空華 ー 日はまた昇る

小説の創作が好きである。私のブログFC2[永遠平和とアートを夢見る」と「猫のさまよう宝塔の道」もよろしく。

ヨーロッパ 【ショートショート 】

2023-04-19 21:05:06 | 文化


ヨーロッパ【ショートショート 】
           
 ローマに到着すると周囲の急激な変化に気持ちも紛れた。バチカンでルネサンスの芸術に宗教的な衝撃を受けた。ここではすべてがキリスト教一色になっていた。露野は西洋の深さが東洋の崇高な仏像の祈りと繋がっていると思った。ミケランジェロの到達した美と仏の賛歌は真理という深い海に船出する二そうの黄金の船に違いなかった。同時に彼は真理発見と実現のためには西と東が手を結ぶことが必要なのだと思い、道元の説く仏性への目覚めの中でこそ 理想社会が実現されるのだという確信を強めたのだった。
 そしてフローレンスへ。町全体が芸術品だった。
 彼はそこで『文芸の街角』という文芸雑誌をつくるアイデアを心に浮べた。ビデオカメラを持って行ったので彼は花の聖母寺やドゥオーモ広場の魅力的な町角をとった。そしてこれを編集しなおして、公害のない芸術的な町を公害に満ちた日本の町と対比した形で映像を創造してみたりあるいは雑誌づくりに役立てようかと思った。その時 明珠の町を思いだした。IC工場の進出という話などあったがそれも今の所 食い止められ 目立つ公害もなく 大変な魅力がある。しかしこの明珠の魅力には何かが欠けていたのではないかという気が今はする。それは芸術ではないか。たしかに美術館も映画館もあり、高倉電気のしょうしゃな建物もあったがフローレンスに比べると貧弱だ。
 自由な雰囲気の中で真理を知り、そこから芸術を創造する町こそ彼の理想の町だと思った。
 フローレンスの夕暮れ。西の空に茜色の雲が荘厳に棚引き、彼は町を歩きづくめた昼間の足の疲れを休めようと、広場にあるレストランに入った。客は店の半ばほど占めていたし、外に出してあるテーブルについている者も多かった。彼は外の木陰に席をとり、ワインと少々の食事を注文した。そして彼は昼間 見たアルノ川やミケランジェロ広場から見た町の風景それに数々の美術品に思いをはせていた。あまり沢山の絵を見たので少々混乱していた。彼はそれに整理をつけ、明日 丹念に見るものを頭の中でピックアップしていた。
 
