いのち ー 日はまた昇る

小説の創作が好きである。今回のは猫の語り手が吟遊詩人と「アンドロメダ銀河」を旅する話。散文詩
のように磨くのが夢。

銀河アンドロメダの猫の夢 37

2018-07-16 09:51:24 | 文化

 37     ブラック惑星に鐘が鳴る

  その時、工場長室の方まで、鐘の音が聞こえてきた。美しい響きで、吾輩はまるでピアノ・ソナタ「月光」を聞いている時のような心持ちになった。

「どこから流れてくるのですか」とハルリラが言った。

「色々言われているのです。塔から流れて来るという人もいるのです。でも、塔は蜃気楼でしょう。もしかしたら、銀河鉄道からかも。

学校も鐘をならしますけど、こんな美しいものは流れてきません」と工場長が言った。

 

「なにしろ塔は蜃気楼だと思いますよ。でも、本物だという説もあるのです。

銀河鉄道は本物の可能性が高いですね。もしかしたら、鐘はそこから流れてくるのだと。定説はないのです」と工場長は言った。

そんな話をしている内に、塔も銀河鉄道も流れゆく白い大きな雲の中に入り、見えなくなってしまった。

 

「全ての物は蜃気楼のようなものだという考えもあります」とハルリラが言った。

たぬき族の工場長は大きな声で笑った。笑い方で始めて、たぬき族と分かった。それまでは、吾輩には彼がどこの民族か分からなかったし、あまり詮索もしていなかった。この国はどうも多民族国家らしい。

「私も蜃気楼です」とインコが言った。皆、どっと笑った。弁護士事務所の所にもインコがいたが、こちらは金色のかごに入った少し大きめのインコである。

「すごいインコですね」と吾輩は驚いて、そう言った。

「内のインコといい勝負だ」と首の長いキリン族の弁護士は笑った。

どうもこの国では、インコを飼うのが風習としてあるらしい。

 

吟遊詩人が微笑して言った。

「道元が何故、愛語という思いやりの言葉を重視したかは大慈悲心の教えからすぐ分かることだが、言葉というのは万物という物の創造にもかかわっているような気がする。ハルリラ君が言う、全ての物が蜃気楼というのはそのあたりから来ることだろうか」

「言葉は神なりきというヨハネ伝の有名な文句がありますからね」とハルリラが言った。

 

 「もし仮に、ヒト族に言葉がなかったら、周囲の物は言葉がある時のように目に見えるだろうかなんて、考えると、面白いね」と吟遊詩人が言った。

「ここにある花瓶も花もインコも蜃気楼のようなものということですか」と吾輩が言った。「そうすると、吾輩も蜃気楼になる。嫌だなあ」

  

「話が随分と飛びますな」とたぬき族の工場長がにやにやしていて、手で口髭をなでた。

「わが国では、」と、工場長が急にまじめな顔になって言った。「塔は蜃気楼。銀河鉄道は実在という風に皆、思っている。」

「確かにその通りです」と弁護士は微笑した。

 

ちょうど、吾輩達のいる部屋の窓から、軟らかな日差しが入り込んでいた。この惑星は温暖化が進んでいるのだが、この部屋の窓のガラスはそうした強い光をやわらげる工夫がされているようだった。

 

テーブルの周囲で、我々は椅子に座って、その美しい光に包まれ、花瓶にさされた花と、ロダンの「考える人」に似た小さなタヌキ族のヒトの彫刻を見ている。タヌキ族のヒトが何か深く考え事をしているのは何か滑稽な感じがするのは、タヌキ族が陽気な民族といわれているせいもあるが、吾輩、寅坊が猫族で無意識の内に、偏見があるのかもしれないと思い、恥ずかしいことだと思った。偏見は直さねばならないと反省するのだった。

 

「外は地獄みたいだけど、ここだけは天国みたいだね」と吾輩、寅坊は思わずそう言った。

吟遊詩人は微笑した。

「そうさ。至福の時さ。まるで、森の中に差し込んでくる春の光に包まれて、素晴らしい気分になって、草地に寝転んで目に見える花を見ているような気分になれる。

先程の話の続きだが、言葉の働きが途絶えると、美しい瞑想状態に入り、ただ呼吸だけになる。

 

その瞑想が深まると、色々に細分化されて区別されている世界が虚空に包まれて美しい光に溶けてしまったようになることがあるのではないかと夢想することがある。

意識だけが、美しい様々な色の万華鏡のようなものにひたって、瞑想する虚空ともいうべき永遠のいのちの世界があるなんてイメージする」

吾輩は周囲を見回した。丸い焦げ茶色のテーブルの上に柿右衛門風の花瓶。その中に爛漫と咲いている黄色いらんに似た花の美しさ。彫刻。

そして緑と黄色のまだらな羽と赤い大きなくちばしを持つインコが鳥かごにいる。

白い壁にかかった風景画。

これらの物が溶け合うというイメージは、あのフランスの大詩人ランボーが見つけた海と太陽の溶け合う所にあった永遠と同じものなのだろうか。

 

 

吟遊詩人は吾輩の想像を補うように、さらに話し続けた。

「つまり吸う息と吐く息に集中する瞑想あるいは敬虔な祈り、あるいは南無如来と唱えるのは、座禅と同じような効果があるのです。

つまり、ヒト族の持っている言葉の機能を停止すると、摩訶不思議ないのちの世界に入るのですが」

そこまで言うと、彼はため息をついてしはらく沈黙した。

「このあとは言葉で説明するのは難しい、あえて言えば、ポエムつまり詩のような表現をするしかありませんな。つまり、

慈愛の世界に入るのですよ。

大慈悲心の世界といってもよい。

そこでは、世界は細分化されていない。

一個の美しい真珠のような世界

その球は虚空とも霊ともいのちともいえる世界なんですよ。

人は愛する時、そのいのちを感ずる

生き生きした不生不滅のいのちを知る

だからこそ、瞑想や祈りと同じように、

人は愛さなければならないのです。

慈愛こそ、人生の奥義に入る道

大慈悲心こそ、生命の深い神秘の洞窟

その中に入る時、人は光に包まれる

いのちに満ちた、慈愛に満ちた

温かい光を深く感ずるのです。   」

 

 

たぬき族の工場長はゲラゲラ笑った。

「地球の方は難しいことを考えるのがお好きなようですな。我々は金銭の勘定で毎日、過ごしていますから、今の話は夢のようです」

 

「課長の入っているGSウトパラは課長の言葉に影響を与えているのですか。それとも、これは会社の方針なのですか。プロントサウルス教の影響とは思いたくないですね。宗教の看板が泣きますからね」と弁護士は聞いた。

「さあ、私には分かりませんが、言葉が乱暴なことは私も気がつきます。GSウトパラという社交クラブの中身を正確に把握していませんから。

ですからね、影響があるかどうかは、私には分かりません。なにしろ、名門の社交クラブですから。会社は言葉に関しては特に指導はしておりません」と工場長は答えた。

 

「言葉が乱暴というのはいけませんな」と吟遊詩人は言った。

 

 「この国は、社交クラブが流行っています。まあ、人間がバラバラですからね。なんとかして、それをつなぎとめたいという社会的要求からこういうのが流行るのです。このこと自体は良いのです」と工場長は言った。

「そうですよ。関係こそ、人間にとって、いのちですからね。慈悲も愛もその間にある。」とハルリラが言った。

 

