空華 ー 日はまた昇る

小説の創作が好きである。私のブログFC2[永遠平和とアートを夢見る」と「猫のさまよう宝塔の道」もよろしく。

エッセイ【世相と映画】

2019-03-29 14:42:16 | 文化

エッセイ【世相と映画】

 「銀河アンドロメダの夢想」を書き終えて、つくづく世界を見渡し、平和が欲しいものだと思いました。エネルギー問題の解決も重要です。しかし、最近のニュースを見ていると、そういうものを解決していく力が人類にあるのかという危機感すら感じます。

そこで、今日はちょっと日本の世相を見てみたいと思いました。

親の子供の虐待は深刻であり、シヨックです。親が子供を守るというのは生物の世界では、当たり前のことが、ほんの一部だと思いたいのですが、子供の虐待が連日のように、報道される。子供の中のいじめの問題。

私の若い頃に比べれば、ものが豊かになって、人間には快適な生活が保障されているように見えるのだけれど、一部に生きづらいという声もあちこちで聞かれ、自殺者も二万人という。

私は憲法九条を守り、無駄な膨大な軍備を使わなければ、それを社会保障の方にまわせるし、消費税増税なんて、必要なくなると思っていますが、そんなことを言うと夢みたいなことを言うな、中国や北朝鮮を見ろ、なんて言われますよね。

とくに、中国の軍備増強は脅威である。それに、そなえるのは大人の論理だという人達がかなりいるのですね、そういう理屈もよく分かります。

しかし、それは二つの国に相互理解と文化の交流がまだ不足していて、相互不信が、根底にあるからだと思いますね。【アメリカとの関係も重要ですが、今は話を分かりやすくするために、単純化して話しています】

千年以上も前のことを言うと、笑われるかもしれませんが、空海が命がけで、長安に行って、中国人の恵果という仏教【密教】の先生に出会った時、既に重い病気にかかっていた恵果は「よく来てくれた。待っていたのだ。わしの持っているものを全て教えるから、それを日本に伝えてくれ」と言ったそうです。道元が中国に行った時も、如浄という先生は恵果と同じように歓迎してくれ、周囲の中国人の弟子よりも日本人によくしてくれたのです。

日本人は学校で、漢詩を学び、その素晴らしさを知っている筈です。

確かに、マルクス主義は今の日本人にとって異質なもので、ソ連や東欧の失敗、それらの国の暗部を知った時、理想の表看板とあまりに違うことに、驚いたものです。

しかし、ソ連崩壊になる、数十年前までは、日本の国公立大学の経済学者の半数がマルクス主義者だった時もあったのです。要するに、理論としては、理想をめざしたよく出来た経済学だったのです。ただ、人間洞察が甘かった。仏教を勉強すると、それがよく分かります。今後の中国がその点を日本との話し合いで深めていけば、あんな軍備増強なんて愚かなことをやめると期待したいです。

 

少なくとも看板だけは弱い者を守ろうという今の自民党政府の声も長いマルキストと自由主義者の激論の中でつくられてきたものなのです。

であるから、話し合えば、文化の交流が今より進み、お互いの国民の相互理解が深まれば、平和を築く希望が見えてくるのです。

それには、まず自分達が礼節の国にならなければならいと思います。

最近はやっているいじめに見られる嫌がらせや卑怯、言論弾圧とかが日本国内で起きていては、これは隣りの国を説得など、出来るはずがありません。

日本が君子の国になってこそ、隣の国を説得できる。私はそう思います。

 

 優れた文化を持ち、余裕のある人は良い言葉を使います。汚い言葉を使う人がいたら、私の言う言葉の正義のボランティア精神を持つ人はその人を暖かい気持ちで見てあげ、時には注意し、時にはそのストレスを和らげることを皆と話し合うことが必要かと思いますね。

こうした事は社会の病気、つまり維摩菩薩の言う「衆生病む、故に我、病む」という風にとらえた方が良い。ま、中にはシェイクスピアのオセロの中のイアゴウみたいな人も稀にはいるかもしれません。困ったものです。

ネットの中も、道元の言う愛語の精神で行きましょうよ。それが世界平和にもつながると思いますよ。

 

外国人労働者に対する人権侵害もあったようです。

何か弱い立場にある者に対して、権力を持っている立場の者がひどいことをするというのが見られる。障碍者を何人も殺した事件なんか、典型的ですね。

 

 こんな嫌なニュースを見た後は、寅さんの映画なんて見るとほっとしますね。

映画「寅次郎心の旅路」と「終着駅」を続けて見たことがあります。全く共通点なんかないような映画ではありますが。しかし異質のように見えるものを付き合わせると新しいイメージが見えてくるというのは、詩の発見した面白い世界観です。この二つに共通点があるとしたら、寅さんがウイーン、終着駅がローマとヨーロッパの町を舞台にしていることでしょう。それから、失恋の話という所も。

 

 「寅次郎心の旅路 」では、寅さんの話では珍しく外国が舞台になる。何でそんなことになったのか、いつものように、寅さんが日本を旅していると、彼の乗っている電車が急停車する。電車で自殺しようとした男性が間一髪で助かり、それを見た寅さんは車掌と一緒に目撃者ということで、自殺未遂の中年男性を警察に連れて行く。口頭注意ということで、終わったが、寅さんはその男の話を聞いてやる。一緒に旅館まで付き合うと、その男性はある大手の課長だが、忙しさと仕事のことで頭が一杯だと分かる。そこで、休暇を取って好きな事でもすればと寅さんがアドバイスしたのは良かったが、その男は寅さんとウイーンに行きたいと言い出した。そこで、ウイーンで知り合った日本人の娘に寅さんが失恋するという話になる。

 

映画「終着駅」は、ローマでアメリカから旅行に来ていた中年の女がローマで恋愛関係になった若い男と別れて故郷に帰ろうとする。故郷のアメリカには、夫と子供が待っているのだ。ローマの若い独身の男は女を引き留めようとする。しかし女の帰るという決心は変わらない。トラブルになって、駅の構内で、若い男は女をなぐる。

 

ここの所は寅さんと違う。ウイーンの空港で、日本に戻ろうとする寅さんと娘。ドイツの若い男が飛んで来て、娘を引き留める。娘は心変わりして、寅さんに日本に帰れないと言う。

寅さんがドイツの男に娘を「幸せにしてくれよ。幸せにしなかったら、俺が承知しないからな」と言う。寅さんの失恋である。

  

寅さんは学問はなくとも、この辺の所を身体で理解している。これが本物の教養ですよ。映画のイタリアの男みたいに女を殴ったりしない。あの場合はアメリカの女も悪いのだが。

それはともかく、寅さんは心で泣いても、微笑して、相手への慈悲の心を忘れない。やはり、日本には仏教の慈悲の伝統が生きているのでしょうかね。

 

 映画の最初の方に、ウイーンという都市名を知らない寅さんの滑稽さに好意ある笑いを誘われる。これも、禅には、人間無一物という考えがある。ソクラテスには無知の知というのもある。そういう風に前向きに受け止めるべきであると思う。

 

現代のように複雑な社会では 優れた教養は必要である。悪い情報は沢山入ってくる。それを防ぐためにも教養は必要である。それはドストエフスキーの小説{貧しき人々}を読んでも感ずる。

愛するワルワーラさんがお金をかせぐために、マカールも住んでいる長屋を出て行こうとして、手紙で意見を求められると、マカールは反対する。

「あなたは愛されているし、あなたも私たちを愛していらしゃる。皆がなんの不満もなくて幸せじゃありませんか。――――― 実際あなたは他人とはどういうものか、まだご存じないでしょう。――― 私はね、ワーレンカ、他人というものをよく知っているんですよ。他人に食わせてもらったことがあるんです。

 他人というのはそりゃ意地の悪いもんです。とてもこちらの心臓がもたないくらいです。

非難したり叱責したり 嫌な目つきで睨みつけたりで、苛めぬくんですから。

私たちのところにいれば、暖かいし快適で、まるで巣の中でぬくぬくとしているみたいじゃないですか。

あなたがいなくなったら、私たちは頭をもがれたようなもんですよ。あなたなしでどうすればいいのです」

 