              
  その時、楽団が出てきて彼等の向う側の女神の彫刻がある所に陣取って演奏の準備を始めていた。
 いつの間に演奏が始まった。
楽団は露野の座っている所から、少し離れていた。そのあたりの人はそれまでの会話をストップしないで、話し続けている者もあれば、音楽に耳に傾ける者もいた。
露野のすぐ横の席に座っているすらりとした白人の女が「素敵ね」と英語で言った。
「素晴らしいわ」と細面の日本人のような顔立ちをした女が言った。
彼女たちは音楽について話している。
アメリカ人と一目で分かる白人のがっちりした男が音楽の持論を早口の英語で喋っている。
すらりとした女はピアノソナタのような美しい笑い声をする。
細面の女は露野の方に時々顔を向ける。露野にとって、かっての恋人を思い出させるような
魅力のある風貌をしている。
「いい音楽だね」露野は何気ない気持ちで英語で声をかけてみた。
「ヴィヴァルディーの『調和の霊感』でしょう」と細面の女が言った。
「そう、『四季』の方が有名だけどこれも中々の傑作だ。中世の水の都ヴェニスの風景が目に浮かぶ様だ」と露野は言った。
「へえ、そうかしら」
「僕はヴィヴァルディーの明るい所が好きなんだ。中世のヴェニスが貿易で繁栄し、ビルの間の静寂に包まれた運河をゴンドラが行きかう所をどこからかこの音楽が泉のごとく流れてくるなんて想像することはとても楽しいね」と露野は言った。
「ふうん、ロマンチックなのね。でもあたしはフローレンスの方が好きだわ」
「どうして?」
「たいして理由はないけど、ここにはルネサンスの香りがふんだんにあるからかしら」
「なるほどね」
 細面の女のブルーの服の胸には調和と美を誇るブローチが飾られていて、それが彼女のアジア系のつつましい知性のある顔を際立たせていた。
 それで、露野はぼんやり、若い頃 郷里で知り合った恋人の京子を思い出した。そのあと直ぐに彼女は交通事故で死んでしまった。彼女の思い出は強烈だったからその後 何年も彼の脳裏を支配した女は京子であって時の経過につれて彼女の影像が遠くなり、殆ど彼女を思い出すことが少なくなっていたが、フローレンスの広場でありありと鮮明に思い出されたことが不思議だった。
 春の夕暮れは美しかった。そして『調和の霊感』は彼の胸に染み渡った。その時、ふと黒いカバンの中に入れてきた仏教の文句を思い出した。
 『人々がこの世界を大火に焼かるると見る時でも、わが浄土は安穏にして神々と人間達にみち溢れるのだ』
 どうしてこの文句が思い出されたのか彼にも分からなかった。ただヴィヴァルディーの音楽の源泉である『調和』と『浄土』がどこかで符合している様な気がしていた。バッグの中にはそれ以外に新約聖書や道元、空海の本が何冊かあった。これらの宗教が啓示している真理の泉から、もしかしたらその様な素晴らしい音楽が流れ出てくるのかもしれないとふと思った。
「源氏物語、読んだことありますか?」とすらりとした白人の女が露野に顔を向けて唐突にそう聞いた。彼女はジーンズのズボンにブルーのシャツを着ていた。胸は薄く乳房の面影はなかった。
 「現代語訳で少し、読んだことがある」と露野は答えた。
「あら、日本人なのに全部読まないの?少しならあたしだって読んだわ」
「日本語で?」露野はちょっと意外という表情をして聞いた。
「勿論、英語よ」              
「おもしろかったかい」
「結構おもしろかったわ」


「優れた文化は時代や社会を越えて人の心の琴線に触れるものがあると思うわ。源氏の魅力は愛欲の葛藤だけではないのよね。自然描写の素晴らしさとか男と女の心理描写が凄いわね」とすらりとした女がそう言った。
その時、白人の男が彼女に何か話かけた。すると彼女は笑った。
「珍しい人」と彼女は英語で言った。露野は何が珍しいのかよく分からなかった。
「ビーナスの誕生がカンバスから飛び出たみたいね」とアジア系の細面の女が言った。
よく見ると、白人の男が雑誌を広げてその中のヌード写真について何か言っているらしかった。露野は昨日見たボッティチェリの二枚の絵を思い出した。貝から生まれたままの姿で立つ気品が印象的だったし、『春』という絵も豊かで官能的な肉体の美しさが目に焼き付いていた。



彼はちょっとの間、回想に耽っていた。その時、白人の男が露野にもそれを見せた。
「人間は神の贈物なんですよ。それを粗末に扱うことは許されないです」と露野はそれを冗談とも真面目ともつかない気持ちでその様に言った。その写真はひどく官能的で刺激的なものだった。彼はよく見たいと思ったが抑制した。露野の言葉に細面の女が笑った。その笑いがあまりに美しかったので露野は見とれていた。まるで箱に入ったダイヤモンドやルビーなどの宝石がテーブルの上に一度にちりばめられた様な笑いだと彼は思った。
「あたしは仏教に興味を持っているの。西欧では、 今や、キリスト教は衰退して若者で神なんか信じている人は少なくなっているのに東洋人の貴方が信じているとしたら興味深いですわ」と細面の女が言った。
「僕の神様は美しいと思う所に現れてくるのです。貴方達の様な乙女の姿には神は好んで顔を見せます。夕日が美しければそこに神は現れるでしょうし、花や家具などの調度品にも現れます。僕達東洋人はこの神様のことを仏性といっているのです」
彼は手帳を取り出し、『仏性』と漢字で書いた。二人の女がそれを見た。白人の男はそれを横目でちらりと見た。
細面の女は微笑して言った。
「面白そうな神様ね」
「大自然や人間の中に普遍的に存在する永遠のいのちです」
「永遠のいのち?」と言って彼女はちょっと不安そうな顔をした。
「そう。大自然や人間はこの仏性という永遠のいのちが自らの姿を現わしたものともいえます」
「そんなもの、科学が否定しているのではないかね」と白人の男が横から口を出した。
「否定しておりませんよ。それは科学の誤解です。さっきも言いました様に物質の中に普遍的に流れているものについて人間は直感的に知ることが出来るのです。この普遍的なものは永遠のいのちを持っているものであって、これを道元は仏性と呼んでいるのですよ」
「道元?」すらりとした女は魅力的な笑いを浮かべ、「興味あるわ。でも、難しいわね」

