空華 ー 日はまた昇る

小説の創作が好きである。私のブログFC2[永遠平和とアートを夢見る」と「猫のさまよう宝塔の道」もよろしく。

青春の挑戦 17 【小説と詩】

2021-12-17 13:22:50 | 文化


17
「宇宙人のこと、少し耳にしていますのよ。でも、あたし、ああいうの、あんまり信じていませんの。それで、自然とそういう話も私の耳に届かなくなっておりますのよ。
何かあったんですか」
彼はここで、宇宙人と出会ったショッキングな出来事を話そうという気持ちもあったのだけれど、彼自身にもあれはAIロボットではないかという疑いの心がある。そういう迷いの心の中で、口は先ほど話す準備をしていたウネチア物語に触れるような形で、話を進めていた。平和産業では、この宇宙人対策のために、平和の使者を町に送る準備をしていることを話すのも、何故か躊躇する気持ちがあるのは松尾自身にも不可解だった。
「ええ、そのことを話す前に、ウネチア物語の続きを話しましょうよ」と彼はちょっと笑って言った。
彼女も微笑した。
「今のヴェニスが温暖化問題で、悩んでいることはご存じですよね」
「ええ、聞いてはいますけど、それほど詳しいわけではありません。温暖化は地球の所をかまわず襲うのですよ。日本では、豪雨などにも見られますし、ヴェニスは世界の宝石のような町ですから、世の中の人の注目を集めるのでしょう」
「そうでしょうね」
「ウネチア物語は面白くなるという予感がありますの。あの物語はどんな構想で話を進めていたのですか?」
話題は、心の隅に置いてあった所に、再び戻ってきた。彼女がこの話を好むのは二人の最初の接触が文学とその映像化にあったからだと松尾は思った。
彼女の書いた物語とその映像化は何度も鑑賞している。

「ウネチア物語というのは 確かにウネチアという架空の星Mのある面白そうな町を舞台にしていて、それは地球にあったイタリアのヴェネチア共和国に似ていている話なんですが。

最初の方は以前お話したと思いますが、覚えておられますか」
「ええ、確か、楽園のような星RVに住む学者の話という形で始まったと記憶しています」
「そうそう、地球とそれによく似た惑星Mとの比較歴史を専攻している学者です」
「だいたい覚えておりますわ」
「記憶力、抜群ですな」
彼女は微笑した。
「どこまで話しましたっけ?」
「じゃ、あたしの記憶していることを話しますね」
「ええ、お願いします」
「この学者さんは確か、地球人類の歴史を勉強しているんですけど、いつの頃からか惑星Mにも興味を持つようになった。理由はMに地球のベネチア共和国によく似たウネチア共和国を発見したことにあるんですね。このウネチアが大変 面白い。そうでしたよね」
「ええ、まあ、そうです」
松尾優紀はアリサ夫人が自分の話をよく覚えていてくれたのがうれしかった。
「それでこのウネチアの中身は温暖化問題を扱っている。今のヴェニスもそうですよね。高潮で、既に冬には水があふれていた。それが、今は、町の中を歩くのに、腰まで水がくることもある。」
「その通りです」
「そしてこの学者が住んでいる星RVというのは未来のエネルギーとして話題になっているマグネシウム社会なんです」
海水から水と塩を除けば、マグネシウムになり、石油の十万年分のエネルギーがあり、リチウムの七倍というキャッチフレーズを松尾は思い出していた。早くから、こういう素晴らしいものに目をつけていれば、原発なんかつくらなくても済んだのだと思うこともあった。
「ああ、マグネシウムって、エネルギーになるのですってね」
「え、まあ、僕の物語は未来の良い所を先取りしているので、一応、構想としてはそういう素晴らしい科学によって楽園となっている所を舞台に設定したのです。星RVに住む学者が欲望の渦巻いたM星のウネチア共和国で、複雑な人間模様が渦巻いていることに興味を持つという風に話を進めているのです」
「そのあたりまでお話したということですね」
「ええ、そうです。この最初の詩の場面はあなたの映像詩からお借りしてみました。
これは仮の物語ですから、あなたからアイデアをお借りした最初の所は完成したら、削ります。よろしいですよね」
「あら、別に削らなくてもいいですよ。ヒントに使っただけでしょうから、いいんですよ。それよりも、どんな風に展開するのかの方が興味がありますわ」
「殆ど詩ですよ。叙事詩にしようと思っているくらいですから。その昔、どこかの惑星Mのヴェニスに似たような町のある所、オオカミが進化したような人類が栄え、そして滅びた物語を書いたのです。その一部をご紹介しましょう。