工場長は口髭をなでて、言った。

「我が国は奇妙な格差社会になっているのですよ。社交クラブに入るのにも、金とかコネとか、なにかしらのブランドが必要になって、これがまた競争をあおる社会をつくっているのですから、奇妙です。

社交クラブにはランクがあるせいでしょうね。上のランクのクラブに入ると、政治に影響力を持つことが出来る。競争に強い会社に入ることが出来る。上のクラブほど色々な特権が出てくるのですよ。

逆に、どのクラブにも入っていないと、そういうレッテルを貼られて、就職に不利になったり、様々なことで差別を受け、ワーキングプアの典型みたいになってしまうのです」

 

「人間がバラバラならば、組合というのも大切だ。ここの会社にはあるのですか」とハルリラが言った。

吾輩はリス族の若者を思い出した。

「ありませんよ。それに会社はそういうものをつくることを禁止しているのです。ともかく、毎日、ノルマに追われていますからね。ともかく、この国は競争が激しい。負けると路上生活が待っているのですよ。今まで、強い会社の社長だった人が天涯孤独になって、そういう生活に転落した話はけっこう耳にするくらいです」

 

その時、課長が工場長に挨拶に来た。

ハルリラが「あ、魔性のけものが来た」と言った。

狐族の男は怒ったような顔をして、「銀河鉄道の切符がとれないようになりますよ」と言った。

「ハハハ、あなたでも怒るのですか。そんなに言葉にデリケートな方なら、人にも不愉快な言葉を使うべきではありませんな」とハルリラは言った。

その時、女の事務員はコーヒーを持ってきた。課長は怒ったような顔をして、ハルリラをにらみつけて、出て行ってしまった。

 

 「みっともない所をお見せしたくはなかったですな。しかし、先ほども申しましたように、会社も厳しいので大目に見て下さい」と工場長が言った。

 

「工場を見せていただきたいのですが」と首の長いキリン族の弁護士がコーヒーを飲みながら言った。

「工場ですか。見て、どうするのです」

「こちらの方はアンドロメダ銀河鉄道のお客さんで」

「ああ、そうですか。そんな素晴らしい方がわが社を訪問して下さるとは光栄のいたりです。見せるのはよろしいのですけど、中は暑いですよ。

五十度近くになることもあります」

「それでは従業員はまいりませんか」

「ええ、交代制にしておりますし、休憩室には扇風機がありますから、そんなに不平はでていません」

 

工場の中。外も三十度あったが、その時の中の温度は四十五度。いきなりむっとする空気で息をするのに、しばらく訓練が必要と感じるほどだった。

大きな輪転機のような機械が二十台ほど回転している。輪転機のまわりには紙がへばりついている。

白に染めているのだろう。回すのは電力だが、石炭の火力発電所が中心で、それもそういう電力そのものがまだ発明され、使われるようになったばかりのもので、時々、電圧が下がって、輪転機が止まってしまうという話だ。

その輪転機の周りで、機械を立ったまま操作している工員はシャツ一枚で汗だくであるが、真ん中にあるガラス張りの指令室の中には、大きな扇風機が回って、一人の男が座って計器を見ている。

 

「司令室のように、扇風機を入れることは出来ないのですか」

「いや、扇風機は高価でね。そんなことをしたら、会社の収益にひびきますよ。

この業界も競争が激しいですから、なるべく美しい使いやすい紙を大量につくらなければならないのですから」

「工員は労働力を暑さで消耗するでしょうけど、司令室は楽というわけで、社交クラブだけでなく、ここにも格差社会の現実がありますね」

そう言う弁護士に、工場長はまゆをひそめた。

 

帰り際に、工場長の家に招待された。

「銀河鉄道の方がわが家を訪れてくれるのは名誉なことですからね」と彼は言った。

しかし、我々は返事は電話でするということにした。

電話機が家にあるのは裕福な家庭というのが、この惑星の文明の状態だった。

しかし、電話ボックスはいたる所にあるので、色々な連絡は可能だった。

 

我々は会社を出た。大通りはケヤキのような太い幹の樹木の並木になっていた。花壇もあり、ハンキングバスケットには、目のさめるような赤い美しい花が咲いていた。先程の貧乏な道と大違いなので驚いた。

 

 日差しは強かったが、地球の東京の夏とさして変わりがない気候だった。ただ湿度がそれほど高くないので、助かるが、オゾン層が薄いので、皮膚がんや白内障と目をやられる人が多いので、殆どの人がサングラスをかけ、長そでのシャツを着ていた。

 

弁護士は言った。

「弁護士が工員に組合をつくることの大切さを教えなければならないのです。手を結ぶことの大切さを教えるのです。みんなバラバラですからね」

 

「どうしますか。あの工場長の家を訪ねるのは」

「ブラック企業の工場長の家でも、勉強になりますよ」と吟遊詩人は言った。

「あの家はね、ちょっとこの惑星でも特殊でしてね」

「特殊」

 

「そう、彼の家には幽霊が出るという噂があるんですよ」

「え、幽霊が」

吾輩は銀河鉄道での猫族の娘の幽霊を思い出した。

「何でまた」

「過労死した人の幽霊が毎晩、かわりばんこに出るというんです」

「え、そんなに過労死しているんですか」

「もう十五人ですよ」

「それが変わりばんこに、毎晩でる」

「そうです。奇妙な家でしょ。でも、これは噂ですからね。噂は本当のこともあるが、偽情報のこともある」

「だいたい、幽霊なんて、この惑星には出るんですか」

吾輩は、アンドロメダの惑星で、過労死した人の幽霊が出るというような話を聞くのは初めてのような気がして、そんな質問をした。

「ありますよ。電話機が発明されたり、扇風機がまわったり、蒸気機関車が走ったり、まあ、今や科学の世紀。それでも、不思議に幽霊は出るんですよ」

「地球ではそういう話はまゆつばもの扱いされるんですけど」

「ああ、地球ね。聞いています。わが惑星の宇宙天文台は他の科学よりは極度に発達していますからね。宇宙インターネットにも通じることが出来ますし、その内容を新聞に流しますから。でも、これもね。幽霊の話と同じで、信じる人と信じない人がいるんです」

「そうですか」

「銀河鉄道はみんな信じているんですか」

「はあ、不思議なことに銀河鉄道はみんな信じているんですよ。宮沢賢治がつくったものですからね。あの方は全ての人が幸せにならなければ自分の幸せはないとおっしゃった。こんなことを言う人は仏様ですよね。

我が国は無宗教の人が多いのに、意外と宮沢賢治のような人は信じちゃうのですから、不思議です。

私も銀河鉄道は実在するものと信じています。蜃気楼ではありません。

ただ、どこかに、霊的なものが含まれているような気がして、そこのお客さまはそういう高貴な人達という気持ちになってしまうから、不思議です」と弁護士は言った。

 

 

 我々はそこの工場長の家を訪ねることになり、電話ボックスから連絡した。

「名誉です」と工場長は三回もそう答えた。

 

 

                            【つづく】

 

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銀河アンドロメダの猫の夢 36

2018-07-15 08:58:48 | 文化

 

36    ブラック企業

 カラスの声が一声大きく鳴いた。

黒く大きく逞しいカラスがみかんの樹木の上の方を飛び立った。

地球のよりかなり大きい。

「すごいカラスですね。あんなのに襲われては、ヒトもケガするでしょうね」

「そうですね。でも意外に温厚なんですよ。ヒトを襲うことは滅多にありません」とリス族の若者は微笑した。

吾輩は地球のカラスがこのレベルの大きさになったら、猫などやられてしまうと思ったほどだった。

「やあ、皆さん。今日は。と言ったんだよ」とハルリラが豪快に笑った。

吟遊詩人は「そうかもしれません」と微笑した。

【里山の虚空の道に来てみれば

    からすのいのち カア今日は】

 

