空華 ー 日はまた昇る

小説の創作が好きである。私のブログFC2[永遠平和とアートを夢見る」と「猫のさまよう宝塔の道」もよろしく。

銀河アンドロメダの感想 3

2018-08-12 15:19:53 | 文化

   魂があるかどうか、これは人によって意見が分かれる。ということは、西欧的科学では、そういうものは分からないということだろう。だから、現代ではそんなものはないと否定する方も多いと思われる。はっきり人間は霊であると宣言しているのは、スピリチュアリズムである。当然、魂もあるとする。シルバーバーチの本を読むと、人間は霊であると、書かれているだけでなく、その文章の迫力はすごい。何しろ、ある東大医学部名誉教授が推薦しているくらいであるから、迫力はすごい。ついでに言うと、ここの医学部の教室では、かなり前であるが、道元の「正法眼蔵」を翻訳しているくらいだから、西欧的唯物論より、「いのち」に対して独特の伝統があるのかもしれないと思いたくなる。薬学部の清水 博名誉教授は、科学と道元をドッキングさせておれるように、私には見えるので、尊敬と敬意を感じるので、さらに教授の学問を勉強したいと思っている。

私は道元の言われる「仏性」に敬意を抱くものであるから、こうした貴重な見解に魅力を感じるのです。

この私の小説に関係あるところにしぼって、思うと、魂と霊と仏性は似ているのかまるで違うのかということを一言、述べたい。魂と仏性ははっきり違う。一般的に言えば、魂は多くの人になじみが深い。つい江戸時代ぐらいまでは、人は魂となって、あの世に行くと信じられていたと思われる。仏性は悟らないと、分からないほど深い真理である。

聖霊と仏性は概念だけで比較すると、似ているというべきか、私にはそう思われる。

現在、科学の勢いがすごく、素晴らしい成果をあげているが、科学だけでは、いのちの秘密は解けない。とすると、魂があるほうに軍配を上げたくなる。そういう視点で小説は書かれている。

人間の社会には、色々なことが起こる。悪がある。あれを見ていると、魂には美しいのと、よごれているのと、あるのではないかという空想が羽ばたく。

空海は,人は動物のような状態から、宗教心に目覚め、しだいに高い真理に目覚めていく様子を描いている。他の仏教あるいは宗教も似たようなことを言う。

それに、普段のニュースで恐ろしい事件など見ていると、人は魂の状態を悪化させることがあるのではないかということと、逆に精神的な立派なことをする人を見ると、宗教のいうことはありうると思う。スピチュアリズムもこの世界を魂を磨く場所と言っている。

この小説でもそういう魂の状態を扱ってみた。環境も魂の状態に影響を与えるのではないか。

科学が発達してきたのは素晴らしいが、核兵器を生んだ。それに、最近のニュースでは、アメリカは宇宙軍をつくるそうだ。そんな風に色々の国が軍備を拡大し、その軍に科学を利用していけば、未来の人類は戦争を避けることが出来るのだろうか。軍備を均衡させて、平和を保つというのは理屈としては、分かるが、何かの切っ掛けで、戦争が始まり、それが第一次大戦のように止めれなくなると、もう人類は破滅に向かうという危惧を感じるのは多くの人が感じるのではないか。

人類を救うのは軍縮が正しい。そのためには話し合いが大切で、その土壌として、色々の国民が互いに互いの文化を知り、理解し、尊敬しあう関係になれば、軍縮が当然ということになろう。

 

 


2 プラタナスの街角

 そこの町は楕円形の城壁に取り囲まれていた。十万人ほど住むというその旧市街に入る前にも、旧市街のあるその丘陵地帯に達するまでのより低い平地を我々は歩かねばならなかった。馬車はあるが、そこの田園と住宅と街角のいりまじる中を歩くのも良いと思ったし、並木道や花壇のある美しい道が整備されていたので、我々はずっと歩く方針だった。

 

 花壇のある石畳の道をしばらく歩くと、小さな池のある所に出た。池には、鯉が泳いでいた。赤や黄色や黒いのや色々あって、空気は穏やかだった。そこからプラタナスの並木が続いている。