(poem)
なにゆえに こころは 乱れ迷い 君を思う
銀河 霧深き天空の波さわぐ所
名も知れぬ巨木の幹の黒の黒き肌に
いくつもの緑の葉が糸のように天に伸びている

しなやかな枝の伸びゆく空間のあたりにすみれ色の音がして
銀河の天空もオオカミ族の亡霊に満ち、狂えり
折しも かなたの星々の野原の上は
珈琲のにおう不思議なオオカミ族の跡

名も知れぬ巨木の年輪の刻まれた太い幹に
りこうそうなリス一匹悲しき笛を持って立つ
珈琲から立ち上る白き蒸気はゆらゆらと幻となりて
そこに昔の雄々しき君ありし

春のさわやかな風が吹いているというのに、何故悪があるのか
我々は仏性の海にいるのだ
山も森も川も仏性のいのちの現われと聖人が言われたではないか
なのに、何故、悪だの亡霊だのがあるのだろうか

庭には、様々な形と色をした花が咲いている。
色々な形の昆虫がいる。蜜を集めに来ているようだ。
仏性は真理そのものだ
花も昆虫も大地も仏性のいのちの現われだ
オオカミ族が滅びたのは仏性という霊性を見ようとしなかったからではないか

空には白い雲が流れ、鳥の鳴き声が聞こえる。
いのちの朝日と永遠の夕日の美しいこと。
あの赤と燃えるような色の混ざった神秘な色

そうだ、この世は色と形と音で埋まっている。
科学では、物に反射した光が目に入り、電気信号になり、
脳神経細胞の神経が波長の長さで色々な色を感覚とうけとめる。
そうしたクオリアは色だけでなく、形も音も同じ。

そんなありふれた説明は証明されたのだろうか

感覚器に送られた電気の波長を色と感ずるとしても、不思議なことではない
電磁波とハートをくっける魔法のノリは仏性のいのちそのものだからだ。

確かに脳の電磁波がハートになるというのは大きな飛躍のように見える
オオカミ族はこの飛躍に混乱した

海も山も川もすべてのものが仏性である。そのことを忘れたオオカミ族の末路は哀れだった
仏性とは真理である。
全ての現象に、真理が現われているというのが昔の偉人が悟ったことだ。
仏性のいのちがあってこそ、山や海や川などの森羅万象は現われる。
主客未分の世界、そこは一個の明珠で仏性という真理が現われている

だからこそ、ヴァイオリンの音楽はかくも燃えるのだ
音楽にあのような神秘な深みが生じるのだ。
だからこそ、花はあんなに美しいのだ。昆虫の蜜を集めるためのおびき寄せというのは理屈だ。
あの美しさは仏性の働きがあるからだ

花の色を見、小鳥のさえずりを聞きながら、森羅万象が真理であることを忘れ、宴会で騒ぎ立て、恐怖の武器を発達させていたオオカミ族よ、仏性そのものを見るのは自我を無にする修行が必要なのだ

虹が真実であり、幻のような夢も真実であるように、現実世界も幻のようなものでありながら、真実であり、みな仏性の現われだ。そのことを忘れたオオカミ族は悲しい

座禅をする。只管打座だ。あるいは瞑想。
身体と光と空気と風景は一体になる。法身の世界だ。
それすらせず、科学の繁栄した豊かさにおごり、武器を異常に発達させていたその天の罰なのか、それは厳しかった
身体の内部はこくこくと変化しているけれども、
その見事で精緻な細胞は見事なからみあいの中で新陳代謝をおこない、生きている。
それ故にこそ、座禅の中で呼吸がいのちのシンボルとなる

そのことを忘れたオオカミ族は悲しい
銀河の天空もオオカミ族の亡霊に満ち
折しも、かなたの星々の野原の上は
珈琲の匂う不思議なオオカミ族の墓
ああ、栄光の日は過ぎ去り
幻影の亡霊となりて
あでやかに浮かび立つ悪の舞台
何ゆえにわが心かくも乱れ君を悲しむ
    
【つづく】
     
 [久里山不識 ]
仏性を他の神聖な言葉に置き換えることは出来ると思います。今は仮に、道元の使う「仏性」をお借りしているとお考え下さい。
道元の「正法眼蔵」は古典の中でも、難解な本として、有名です。その本をヒントに書いた詩ですから、ある程度、分かりにくくなるのは仕方のないことでは。詩を分かりやすいものしか読んでない方にはリルケとかそう簡単でない詩があることも、知って欲しいと思います。人類の危機の時の価値観の問題を考えている詩なので、ご理解願います。