頬のふっくらした目の細い小柄なリス族の若者の話によると、彼は宝石を探して暮らしをたてているのだそうだ。この惑星は黒い色の大地であるけれども、ダイヤ、エメラルド、サファイアなどの宝石が大地の浅い所に隠れているのだそうだ。そうは言っても、簡単に宝石は見つからないから、その間はアルバイトをしてなんとか生きているのだそうだ。最も、宝石探しよりは本当にしたいのは皆がばらばらになっているのをまとめて一つの大きな力にする組合づくりなのだそうだ。それを聞いた時は、吾輩は驚きもし、感心もした。

 

「この僕の生き方を、僕は「夢見る詩人」と自分で思っているのですよ。僕自身食っていくのが大変な状態ですからね。仲間をつくるのが大変なのですよ。それでやむなく、宝石探しに熱中するのです。宝石はこの惑星にはけっこうあるのです。もっとも、見つけて売っても、相当の税金がかかりますから、大金持ちになることは出来ませんけれど、まあ、組合づくりの資金にはなると思います」

ここでは会社に入れない若者はそういう宝石を求めて彷徨うことが多いが、中には山中で餓死することもあるという。

 

 そんな話を聞いていると、向こうに赤煉瓦の三階建てのビルが見えてきた。緑の葉がその赤煉瓦の壁にまつわりつき、上の屋根にまで伸びていた。

リス族の若者と別れ、我々は弁護士事務所に入った。玄関の横の大木にとまっていた大きな茶色のふくろうが大きい目と愛くるしい瞳をくるくる回すようにこちらを見ていた。

八人の弁護士と十人の事務職員がいた。

「ああ、よく来てくれました。ウエスナ伯爵は銀河鉄道の旅に出た時の出会いで知り合った友人でして、何か今度は、革命に失敗し、隣国で介護士になられたとか聞いております」と新品の背広を着た小柄で引き締まった感じのする首の長いキリン族の弁護士が言った。

 

「ええ、私達はこちらの惑星はどんな所かと、興味しんしんの銀河鉄道の観光客です」

「そうですね。わが国の法律は国王と裁判所の判事の判例によるので、基本的人権が保障されていないのです。ですから、理由なく突然逮捕されることがあるのです。

税金は国王の意向を受けた大臣と官僚が決めますから、議会はあっても、それを追認する形式的なことしか出来ないのです。

ですから、我々弁護士は、スピノザ協会がアンドロメダ銀河に広めようとしている基本的人権などを保障した憲法と戦争放棄を条文化したカント九条の素晴らしさを日々、勉強し、その素晴らしい人類史的な深い意味に感動して、ぜひアンドロメダ銀河の全ての惑星にこの精神を広げる運動を密かにやっているわけです。

 

こちらの惑星の特徴は国家が三つあって、それが互角で対立しているが、特に大きな紛争問題はない。過去にはいくつもの戦争があったようだが、人々は戦にあきている。それでも、政府は、軍事力を拡大しようとしている。その影で、税金を国民から取るために、国民をごまかして自衛よりも攻撃に適した軍隊につくりかえようとしている。ブラック惑星を回る二つの衛星、我らは赤い月と白い月と言っているのですが、最近そこにもヒト族が住んでいるということが分かったので、そのヒト族に備えるために必要だというのが口実なんですがね。確かに月には原始的な人類がいるようですが、彼らは星を見て、星座をつくっているようなのんびりした状態であろうと天文学者が言っているのですから、大砲だの機関銃だの戦車だのという兵器は必要ないのに、それをつくりたがるんですね。理由は軍備をつくって、儲けたがる巨大ブラック企業があるのです、そしてそこと結びついて大金を得ようとする連中もいるんですよ。こんな風に産軍共同体というのは大きな勢力ですからね。いわゆる死の商人の問題です。これが第一の問題点。」

 

 その時、銀色の鳥かごに入っていた赤と緑と黄色のまだらの羽を持った大きなインコが喋り出した。

「ですから、我々は、カント九条は宇宙の宝だと呼んでいるのです。」

「ですから、我々は、カント九条を宇宙の宝だと言っているのです。軍備を縮小し、世界に平和をもたらす優れた条文なのです」

 

我々はインコの素晴らしい喋り方に驚いた。

「綺麗な鳥ですね」とハルリラが言った。

「ハハハ。時々、こんな良いことも言ってくれるのです」と弁護士は笑って、さらに話し続けた。

「もう一つは、企業がこの惑星には何万とあるのですが、我々の調査によると、有良企業はその内の二割程度、あとは労働における過労や低い賃金それに

ハラスメントと、問題のあるブラック企業が殆どなんですよ。」

「そうすると、お仕事は沢山あるというわけですね」

「そう山ほどありますね。どんな企業をご覧になりたいですか」

「お手伝いもしたいのですが」

「いや、お言葉はありがたいですが、アンドロメダ銀河鉄道からいらっしゃるお客さんは特別待遇しなければならないんですよ。そういう方が見に来ているというだけでも、ブラック企業の従業員は励まされ、経営者は緊張します。

ですから、我々弁護士としても、そういうお客さんを会社案内するのはブラック企業を良い方向に変えるチャンスになるのです」

 

最初に案内されたのは、製紙工場だった。弁護士が川の汚染問題に取り組んでいる相手の工場だった。この国の三分の一の紙を生産しているという大企業でもある。川に垂れ流しにされる汚染物質と工場の煙突から出る煙それから働く人の過労死の問題など、案内される道々で、キリン族の弁護士は我々に説明した。

 

 工場の門をくぐると、大きな建物があり、その周囲に広い芝生が一面に植えられ、外見は綺麗で、ただ煙突からもくもくと巨大な煙が気にはなったが、それすら、白く青空の上の方に綺麗に伸びていた。

生産工場長室の隣の部屋に、通された。

ドア越しに聞えるのは男の声だ。中年の狐族の声だと、吾輩は猫の直観で分かった。

「お前、何だ。成績が一番低いじゃないか。仕事の能率が悪い。悪けりゃ、残業でおぎなうんだな。しかし、その残業代は払わないよ。

会社で決めた残業は一時間だからね。それ以上、残業やるのは能力がないからだな。それは賃金なしの残業でおぎなうのさ」

「はい、でも、」

その声は中年ぽい男の声だった。

「残業は既に一ケ月で八十時間。過労死寸前の残業と言われているほどやっていますし、それは私だけではありません。そういう状態の社員は百人以上はいると思います」

「お前な。よくそういうことを言えるな。お前の仕事はひどく能率が悪いから、残業でおぎなうだよ。それであんたが死ぬかどうかは会社には一切関係がない。それが嫌なら、あんたみたいなグズはタコ部屋に行くのさ」

タコ部屋というのは仕事のない狭い部屋だった。

吾輩は非人間的なひどい言葉だと思った。

その時、ハルリラが小声で言った。「あの言葉には魔性の響きがある。魔性のけものの響きがある。もしかしたら魔界メフィストがこの惑星に来ているのかも」

この課長はGSウトパラのメンバーだという。

GSウトパラは勢力の大きな社交クラブだそうだ。ただ、謎めいた社交クラブで、評判はよくない。彼らが政界の上流階級とここで、歓談するという。そのためか、何故か法人税が免除されている。