池のそばのベンチにタヌキ族の男が座っていた。目が大きく、その上に丸いメガネをかけて、丸顔である。温厚な青年だった。膝から下が細い美脚に見せるブルーのデニム風パンツをはき、長袖の緑のジャケットを着ていた。彼は我々を見ると、立ち上がった。

「あのプラタナスの並木は美しい」と彼は穏やかな調子で我々に言った。「それに、いたる所に、ベンチがあるし、地下水のあふれる水道がついているので、歩くのが楽しくなりますよ。

道に沿って、大きな川ではありませんが、清流が流れ、水車も見かける。これで電気を起こすのです。季節ごとに咲くこの土地ならではの花も沢山咲いていますからね、馬車でいくことも出来ますが、このアンドロメダ並木は健脚の人にはお勧めです。

城壁まではかなりありますけど、途中で一泊するホテルや宿屋もありますし、」

我々は礼を言って、プラタナス並木の道を歩いた。しばらく歩くと、ハルリラが「あのタヌキ族の青年の魂は色合いが明滅して、不安定ですね。青年期にはよくあることです。外見は普通でも、魂は進化しているわけですから、悩みごとがあれば、嵐にあった難破船のように揺れが激しくなり、色合いも変化するわけです」と言った。

「魂に色合いがあるのですか」と吾輩は驚いて、ハルリラを見た。

「あると言って良いのでは」とハルリラはにやりと笑った。

「七色のスペクトルのように、赤、緑、黄色、茶、白、黒とあるだけでなく、同じ赤でも咲き始めたカンナの赤のような綺麗な赤、薔薇のように魂を吸い込むような華麗な赤、よどんだ赤、輝いている緑、くすんだ緑」

「赤はカンナと薔薇だけなんですか。」

 

 「そんなことはありませんよ。これは譬えですからね。私はたまたま好きなカンナと薔薇を思い浮かべただけで、紅葉の赤も綺麗でしょ。夕日の赤もあるし、色々あるから、色合いというのです。

色というよりは、綺麗に輝いている魂とか、どんよりしているとか、宝石のようだとか、花のようだとか、それはもう色々たとえでしか、魂というのは表現できないのですよ。やはり嫌なのは汚い色合いのもが混じっているのは困りますよね」

「そんなものが見えるのですか」

「見える時もある。見えない時もある」とハルリラは笑った。「外見で判断するのはやさしい。外見ではまず言葉ですな。あとは礼節のある態度があるかないか」

その時、カラスがかあかあ鳴いて、飛び立ち、ハルリラの目の前に何かを落とした。

 

 「あのカラスは駄目だな」と言って、太刀を抜き、一瞬空を切ると、又、太刀を腰におさめた。

吾輩はカラスのことよりも、ハルリラの会話に少し、戸惑ったが興味も持った。

「私は綺麗な順に、魂をとりあえず百七十に分けていますよ。普通の人はだいたい百ぐらいのレベルを上下している。もちろん、同じ百でも、色合いは色々違いますよ。緑から、茶色、ブルーまで、あるのですよ。」

「そんな話は初めて聞いた」

「ただ、これも難しいことがある。魔界がいたずらに人の魂の中に入り、つぶやくことがあるのです。本人は自分がそういう悪いことを自分が思っていると。勘違いするのですが、実際は私の最も嫌う魔界の連中の独り言ということがある」

「悪魔のささやきというのは比喩としては聞くが、それにキリストも釈迦も悟りに入る寸前に悪魔の誘惑にあわれ、それをはねつけたという伝説も知っている。しかし、だからといって、そんな魔界を信じたことは一度もない」

「そうでしょうよ。私も魔法次元で学んだことですよ。ですから、宇宙インターネットで知ることの出来る地球の空海のような高尚な分け方ではありませんがね。我々の魔法次元でもこういう魂も分け方に反対する人も少数ですが、いましたけれど、この百七十の分け方が一般的なんです。噴水の所にいたあのタヌキ族の若者の魂は百三十から九十の間を揺れ動いています」