それから、色々の都合により、小説「青春の挑戦」は、しばらくお休みさせていただきますので、よろしくお願いします。

「霊魂のような星の街角」「迷宮の光」(アマゾンで電子出版)


青春の挑戦 16

2021-12-12 10:16:59 | 文化
16
この町への平和の使者を派遣する準備の作業を進めている間に、松尾優紀はアリサ夫人から、会わないかと声をかけられた。アリサの父の寺の修行で、時々会っていただけに、改めて外でというのは珍しかった。映像詩の制作作業でも色々アドバイスをもらった。それだけに、密会めいた会い方に何か普段とは違うことで話したいことがあるに違いないという感じを持った。
 
 山岡市の駅前ビルの喫茶室で松尾はアリサと会った。尾野絵市は松尾の育った町でもあるし、奈尾市はアリサの住んでいる所である。近接したその二つを避けて、Zスカルーラのあるこの場所が会う場所に選ばれたのはやはり意味があることなのだろうかと、松尾優紀は考えた           
              
松尾とアリサ夫人の話題はいつも映像詩と文学と禅の話だった。平和への映像詩は平和産業の一部であり、仕事であり、アリサの一番関心を持つ分野でもある。
アリサは色々な方面から、松尾を指導・応援してくれた。それに答える形で、彼は小遣いの多くを本代に使い、その知識を彼女の前で披露することもあった。
「全く、温暖化と核兵器の脅威は現代文明の癌細胞ですな。放っておけば、どんどん増殖するばかり。温暖化の歯止め、反核運動や反公害運動はもっと盛り上がってもらいたいものです。」
彼女が微笑すると、勇気づけられたような心理になり、彼は次のように言うのだった。
「 秩序ある物質は、無秩序なものに必ず変化していくというわけです。その中で生命というのは秩序をつくる。この働きの中で生命は汚物を、機械は廃棄物を、原発は放射性廃棄物を、文明は消耗したエネルギーを、それぞれ周囲に吐き出していくという処理をやっているわけです。この処理を無視すると今日のような公害間題が顕在化してくるというわけです。
原発は放射性廃棄物が問題になるわけです。」。

良い映像詩もつくられ、ユーチューブに載せられ、かなりの人が見にくるようになった。それでも、こういう考えに反対する勢力や無関心派も根強いと思われた。温暖化阻止とか、核兵器廃棄の話は話があまりに巨大なので、これを世界に広げるには平和産業の力を借りても、まだまだ力量不足だった。
この日は松尾は宇宙人の話をしたいと思っていたが、アリサがそういう話を信用しないだろうと思っていた。
だからこそ、工夫して喋べらねばならないと考えていた。


二人とも詩を書いたが、その頃、松尾優紀はヴェニスが温暖化で水浸しになることをモデルにした町をテーマとして、小説を書いていて、その話をアリサに話していた。結局、その物語は完成することなく、松尾が社会に出てからは、忙しさの合間を縫って、少しずつ書いていた。そのためか、堀川の妻になったアリサに会うと、自然に自分の書いたヴェニスの詩句を思い出すのだった。


温暖化の悲劇がヴェニスの町を襲うという
水没しそうなヴェニスの町
水がからからになったヴェニス
どちらも、冬に起きるという

ああ、思い出のヴェニスはゴンドラが行きかい
古いビルの窓には真紅の花が飾られ
運河の水と青空は歴史ある迷宮のシンボル
ゴンドラは生活の足でも、楽しさはピアノソナタの音色のようだ
夢がある。希望がある。
町ではエネルギー問題があるようだけれど、
それでも昔ながらの今の生活
人々は中世のような服を着て
夏はビールを飲み
普段はコーヒーを飲む
どこにでもある生活だが、楽園に来たように何か楽しい
ゆったりした動きがあるからだ
スピードではない、自然を楽しむ歴史の建物があるからだ
ああ、ヴェニスよ、幾千の詩人が
ここを訪れ、真に生きる人達を見たことか

ああ、今そのヴェニスが危機にあるとは。

満月が照らす運河と歴史のビルはさながら美の蜃気楼
一切は色即是空、空即是色



この物語を作っている最中にも、ヴェニスには行きたいと思っていた。冬の名物、高潮で町が水浸しになる所があるという話は聞いていた。それでも、観光客が少ないということで、冬に行こうかとも思ったことがある。ところが、温暖化のせいで、冬の名物というよりは災害というレベルにまで、水が町中に浸透し、歩くのに長靴が必要ということになっているらしいと聞いて驚いた。