社交クラブはこの国で、沢山あり健全なものが多いが、法人にしている場合は当然、法人税をとられている。GSウトパラは例外ということだろう。

課長のこんな説法は二人目に入っていて、内容はさらに残酷なものに聞えるのだった。我々はなんとなくいらいらしていた。

 

その時、吟遊詩人がふと立ち上がり、ヴァイオリンをかきならした。

最初は激しく情熱がこめられ、弦の響きは人の心を正しい方向に向ける。すると、音色は急に優美になり、春の日差しの中に美しい花園が目に浮かぶようにやわらかく優しく色彩に満ちた弦の響きはこちらの部屋の中から、隣の部屋にまで届く。

 

 課長の声が響いている。相手の人物は三人目になったようだっだ。

「私はきちんと仕事をしていますから、残業代をもう少しもらいたいのですけど」と部下の男は言っていた。

「お前な。よくそういうことを言えるな。そういうことを会社に言う人間は会社にとつて、ゴミなのよ。分かる。ゴミはリストラするのが会社の決まりなの」

ヴァイオリンの音色は優美で、日常から美しい非日常の異世界に人の心を吸い込むような激しい弦の響きがあった。

隣の部屋では、ふと、沈黙があった。

しばらくして、急に、隣の課長の声の調子が変わった。

「なんだか、いい気分になってきたな。」

ふと気がつくと、インコの声がした。インコはいないのに、インコの声がする。

不思議だと思い、ハルリラの顔を見たら、ハルリラはにやにや笑っていた。

「人として一番大事なことは真心。誠実さ。愛。」とインコの声がして、何度か繰り返すのだ。

課長はしばらくぼおっとしていたが、インコの声を聴き終えると、思い出したかのように、「あなたが頑張っていることは私も知っているわよ。あなた、少し顔色悪いわね。いつも長時間労働ですからね。確かに大変ね。なんとかしましょうよ。」

「仕事が多くて、時間内に終わらないんです」

「確かに仕事が多いわね。仕事を減らしましょうよ」

「そんなことが出来るのですか」

「出来るかどうかは分からないけれど、このままじや、あなた、身体を悪くしますよ」

「そういう仲間はたくさんいます」

「困ったわね。この会社は大きいのにね。それに儲かっているのよ」

「内部留保に、儲かった金をまわしてしまうのですよ」

「ま、あたしの口からはそういうことは言えないわ。課長としてはね、リストラを命令されているの。でも、リストラの人数を減らすように、上司に言います」

 

隣の応接室で聞いていた吾輩はテーブルに置かれた花瓶の赤い花を見ていた。そして、何故かほっとした。首の長いキリン族の弁護士は微笑した。

「恐ろしい言葉が聞こえてきましたけれど、ヴァイオリンの音色で、課長の話の内容が、悪霊を追い出されて、慈悲の光が差し込んだように、変化しましたね。不思議なヴァイオリンだ。ですけど、インコがいないのに、インコの声がするというのも摩訶不思議ですな。この中に魔法を使う方がおられる」

中々鋭い弁護士だと、吾輩は思った。

 

「私達弁護士は悪徳管理職や、それを許す経営者との戦いを常にしているのですけど、これ程 劇的に人の魂を和らげた状態を見たのは初めてです」

 

部屋の中は綺麗だ。素晴らしい絵は飾ってあるし、ソフアーは高級品だし、建物の壁は美しい。先程の怖ろしい人間の言葉など無かったかのように、優雅な日差しが窓から差し込んでいる。

地獄は人間がつくっている場合があるのだし、弁護士の言うようにヴァイオリンの威力にも吾輩、寅坊は驚いた。

 

しばらくして、出て来た工場長は満面に笑顔を浮かべ、我々を歓待した。

隣の課長の面接は次の男に対して、行われているようだった。

工場長はまゆをひそめ、笑った。

「わが社も競争が激しくて、リストラをすることになりましたので、解雇する人を選んでいるんですけど、皆、生活がかかっているから、中々やめようとしない。そこであんな課長のような厳しい言葉が出て来る。競争が激しいので仕方ないですよ。

全社で五百人の解雇。この工場だけでも、百人解雇するノルマが課せられているのでね」

 

その時、会社の窓の向こうに、スカイツリーと五重の塔の合いの子ような巨大な建物がすくっとそびえ、上の方に銀河鉄道のようなものが見えた。

皆、そちらの方を見た。吾輩は鉄道に一番注意をひかれた。守護列車ではないかと思ったからだ。このブラック惑星に来るとき、空から見た守護列車はまさに絢爛豪華そのもので、帝釈天も梵天もいらしたではないか。しかし、今は遠目のせいか、お二人とも見えないし、あのハレルヤと言って、手を振ったサルも見えない。ともかく輝く宝石と美しい金色の車体だけが慈悲の光のようなその美を四方に放っているのだった。

 

 「蜃気楼ですよ。この惑星では、時々見られるのです。塔というのは珍しいです。銀河鉄道の蜃気楼もたまに見られることがあります。金色に輝いているでしょう。もしかしたら、先ほどのヴァイオリンが招きよせたのかもしれません」と工場長は言った。

「ヴァイオリンの音、聞きましたか」と弁護士が言った。

「ええ、私の工場長室まで、静かに聞こえました。私もあの時、何か心に空白があるような時間でしたので、聞いたのでしようね。普段の忙しい頭でしたら、あのくらいのボリュームですと、気がつかないこともあります。それにしても、不思議な美しい音色でした。内の娘に聞かしてあげたいような音色でした」

 

「素晴らしいことです。巨大で美しい塔が見える」とハルリラが突然のように、目を輝かせて言った。

「美しい蜃気楼だね」と吾輩は微笑した。

「宇宙の大生命があの塔に凝縮したような美しい光を放っている」と吟遊詩人が言った。

「宇宙の大生命ですか。わしは五十年間生きて来て、そういう言葉は初めて聞きます」

「宗教はないのですか」

「あの課長はプロントサウルス教ですから、ないとは言えません」

「あれは確か、熊族の宗教。課長さんは狐族のようにお見受けしましたけれど」

「熊族のロイ王朝が革命勢力を倒してから、独裁はますます強まり、プロントサウルス教も相当変質してきましてね。アンドロメダ空間にまで勢力を伸ばそうと、我が国を標的にしているみたいですよ。ですから、色々の民族の人が強いプロントサウルス教に入ってきているのですよ。だいだい、我が国は伝統的に無宗教なんです。それで狙われたのでしょうね」

「あの課長の最初の言葉は道元の教えた愛語に反する。『正法眼蔵』という素晴らしい本を書いた道元は座禅と法華経と同じように、愛語を重視した。思いやりのある言葉だ。その反対の言葉を使うのは 堕落した宗教の証拠だ。ロイ王朝のように、権力と金の虜になれば、昔の純真な宗教心を忘れ、堕落する。」と吟遊詩人が言った。

   

   

                         【つづく】

 

 

 

 

【作者より】

誤解のないために、コメントしておきます。富士山のそばにある工場とこの物語のブラック工場は何の関係もありません。この物語にピッタリの写真は不可能な状態なので、見て楽しく、しかも物語のイメージに合うものを選んでいるだけですので、よろしくご理解願います。

 

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銀河アンドロメダの猫の夢 35

2018-07-14 09:07:54 | 文化

 