今の日本も自殺者二万人を超えるという数字を見れば、無教養な人がマカールの言う意地悪になる可能性を感じる。教養とは知識ではない。優れた価値観であると思う。大慈悲心であると思う。愛であると思う。思いやりであると思う。

ともかく、二万人という数字に、何か尋常でないものを感じます。仏教の大慈悲心をもっと広める必要を感じますね。

それにしても、「貧しき人々」の恋物語は 舞台はロシアであっても、仏教の言う慈悲心の精神に溢れていますね。

 

良寛と貞心尼の和歌のやり取りの中での、良寛の和歌を思い出します。

 天が下にみつる玉より黄金より

     春のはじめの君が訪れ

 

 君や忘る道やかくるる このごろは

     待てど暮らせど訪れのなき

 

 「貧しき人々」のマカールも「私たちのところにいれば、暖かいし快適で、まるで巣の中でぬくぬくとしているみたいじゃないですか。」と言っているのです。暖かい愛に満ちた場所と、そうでない所がある。この格差は子供の虐待にも感じます。可哀そうでかわいそうで仕方がありませんですよ。ディケンズの「オリバー・ツイスト」が孤児院で周囲にいじめらたりしている様子を思い出します。

こうした格差のない社会、こういう可哀そうな子供がないような社会にするにはどうしたらいいのか、映画を見ても考えていきたいものですね。

そのためには、最初に書いた働く人々の長時間労働をやめさせる社会をつくるという大きな声が必要だと思いますね。

 

 杜甫の詩

(ふと考える)どうにかして千間も万間もある広い広い家を手に入れて、

おおいに世界じゅうの貧乏人を収容してやり、みんなでよろこばしげな顔を

見合わせるようにしたいものだ。

しかも、それは風にも雨にもびくともせず、山のようにどっしりとした家である。

            〔黒川洋一訳 〕

 

久里山不識

    

【アマゾンより、「霊魂のような星の街角」と「迷宮の光」を電子出版】

Beyond Publishingより【太極の街角】を電子出版【水岡無仏性のペンネームで】

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銀河アンドロメダの猫の夢想  43 【真珠のようないのち】

2019-03-24 09:45:05 | 文化

 

   オオカミ族の一人が銀河鉄道に向けてピストルを発射した。花火のような音をたてて、幻の邸宅と銀河鉄道の間に、美しい大きな一輪の花をひらかせ、さっと、再び手の中にピストルがにぎられた。

                                                                        

「我々を脅かしているようですけど、一方で、我々を楽しませてくれているようにも思える。嫌がらせもあるかもしれませんが、滅びて幽霊となっても、オオカミ族の誇りというものがありますよ。

昔の栄華を懐かしんでいるのかもしれませんよ」と吟遊詩人が言った。美しい微笑の持ち主である詩人の心には、悲しむ者、滅びる者への哀惜の情があるに違いない。

吾輩は平家物語の冒頭の「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色」を思い出し、その花を思い浮かべた。

 

         【 沙羅双樹の花 】

「そんな寝言はどうでもいい。オオカミ族の幽霊がピストルを持っているということが一大事なのだ。それが分からないのか。最初のは花火でも次は実弾というのが彼らの手口なのだ。我らネズミ族はあの戦法に随分と悩まされたのだ」とネズミ族の官僚は震える声で、そう言った。

 

「しかし、相手は幽霊よ。実弾といったって、幻のようなものよ。花火と変わりませんよ」とフキが言った。

「幽霊でも、実弾は実弾です」

「そんな幻影におびえているから、長いこと、鎖国なんかしていたんでしょ。

もっと、国を広げ、武器をわがヒットリーラ閣下のおられる惑星に輸出して下さいよ

そちらの高い工業科学技術も。

そんな風だから、こんな妙な坊さんに嫌疑をかけられるんですよ」と虎族のフキは言った。

 

  「嫌疑は分かった。しかし、証拠がないだろ。ないのに、そのような詰問は無礼だ」ネズミ国の官僚はさらに震える声でそう言った。

 

「君達のお得意の戦法だろう。証拠が見つけにくいようにやるというのは」

「当たり前ではないか」

ミチストラモトは喋った。「確かに地上的な意味での証拠はない。君達の見ているのは金とネズミ王国の物質的な繁栄だけだ」

「それがどうしたというのだ」

「幽霊列車におびえているのは、君の顔にそれが出ている。

そんな幽霊列車はわしの一括で消してみせるわ」

「ハハハ。大きく出たな。出来るかどうか、やってみな。出来たら、君に少し協力しよう」とタヌキ族の軍人が言った。

 

  ミチストラモトは「生死はみ仏の御いのちなり」と言ったかと思うと、ガーと大声を出した。

その声はライオンの咆哮のようで、銀河鉄道から窓を伝わって、遠くへ響きわたった。

誰かが「王者の声だ」と言った。

不思議と白い煙も幽霊列車も消えていた。オオカミ族の幽霊も消えた。ただ、知路だけが樹木の木陰に隠れるように呆然と立っていた。

ネズミ王国の官僚は驚いたような顔をしていた。しばらくすると、知路は横笛を静かに吹いていた。

 

 「ふん、味なことをやるな。

まあ、じゃ聞いてやろう。何を俺たちから聞きたいんだ」とタヌキ族の軍人が横柄な口調で言った。丸い目の中に驚きの表情があった。

「あの事件の起きた深夜、あなたは何をしていたのかね」とミチストラモトが聞いた。

「寝ていた」とタヌキ族の軍人が言った。

「私も寝ていた」とキツネ族の官僚が不愛想に言った。細い目をさらに細めた。

「秘書は ? 」

「秘書だと。そんな者は連れてきていない」とネズミ族の官僚は言った。

「ハハハ。すると、隣の列車に乗っている美人のネズミ族の女の子はアルバイトですか。彼女がシンアストランの弟に接近したのでしょ。そして、その珈琲カップにヒ素を入れた。そうでしょ」

吾輩は毒物のことはあまり知らなかったので、青酸カリとかアガサクリスティーのミステリーに出てくるタキシンとか、地下鉄サリン事件のサリンとか、有名な名前だけがぼんやり浮かぶだけだった。

 

「随分と飛躍した話だな」

「ネズミ王国は高度の文明はあるけれども、文化はない。みな金と権力の亡者ばかり。そういう連中は自分の持っている悪に気がつかない。自分の悪に気がつかない程、愚かなことはない、これは親鸞の教えの中にもある。

法華経の教えにもある。法華経の「如来寿量品」には「このもろもろの罪の衆生は 悪業の因縁を以て」と書かれている。

このヒトの悪は 犯罪を引き起こす。そして、やがて戦争を引き起こす。」

 

  その時、どこからか風鈴の音が聞こえた。列車の中には、風もない、それなのに、風鈴の音がする。そよ風のように、ピアノの美しい音のように、花に宿る朝露の一滴が落ちる音のように、それは不思議にも、吾輩の心に響いた。

そして、真紅の丸い夕日が窓の外に大きく見えた。アンドロメダ銀河にもこんな瞬間があるのだと、吾輩は思って、感動した。

 

心なき身にもあわれは知られけり しぎたつさわの秋の夕暮れ【西行】

 

  シンアストランの弟はネズミ王国の軍備輸出に反対のアンドロメダ組合に属していた。この組合はスピノザ協会とも連携をとって、ネズミ王国の鎖国から、武器輸出を作動させる虎族フキの陰謀を早くからキャッチし、これをくいとめんとしていた。

ネズミ王国はキツネ族の惑星とブラック惑星に、優秀な銃と原発に関連する技術を輸出しようとし、一方、マゼラン金属の取締役で虎族のフキは仲介の仕事をしていた。

シンアストランの弟はそれを阻止せんとする役割をになっていたようです。

彼らの情報を仕入れ、ブラック惑星に脱原発キャンペーンをはることを企画していた。

 

「君達がこれをかぎつけ、シンアストランの弟をこのアンドロメダ銀河鉄道に誘い出し、彼を殺し、商売の密談も一挙にやってしまうということで、このアンドロメダ銀河鉄道が選ばれた」とミチストラモトは言った。