露野は日本の鎌倉時代に活躍した曹洞宗の開祖、道元について少し解説した。
「禅のことね。素晴らしい話ね。」と細面の女が言った。
そのあとの仏教や禅の説明についても彼女達は熱心に聞いていた。
 
細面の女が言った。「あたしはアメリカの日系人なのよ。それもあって、日本語を勉強しているの。源氏物語だけでなく、日本の文芸にはとても興味を持っているのよ」と日本語で言った。
ヨーロッパに来て、初めて聞く日本語に、露野は新鮮な美しさを感じた。
男は「俺たちはれっきとしたアメリカ人だ」と英語で言って、すらりとした女の肩を抱いた。すらりとした女は笑った。露野は言われなくても見れば分かると思って、微笑した。

「ええ、ところで、日本語の文学、勉強しているなら、日本語の詩を読みますか、たとえば
松尾芭蕉とか萩原朔太郎とか」
「松尾芭蕉は読むわよ。萩原は名前ぐらいしか知らないわ」
「ところで、僕は詩を書くのですよ。見てくれますか」
露野は書き留めたノートを広げて、最近 書いた詩を見せた。



人をおとしめる快楽を感じる悪人のメフィストよ
オセロウを見たかそなたのいきつく先はどこか
機械が発達しても、花一輪の美しさに勝てると
思っている連中よ。愚かな。
キリストの言われた野の百合はソロモンの栄華よりも美しいという意味が本当に分かっているか
大自然の美しさは機械のおよぶ所ではない
一見 便利になった世の中
魂が堕落する人が増えてはいまいか
キリストのいう美は 宇宙の神秘だ
人の心にもある神秘で
花からも人の表情からも突然飛び出してくる神秘の美
おそらくは真如を感づいた人でないと見れない美がこの世にある
泥沼の中にハスの花が咲く
足を泥沼につけていても、真如を見る人は
このキリストのいう花の美を見る
この花の美しさは奥が深く
おそらくは無の深淵に行き着くのだろうか
そこで、法を説く仏を見る
そこで、真実の自己を知る
大自然を愛する人よ あなたこそ仏性に目覚める人だろう
おお、今は つつじの色が美しい時期だ


露野は花を見て、悟った禅僧がいることを思い出していた。
「キリスト教と仏教の教えが詩に入っている。」と日系人の細面の女が驚いたような顔をして、日本語で言った。その表情は美しいというよりは神秘な感じがした。この神秘な表情は死んだ昔の恋人京子にも見たものだ。


 彼女はギリシャの彫刻の様に彼の目の前に微笑している。人は何故 衣服を着るのか?この当り前とも言うべき疑問が彼女の豊かな髪、なめらかな小麦色の肌に流れる曲線美を感じた時 湧いてきた。寒さを防ぐためとか身を飾るためとかいう紋切型の答えでは何かつまらない気がした。彼女は健康な美しさに満ちていると思った。
 露野はこの女の野性のままの姿を写真におさめたいという誘惑にかられた。だが、それは無理だろうと、思った。