  35   魔法のヴァイオリン


 アンドロメダ銀河鉄道がブラック惑星に近づいた頃、ハルリラの言葉を借りれば、珍しいことが起きた。

窓の外の銀河の中での出来事だ。

巨大な響きの雷が鳴り、その光は銀河全体に広がり、その光の中から、

我らの行く手に巨大で美しい鉄道がとまったのだ。ハルリラの話によれば、アンドロメダ銀河鉄道の守護列車だという。

我らのアンドロメダ銀河鉄道と違って、金色の色をして、もう少し大きく、長く、さらには様々な色の宝石などの装飾がほどこしてあった。

このように、銀河鉄道どうしがめぐりあうのは珍しいことで、しかも、あの列車には銀河の守り神の梵天と帝釈天と四天王が乗っているのだそうだ。釈迦が悟りを開いて沈黙しようとした時に、説法を促したことで知られるこのような高貴な人達とスタッフの孫悟空に似たサルが乗っている。サルはみな白い十字架のペンダントを首につけていた。窓から、こちらを見て手を振って「ハレルヤ、ハレルヤ」と言っているのはそのサルだった。

運転席の車両のところに、威厳に満ちた帝釈天と梵天が二つの席にすわり、帝釈天と梵天の眉間から雷の光とは違った不思議で神秘な一条の光が我らのアンドロメダ銀河鉄道の方に流れて来た。

その光を見ていると、ちょうど山に登ってご来光に思わず手を合わせたくなる

ような不思議な慈悲に富んだ光だった。

光に照らされた守護列車の下の方には瑠璃色の平地が広がり、光は虚空に広がっているような感じだった。

 

 「アンドロメダ銀河鉄道の旅、どうぞご無事を祈ります」という声がその金色の列車から歌のように響いてくる。

周囲から、沢山の種類の華麗な花がその守護列車に降りかかり、今までの金色の色はまさに花の色々な色で不思議な模様を描き始めていた。

「次はブラック惑星。お気をつけて、旅をなさって下さい。あそこは惑星アサガオほどひどくないですが、温暖化が進んで、ひどく暑いところです。それに魔界メフィストが狙っているという噂のある惑星です」そういうアナウンスが聞こえて来る。

その時、帝釈天と梵天の眉間から、さらに神秘的な光が我らのアンドロメダ銀河鉄道の中にまで入り込み、吟遊詩人のヴァイオリンを包んだ。ヴァイオリンは不思議な輝きに包まれ、遠くから「そのヴァイオリンはこのブラック惑星で大きな力を果たすだろう」と声が聞こえてきた。

 

アンドロメダ銀河鉄道がブラック惑星につき、ブラック中央駅を降りると、我々はウエスナ伯爵の紹介状を持って、KPC弁護士事務所を訪れることになっていた。

駅の前のビルの一角からは三本の道が伸びていて、一本の道は石畳のように、綺麗にされていたが、

我々は一番貧しい感じのする道を選んだ。というのは、弁護士事務所は貧しい人を助けるという理念から、そういう方角につくられたいきさつを聞いていたからだ。

 

道は黒に近い色をしていて、小さな石ころが沢山ある。南国の街路樹が並んでいるのはいいが、道の横にはゴザが敷いてあって、そこで横になったり、座っている人が目立つ。

道は広く、自転車が通ることはあるが、多くの人は歩いている。

段々、分かってきたことは道端にいる人は家を持っていない人のようだ。

道端の背後に小屋がある場合もある。

そこが家という場合もあるのだろう。小屋の中には、白内障になった老人や皮膚がんになったものがいると聞いた。オゾン層が破壊され、紫外線が強いのだ。

 

一キロごとに、椅子に腰をかけたタヌキ族の制服姿の男がいる。最初の男は茶色の口髭をはやし、大きな丸い目で相手を射るように見つめていた。

どうも行く人をチェックしているようだ。

監視社会の目がこんな所にもう現われているようだ。

時々、道行く人が呼び止められ、何か言われている。何を言われているのか、聞こえないが、ある場所で聞いてしまった。

 

「仕事を持っていないなら、兵士になれ」と制服の男が言っているのだ。

それに対して、ぼろぼろの服を着た若い男は「兵士はいやだ」と言っている。

「じゃ、どうやって、生きていくのだ。めしを盗んでいるのがいるというが、お前はその仲間か」

その内に、その辺の住民と、制服の男が集まり、激しい言い合いが始まってしまった。

 

吟遊詩人はその時、ヴァイオリンを出し、我々のことを何か言っている人の前で、弦を弾いた。

音楽は短いもので、絹のようなやわらかで優美な音色が、そのあたりの空間を包み、絹の絨毯に春の日差しが射しこむような心なごませる響きがあった。

 

  

さらに、詩人の歌が続いた。

 

花と昆虫の生きる自然よ

光と風の吹くところ

さわさわと緑の梢を揺らす

そこに光が射し

木漏れ日ができる

 

その並木の道を歩く男女

ちょっとした口論から

ふと、風に揺れる緑の梢と木漏れ日を見る

ああ、我らは自然の子

二人の間に笑顔が戻る。

 

母よ、あなたに感謝する。

我らを生み出した

偉大な力

鳥が飛ぶ青空と馬の足音の響く大地

 

どこからともかく、我らはやってきた旅人

我もあなたも

旅人の悲しみと共に

森羅万象をおおう夕日に向かって歌う

黄昏時の愛のそよ風が雨のように降りそそぐ

その静かな澄んだ空間の中に

響き渡る小鳥の声のように

おおらかに歌う我ら旅人

 

悲しき迷宮を歩けども、明るく歌う我ら旅人

 

 

  

ああ、不思議に、多くの若者に笑顔が浮かび、自然と殴り合いは終わった。住民も制服の男もいつの間にどこかに行ってしまった。

集まって来た若者の一人が言った。中肉中背で、顔は赤く、リス族のような顔をしていた。

「これは魔法のヴァイオリンですね」

吟遊詩人は言った。「そんな風に言われたのは初めてですよ」

「古来、オルフェウスの楽器以来、そういうのが宇宙のどこかにあると聞いていたけれど、私は魔法のヴァイオリンだと思う。いつもなら、こうした争いは殴り合いに発展して、時には血を流すのに、そういうことがないだけでなく、皆の顔に笑顔が戻った。これは奇跡ですよ」

「そうか。ありがとう」

「どちらに行かれるのです」

弁護士事務所だと答えた。大きなみかんが枝もたわわになっている大きな木のそばで、若者は笑顔で、「ぼくが案内しますよ」と言った。

 

    【つづく】

 

(無仏性の紹介)

  水岡無仏性のペンネームで、ブックビヨンド【電子書籍ストア学研 Beyond publishing】から、「太極の街角」という短編小説が電子出版されています。

これはブックビヨンド【Book Beyond 】の電子書籍ストアの検索でも、ウエブネットの検索で出ると思います。

 

 

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銀河アンドロメダの猫の夢 34

2018-07-12 09:27:31 | 文化

 

 34  神々の号泣

  吾輩はネズミ族の特徴をここで書いておきたい衝動にかられた。高度の文明と金銭を持っているので、彼らの気位は天狗のように高いということである。

そういう文明をきらって、ただ、ひたすら良寛のように道を求めてシンアストランは宇宙に修行の旅にでたのであろう。

だから、彼はまれな存在だ。ネズミ族には彼のような大男は珍しく、小柄な人が多いし、教養レベルも高い人から低い人まで実にさまざまで、アンバランスな文化を築いている。ウサギ族のように耳が長いという目だったものはなく、目が丸く鼻が長いというのも、ネズミから高度の文明を持つヒトに進化する過程で洗練されているので、もしも地球のどこかの地下鉄にのったら、ハンサムな奴だと思われる程度に人類にも同化できるかもしれない。