 

さらに、ミチストラモトの話によると、シンアストランの弟ははめられたのです。シンアストランの弟を誘い出すのは 商売の密談がある、という情報をわざと彼のそばに流す。それで、彼は飛びつくようにして、この列車に乗った。フキとネズミ王国の官僚とキツネ族とタヌキ族の男が銀河鉄道に乗り合わせるという情報は正しいが、わざと流されたのです。おびきだすために。彼はいさんで、この四人の談合を阻止する狙いで乗った。

 

「刺客はネズミ族の連中だとわしは見当をつけた。この列車には十人のネズミ族の連中が乗っている。わしはあの飛び切りの美人に的をしぼって、この話を聞き出した。わしは警察でないから、これ以上は追及はせん。

ただ、これだけは言っておく。

彼は微量の砒素によって、殺された。こういう微量の砒素を薬のように包んで、持てる技術があるのはネズミ王国でなくては出来ないと思っている。あそこは優秀な科学技術が発達しているだけでなく、武器も極限にまで発達している。」ミチストラモトは喉の奥でうなるような声を低く出して、そう言った。ライオン族が真剣になった時の癖のようだ。

  

それから、ミチストラモトはべらべらと一気に喋ると、ほつとため息をつくような語り口をした。

その話の中身によると、

地球の日本という国での地下鉄サリン事件にヒントを得て、非常に小型化したものをネズミ王国はつくっている。あれはオウム真理教という宗教勢力が引き起こしただけに、世間を驚かせ、教祖の周囲に集まる弟子が理系の秀才が多かったので、何故だろうという不安が広まったことが

宇宙インターネットにも掲載されている。

「ネズミ王国の文明は魔界メフィストの悪の精神がよく染み込んでいた。核兵器の小型化と一緒に、砒素やサリンを小型の容器に納め、一種の兵器を作り出したことはわしも知っている。原発もお手の物。これを地震の多いブラック惑星に輸出するという計画もシンアストランの耳に入ったのだから、彼はそれを阻止せんという勇敢な行動をとろうとした。

それだけに、こういう紳士であるシンアストランの弟に砒素を使うとは、恐ろしいことだ。」と言うミチストラモトの目は悲しげだった。

 

  ミチストラモトは一息つぐと、さらに少し声を大きくして続けた。

「たがな、君達の陰謀からアンドロメダ銀河を守ろうとする人達の勢力の方がはるかに、力が大きいということだ。それは愛の力。大慈悲心の力だ。わしの修行もやっとそこまで分かるようになった。銀河をささえているのは愛なのだ」

「何だ。それは目に見えないではないか」とタヌキ族の軍人が言った。

「目に見えない愛の力、大慈悲心の力がいかにこのアンドロメダ銀河で大きいか、君達は知らないだろう。魔界メフィストの悪の手先になって、満足していると、そうなるのだ」

  

さらに、ミチストラモトは話し続けた

「ネズミ王国に他の惑星のヒト族が入ることは、鎖国が国是であるし、ネズミ王国の高度の文明をよそにもらしたくないという思惑がある。

しかし、武器だけは彼らのよりは少し劣ったものは輸出し、儲けたいという事情があつたのだろう。マゼラン金属の取締役で虎族のフキさんの方では、ここにキツネ族の官僚とブラック惑星のタヌキの官僚を集めて商談をしてしまえば、一挙にできるという思惑もあったのかもしれない。

しかし、それはアンドロメダ銀河にとっては、悪だ。」

  

「あなたはシンアストランと同じような力を持っている」とハルリラは言った。

かって、シンアストランが猫族の霊を馬族の先生の身体から追っ払ったことを思い浮かべたのだろう。

 

「真理は一如である。真理をめざし、修行を積めば、無明におおわれた幻影を追っ払うことが出来なければならない。」とミチストラモトは素晴らしく誠実な表情になって言った。

「わしは道元系の寺で、座禅をずっとやってきた。

まだ道半ばであるが、少し光が見えてきたからのう。

オオカミ族が滅びたのはやはりヒトが全てのヒトに罪を持つという考えがなかったせいではないかな。

罪の解釈は宗教的には真理に暗いという事だろうし、これを無明ということもある。そのことから、人に迷惑をかける行為や人を傷つける行為が出てくるのだから、いじめやハラスメントや悪口やストーカーも罪ということになる。ただし無宗教の人では、法律で罰せられる行為だけが罪ということになろう。

しかし、そうだろうか。人類の歴史以来、戦争が起きるので、人が人を傷つけることがいけないという思いがあり、日常の礼節が大事されてきたのではなかろうか。

ヒトはエゴの塊であり、組織もエゴの塊になる傾向にある。そこから、争いの火種がでてくる。法律上の罪だけでなく、人類は宗教的な罪も考える時がきているのではないか。良心に恥じる行為をしてはいけないとか、卑怯なことをしてはいけないとか、いうのはヒトの心の法則だ。

 

エゴというのは人間の言葉がつくっている。ハクスリーが言うように、人間として生まれ落ちた時に、人の脳は減量バルブ【ヒトが生きるのに不必要なものを捨てる】となって、真如【真理そのもの、一如、法身】さえも、この娑婆世界で生きるのに必要なもののみが現象するようになった。

この脳こそ、理性とか感性としての役割をなしている。

しかし、このことによって、ヒトはエゴの塊となり、他者と対立するリスクを背負ったのだ。

 

本来は道元の言うように、全世界は一個の明珠である。分かるでしょうか。

南無如来と唱えてごらんなさい。座禅をしてみなさい。頭の中の妄想が消え、

風景と私との垣根が取り払われると素晴らしい世界が見えてきますよ。

  

宇宙はあるいは世界は、というべきか、それは真珠のような美しいいのちに輝いた珠であるということです。

それは生命そのものです。

神の霊そのものです。神仏そのものなのです。

 

 法華経には「如来の室に入り、如来の衣を着、如来の座に坐して

しこうしていまし四衆の為に広くこの経を説くべし。

如来の室とは一切衆生の中の大慈悲心これなり

如来の衣とは 柔和忍辱の心これなり」と書いてあります。

  

だからこそ、愛語が大事なのだと思います。人の悪口を言うのは宗教の精神ではありません。

汚い言葉を使うのは 魂の堕落した証拠。

本当の真実を実感できれば、言葉は、真理を指し示す指。それだけに経典の大切さが分かるではありませんか。又、経典を読んでも、堕落した言葉を使うのは、論語読みの論語知らずです。

だからこそ、修行も大切なのです。それはともかく、月という美しい真理を指さすのが神仏の言葉です。

  

実感して下さい。身体で知るのです。心身脱落です。

目覚めましょう。

座禅をして南無如来と唱えれば、世界は宝石のように美しいのです。

 これに気がついた時、法然がおっしゃつたこと、親鸞がおっしゃつたことは真実であると実感しました。道元の座禅も同じです。」

 

吾輩はミチストラモトの表情の豊かな変化に魅せられ、静かな語り口と激しい語り口の入り混じる講釈に圧倒されていた。それでも、彼の口から、親鸞に似た考えが出て来ることに不思議な思いを抱いていたが、聞き終わると、それもまた又、当然のことなのかもしれないと納得するのだった。親鸞と道元は同じお釈迦様の悟りから生まれた深い教えなのだと。

ふと、吾輩はすっかり忘れていた知路を思い出し「知路はどこに行ってしまったのかな」と突然気がついたように言う。

「知路は我々が話に夢中になっている間に、消えたよ。美しい金髪の真ん中にかすかに見えていた銀色のつのがなくなると、緑の目が黒い目になり、黒髪になり、昔の知路に戻って消えた」とハルリラが答えた。

「彼女の笛と私のヴァイオリンの音色が神聖なものを呼び覚まし、メフィストの魔力を麻痺させて、知路の珠玉のような心が彼女を復活させたのだ。」

「え」と我輩は思わず感動し、知路は詩人を愛したのだ、それで、メフィストの呪縛から、解かれたのだ、真の愛には、魔界メフィストの力もなすすべをもたなかったのだと思った。