今までのアリサとの映像詩の共同作業の点からいっても、話題は似たようなものになるだろうと、予想していた。
それから、ここでアリサに会った時、思いがけない姿が彼の心に浮かぶのだった。高校時代の中野静子だ。

会社では、静子を見るたびに、島村アリサ夫人を思い出すのが、この日はアリサに会って静子の顔が幻のように、思い浮かぶ。何故だろうか。分からぬままに、アリサの夫である弁護士の堀川光信を思い出すのだった。結婚しているのだから、堀川アリサ夫人と呼ぶべきなのだが、優紀の心の中にそれに反発する心が動き、心の中では、旧姓の島村を使っていた。


そしてふとしたことから、静子とアリサが又いとこであり、遠い親戚関係にあったことを知り、何かうなずくものを松尾は感ずるのだった。


 最初に彼女の口から出たのは、夫の堀川善介が原子力発電所の件で美川に二度目の出張に出ているということだ。
奈尾市に地下水汚染の問題があり、さらにはルミカーム工業を誘致するという問題があるのに、美川に行くのは原発に何か問題が起きているということをキャッチしたからだろう。その原発の噂の真偽を確認するのは、堀川自身の脱原発の心情からも確認したいことで、工場誘致を断るためにも、奈尾市の誘致派を説得する上でも必要なことだと考えての出張だったのだろう。
ルミカーム工業は平和産業の親会社であり、松尾にとっては彼を引き立ててくれた船岡工場長が今は重役となっている会社である。
ただ、会社の上層部では、色々な葛藤があり、原発に手を出そうという勢力が大きくなって、船岡を困らしているということは耳にしていた。


その日の彼女は紫のスーツを着込み、胸に赤い花模様の入ったスカーフをしめて入ってきた。そして満面に微笑を浮かべ挨拶をした。
しばらく気候のことや近況の様子などについてとりとめのない話が続いた。
その中で、中野静子の話には花が開いたという趣があった。
「ええ、それにしても、あなたと中野静子さんが又いとことは驚きました」
「そう、遠い親戚ですから、普段は会ったことはありません。彼女のお父さまが会社を発展させている頃、あたしは父に連れられて彼女のお父さまにお会いしたことがあります。静子さんはまだ小さく子供でしたね。
彼女はヴァイオリンを練習していましたよ。中々上手なので、驚きました。
その時の中野静子の印象を話し、その後の父親の会社の倒産劇は厳しく、そのことが大学を中退し、今は平和産業に通っているいきさつだと話した。

今まで笑いで包まれていたアリサは急に顔を引き締めて話題をがらりと変えた。
「隣の山岡市にあるZスカル―ラの地下水汚染が奈尾市の井戸まできているっていう話、知っています?」とアリサ夫人は言った。
Zスカル―ラというのは  ルミカーム工業と並ぶこのあたり一帯の大手の会社であり、原発を持っていることでも有名である。
「はい、ちらりと聞きました」
「重傷患者が何人か出てしまいましてね。堀川がZスカル―ラの原発がある美川湾に調査に行ったことはご存知かしら」
「ええ、それもちらりと聞いています。調査に行きましたか。それは大変ですね」
「弁護士として、原発稼働に直接抗議する運動に意欲的なんです。あの原発はあちらの県にありますから、ただの弁護士の方が動きやすいということで、奈尾市長選の誘いを断ったいきさつがあるのです。。
でも、隣の山岡市のIT工場から出たトリクロロエチレンによる地下水汚染が私どもの町、奈尾市にまで侵入してきた責任を感じるとよく言うようになりました。いずれ、地下水研究所をつくり、地下水汚染対策に専念したいとも言っておりますわ。同時に脱原発運動に大きくかかわりたい、これは急ぐ話だというのです」
「堀川さんは驚いたのでしょう。山岡市の汚染がまさか地下水を通って奈尾市には来ないだろうと思っていた。」
松尾優紀はアリサ夫人の目をまっすぐに見た。思えば、この夫人には思春期の頃から、好意を持っていた。初恋だと思っていた。

松尾優紀は宇宙人の話を持ち出すのに、以前から書いていたウネチア物語というSF的発想法で書かれた小説の概略を彼女に言ったことを思い出した。内容も彼女にほめられたこともある。平和産業の近くに宇宙人が現われた話をストレートに出しても、彼女は肯定しないという直感があった。そこで、このウネチア物語を出すことで、現実に起きている宇宙人の深刻な話をしてみようと考えていた。