 

 「まるで血圧みたいですね」

「血圧ね。いいかもしれませんね。ただ誤解してもらっては困るのは、血圧は血圧計ではかることが出来ますが、魂のレベルは器械ではかれないということです。原理的に目に見えない数字なのです。それに魂は百とか綺麗に線で切れるものではありません。ある種の厚みがあるのが普通です。愛と憎しみが恋人の中にあるなんて話はよく出てくるでしょう」

「なるほど」

「私が何故、こんなことを持ち出したかというと、あの青年は外見は高雅でしょう。まあ、魂レベル百三十以上はあると思われるのに、何かそうでないものでひどく不安定に見えたので、そういう推理をしているわけです。この惑星の人たちの最初の人物観察ですよ。だって、この惑星にどんな人達が住んでいるかで我々の旅の様子も変わってくるわけですからね」とハルリラは言った。

それに対して、吟遊詩人カワギリが厳しい表情で、反論した。

「私はそういう風にいのちを見るのは好きではない。いのちは数字で分けるなんて、とんでもない。

確かに、魂は明滅しているというのはたとえとしては面白い。あるようなないような存在ですし、消えたと思ったら、どこか別の所で、花を咲かせるということもあるのかもしれない。

綺麗に咲いたものはそうやって、移動する時にさらに輝いて移動する。

これもポエムとしては素晴らしい。

魂には確かに優れたのと、そうでないという差はあるかもしれないが、それは固定したものではないのですから」

「それはそうです。ですから、わしも血圧の数字に変動があるように魂にも変動があると言っている」とハルリラは笑った。

 

 「いのちというのも、魂も数式であらわすべきでない。いや、数式が作る魔訶不思議な世界をさらに超越した不可思議なカミのようなものだ。魂は若々しく光のように輝いているのが良い。確かに、ハルリラさんの言うように、灰色の雲におおわれているとか、時に黒くなるとかなるのはまずい。ともかく、数式であらわすのは、魔法次元の文化ではないかな。」

「吟遊詩人といえども、わし等を侮辱するとは、ためになりませんぞ}

ハルリラは刀に手をかけた。

吟遊詩人は笑った。

「おぬしは仏性だぞ。それに気づかないで、まだ、刀なんかを振り回す愚か者か」

「私が刀に手をかけたのは冗談ですよ」ハルリラははっとしたような顔をして、「仏性とは、何だ。それは。初めて聞く」

 「不生不滅のいのちとでもいうのかな。本来、言葉で言い表せない。人間と大自然そのものですよ。一個の明珠です」と吟遊詩人は古びた木のベンチに落ちていた赤い実を指さした。ベンチの背後に巨木があって、そこに沢山の赤い実がなっていた。「今、私とあの赤い実は分離していない。ですから、あの赤い実は仏性なのです。私のいのちなんです。つまり、赤い実の赤もその間の空間も小鳥のさえずりも皆、一個の明珠で、仏性なんですよ。いのちなんです。これは数式で現わされると、骨だけになってしまう」と吟遊詩人が言った。

「世界は数式であらわされるという考えもある」とハルリラは言った。

「そうではない。物質系だけみていれば、そう見える。しかし、ひとの大いなるいのちは数式ではあらわせない。いのちは仏性だから、不生不滅で、もっとしなやかな愛に満ちたものさ」

「魔法次元では、そういうことは教わらなかった。やはり旅はいいものだ。おぬしみたいな人間に出会えるからな」

 珍しい議論を聞いて、吾輩は胸がときめくのを感じた。

  

 並木道の外側の広い道路には、時々何かが走り去る音がする。

その内に馬車の他に、車のような大きな不格好な四角い物が灰色のガスをもくもく出して、走っているのをみかけて、ハルリラは言った。

「まずいな。あんな物が走っているとは」

確かに、馬のいない馬車のような乗り物が動いているので何だか奇妙である。

猫である吾輩の飼い主である京都の銀行員のスマートな自動車とは大違いである。

その車の窓から見えるのは、野球帽をかぶったウサギ族のおっさんが物凄く金持ちなのか、指にダイヤの指輪をして、首には宝石のいくつもついたネックレスをしている。

目は丸く、この世の極楽という顔をして鼻歌を歌いながら、運転している。

 