【了】 

 

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銀河アンドロメダの猫の夢想  42【脱原発】

2019-03-21 10:39:29 | 文化

 

   いつの間に銀河の野原の、緑の邸宅の周囲を巨木の菩提樹が二本おおいかぶさるようにはえている。

「見てごらん、あのコーヒーを飲むオオカミ族のヒトの幽霊を」とハルリラが言った。

吾輩はじっと見た。オオカミ族の亡霊の涙が珈琲の茶碗に落ちるその一滴に過去の栄光の影が映ったような気がした。が、吾輩はそれ以上に知路の緑の目に引き付けられた。それはまるで月の光のようではないか。その光が我らの吟遊詩人の方に向けられているような気がしたのは吾輩の思い過ごしか。

ぼうっと幻影のような色々な肌色をした顔立ちのオオカミ族の紳士。服は黒っぽいが透き通ったようなものを皆、着ていた。よく見ると、右手にコーヒー茶碗を持ち、左手に拳銃のようなものを持ち、お互い、相手に向けている。

「あれではオオカミ族が滅びたのも当然でしょう。それにしても、知路は何故あんな所にいるのだろう」とハルリラは言った。

 

 ハルリラの知るところによると、アンドロメダ銀河全体の沢山の惑星では相当のばらつきはあるが、日本の明治初期程度の文明にやっとたどりついた所がいくつかある。もちろん、まだ原始時代など文明の段階に達していない所も多いのだが、中世や戦国時代に突入した惑星もちらほらあるらしく、中にはネズミ国のように高度の文明を持つところもいくつかあるという。

オオカミ族の惑星は文明段階に入って、かなりの科学技術も発達させていたが、ネズミ国の噂を聞くににつれ、自分の惑星の文明を一挙に高度化するためには、かねてから高度の文明を持つネズミ族の惑星から密かに、色々の文明の利器の情報を盗もうと画策していたという。

「科学技術を中心にした文明も大切だが、精神の豊かさをしめす文化の発達も大切」と吟遊詩人はハルリラの目を見ながら言った。ハルリラがうなづくと、詩人は微笑してさらに続けた「それに、この文明と文化がバランスよく発達することが、ヒト族の健全な進化にとつて必要だと思う。しかし、とかく、文明が発達して、物質が豊かになると心は貧弱になり、あくなき欲望のために、より物をほしがる、そうすると危険なのは争いが起こるということである。

そして、オオカミ族はネズミ国の情報を盗み取ろうとしたがゆえに戦争となり、崩壊したということだよね」と吟遊詩人は言った。

「その通りだと思います」とハルリラは答えた。

「このオオカミ族の滅びの道へ哀惜の情を以前、詩にしたことがある」と言って、吟遊詩人は歌う。

 

 なにゆえに こころは 乱れ迷い 亡霊となる

銀河 霧深き天空の波さわぐ所

名も知れぬ巨木の幹の黒き肌に

いくつもの緑の葉が糸のように天に伸びている

 

しなやかな枝の伸びゆく空間のあたりにすみれ色の音がして

銀河の天空もオオカミ族の亡霊に満ち、狂えり

折しも かなたの星々の野原の上は

珈琲のにおう不思議なオオカミ族の墓の跡

 

 

  名も知れぬ巨木の年輪の刻まれた太い幹に

りこうそうなリス一匹悲しき笛を持って立つ

珈琲から立ちのぼる白き蒸気はゆらゆらと幻となりて

そこに昔の雄々しき君ありし

 

オオカミ族の在りし日の君はそこにいる

ああ、栄光の日は過ぎ去り

幻影の亡霊となりて

あでやかに浮かびたつ昔の悪の道

何ゆえに わが心 かくも乱れ 君を悲しむ

 

 

「滅ぼされた者達の怨霊だけが残ったのだ。」とハルリラが言った。

地球の日本でも、オオカミは絶滅したことを何故か、吾輩は思い出した。

なにはともあれ、アンドロメダ銀河で、進化してヒトとなったオオカミ族という民族が滅びたのだ。

それを吟遊詩人が悲しんでいるのだろうと、吾輩は思った。

 

「ネズミ族は長い間、鎖国を国是としていたので、オオカミ族のそういう行動をキャッチして用心をしていたが、核兵器と原発の情報をオオカミ族に盗まれた。しかし、オオカミ族は科学の発達が未熟だったので、その情報をこなすのに、時間がかかる。

それでも、オオカミ族が着々と、武力の点で、いずれネズミ族と対等になろうという野心を持ったことに、ネズミ族は烈火のごとく怒ったようだ。」とハルリラは言った。

 

  「ただ、オオカミ族のうちわ争いも深刻だった。ネズミ国から得た情報だけが一人歩きし、脱原発と反核を唱えるオオカミ族のヒト達は、推進しょうとする多数派から魔女のように扱われたのだ。脱原発・反核の側もある程度の人数がいたし、この両者の争いはオオカミ族の毛の色、大別すると白と黒とブルーと茶の四色なのだが、他にも戦略の微妙な争いということがあり、お互いにレッテル貼りが進み、その争いが絡み合い、時に嵐のように吹き荒れることがあった。

中には、脱原発の本を書いただけで、処刑されたヒトもいた」と吟遊詩人が悲しそうな表情で言った。

 

ハルリラは微笑して、「それで、ネズミ国はチャンスとばかりに戦争をしかけ、オオカミ族は、圧倒的なネズミ族の戦力に滅ぼされたようだ。気の弱いネズミ族が気の強いオオカミ族を滅ぼしたというのも奇妙ではあるが、アンドロメダ銀河の歴史に残る事実となったのである。」と言った。  

              

「滅ぼされた怨念だけがこの銀河に残り、幽霊検察列車だと言って、アンドロメダ銀河鉄道みたいな優雅な旅をしている列車を邪魔する権力の権化になりはててしまったわけですね」と吾輩は言った。

 

「放っておくと、いつまでも我らの銀河にまつわりついて、いずれはピストルは我らに向けて発射されますよ。弾はここまで届きませんが、音だけは嫌な響きを我らのような優雅な旅を続けている者の邪魔をするというわけです。嫉妬ですね。嫉妬は人間性の中に深くあるのです」とハルリラが言った。

 

吾輩はこの話を聞きながら、地球の京都の哲学の道の近くに住む懐かしい銀行員のことを思い出した。そう言えば、彼が変人と言われたきっかけはどうも、彼が脱原発の小説を1997年頃に自費出版したことに原因があったらしいと、最近思うようになった。出すのが早すぎたというわけだ。

しかし、今や「脱原発は常識である」という声が吾輩の耳に届いたのは不思議だった。

 

 

 猫である吾輩、寅坊を育ててくれた懐かしい銀行員の1997年頃の小説の「脱原発」のいくつかの文章が目に浮かんだ。

 

【そして、急に「ひどい」という声がする。その声の間延びした感じから、彼女が酒に酔っぱらっている感じがした。そしてしばらく沈黙したあと、ギターがなる。

そしてギターと共に、歌を歌う。聞いたことのない哀切なトーンの歌だ。その調子も酔っぱらって歌っている感じだ。

  オラはさ、原発反対したのさ、

あれはさ、放射能という毒になるものをまき散らすからさ、

それなのにさ、飛行機より安全だと信じて、オラが間違っているのだとさ

  驚いたよ 驚いたよ

それでオラは悪人にされてしまったのよ。

ああ、世の中、転がっていくぞ、どこへさ、

オラ 知らんよ。

親鸞様はおっしゃつた、自我は悪であると、ああ、本当さ、本当さ。

そのことが分かれば、人間は清らかになれる

美しくなれる

そうじゃないか

戦争の全てが自我と自我の衝突

平和の時の人の笑顔こそ宝さ。

 

そこまで、彼女が歌うと、急に静かになった。寝てしまったのだろうか。私の部屋の開いた窓から、美しい三日月が見えた。春が近いと思われる涼しく心地よい夜気が月の光と共に入ってきた。】

 