「写真を撮らして下さい」
「いいわよ」と日系人の女は日本語で言った。


 身体の中にめらめらと燃えてくる情欲の炎。しかし一方で岩村夫人の像が鮮明に彼に蘇ってきた。それはほとんどプラトニックな愛の憧憬を含んだ悲しみというようなものを伴っていた。
「ここで撮ってもモデル料はいりますか」と露野は冗談半分に言った。
「いらないわよ」 ナーラと名乗った細面の日系人の女は目を輝かした。
「源氏物語の国の男にしては随分とナイーブなのね」 すらりとした女は微笑してそう言った。
露野は彼女達への快楽を失ったことに対する哀惜の念と同時に岩村夫人の精神的な美しさが心に鮮やかに蘇ってくるのだった。一体、何がこんなに彼をひきつけるのか?海外へ出掛けてきたのはしばらくでも彼女を忘れるためにという意味もあったのではないか?
 
モーツアルトの演奏が終わって少したつと、彼等は別れた。白人の男はおおげさな身振りで露野の手を握って、握手した。女達は手を振った。


露野はそのあと、ヴェニスに向かった。
しかし、それもヴェニスの運河を見た時、薄らいでいた。。彼はそこでは全く 孤独だった。周りは殆ど東洋人はいなかったし、ゴンドラに乗ったり、車のない町並を隅々まで歩いた。確かにフローレンスもヴェニスも美しかった。しかし美しいだけでなく明珠市と同じように謎がある。外国人の彼にはそれが何であるか指摘することは出来ない。サンマルコ寺院を見てもゴンドラに乗って古い建物の間を潜っていっても一向にその謎は分からない。歴史の重みの中でその謎は一層 進化しているに違いない。
 露野は日本を思い出し、明珠市は露野を恋愛や事件に引き込むブラックホールをうちに持っていたのだろうか?

 
露野は「夢のゴンドラ」という詩を書いて、ノートに書き留めた。

春の日差しのふりかかる舟の上。
大男の船長は悠然とオールを漕いでいる
ナーラはパレットに絵具をなすりつけている
ゴンドラはゆったりと動く
ここはヴェニスか蘇州か、それとも夢の中

ふと美しい蝶がゴンドラの上にとまる
金色の素晴らしい羽をゆっくり動かす
いのちは花も小鳥も昆虫もそれぞれの形を変えて現れる
ゴンドラはゆっくりと周囲の風景を変えながら、進んでいる
いつの間にか、月の光が照っている

川の向こうに明珠の街角が見える
ビルの窓には、可憐なバラの花が咲いている
夢見ごこちで見る、ナーラの微笑そして町の静けさ

ああ、その時、青空の街角で
パパ、ママと言う兄弟の泣き声がする
上の子の表情は悲しみと苦しみに満ちている
何がかくも悲惨な表情を作り出すのか
ああ、救え、この悲しみをこの地上からなくせないのか
戦争がある、地震があると耳元で、ささやく声がある

川の向こうに古典的な古い美しい廃墟の城が見える
遠くで稲光がした。
しばらくすると、空に黒雲が続き
稲光と雷の来襲と共に、夜のように、暗くなった

やがて、一瞬の暗闇に光が射すと、
天から聞こえるように
先ほどの緑に満ちた美しい街角で
再び、パパ ママと泣き叫ぶ声がする
雷が天から地に落ち、空間を引き裂くように
その表情に痛ましいものはなかったか
天と地にひそむ神々の心をゆるがすものはなかったのか
ああ この平凡なゴンドラの上で
いのちの神秘を知り
ああ、パパ、ママと叫ぶ子供たちにほほ笑みと食料を渡し
どうしたのと優しい言葉をかけようではないか

大男の船長はゴンドラをとめ、
「坊や、どうした」と声をかける
その満面の笑み
それが子供達を救った
ああ、子供たちの美しい笑い声
誰もが慈しみあっている町になった。
そこは、永遠の今が見える広場になっている。
おそらく、そこで、コーヒーを飲む時、永遠が舞い降りてくる
そのような時、どこからともなく祭りの太鼓 祭りの笛が聞こえてくるものだ