「神々がいるような美しい町もよほど対策をきちんとしないと、小悪魔の沢山住みつく嫌な町になってしまう。」とハルリラは言った。

 

「車もいずれ進化しますよ。はやく移動できて、いいじゃないですか」と吾輩が言った。吾輩は京都の主人が車を運転する時は、たいてい乗せてもらった。その快適さと速さに随分と感心した記憶を持っている。

「発達のしかたと、町のつくりかたによるよ。 地球でもうまくやっているところと、そうでないところの差はかなりある。

うまくいってない所は、空気が汚れて、息をするのも大変な町もあるという。それに、交通事故もね」

  

 「日本を知っていますか。あすこはうまくいっていますよ」と吾輩は言った。


「それは、猫だから、そんなのんきなことを言っていられる」とハルリラは言った。

吾輩はハルリラだって、猫族のくせにと思った。ただ、彼の先祖は猫でも、ヤマネコかチーターに属しているのではないかと思うこともあった。やはり、彼の敏捷な身体の動きは普通の猫を上回るという気持ちから、そんな妄想を抱いたのかもしれない。アンドロメダ銀河では、多くの動物はヒト族に進化していると聞く。この惑星でどんな動物がヒト族になりどんな民族をつくりあげているのか、どんな風に生活しているのか、興味あるところである。

「地球という惑星には静けさ、澄んだ空気があるかね」とハルリラが聞いてきた。

「山や里山には、ありますよ」

「車はね、排気ガスを出す。それに、ここの惑星の車は青銅でできているから、鉱毒の問題も起きる。確かに、車は便利な乗り物になる。ただ、量が多すぎると、交通渋滞や事故、歩行者、特に子供は常に車を意識しないと道を歩けない。これは子供の精神の健康にも何らかの影響をおよぼす。わしは、ここの為政者にそれを進言する。今なら、まだ間に合う」

 

「最近は地球でも、歩行者天国の良さがみとめられてくるようになってきましたね。科学技術はプラス面とマイナス面がありますよ。便利というのがプラス面だとすると、核兵器などはやはり、廃止に持っていかねばならないマイナス面でしょう。私が銀河の旅に出たのも、広島に行って資料館を見てショックを受けたことにあるのです。アメリカ人の祖父があの太平洋戦争で何をやったか、聞かされてしまいましたからね。ショックでした」と吟遊詩人が言った。

吟遊詩人は日本人の母とフランス系アメリカ人の父の混血だったことを思い出した。

その時、例の青銅の車がプラタナスの並木の外側の道を通り過ぎた。

「そうさ。マイナス面。銅そのものは貨幣にもなる。便利なものだ。しかし、掘り出す時に、鉱毒をだす。困ったことに、この向日葵惑星のテラヤサ国では、鉱毒を出す大銅山を異星人が占拠しているというからな」とハルリラがぼやいた。

 

 青空の下には、木造のビルが見える。高くはないが、三階、五階、時に十階ぐらいの木造のビルだ。多くがブルーや赤や緑や黄色の壁であるが、木目がはっきり分かるので、木造と分かる。低いビルはたいていバルコニーが付き出て、薔薇などの華やかな花のある花壇が見える。そうした家並みの向こうに、緑の丘陵地帯が見える。茶畑や野菜畑が広がっているようだ。その上が城壁に囲まれた町だ。

突然、吟遊詩人カワギリ【川霧】がヴァイオリンを奏で、微笑してベンチに座った。

彼は歌いだした。

 ああ、波うつ丘も畑も緑に包まれて

 青い空に緑のじゅうたんの町は 今 我らの歩く道

 さあれ、城壁の向こうには 君待つという声あり

 人生は一瞬、薔薇の花のように、

城壁の門が美しく開くと良いが

ああ、神々の愛の哄笑が聞こえてくる

  

 

            久里山不識

 

 


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