吾輩の耳には「良寛」の和歌も聞こえるのだった。

「かくばかり憂き世と知らば奥山の

草にも木にもならましものを 」

 その時、銀色の竜巻のようなものが巻き起こり、もわっとした巨木のようなものが、現われたと思うと、黒い髭と四角い大きな目をした巨人に変身し、知路を手招きした。「メフィストだ」とハルリラは叫んだ。

知路はメフィストに対して首を振り、横笛をふいた。終わると、吟遊詩人が声を高らかに歌った。

 

                【つづく】 

 

 

 

 

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銀河アンドロメダの猫の夢想 41 【歌姫】

2019-03-16 10:21:29 | 文化

 

 アンドロメダ銀河鉄道のブラック中央駅の入口の横には巨木が生えており、駅の構内は、色々な民族が集まっていた。その賑やかなこと。

弁当売りの背の高いキリン族の男が大きな声をはりあげている。

「弁当! 弁当こんなうまい弁当はどこの銀河にもないよ。銀河弁当だよ」

あの工場長に似たタヌキ族は茶色のカーディガンのような服を着た人が多いと吾輩は思った。

キツネ族は緑と白のまだらのワンピースに似た服が多い。

夢見る詩人と自分で言っていたリス族の若者に似たヒト達は赤系が好きなようだ。

そして、黄色地に黒い模様柄のチャイナ服に似た服を着た大柄な虎族。

インドのサリーのような布を頭からかぶるようにしているライオン族の衣装。熊族。猫族とそれぞれが民族衣装を着ている人が多いが、普通のラフな仕事着のように見える服を着ている人もいる。

それに、これだけの民族が集まると、顔つきもみな強い個性を持った感じがする。

これほどの民族が一挙に集まる場所は滅多にないことなので、吾輩は様々の民族衣装や様々な風貌をした顔立ちにも目移りがしてしょうがなかった。

花を売り歩く髪の長いリス族の娘が優しく元気な声をはりあげる。

「お花はいりませんか。いのちの宝石のような花ですよ。夢見るように美しいお花をいりませんか」

ブラック惑星の名物の宝石を、金持ちらしく見える銀河鉄道の客を狙って、売り歩くライオン族の目のあどけないがっちりした青年。

駅のプラットホームの中央には、奇妙な形の枝の松が飾ってあった。

 

 そこで舞姫が歌を歌っていた。舞姫は猫族だっただけに、吾輩の胸は久しぶりに高鳴った。薄い緑色の衣装で、肌が透けて見える。黄色い顔は優雅で、丸い目は情熱的だった。声はソプラノで澄んだような響きがあり、喜びと悲しみがミックスしたような魂の高揚が雑踏の駅の中に響いていた。

 

銀河の流れに乗っかり

旅する人達よ、

 

美しい星と宝石を身につけ、豊かな髪をなびかせて

喜びと悲しみの表情を浮かべて

どの惑星を旅するというのですか。

 

銀河の岸辺には柳や桜だけでなく、

色々な花が咲いていますよ。

 

 小さな花にも目をとめて、その花の中に無限のいのちが息づいていることを、そしてその花のいのちがあなたにあいさつを送りたがっていることを

 知って下さいね。

 そうなんです。岸辺の花たちは皆、孤独に耐えながら、

あなたの笑顔を待っているのです。

あなたの優しい眼差しを待っているのです。

 

 永遠のような銀河の旅は

喜びも悲しみもあるでしょう。

岸辺の向こうには色々な街角が見えますよ。

 

大きなお盆の上にのったような巨大な石壁の街の中から

いくつもの灯があなた方に挨拶をしていますよ。

もしかすると、ギターにあわせて静かな

甘い歌が歌われて、あなたの到来をうながしていますね

 

あなたの魂には、無限の優しい愛の光が眠っている。

その光が目覚めた時、岸辺の花も石も喜びに震えましょう。

街角では歓喜のアドバルーンがあげられることでしょう。

 

 我々は舞姫の歌に聞きほれながら、列車の中に入った。

 

我々は銀河鉄道に乗って、おもいがけない人物を見ることになった。

マゼラン金属の取締役で虎族のフキという女だ。

その席にネズミ族の大柄の男と、キツネ族の官僚ぽい男とブラック惑星のタヌキ族の軍服を着た男が座っていた。

何かこの四人が一つの組み合わせのように、談笑しているのを不思議に思いながらも、我々はそこを少し離れた席に、座った。

不思議な邂逅だと吾輩は思った。

ハルリラが言う。「時々、ホトン語が聞こえる。彼らの会話だ。死語なのに、使うとは変だな」

ホトン語とはラテン語に似たアンドロメダ銀河の死語だと宇宙インターネットには書かれている。

「変だね。アンドロメダ銀河鉄道の共通語はサンスクリット語だ。それを使わないで、ホトン語を使うとは」とハルリラは言った。

吾輩はサンスクリット語もホトン語も全く分からないで、ハルリラの言うことにあまり注意を払わなかった。

  

しばらくすると、その我らの横に、僧の服を着た少し背の高めのほっそりしたライオン族の好男子が座っていた。彼は頭を坊主にしていたので、ライオン族特有のたてがみのような貫禄のある髪の毛と髭をそりあげてあるので、一見すると、ライオン族とは分からない。

ただ、目が大きく、鼻も口も大きい。ライオン族としては大柄というわけではなく、がっちりした逞しさが身体全体にみなぎっている。さらに彼にはどこか睡蓮の花を思わすような優しい品格が備わっていた。

ハルリラは何か魔法界の小さな器械を取り出して、いじっていたが、「あの人は

ミチストラモトだ。魔法界にまで名前は響いている有名人だ。『尽十方世界是一箇明珠』を考察した本を出している。座禅をするアンドロメダの修行僧だ」

 

 彼は熱心に本を読んでいた。

  

出発した翌朝、ひと騒ぎが起こった。

車掌の知らせで「殺人事件」が起きたというのである。

車掌は興奮していた。この銀河鉄道でこんなことが起きたのは初めてのことで、列車には警察官も医者もそういう部類の人は誰もいないというのであつた。

 死んだのはシンアストランの弟だった。これには驚いた。

 ミチストラモトという僧が立ち上がった。

「どれ、わしが見てくるか」

しかし、犯人はこの列車にいても、犯人が名乗り出ない限り、逮捕は無理。

車掌は混乱していた。

その時、ミチストラモトが車掌に言った。「私がお手伝いしましょう。私は、昔、若い頃、警備会社に勤めていたことがあるので、何かのお役に立てるかもしれない」

ミチストラモトは少年のようにういういしい声で、目は宗教の長い修業によってつちかわれた天使のような洞察力に輝いていた。

 

 しばらくすると、ミチストラモトはマゼラン金属の取締役で虎族のフキの横に車掌から借りたのか、折り畳みの椅子を広げて座って、

「何の商談なのですか」と質問していた。

「あなたには関係ないことですよ」とフキの隣のたぬき族の軍人が答えた。

「アンドロメダ銀河の惑星に住んでいる者ならば、無関係とはいきません。

ネズミ国は武器の極度に発達した国。

先程、死んだシンアストランの弟さんはわしも知っている。なにしろ、シンアストランはわしの若い頃の修行仲間。

中年になって、修行の中身は変わったが、シンアストランとは一年に一度は会う。その弟さんが車の会社に勤めていたのは知っていたが、

こんな形で死ぬとは解せぬ。」

「あなたは何の権限で、わし等を詰問するのか」

何時の間に、後ろに立っている車掌が「警察や検察の方がおりませんので、銀河鉄道法によって、車掌の裁量によって、この方に捜査を依頼したのです」

「なるほど」とタヌキ族の軍人が言った。

 