 さて、そのネズミ族の大男シンアストランは再び、沈黙して、呼吸の瞑想をしているようだった。

吟遊詩人が静かにヴァイオリンをかなでる。

神界から流れてくるような荘厳な響きが急に悲しみの流れのような音色に変わり、胸を打たれている間に、やがて小川の流れのようなかろやかな響きとなる。

それから、彼は歌を歌った。

 

森と湖を突き抜けた涼しい風がわが頬をなでる

月光は庭の隅々を照らし

緑の葉に宿った露はしずくとなって流れ

銀河の星は天から降るようにまたたいている。

かわせみが飛んでいるせせらぎの音

時々響く雷のような戦争の砲火と轟き

我は病む 戦火の自然に及ぶ愚かさを悲しみ

 

 

「わしはね。君等、地球の人達に一つだけ助言したいことがあるのだよ」

「何でしょうかね」

「うん、わしのような乞食行者が言うのも恐縮とは思うのだが、ぜひ伝えたいと思うのは、親鸞の考えをもう少し、取り入れた方がいいと思ってな」

「ああ、親鸞といえば、あのヒットリーラの国に還相回向して、布教していることは知っておりますが」

「わしは彼と会って、しばらくの間、話したことがある。素晴らしい思想だ。まさに人間は愚かで、悪の要素を持つ生き物であるが、その愚かさを自覚した時に、知恵の光が彼あるいは彼女を包む。そうすると愚かな自我が消え、人はその智慧の光そのものになってしまう、少なくともわしは親鸞の考えをそう解釈した。

戦争を見ればよく分かる。どちらも自分達が正義だと主張する。そして相手を憎む。そして、殺し合いだ。これは個人のトラブルでもそういう場合が多い。自分は正しい。相手が間違っている。親鸞はそこのところを少し考え直せというわけだ。」

「確かにその通りだと思います」と吟遊詩人が言った。

「シンアストランさんは行者なんですね」とハルリラが言った。

「まあ、そんなものじゃな」

「それなら、あの先生にとりついている幽霊を取り外してやれば。

そうでないと、子供たちを管理している先生が妙な妄想の虜になるとおかしなことになるのじゃないかと心配です」

 

「どれどれ、ああ、あの方ね。確かに、異界から来た幽霊がいるね。しかし、あの兵士だって、幽霊みたいなものだ。

わし達みんな幽霊みたいなものさ。ただ、どこに足場を置いているかということだけで、現象は異なってくる。

そうではないかね。君達ヒト族も精密な生き物だが、一皮むけば原子からできているのだろ。その原子たるや、殆ど空っぽだっていうじゃないか。君達の目が粗くできているから、目に形ある人間さまと映っているだけの話じゃないか。

異界も霊界も色々あるのに、君達の目では、見えんな。ハハハ」

「僕には少し見えるよ」とハルリラが言った。

「剣舞の時は世話になったから、愚痴は言わないが、お宅の魔法よりも、このあたりの修行は年季がいるのさ。君はまだ若い」

 

 「そんなことよりも、あの子供たちの先生に、若い女の幽霊がとりついているということですけど、その女が悪さをすることはないですか」

「あの幽霊はね、猫族の女なんだ。新聞記者かなんかで取材をしていたのだと思う。」

「何で死んだんですか」

「さあ、そこまでは知らん。今喋ったことも、わしの直観だからね。

それじゃまた」

そう言って、行者は立ち上がった。

「え、もう行っちゃうんですか」

「うん。食堂車に行って、少しコーヒーを飲んでくる」

  

シンアストランが通ると、今までにぎやかに喋り笑っていた生徒たちは、シーンとなって、行者を見詰めた。

すると、シンアストランは急に雷のような声を出した。

まるでサンスクリット語のようで、何て言ったのだが、分からないが、物凄く綺麗な宝石のようなものを先生の方に飛ばしたような美しい呪文だった。

ハルリラの魔法の呪文とは違う。

 

 あら、不思議や、先生にはあの若い猫族の娘の霊が消え、元のいつもの中年の馬族の先生に戻っていた。

急に老けたような印象を吾輩はうけた。

「あら不思議なことをする行者だね」と吾輩はハルリラに言った。

すると、「不思議だけど、今まで行者がいた所に、あの猫族の娘があの先生から飛び出て、そこに座っているよ」

「え、ぼくには見えないけど」と吾輩は言った。

吟遊詩人は言った。「うん、何かしらの神秘な生き物が隣に座ったね。それだけは分かるが、姿が見えない。見えるのはハルリラだけか。何か聞いてみたら」

 

「どうして、銀河鉄道に?」とハルリラは吾輩には見えない幽霊に聞いた。

「銀河鉄道に来たのは、妹が乗ってはいないかと探しに来たということなの」とハルリラはうなづきながら、独り言のように言った。

「妹さんって、どんな風なの」とハルリラはさらに聞いた。

 

吾輩は猫で、特殊な耳をしているから、そこのあたりまでなんとか聞こえたが、妹の様子を言っている所は聞こえなかった。そうすると、ハルリラが通訳してくれた。幽霊の妹とは、何と、ついこの間まで一緒にいた虎族の若者モリミズの恋人、猫族の娘ナナリアではないか。今はモリミズ夫人になっている。

「ハルリラ君。教えてあげたら」

ハルリラは吾輩には見えない相手の幽霊に、なにやら一生懸命に喋り、幽霊の妹ナナリアがトパーズの惑星で結婚式をあげたことを教えたのだ。

彼女が喜びのため息をしたのを、吾輩も猫の耳でキャッチした。

「良かった」と彼女は言っているようだった。

そして、しばらくハルリラに何かを喋り、そこから消えた。それが我輩の直観でも分かった。幽霊の話はこうだった。

幽霊つまり、新聞記者はプロントサウルス教の取材をしていて、この教えの悪に気づき、それを宇宙インターネットに一部、発表している最中に消されたというのだ。

ハルリラが言った。「お礼の言葉を言っていたよ。そして、異界に帰るって」

そういえば、銀河鉄道のわれらの車両には少なくともいないことが、吾輩にも分かった。どこの車両にもいないだろう。彼女の行くべき異界に帰ったのだ。そう思い、吾輩はモリミズと結婚した猫族の娘ナナリアのことを思い出し、胸が苦しくなる思いがした。今ごろはきっと幸せな家族をつくっているだろう。子供ができると忙しくなるな。

幽霊の無念はどうすることも出来ない。我々はアンドロメダ銀河鉄道に乗って、動きがとれないのだから。メールでモリミズ夫人【ナナリア】に知らせることも考えたが、幸せのまっただかにいる彼女に知らせても、ロイ王朝が健在となってしまった今となっては、どうすることも出来ない。それに、幽霊の話には具体性がない。我々は相談して、知らせないことにした。

今、若者モリミズは、伯爵と同じように、新しいカナリア国で介護士になり、新しい幸せな生活が始動したばかりなのだ。

 

 それにしても、我らは幽霊の悲劇から表現の自由などの基本的人権の大切さを痛感したわけだ。この事件を守る砦が憲法であることは明らかなことであるし、スピノザ教会が独自にアンドロメダ銀河の惑星に広めようとしているカント九条の理念はまことに素晴らしいと感嘆する。なぜならば、惑星間や国通しの紛争解決のための武力行使はしない、そのために軍備は治安を維持するための最小限にとどめるというのだから、現実との背離があまりに大きいとはいえ、その理想主義には脱帽せざるをえないではないか。