今は平和産業の仕事が忙しいので、途中で放りっぱなしにしてあるが、時たま原稿を見ることがある。アイデアが浮かぶと、原稿の横に赤のボールペンで書いておく。
「ウネチア物語を書いていると、最近おきた宇宙人のことが真実味を帯びてきます」
「宇宙人?」とアリサは目を丸くした。
松尾はそう言って、注意深く、彼女の反応をみまもった。彼女は一瞬、目を大きくみひらいて、その静ひつな瞳に一種の驚きの表情を浮かべた。それが彼には妙におかしかった。

【つづく】



青春の挑戦 15

2021-12-10 09:33:37 | 文化

15
次の日の価値観ルームには、黒板の前にある机に花瓶があり、赤い薔薇の花がいけられていた。椅子に座っている中野静子がいけたのだろうと、松尾は思った。この日はAIロボットがいない。
松尾は静子を見ると、不思議なことに、何かはっとするものを感ずるのでした。真珠のような瞳というイメージだけでなく、そのイメージに関連して、昔の思春期の頃の色々のことが思い出されるのでした。ただ、その日は若い頃の師である島村アリサにまつわる様々な出来事が絵巻物のように、広がるだけで、何かに焦点化することなく、前の日の続きを喋り始めたのでした。
「ユニカーム工業の社員の過労自殺に新しい情報が入りましたね。遺書によると、彼は宇宙人のことをユ―チューブに連載していたようですね。彼によると、宇宙人は人類には理解できない特殊な宗教を持っていたようです。
そのことに触れたことが原因かよく分かりませんが、SNSによる中傷と集団ストーカーに悩まされていたようです。集団ストーカーは動物をコントロールして使うとか考えられないことをやっていたので、彼の過労による幻覚説もあるとか。あの町には野良猫や野良犬やタヌキが出ますから、彼が家を出ると、かみついてくるというのです。なにしろ、遺書にはそう書いてあったそうです。彼は若者らしい体力がありましたから、怪我はしませんでしたが、これが宇宙人によるコントロールだというのです。お母さんによると、元々あった過重労働で疲労がたまっている時に、こうした奇妙なストーカーに悩まされ、自殺したというのです。
宇宙人は我々の平和活動を邪魔しようとしている噂もあります。こうした話が本当にあるとすれば、我々は彼らを説得しなければなりません。彼らは特殊な宗教を持って、自分達を善人と言っているが、愛がないということになります。
どんな立派そうに見える宗教も愛と大慈悲心がなければそれは本物ではありません」松尾は静子が目で微笑するのを見た。「それから、宇宙人の科学を見ると、邪悪なことにも使われているようにも思える。人類の科学も良いことにばかりに使われば良いが、核兵器などのマイナス面のことを考察すると、科学の恩恵にあずかれないで、社会の流れに取り残されてしまう人の問題も出てきますよね。今でも、格差というのはあるけど、それが大きく目立つように、富裕エリートと普通の人と貧乏でどん底の人いう風に物凄い格差社会が生まれてしまう可能性が生まれて、その過程で人を蹴落とすような愛のない社会になってしまう危険性があります。

だからこそ、価値観が大切なんですよ。人は禅の立場で言えば、生きているだけで奇跡なんです。生きているだけで、尊いのです。」
テーブルの真ん中には大きな花瓶があり、そこに薔薇の花が咲いている。
松尾は哲夫の質問に返事をしようと思った時、ふと薔薇に目を向けて、その美しさから、会社の前に咲いている大きな百合の花を思い浮かべ、そしてある言葉を思い出した。野の百合の花の美しさはソロモン王の栄華よりまさっているというような言葉だが、天啓のように、このキリストの言葉が浮かんだのだ。
同時に、アリサの父が道元とキリストの話をしてくれた、その話を思い出した。キリストは悟りを得た禅僧か天才的な禅僧のようだというような話だった。その話は、松尾にとって印象的であり、ある教会の教えによれば、神と聖霊とキリストは三位一体というのだから、キリスト一人だけを取り出せば、十分そういう風に言えると考えるようになった。
今、目の前の百合の花は蛍光灯の光の下で小さな宮殿のように、すくっと天の方に向いている。百合の花は水と光で生きて、これだけの美しさに輝いている。
「AIロボットと共に働くことにより、働く人は短時間労働で、今まで通りの給料をもらえるわけで、そこにはむしろ働く喜びが今まで以上に出てくるわけですよ。長時間労働を無くせるというわけです。つまり、働きたいだけ、働き、あとはAIロボットがやってくれるのです。そのために、普通の人はむしろ真の労働者になれるんですよ。必要なだけ働く、あるいは働きたいだけ、働き、あとは、AIロボットがやってくれるのですから。そのために、我々はAIを発達させているのでしょ。暇が出来れば、文化が生まれるのですよ」