ハルリラが立ち上がって、言った。

「この人達は武器の商談をしていたのですよ」

「何だ。この男」

「駄目ですよ。ホトン語が分からないと思って、銀河鉄道の中で武器輸出の商談なんかしていては。ぼくはホトン語が少し分かるのです」

 「しかし、わしらはあの男の死とは何の関係もない」

 「でも、あなたの内、三人は寝台車で寝ないで、ずっと、ここで居眠りしていた。シンアストランの弟も向こうの車両で寝ていた。

多くの人は寝台車で寝るのに、わずかの人がこちらの席で寝ていた、詰問されるのは仕方ないことでしょう」

 「何だ。この男」

 「ぼくは夜、トイレに起きたので、寝台車からトイレに行くまで、この二つの車両を見て回ったので、

あの時刻に誰が車両にいたか、覚えているのです。

 あの惨劇はぼくが寝室に戻ってからおきましたから」

 

吟遊詩人はハルリラの後ろに立って言った。

「それに、シンアストランの弟はブラック惑星で会ってきたばかりで、無関心にはなれないのです。彼が車のセールスと一緒にスピノザ協会と組む

アンドロメダ組合に熱心だったことを私は知っているのです。アンドロメダ組合は素晴らしいカント九条をわれらの銀河に普及させようと啓蒙活動をしています。我らの銀河に軍備の放棄と永遠の平和を約束するためにも、優れたカント九条が必要だったのです。

 

 それだけに、彼は故郷のネズミ国の武器輸出に深い悲しみをおぼえ、なんとかしなくてはと思い、強い関心を持っていたのです。あなた方にとっては、厄介な奴が乗っていたと思ったに違いないのです」

 「アンドロメダ金属の取締役で虎族のフキさんはあの時間つまり、夜中の二時ですね。寝室におられた。

しかし、キツネ族とネズミ族の男性二人、それにタヌキ族の軍人はここでしょ。」とミチストラモトが言った。

 「彼はどこで死んでいたの」とフキが聞いた。

「トイレの前の洗面所ですよ」

「トイレなら、そこの男の人のように、皆、夜中だって行く人がいるのだから、私達にだけそんな風に尋問するのはおかしいのでは」

「その通りです。しかし、あなた方の商談とシンアストランの弟さんの動きは相反している。つまり、衝突する。つまり、あなた方にとっては邪魔な存在」

 

その時だ。アンドロメダ銀河鉄道の窓の外に、オオカミのような動物の形をした白い巨大な雲が広がったかと思うと、真ん中のあたりが霧の晴れ渡るように穴があき、銀色ににぶく光る列車が宙に浮かんでいるのが見えた。

 「ネズミ族に滅ぼされたオオカミ族の幽霊検察列車が停まった」とタヌキ族の軍人が言った。

「そんなものある筈がない」とフキが強い調子で言った。

しかし、ネズミ族の官僚は真っ蒼になって、震えた声でつぶやいた。

「確かに。幽霊電車だ。ネズミ族に滅ぼされたことを恨みに思って、怨霊となって、ネズミ国のやることを邪魔しにやってきたのだろう。魔界メフィストがとりついているということがある。とすると、厄介だ。そもそも怨霊というのは、魔界メフィストの力がよく作用する。魔界の悪法によって、ヒトを裁こうとする。もしもメフィストの力がなければ、彼らは幻のように来るだけで、脅かすだけで何もできはしない」

 

虎族のフキはせせら笑っている。

「科学が発達しているだの、文明が極度に発達しているだのと言っているけど、

しょせん、ネズミ族ね。わたしら、虎族はそんな幻影みたいなものはびくつきもしないわ。

まあ、ともかく、私の話に乗った方が、ネズミ族の惑星にとってもいいことよ。」

ところが、幽霊列車の方から奇妙な霧のような白い煙が我らの銀河鉄道に向かってきて、窓から見る視界がひどく悪くなって、幽霊電車だけがその白い霧の中で鮮やかな黒い色彩でしばらく輝いていた。が急に幽霊電車は素晴らしい緑の邸宅のような形に変身して、天からは音なき雷の黄色い糸のようなものが降りてきて、拳銃を持ったオオカミ族の幽霊がその糸をたどっておりてきて、

緑の館に入り込んだ。それから、椅子を庭に持ち出し、そこで、彼らはこちらを眺め、珈琲を飲んでいるようだった。十名ほどいただろうか。その中に、知路がいる。緑色の目をした美しい服に身を包んで、すらりとした娘はオオカミ族の怨霊の中で、宝石のようにつくられた彫像のようだった。

 

 

フキは「ただの煙幕よ。放っておけば、消えるわよ」

ネズミ国の官僚は相変わらず、真っ蒼になっている。

 

                      【つづく】

 

 

 

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銀河アンドロメダの猫の夢想 40【万華鏡】

2019-03-02 10:25:56 | 文化

 

  次に我々がぜひとも見たかったのは産軍共同体のボスの会社、機関銃や大砲をつくる工場だった。

案内の弁護士は交代した。別の年配の鼻の長い象族の弁護士だった。彼の鼻はすっかりヒト族の鼻に進化していたが、それも吾輩のような猫族から見ると、鼻は異様に長く奇妙にそして器用に動くのだった。

彼は長い鼻の先でパイプをつまんで、煙を吹かしていた。吾輩はニコチンの害を心配したが、象の弁護士はうまそうにしてご機嫌な顔をしていた。

「工場の中身を見ることは禁止されているのですよ。敵に見られるといけないというのでしょうけど、敵と言ってもね。たいした敵はいないのですよ。

カボタ国は、確かに武器がある。時々、変なことを言う。しかし、人口の上でも、経済の上でも、我がピーハン国が圧倒的に大きく強いのです。

 

 それに、又、おかしな話なんですけど、月に武器を持つヒト族がいるなんていったって、そんな人達が攻めて来る筈がないのに、我が国では、五十年以上の前の内戦で、国内で争っていた頃の習慣がいまだ残っているんですよ。なにしろ、工場の写真を撮るだけで、いまだにスパイ罪なんていう罪があるんですか

ら。基本的人権なんてないに等しい。

ああ、スピノザ協会がアンドロメダに普及を進めているカント九条のある平和憲法を我が国はつくるべきなのです。モデルは銀河系宇宙の地球にあるそうだが、あのような素晴らしいものをつくるのには、大変な時間と努力が必要だという認識がアンドロメダ銀河のヒト族にも知ってもらいたい。

 

 射撃場なら見せてくれるというので、そこに行くことにした。

広大な平原で、そこまで馬車で行った。

途中で、奇妙な光景を見た。白い軍服を着た十七才か十八才ぐらいの少年達が十人ぐらいで、一人の背の高い立派な風貌の男を取り巻いている。

「あれは何ですか」と吾輩は聞いた。

「白衛兵ですよ。大人の人は平和主義者でしょ。軍のトップはこういう卑怯な手段も使うのです。軍に忠実でない人間をこういう手口を使って、こらしめるのです。軍が正しいと言うまでやっていますよ。」

少年たちは何か文句を言い、持っている小枝で平和主義者をつついている。

「よくあんなことが許されますね」

「軍のトップとそれに従う軍人の指導でやっているので、警察もとめることができないのです」

非人間的なやり方であると吾輩は思った。このブラック惑星でのこの国のやり方は理想も何もないただ残酷で人間の醜さを露呈していると思わざるを得なかった。

 

やがて、射撃場の近くまで来ると、砲撃の音や機関銃の物凄い音が聞こえて来る。

途中に、通行の検問所みたいな所があって、警備員のような兵士のような人達が十人ぐらいいて、チェックしている。

 

なんとか、そこを通り抜けてしばらく行くと、向こうから、馬にまたがった少し階級の高そうな兵士が部下を連れて、ゆっくり近づいてきた。

「とまれ。許可証を見せろ」と大佐が言った。

「よし、今、敵、味方に分かれて実践の訓練をしている。縄を張ってある中に入らないでくれ。あとはどこから見ても、結構」

 

我々が気付いたことは、大佐の周囲に、背広を着た人物と兵士の服を来た人物が二十名ぐらいいたことである。背広を来た人は七名ぐらいで、

吟遊詩人に名刺を渡したのは、ウサギ族の若い男で、薄いブルーの麻の背広に赤いネクタイをしていた。宇佐という名前だった。丸い目をして、黒いちょび髭をはやしていた。

「わたしの会社は扇風機も蒸気自動車の開発も蒸気機関車という平和産業だけでなく、国を守るためにもこういう武器を製造しているのです。いつ月のヒト族が攻めて来るか分かりませんからね」と宇佐は事務的に言った。

