする。

その内に馬車の他に、車のような大きな不格好な四角い物が灰色のガスをもくもく出して、走っているのをみかけて、ハルリラは言った。

「まずいな。あんな物が走っているとは」

確かに、馬のいない馬車のような乗り物が動いているので何だか奇妙である。

猫である吾輩の飼い主である京都の銀行員のスマートな自動車とは大違いである。

その車の窓から見えるのは、野球帽をかぶったウサギ族のおっさんが物凄く金持ちなのか、指にダイヤの指輪をして、首には宝石のいくつもついたネックレスをしている。

目は丸く、この世の極楽という顔をして鼻歌を歌いながら、運転している。

 

「神々がいるような美しい町もよほど対策をきちんとしないと、小悪魔の沢山住みつく嫌な町になってしまう。」とハルリラは言った。

 

「車もいずれ進化しますよ。はやく移動できて、いいじゃないですか」と吾輩が言った。吾輩は京都の主人が車を運転する時は、たいてい乗せてもらった。その快適さと速さに随分と感心した記憶を持っている。

「発達のしかたと、町のつくりかたによるよ。 地球でもうまくやっているところと、そうでないところの差はかなりある。

うまくいってない所は、空気が汚れて、息をするのも大変な町もあるという。それに、交通事故もね」

  

 「日本を知っていますか。あすこはうまくいっていますよ」と吾輩は言った。


「それは、猫だから、そんなのんきなことを言っていられる」とハルリラは言った。

吾輩はハルリラだって、猫族のくせにと思った。ただ、彼の先祖は猫でも、ヤマネコかチーターに属しているのではないかと思うこともあった。やはり、彼の敏捷な身体の動きは普通の猫を上回るという気持ちから、そんな妄想を抱いたのかもしれない。アンドロメダ銀河では、多くの動物はヒト族に進化していると聞く。この惑星でどんな動物がヒト族になりどんな民族をつくりあげているのか、どんな風に生活しているのか、興味あるところである。

「地球という惑星には静けさ、澄んだ空気があるかね」とハルリラが聞いてきた。

「山や里山には、ありますよ」

「車はね、排気ガスを出す。それに、ここの惑星の車は青銅でできているから、鉱毒の問題も起きる。確かに、車は便利な乗り物になる。ただ、量が多すぎると、交通渋滞や事故、歩行者、特に子供は常に車を意識しないと道を歩けない。これは子供の精神の健康にも何らかの影響をおよぼす。わしは、ここの為政者にそれを進言する。今なら、まだ間に合う」

 

「最近は地球でも、歩行者天国の良さがみとめられてくるようになってきましたね。科学技術はプラス面とマイナス面がありますよ。便利というのがプラス面だとすると、核兵器などはやはり、廃止に持っていかねばならないマイナス面でしょう。私が銀河の旅に出たのも、広島に行って資料館を見てショックを受けたことにあるのです。アメリカ人の祖父があの太平洋戦争で何をやったか、聞かされてしまいましたからね。ショックでした」と吟遊詩人が言った。

吟遊詩人は日本人の母とフランス系アメリカ人の父の混血だったことを思い出した。

その時、例の青銅の車がプラタナスの並木の外側の道を通り過ぎた。

「そうさ。マイナス面。銅そのものは貨幣にもなる。便利なものだ。しかし、掘り出す時に、鉱毒をだす。困ったことに、この向日葵惑星のテラヤサ国では、鉱毒を出す大銅山を異星人が占拠しているというからな」とハルリラがぼやいた。

 

 青空の下には、木造のビルが見える。高くはないが、三階、五階、時に十階ぐらいの木造のビルだ。多くがブルーや赤や緑や黄色の壁であるが、木目がはっきり分かるので、木造と分かる。低いビルはたいていバルコニーが付き出て、薔薇などの華やかな花のある花壇が見える。そうした家並みの向こうに、緑の丘陵地帯が見える。茶畑や野菜畑が広がっているようだ。その上が城壁に囲まれた町だ。

突然、吟遊詩人カワギリ【川霧】がヴァイオリンを奏で、微笑してベンチに座った。

彼は歌いだした。

 ああ、波うつ丘も畑も緑に包まれて

 青い空に緑のじゅうたんの町は 今 我らの歩く道

 さあれ、城壁の向こうには 君待つという声あり

 人生は一瞬、薔薇の花のように、

城壁の門が美しく開くと良いが

ああ、神々の愛の哄笑が聞こえてくる

  

 

            久里山不識

 

 

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