松尾は自分の息に神経を集中した、彼が重要なことを言わなければと思った時の癖である。
「人間は生きているだけで、尊いという禅の立場、人は座禅をしている時は何もする必要がない。人はたいていの場合、あれをやらねば、これを目標にして頑張ろうと生きているのが普通。所が本当に大切なことは、息を吸うこと、吐くこと、歩くことつまり価値観が大切なのさ。労働も大切さ。禅では、掃除、料理が座禅と同じように、重要な修行と位置づけられている。現代社会はは不必要な過度の競争が激しくそのために人々は無理を強いられている。忙しいから、人間関係もとげとげしくなっている。これは戦争の芽になりますよ。」
 
こうしたことは、みな松尾はアリサの寺で学んだことだと彼は思っていた。
たとえ、AIロボットが実務能力的に人間よりまさるような時代が来たとしても、普通の人間は呼吸をしている。森羅万象を感じている。苦しみ、悲しみ、喜び、感動を味わうことが出来る。これが人間とAIロボットとの決定的な違いだと、松尾は思っていた。
「そうすると、悲しむこと、苦しむことも、人間らしさの一つというわけですね」と静子が言った。松尾は自分の思っていることを言われて、はっとして驚きの目で静子を見た。
「その通り。社会全体としては、AIロボットが活躍してくれるから、一人当たりの労働時間を減らすことができる。 つまり雇用を増やせる。
そうすれば、社会全体としても、雇用問題が改善される。雇用問題がいい方向にいけば、格差問題もいい方向にいくことが期待される。経済格差が少なくなれば、人間の苦や悲しみも軽減されると思うけど」

                 
数日して、平和産業の価値観ルームで、松尾優紀は澄んだ静子の瞳にはっとしました。

目の前の静子は何か寂しげで、かってのアリサの底抜けの明るさがないのです。それは、表情で分かります。


そして静子は不思議な詩を朗読しました。彼女は本を持ってないので、即興詩を創作し、朗読しているように思えるのです。
【音楽の中に街角がある。瑠璃色の宝石のように厚いガラスの中に明るい光線が、しみとおっていくように音楽があたりの世界を支配し、焚火の煙のようにゆらゆらとたなびく幻想的な霧の中に突然、水晶の塔のある町の広場が出現する。その神秘さ。
それは砂漠にみえる蜃気楼のようでもあり、又、南極に見られるオーロラのように美しくもあり、不思議な自然の美しさを見せてくれる。】

「どうです。」と静子は目を輝かした。
「不思議な詩ですね。それで終わりですか」
【音楽が脳細胞を刺激し、突然、目の前に瑠璃色の広場の姿が幻のように現われる。
その哀切の響きは、この町の崩壊を暗示するかのようにその美しい音楽性はどこか破壊的で、静かで、無力で町の虚無主義を暴露する
人々は何をして、働き、遊び、生きているのか、生きていることの意味を忘れ、
人と人との真のつながりを忘れ、感動を忘れ、享楽的に生きている姿。消費税なんて、決める連中は庶民の生活を考えていない。食品に税をかけるというセンスが分からない。と同じように、核兵器をつくるのも、意味がない。意味がないことに莫大な金をかけるのは愚かなことだ】
松尾は自分の書いた詩句の一部を思い出した。
「核均衡論は主張する。
同じくらいの核兵器を持てば、怖くて戦争できない。
はたしてそうか。
理性が万能ならばありうる。
歴史を見ると、理性は感情に動かされ、戦争が起きるのは証明ずみだ。」
そして、さらに思った。世界にある核の軍拡を続けていくなられば、核戦争は偶発戦争という形でいづれ起きる不安は充分にある。ならば、正しい道は平和産業の主張する全世界の核の廃止です。それが出来れば、莫大な金を福祉に回すことができると、当然のことを言っているわけだと、彼は思った。
「その通り」と松尾は微笑した。彼女も微笑した。
「君、私の音楽よ、音楽こそこの町の瑠璃色の菩薩の響かす喜びの鐘の音色だ。その時、人は。永遠の生命を思い出し。そこが人の故郷なのだということを思い起こすだろう」
松尾は笑った。そして、松尾は島村アリサのことを再び思い出した。彼女は堀川と結婚している。堀川は奈尾市の弁護士と活動している。彼女の住んでいる奈尾市と尾野絵市は隣同士の町である。
瑠璃色の大地に立ったアリサが、瑠璃色の空の下で美しい歌を歌っていたことを松尾は夢のように思い浮かべることがある。静子はアリサに似ているように思われたのは彼の錯覚と思われるが、彼の心は激しく揺さぶられ、あやうく涙をおとす所だった。