そうした夢のような幻想からはっとして、ナーラに呼びかけられているのに気付く
ナーラの絵には、青色の川と河岸のビルや広場や森が描かれている


      
その後、露野はスイスに向かった。
   彼はスイスの国境近くまで来た時、些細な事件に遭遇した。かなり酔っ払った車掌が彼のいる列車の部屋に入ってきて切符を見せる事を要求した。その時はすでに夜の十時を過ぎていた。酔っているため早口でだらしないイタリア語は露野を面食らわせた。しかし自分が遠い異国の旅人であることを思って彼は愛想笑いを浮かべた。
 車掌はぺらぺら喋りまくる。露野は相手が何を言っているのか分からなかった。
 切符は国境までの分しかなかったのでジュネーブまで買わねばならなかった。小銭のない彼はおつりを貰おうと思って大枚を出した。車掌はちょっと卑しい笑いを浮べながら、酔いに任せてイタリア語をしゃべりまくる。そしておつりを渡して出て行ってしまった。露野は狐に包まれた様な気持ちでその釣銭の硬貨をしばらく見詰めていた。そのうちに釣りが著しく足りないことに気がついた。彼は急に怒りが込み上げてきて部屋を飛び出ると廊下の向こうの端にいる先程の車掌の所に掛け合う為に急いだ。車掌はうさんくさそうに彼を見る。露野が英語を使って釣銭の大幅な間違いを指摘する。車掌は意地悪そうな顔つきをしてやはり早口に喋りまくった。その時 車掌の顔が死んだはずの青林の顔に見えた。露野は驚愕し、金を取り返すことは忘れて呆然と彼は車掌を眺める。背が低くこぶとりで丸顔の車掌をスクリーンにして精悍な青林の青白い顔が映っている。
 英語とイタリア語ではまるで会話にならず、露野は諦めてコンパートメントに戻った。そして先程の青林の幻を思い浮べた。錯覚であることは分かっていたが彼は多大な不安を感じた。異国の深夜の列車の中でのトラブルという異常な雰囲気の中で青林の亡霊が隙を狙って忍び込んだ感じがした。そうしたことに対するある種の恐怖と大量の釣銭をごまかされた悔しさが入り交じって彼は一人 物思いに耽った。窓の外にイタリアとスイスの国境の山々が暗黒の夜の中にうっすらと流れていくのをぼんやり感じていた。
 いつの間に列車はスイスに入り、小さな駅に到着した。そこに警察官が入って来て、露野にパスポートを見せることを要求した。
 露野は絶好のチャンスと思い、先程の車掌とのトラブルを英語で説明した。そのスイス人と思われる男はカーキ色のきちんとした制服を着ていて、穏やかなまなざしで話を聞いた。酔っ払った車掌が地獄の使いとすればこのスイス人は実に見事な紳士で天国の使者のようであった。
 警察官は自信を持って客の苦難を取り除く職務を遂行するという堅い決心を微笑に含ませてオッケーと言い、出て行った。
しばらくするとさっきのイタリア人の車掌が酔いを覚まし、申し訳なさそうな顔付きをしてお釣りを返しにやってきた。
 露野はこの出来事を思い出すたびにフローレンスやヴェニスの様なユートピアを持つ伝統ある国の緩みを感じた。ゴンドラを思い出し、ゴンドラの船長のおおらかな目と美しい
笑い声が水路の行きかうビルの間に響くのを、ふと思い出した。
 
天国と地獄の交錯する所で人間世界の謎や面白さが味わえるのであろうか。楽園に住むイブに蛇が誘惑をかけた様に楽園に罠があるのは案外、神の配慮かもしれぬ。地獄にしてもそこに至る道程には甘く美味しいデザートを備えて客人を歓迎するものだ。退屈は人を大変 苦しませるというパスカルの指摘を彼は思いだしていた。
なつかしの明珠も美しく優雅であったが故に様々の罠があったのであろうか?絢爛たる薔薇には鋭い針があるとは言い古されたことではないか?



【久里山不識】
詩「夢のゴンドラ」は 前に書いた詩を少し直して、ショートショートの中に入れました。







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