「え、衛星の国のヒト族はまだ剣の時代で、銃を持っていないと聞いているのですけど」

「それは一つの情報です。色々な情報が錯綜しているのです。衛星の内部がしょっちゆう戦争をしているという情報もあるのです」

 

「しかし、彼らが、ここに攻めて来るのには、ロケットが必要ですから、そういう科学技術はまだそこまで発達していないでしょう」と言って、象族の弁護士はパイプの白い煙を一気に自分の頭の方に吐いた。

 

宇佐は大きな両耳をパタパタさせて、まるで扇子でも使って自分の冷や汗を防いでいるようにも思えた。

「確かにね。しかし、ネズミ国の惑星がこのアンドロメダ銀河の中心に近い所にあると言われているんですよ。誰も実体は分からず、謎めいた国なんですが、この惑星は極度に科学が発達していて、相当の高度の軍備を持っている。しかし、どういうわけか、鎖国を長く続け、今だに本当の情報はどこにも来ないのです。それでも、武器輸出という誘惑に負け、このネズミ国の惑星からわが惑星の衛星国に密かに、密使が送られて、我が国があっという間に占領されるというSFめいた本が数十年前から流行りましてね。それもあって、こういう軍備の必要が言われているんです。用心するにこしたことはない。それに、国内の中にも不穏分子がいますからね。彼らに対する無言の圧力にもなるのです」

 

吾輩はネズミ族の惑星と聞いて、シンアストランという大男とロイ王朝でウエスナ伯爵の元で水素社会のための研究している天才ニューソン氏を思い出した。彼はウエスナ伯爵と一緒に、革命の動乱期に、逃げ、新しい国で活躍していると聞いている。

ああいう異才を出すネズミ族の話をただの噂とかたずけられないものが、このアンドロメダ銀河にはあると直感した。

そう言えば、さきほどの大佐はネズミ族のような風貌だった。

 

どちらにしても、産業と軍が密接に結びついている様子が目の前にありありと展開していることは、我々にとっても驚きだった。

大砲の弾が遠くに落ちた。物凄い音で、あれならまだ雷の落雷の方が自然で親しめると思った。

しばらく行くと、向こうの少し高い所に、マンション風の建物がいくつも立っている所があった。

 

 「今日は市街戦の訓練なのですよ」とタヌキ族の案内の兵士が言った。額の汗を洒落たハンカチでふいていた。階級は大尉のようだった。日射の厳しいこんな所で市街戦の訓練とは厳しいなと、吾輩は思った。

吾輩は市街戦といわれると、レニングラードの市街戦を思い出した。

何故かというと、あの映画を京都の銀行員の主人が見ていたからだ。吾輩も横から見ていて、人間どもは奇妙なことをやるものだと思ったものだ。

 

レニングラードの市街戦では百万の市民が餓死したとも聞く。あの映画で、驚いたのは、ドイツ兵の死体を放り投げるロシア兵を見て、ドイツ軍の中佐は仕返しという形で、市民の中からユダヤ人の母娘を選び出し、車に閉じ込め、火炎放射器で焼くのだ。その場面を見ていた、ロシア兵は怒り、突撃して、マンションの奪い合いという形で戦闘が始まる。

ユダヤ人虐殺をとめようとしたドイツの大尉は「戦争がいけないのだ」と叫ぶ場面がある。

 

吾輩は戦争こそ、ヒト族にまつわりつくガンという思いを強くして、市街戦の訓練をするというので、見ていた。

五百名ほどの兵士が機関銃をにぎり、

はいつくばって、にじり歩きをしている。ビルマンションの中に敵がいるという想定なのだろう。建物からも激しい機関銃の音がする。

 

「練習でも死者がでるんですよ。」とタヌキ族の大尉は言った。

「え、練習で死者が出る」

「そうしないと実践並みの訓練が出来ないというのが軍の方針なんですよ」

「そんな愚かなことをやっている軍は地球ではない」と吾輩は思わず言った。

「地球。あの惑星ね。」と赤いネクタイをした宇佐という男がにやりと笑った。

「困ったものです」と象族の弁護士は不快そうな顔をして、言った。

 

「死者になる人は皆、変な衣服を着ていますね」と吾輩が言った。

「ああ、あれは魔女の衣服ですよ」と象族の弁護士は言った。

「死ぬのはたいてい、魔女です。彼らが標的にされるんですよ」

「魔女って何ですか」

「つまり、魔女裁判で魔女とされた人達ですよ。男も女もいます」

「魔女裁判って、地球でも中世のキリスト教社会であったと聞いていますけど、あれと似たような響きがありますね」

 

「ああ、私も宇宙インターネットで調べたことがありますけど、似ていますね。ただ、今の我が国は無宗教ですから、昔のピーハン教が長く続いた時代の名残でしてね、今は軍部の考えに反する人達が魔女とされるんですよ。昔はピーハン教の異端が魔女とされ、火刑にされたのですけど、長く栄えたピーハン教は滅びましたからね。

そこへ忍び寄ったのが、魔界の悪知恵。悪魔メフィストの部下が軍の幹部に入りこみ、ピーハン教の魔女裁判だけを軍部が利用しているんです。反軍思想の人は密告されて、裁判にかけられるんです。どちらにしても死んで異界に行くだけのことですから」

「しかし、いのちが軽視されていますし、軍部の考えに反する人を死刑にするというのでは、恐ろしく息苦しいですね。今の地球では考えられないことです」

 

金色の階級章が肩についた白い薄手の軍服姿のタヌキ族の大尉がにやりと笑って、言った。「まあね、この惑星と死生観が相当違うんでしような。我々の世界では、

無宗教が支配的ですけど、奇妙な迷信だけはあるのですよ。

死ぬとまた違った美しい異界が待っているという信仰は確固としたもので、死は怖いものでないのです。死んでも、ちょつと旅に出たくらいにしかみな思っていないのです。これって、宗教のように思う人もいるけど、

どうなんですかね。神なんて信じていませんからね。ただ、異界があるという信念があるというだけなんですよ。

まあ、軍の方針というのもあるのです。軍の方針と迷信が一致しますから、ますます、みんな強く信じてしまう」

 

 「しかし、この地上で魂を美しくみがくことの大切さを忘れてはならないですよね」とハルリラが言った。

「魂をみがくなんて、みんなそんなことを考えませんよ。いかにして、出世をするか。いかにして、金をためるかですよ。金をためたものが偉いんです。その時の金の量で、あの世の生活も決まるということが流布されているくらいですからね」とウサギ族の宇佐という男は言った。

 

「それは間違いです。それは真理ではありません。宗教の大真理は大慈悲心と愛にあって、心を磨き、人に親切にして、愛する、そうすれば魂は磨かれ、世界の真理が直観されるようになった時、浄土を、本当の美しい世界を見ることが出来るのですよ」と吾輩は自分でもよくわからないが、宇佐の言っていることに反発して口走った。

 

吟遊詩人が我輩を応援するように言った。「愛のない宗教、大慈悲心のない宗教、人を傷つける宗教、それは堕落した宗教です。

宗教は最初は純粋でも、歴史の長い過程で組織が大きくなり、権力を持つようになると、堕落する危険が常にあることは地球の人類の歴史が証明している。ヨーロッパのキリスト教の歴史でも、魔女裁判が有名である。教会とは少し違った宗教観を持っていると、異端とされ、火刑にされるということがしばしば起きた。

あるいは、免罪符を買えば天国に行けると言い、貧しい民から金を取るなどということがあったから、ルターの宗教改革が起きたのだろう。

日本でも、権力と結びついた江戸の寺院が宗教として堕落しているという良寛の漢詩もある」

 

ハルリラが言った。

「宇宙インターネットで調べたら、地球の日本では、オウム真理教の地下鉄サリン事件があったという話だよ。サリンという猛毒を地下鉄の中にばらまくという恐ろしいテロの発想がどうして宗教から出るのか、僕には理解できない。オウム真理教は宗教という仮面をかぶっていたに過ぎないのだと思う。