基本的人権の宝庫とカント九条は平和を希求する人類の宝が凝縮されているのである。

 

吾輩はそう思いながら、伯爵と結婚したヒト族の娘のことも思いだした。

巌窟王の娘だ。彼女も幸せになったことだろう。

 

どちらにしても、次の惑星はどんなところだろう。

アンドロメダ銀河鉄道の窓の外を見ますと、美しい風景が広がっていました。

緑色に光る銀河の岸に、柳の並木の細長く垂れた葉や焦げ茶色の太い幹のある緑の桜の葉が、風にさらさらとゆられて、まるで何かの踊りを踊っているようでした。他は、全て、真空のヒッグス粒子のような何かの輝きのようで、波を立てているのでした。

しばらくすると、アンドロメダ銀河鉄道の先の方で蜃気楼のような白い宮殿が立ち、その周囲に花火のようなものが上がったのです。白い宮殿におおいかぶさるようにして、大きな花のような広がりは赤・青・黄色・と様々な色に輝き、薔薇の花のようなひろがり、百合のような花の広がり、向日葵のような花の広がりと直ぐに消えてしまうのですけど、再びその花火のような美しい大輪の薔薇、菊、百合の花は白い宮殿をおおってしまうのです。全てが夢のようで、また蜃気楼のようで、時々、ピアノの音のような美しい音を空全体に響かせているのは、宮殿で何かの催しをやっているようにも思え、宮殿の周囲にも白いミニ邸宅が並び、おそらくは人々がその不思議な光景を鑑賞しているに違いないと思わせるものがありました。

そして、確かに、銀河鉄道の列車の周囲の下の方は何か透きとおったダイヤのような美しい水が流れているのかもしれないのだと、ふと吾輩は思ったものです。

 

 何時の間に、シンアストランの行者がコーヒー茶碗を持って、そこに座っていました。

うまそうにして、珈琲を飲むと、満面に笑顔を浮かべて、彼は言いました。

「地球で死んだ人は、そのまま、銀河鉄道への旅に出ることがある。

アンドロメダ銀河の惑星で死んだ人は 幽霊となって、銀河鉄道に出て来る。ここは面白い所だ。そうは思わんかね」

「確かに不思議ですね」

「宇宙には、まだまだヒト族の理性では理解できない所がたくさんあるということだよ」

「そうなんですか」

「どちらにしても、いのちは永遠さ。この永遠の旅で、人は自分の魂を磨く、これを知らないと、人は愚かになって、そして争い、みじめになる」

「魂を磨くのですか」

「そうさ。色々な試練にあって、自分の魂を美しくしていく、そういう永遠の旅だ。しかし、人間には親鸞がおっしゃったように煩悩というものがある。この煩悩の重さは大変なものさ。ところで、君等の旅。次はどの惑星で降りるのかね」

「通称ブラック惑星と言われている所です」

「あの惑星ね。あそこには、わしの知人がいる」

「え、どんな方ですか」

「いや、あまり話したくないのだが、実は弟が」

「弟さんですか。それじゃ、ぜひお会いしたいですね」

「や、彼は金の亡者になってしまったからな。わしとネズミ王国を出る時には修行をして真実のいのちを見つけようと意気軒昂だったのだが、彼は途中で落ちこぼれ、堕落した」

「堕落した」

「金に目がくらんで、修業なんかくそくらえと思ってしまったのだ」

「そんなに簡単に」

「真実のいのちを見つける修行は厳しい。

吟遊詩人のヴァイオリンの奏でる天へと魂を運ぶ美しい音楽も魂を掃除して、一定レベル以上に引き上げないとその良さが分からない。絵画もそう。

物語もそうさ。物語を新聞を読むようにして読んで中傷するような奴は魂を引き上げる修行の意味が分からない。

魂は進化するのだ。その意味が分からない連中がブラック惑星には多いのさ。

自分の弟には、そうはなって欲しくないと思う。それだけは願ってるよ。なにしろブラックな所だからね。

親鸞が言うように、まず自分の中にある悪と愚かさを見つける時に、人は天空から降りて来る素晴らしい光の衣に包まれ、本当の人間になれる。

宗教の本質は大慈悲心である。このことを忘れると、全ての宗教は堕落する素質を持っている。良寛が漢詩で、江戸幕府に体制化した仏教を批判しているのを見ても分かる。堕落すると、尾ひれのついた人の噂をまきちらすような悪がにじみ出て来る。

悪っていうのは、ああいうブラック惑星の住人になってその雰囲気にひたると、直ぐにその人の魂の中に入り込もうとする。つまり、誘惑が大きいということよ。

もっとも、ブラック惑星にもそういう精神の荒廃と戦い、煩悩と戦い自分を磨いている立派な人も多い。弟がその仲間になってくれることを、わしは望んでいる」

 

どこから飛んできたのか、美しい赤いインコがシンアストランの肩にとまった。

「わしのペットだ」とシンアストランは微笑した。

 

 吟遊詩人は小鳥にほほえみ、歌を歌った。

 

雪がふる夜、ああ降りしきる白い雪の涙

薔薇は机に向かい古典を読んでいた

海のような音がする、ふと見る、窓の外、

幻のような、紫陽花のブルーの姿、ああ街角の悲しみの舞踏

 

吹雪の夜、ああ悲しみの嵐の神の号泣

薔薇は机に向かい静かに画集を見ていた

すすり泣きのヴイオロンの声がする、ふと見る、窓の外

蜃気楼のような、紫陽花のブルーの姿、ああ森の中を駆け抜ける

 

街角と自然、紫陽花のブルーの姿、あなたは舞踏が好きだ

あなたが舞う時、薔薇は古典を読んでいる

その時、永遠が舞う。雪のように永遠が舞う。

どこへ行くのだ、紫陽花よ。薔薇は君を愛しているのだ。

今ここの永遠の舞台の上で、静かに思い出の紫陽花のブルーの姿を見ていたいのだ

おお、人間は自らの悪を知るべきだ。

戦争、地球汚染、気候の温暖化、核の恐怖

紫陽花のブルーに学ぶべきだった。

あの清廉な魂の美しさに学ぶべきだった。

あの天界の色の胸に染み入ること

一輪もいいけど、紫陽花の森となるとね、それは極楽。

 永遠を見る薔薇よ、紫陽花と街角で会おう、そこで温かい珈琲を飲むか

 

  

                  【つづく】

 

 

 

 

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銀河アンドロメダの猫の夢  33

2018-07-11 08:16:02 | 文化

 33   剣舞

 吾輩、寅坊の前に、大男シンアストランが巨木のように突っ立っている。

そして、小声で何かを歌っている。

【銀河の幻の松を今日見れば、蛍の群れに横笛の音かなし 】

吾輩は猫であるが、彼はネズミ族だという。こんな邂逅は不思議である。この宇宙に不思議なことは山ほどあるけれど、これは何か夢でも見ているような気持ちになる。

それにつじつまの合わないことがある。猫族の幽霊ナナリアは吾輩には見えないのに、第一次大戦のヨーロッパの西部戦線で戦った兵士は吾輩の目にもひどくリアルだったではないか。

夢はけっこうつじつまの合わないことが一緒に出て来ることがある。そういう疑いを吾輩は持ったのだが。

 