窓から、風のざわめき、鳥の鳴き声が聞こえる。


平和産業の会社の近くのコーヒー店。窓の外に広いスペースがあって、そこにいくつもの椅子が並べられているので、秋の陽射しを浴びながら、コーヒーを楽しむことが出来る。前は、車の通れない道になっていて、その向こうに洋品店やコンビニがあり、行きかう人の姿を見るだけである。
(夕日が窓のステンド・グラスに当たっている。
その時、円盤型のUFOが向こうの空からやってきて、彼らの前でとまった。不思議なことに、その周囲は小鳥がにぎやかにさえずり始めたのである。いつの間にか向こうの林から可愛らしい小鳥が来たのかもしれない。
「ところで、あの小鳥の鳴き声は。シジュウカラ、なのかな」
「いいえ。キビタキよ。」
キビタキと言えば、スズメくらいの大きさで、腹の方がオレンジ色で、可愛らしい小鳥だったのを若い頃何度か見たせいか、改めてここは自分の故郷、尾野絵の自然につながる場所なんだという感慨があったので、ふむと松尾は言った。
「平和産業は」とドローンが言った。「我々の将軍の言うことを聞くべきだ。そんなビジネスはやめろ。」
背後からドローンの数倍の銀色の円盤が宙に浮き、階段をおろし、人がおりてきた。背丈は百六十センチぐらいだ。目は丸く、銀色で瞳がない。肌は薄緑色だ。それ以外は人類と殆ど同じと言って良い。瞳はないが、丸い目の中に金色に光るものがある。そこに、松尾は知性を感じたが、ルミカーム工業の技術で、このようなAIロボットをつくり、宇宙人だと言えば、宇宙人と、人類のつくったAIロボットの区別は簡単でなくなる。彼の頭にそんなことがひらめいた。本当に宇宙人だろうかという疑問である。
「我々は善人である。地球人の魂は欲望に汚染され、汚れているのではないか。滅びるのが必然だ。我々は善人だから、戦争などする気はない。地球人が自滅するのを待っているのだ。それとも、我々のように、善人になり、友人となる気があるのかね」
「一人の将軍の功名心のために、何万という白骨が積まれたのが、戦争の歴史だ。」と松尾は言った。
「功名心、我々にそんなものはない。」とその緑色のヒトは言った。
「我々が思うのは、この美しい地球を使うのは我々のような善人にあるのか、それとも欲望にまみれて、争ってばかりいる地球人にあるのかということだ。この美しい地球が滅びることに手を貸すことに、熱心なヒトにはその資格はない。少なくとも、今の所はそう見える。
平和産業は温暖化を阻止し、核兵器を亡くすと言っているが、今だに、世界はそちらに動くどころか、反対につまり悪い方に向いている。
君達のやっていることは、ただのイベントに過ぎない。それで、金をかせいでいるのだから、我々の様な善人ではないと見る。どうかな。それとも、我々と手を組むかな」
そう言った途端に、薄緑色のヒトは円盤に戻り、音もなく円盤も去ってしまった。
「手を組む。どういう意味だ。人間の地球への愛は深いのだ。今は平和の時代。星が輝き、満月の照る夜、愛の歌が響く。このような美しい歌を歌う人がこの地上にいることだけで、この大地の素晴らしさが分かるではないか。
耳には、ヴィオロンの音色。ああ、もしかしたら、ここは浄土であるのかもしれないと思うこともある。こんな美しい所が我々の生きるそばにある。ここならば、永住できそうだ。戦争なんてものが娑婆世界にあるのは確かに邪悪なものがあるからだ。平和で戦争と災害さえなければ。そして、魂が宝石か花束のような美しさになっていれば、実現できる浄土。
小鳥の声、せせらぎの音、そよかぜの緑の梢を揺らす音。我々人類こそ、この地球を守り、子孫に美しい地球を引き継がないとね。地球を横取りしようとする連中こそ、邪悪ではないかと、松尾優紀は思うのだった。
             【 つづく 】