アメリカでは、人民寺院の千人近い集団自殺があった」

 

 そんな風に、我々が宗教の宝石のような素晴らしさと怖ろしい落とし穴について、会話していると、その時、担架に横たわって血だらけの男が運ばれていた。

「まあ、彼は死ぬでしょう。ああいう風になると、兵士の方も死をのぞみ安楽死の注射を医師にうってもらうことが多いのです。なにしろ死の異界は心地よいという迷信がありますからね」

と宇佐という背広の男は言った。

 

「あなたはそんな迷信を信じているんですか」と吾輩は言った。

 

「いいとなんか思っていないですよ。実を言って、この惑星の自殺は年間十万人を超えるのです。ところが奇妙なことに、これが社会問題にならない。

ブラック企業で、競争と激しい労働と金銭至上主義。人と人との間はばらばら。これで、あの世はこの世とさして変わらないという信念がはびこると、自殺が増えるし、軍事訓練で死者が出ても誰も文句の言わない変な社会が生まれてきてしまうのですよ。変な社会ですよ  」と宇佐は言った。

 

「親鸞の教えなんかを取り入れたら」とハルリラが言った。

「親鸞。名前くらいは聞いています。なにしろ、学校が何の優れた価値観も教えませんし、家庭もね。生きている意味は金をためることだけなんですよ」

「親鸞? あの教えは物凄く深いけど、あれが一般に広まると、堕落しやすい要素を持っている。なぜなら、悪人こそ浄土に行けるという深い意味を理解せずに、上澄みの知識として知ると、親鸞の教えとは程遠い地獄の奈落に行くような行動をとる、自称信者が生まれる。だからこそ、歎異抄のような本が生まれるのではないか。人間とは本当に困った存在です」

 

我々は、祖父と二人暮らしをしているという宇佐というウサギ族の若い男の家に行くことになった。そして、驚いた。壁が厚く、鉄条網がめぐらしてあり、あるので聞くと「いつ強盗に襲われるかもしれないからだ」と宇佐は答えた。

彼の家には銃が三丁もあった。ピストルと自動小銃。

鉄条網には電気がかけられている。

ハルリラはこれを見て、謎のようなことを言った。

「わあ、文明もここまで行くと、真実を見失う悪路に入った感じだな。」

「悪路 ? 」と吾輩は聞いた。

「そう。分析ばかりやっていると、全体という聖なる生命を見ようとしない習慣ができてしまう。分析ばかりやっていると、真如が見えなくなる。ちょうど、森の中に入り、森を忘れ、木一本ばかりの分析している内に、自分が森の中にいることを忘れてしまうというようなものさ」

 

宇佐という男は言った。「言いたいことはなんとなく分かりますよ。なにしろ、金があることがこの世の幸福、あの世の切符。葬式を盛大にやるほど、あの世でいい所に生まれるというのだから、みな金をしこたまためる。

 

金をためれば、それを盗まれないかと心配する。だから、こんな鉄条網を張るのですから。自分でも嫌になっているのです。

なんともあさましい人間の生き方でしょうかね。まさにブラック惑星です。」

 

吟遊詩人が言った。

「価値観を変えねばこの惑星は滅びるのでは。金よりも貴いものがあるのでは」

 

「何ですかね」

「愛とか、大慈悲心」

 

宇佐という男は急に目を輝かして、自分の祖父の話をし始めた。

その後、我々はその祖父に会った。

 

祖父はウサギ族の長老のような風格で、白い羽毛はすっかり灰色になり、耳が大きく、落ち窪んだ目が大きかった。

視力がかなり悪くなっているという話だが、黒い瞳の奥から、我々を優しく見つめた。

 

挨拶の会話が終わると、爺ちゃんはまず吟遊詩人の持っているヴァイオリンに目をつけて、一曲弾いて欲しいと言った。

「それでは大自然のおおいなる愛という私が作曲したのを弾きましょう」と、吟遊詩人はヴァイオリンを肩にかけ、弦を持った。

 

大きな緑の丘陵に色とりどりの花が咲き、昆虫どもが飛んでいる。一人の少女がその花と花の間を歩きながら、昆虫を見たり花を見たり、鼻歌を歌いながら、飛んだりはねたりしながら、散歩している。さんさんと降り注ぐ太陽の気持ち良いこと、このおいしい空気を飲み、味わい、この自然の美しさに酔ってしまったようだ。この自然にはおおいなる愛がある。呼吸をして、息を吐き、吸い、その空気のおいしさの中にその愛を感じる。空には、青空が広がり、白い綺麗な雲がまるで船のようにゆっくり動いて行く。ああ、世界は万華鏡のように美しい。なにもかも、素晴らしい大慈悲心のあらわれではないか。

そんな風にヴァイオリンの弦は音楽によってささやいていく。.

 

 宇佐は言った。

「内の爺ちゃんはそんな風に時々、口走ることがありますよ。最近は耳も少し遠くなってきていますが、今の音楽はよく聞こえたと思います。表情で分かります。大分、老化が進んでいますけど、言うことはしっかりしていますよ。僕は子供の時、世話になったから、時々、話を聞いてあげているんです」

 

「何か、本を読んでいませんか」と吟遊詩人が爺ちゃんに聞いた。

「法華経を読んでいます」と爺ちゃんは答えた。

宇佐というウサギ族の孫の男はさらに付け加えた。

「爺ちゃんの話では、全ての人は仏になれるというんだそうです。しかし、まず、僕は仏というのが分からない。

それに、このブラック惑星でそんなことを言ったって、誰も耳を傾けませんよ。

僕は爺ちゃんに子供の頃、可愛がられましたからね。

それで忙しい合間も時々、聞いてあげるんです。

爺ちゃんの話によると、法華経は禅の寺に行って知ったんだそうです」

 

「禅の寺なんか、あるんですか」

「わがピーハン国には一つだけあるという寺なんです。広い禅道場があるらしいですよ。禅では、座禅と法華経と愛語を重要視するんだそうです。でも、来る人はわずかだそうです。

爺ちゃんは猛烈社員でしたから、若い時はそんなものにまるで関心がなかった。ところが、ある日、事故にあった。それで生死の境をさまよい、何か素晴らしい世界を見たというんです。話すけど、誰も聞かない。それで、爺ちゃんはこの無宗教のピーハン国で、唯一まともに宗教活動をしている禅道場に目を向けたのです。」

 

 爺ちゃんは言った。「音楽を聞く時、風の音を聞く時、小鳥の声はみな真如【一如】の現われそのものである。

そういうことに気がつきました。

全ての物もそうなんだけれど、やはりストレートに一如、法身の現われというのは美しい音楽だと思いますね。吟遊詩人がヴァイオリンをひいた時、ますますそう思いましたね。

神そのものが舞踏をしているような感じがしますよ」

宇佐という男はさらに付け加えた。

「そういうことを、内の爺ちゃんは事故に会ったことをきっかけに、禅寺に通うようになってから、人に言うようになった。でも、多くの人はその交通事故で少し頭がおかしくなったのだといいふらしたので、爺ちゃんはそれから寡黙になったのです。

 

今は俺だけが聞いてあげているんだ。でも、俺は忙しいし、俺も世間の人と同じで爺さんは事故でそんな風になったのだと同情はしているけど、話は話半分に聞いている」

 

爺ちゃんは微笑した。「息を吐く、吸う、これに意識を向けて、座るんです。そして、静かなバッハのような音楽をかける。寝る前に一時間必ずやるんです。これはいいですね。生き返りますよ。」

「そうですか」

「息を吸い、その吸うことに意識を集中して、吐く時に南無如来と唱えるのです。これがまた効果、抜群。これは簡単だけど最高なんですよ」と爺ちゃんは笑った。

 

我々はブラック惑星で、悪い話だけでなく、良い話も聞けたことに満足した。

この禅の教えがブラック惑星に広まることを願いながら、このブラック惑星での旅を終えて、次の惑星に向かうために、我々はアンドロメダ銀河鉄道に乗るために、足を駅の方に向けた。

 

  

 

  【つづく】

 

 

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