【久里山不識のコメント】
二十一世紀は一つの思想・一つの哲学・一つの宗教【信じるのは自由である】だけが正しいと考え、他は間違っているという主張をしていては、人類の危機を招く時代に入ったと思われる。核兵器などの兵器が発達し、経済や人々の交流が世界的規模になっているからである。お互いの立場を認め、理解し、共生していかねばならない時代になったという事である。学問的にはキリスト教と仏教の共通性などが、以前から研究されていた。
昔は、宮沢賢治のように、仏教徒であったり、内村鑑三のように、キリスト教の立場から、石川啄木のような歌人、詩人でも、社会主義思想で、創作や政治評論することも大いにあったと思われる。現代でも、それは同じと思うが、一つ大きなことを加えねばならないということだろうか。それは相手の文化の深い理解であろう。極端に言えば、道元の「正法眼蔵」の翻訳者である玉城康四郎氏のように、ギリシャ語で新約聖書を読み、釈迦の悟りとキリストの教えは同じというところまで、行けば宗教戦争はなくなるし、宇宙の真理がより明らかになるのである。これは、マルクス主義も同じ。唯物論哲学の物質の定義によれば、物質の唯一の性質は我々の意識から独立して存し、人間の意識によって模写された客観的実在ということになっているが、道元によれば、この物質は仏性の現われということになる。
キリスト教の影響の強いトルストイの考えによれば、キリスト教には原子共産制の考えがあったという。
こうした共通性に目を向ければ、人類は話し合いのテーブルについて、温暖化・核兵器をなくす取り組みの手がかりを得ることが出来ると思われるがいかがであろうか。優れた宗教・思想は全て、人類の文化を高め、人間の愛と大慈悲心を目覚めさせ、経済格差をなくすことを求めている。
コロナで厳しい状況にあるが、平和を守るには、互いの文化の深い理解と国際交流が今ほど、求められている時はないと思われる。


ところが、現実の世相はどうか。過労死なんて、もう何十年も前から問題になっている。働き方改革なんて、叫ばれて改善された所もあるのでしょうけど、まだある。それに、新聞記事で見ると、大手企業にもある。若者がつぶされるようにして、自殺する。経営の苦しい厳しい中小企業はもっと厳しくなることは容易に想像できる。
一年間の自殺者は二万人を超える。【三万人を超える時もあった】遺書がないと、自殺の数に入らないというから、実際はもっと多いという説も聞く。異常な数だ。
そうした厳しい社会のしわよせか、特に胸が痛むのは親の子供への虐待である。日本の中では、ごく一部にみられる社会現象に違いないが、これは数が少なければ安心ということにはならない、むしろ深刻な事件とも言える。私はユーチューブで、ピユーマの母親が猫以上に可愛いらしい目をした子供達を守るために、自分の三倍もある熊と戦い、追い払った場面を見て、感銘を深くしたことがある。動物はみな子供を守るのに、一部とはいえ、少なくない人間の親がそういう風に追い込まれていくことに、日本の危機を感じる。大人がそんな風だから、子供の世界でもいじめの自殺が問題になっている。
文明は進化して、一見豊かに見える社会なのに、精神の面では、衰えすら心配しなければならないだろうか。
これは、ネットだとかSNSを使ったいじめ、中傷、悪口に至ると、日本の一部に、倫理の崩壊があるのではないかと、心配になる。
だいたいそれほど、深く知っていない相手を周囲の噂に動かされ、一緒になって中傷する心の愚かさを感じる。間違った情報があたかも事実のように誇張され、広がっていく。そうした深く考えない人が増えている原因は何であろうかと考えざるを得ない。私は激しい競争と経済格差の増大と、価値観の崩壊にあると思う。情報化社会という二十一世紀特有のこともある。このまま行けば、人類の文明の行きつく先は気象温暖化・核兵器と合わせて考えると、暗いと言わざるを得ないのではないかと心配する。
競争よりも大切なものがあることを古典などを使って学校教育を立て直す必要があるし、政治面では、経済格差社会の是正であり、具体的には消費税を少なくする方向に持っていったりしなければならないと、思う。


ともかく、価値観の立て直しが必要ですよね。
ここで、パウロと仏教の有名な言葉を思い出すのも必要なことかもしれない。
【大慈悲を室とし、柔和忍辱を衣とし、諸法の空を座とす】
【あらゆる神秘とあらゆる知識に通じていようとも、愛がなければ無に等しい、 】