 大男はそんな吾輩の思いなど無頓着に悠然と突っ立っている。

吟遊詩人が立っている大男シンアストランに、「ここにお座りになりませんか」と我々の席の一つ空いている所を指さした。

「ありがとう。わしもそうしようと思っていた所だ。あんた方は地球の方だろう。地球も今は大変だな」

吟遊詩人は言った。「ネズミの惑星も大変なようで。一歩、間違えると、自滅する」

「ほお、よく知っていますな。あそこの情報は中々手に入れにくいのに」

「私はニューソン氏と少し、お付き合いしましたので。あの惑星アサガオで、革命さわぎの中で、結局、カナリア国に亡命という形になったのですけど」

 

 「ほお、ニューソン氏と。わしはあいつとは肌が合わないので、一度会ったかぎりだが、面白い話がありましたか」

「ネズミの惑星の様子を心配していましたね」

「ほお、どんな風に」

「ともかく物凄い科学文明の発達ですよね。今じゃ、原子力とニューソン氏の弟子達の努力によって、水素エネルギーの利用が可能になり、惑星と周囲の三個の衛星のエネルギーの需要をまかなえるようになっていた。しかし、一つの衛星で原子力発電所の大事故があり、沢山のネズミ族のヒトが死に壊滅状態になったけれど、そんなことに無頓着にさらに物質文明を進めようとしている。

確かに、惑星も残りの一個の衛星も十分に豊かな住宅地が生まれ、物凄く豊かなネズミ族の文明が栄えている。しかし、この衛星の中の領土の取り合いで、

惑星の四つの国が激しく対立し、国と国はいつ戦争するか分からない状態という。

どこの国も、武器の発達は凄いので、恐怖の均衡という状態にあるとか。

 

精神文化も衰え、人々は毎日、享楽的な生活にあけくれているとか。人と人はばらばらになり、金銭を積み上げることが人生の目的になってしまったような社会で、自殺者も地球の十倍とか。それでも、人口は増えて、その解決のために、もう一つ残された未開拓の衛星獲得競争が始まっているという話です。

 

しかし、奇妙なことに、ここの星の住人ネズミ族は、外の宇宙に出ようとしないという鎖国状態が続いている。

もう少し、大きなアンドロメダ銀河に目を向けてもらえれば、つまらない争いも減ると思うのですが、何かニューソン氏の話では、あるエリート学者がアンドロメダ銀河の他の文明は低すぎて、我々高貴なネズミ族が得るものは何もない、それよりも、この惑星と衛星にネズミ帝国を築き、その文明を磨いた方が楽園になると発言したことから、もうみんなそういう風に思うようになってしまったのです。

広い宇宙に目を向けないということは寂しいとニューソン氏は言っていました。広い宇宙に目を向ければ、つまらない争いも減るし、優れた考えも生まれるというのですね。

あなた、シンアストランさんを見ていると、私のような旅人もそんな風に思ってしまいますね」

  

大男のシンアストランは手を合わせてから、目を半眼にして、大きな呼吸をした。

「吸う、吐くに集中する呼吸の瞑想ですね」と吟遊詩人は言った。

シンアストランは頷き、何度か吸う、吐くの瞑想をやり、急に目を大きくして言った。

「『吸う』と頭の中で、言いながら空気を吸い、『吐く』と頭の中で言いながら、空気を吐くと頭の中が空っぽになって、気分がよくなりますよ」

そこまで言うと、シンアストランはしばらく沈黙してから、再び喋り出した。

「ところで、地球も核兵器だの、気候温暖化現象だの大変のようですな。それに、最近、わしは文殊菩薩に会った。信じますか。

信じないなら、夢の中で会ったと言っておきましょう。菩薩は美しい顔に珍しい怒りの表情を浮かべていた。

 

 プルトニウムは核兵器の材料になる。知っているだろうな、と菩薩はおおせだった。勿論、日本のもんじゅは発電のためにある。発電しながら、燃料のプルトニウムを増やしてくれる。だから、増殖炉で、夢の発電の筈だった、しかし、この二十年間まともに動いたことはなく、今や止まったままでも一日五千五百万円という高い維持管理費がかかっておる。一日の費用だぞ、今までに、おそらく何兆という金額が無駄にされているのだ。

知っておるのか。これだけの大金があれば、どれだけ福祉の方に金がまわせて、消費税なんか必要のない真の意味での豊かなゆとりのある国がつくれたではないか。

こんな無駄使いが許されるほど、かの国は富があふれているのか、と文殊菩薩はおおせだった。わたしの名前をつけるなど、ふとどきだと菩薩は怒りで頭から蒸気がのぼっておられた。」

 

「よく知っておられますね」と吟遊詩人が言った。

「わしはね。地球とアンドロメダ銀河で起きていることには詳しいつもりだ。特に地球で起きていることは我々アンドロメダ銀河に生きる者にとっては、おおいに参考にすべきことが沢山ある。原発の恐ろしい危険性は明白。プルトニウムは核兵器の材料にもなる。核兵器で恐竜のように、人類が滅びないように願っているよ」

 

隣にいた青ざめた顔の兵士が声を出した。「核兵器。何だ。それは。我々は機関銃と大砲で戦ったのだぞ」

 

「ヨーロッパの西部戦線でな。何十キロという長い塹壕を掘って、互いにドイツ軍とフランス・イギリス連合軍がにらみあった。たった四年で、二百万の若者が死んだ。愚かな戦争だった。君達は死んで、長いこと時間と空間のない異界を彷徨い、やっとこの銀河鉄道にたどりついたというわけだ。しかし、地球はもうあの二次大戦を経験し、核兵器の時代に突入している。まあ、この銀河鉄道についている宇宙インターネットでしばらくその辺の歴史を調べて見ることだよ」

「本当に愚かな第一次大戦でしたね。あの塹壕戦だけで、二百万人の若者の死ですからね」

 

「わしはな。最近。地球の反戦映画を見た。まるで幽霊のような兵隊が亜熱帯の森と荒野を彷徨っている。敵の戦車が来れば、銃の的になり、ばたばた倒れ、生き残った男達がサルを銃で殺して食べる。その内に仲間割れし、味方を殺し、人肉を食べようとする男を別の兵士が殺し、最後は荒野を人里めがけて、両手をあげながら、ふらふら歩いて行く。

あれが悲惨な戦争の現実さ。核兵器は兵士だけでなく、沢山の普通の民衆と子供をそうした戦火にまきこむ」

吾輩はシンアストランの話が文殊菩薩の怒りから、戦争への怒り、核兵器廃棄の方に話が移るのを自然なことと思った。

 

 大男シンアストランはじろりとハルリラを見た。

「おぬしは何で剣なんか腰に下げているのだ」

「わしか。わしは剣のない国、武器のない国を理想としているが、そうなるまでには人間の努力が必要だ。わしはこの剣で、武器をもちたがる連中を成敗しようと思い、剣の道に励んでいるのだ」

「剣の道か。まだ、道がそこにはあるから、いい。卑怯なことはしない。ジェントルマンでなくてはならぬ。礼節を重んじ、悪い奴を退治する。思いやりこそ、武士道の道じゃ。そうじゃないか。ハルリラさん。それなら剣も生きる。」とシンアストランは微笑した。

「その通りさ」

「ところで、ハルリラさん。その剣を貸してくれ」とシンアストランは言った。

「どうするのだ。剣など簡単に人に貸すものではないぞ。」とハルリラはきっとした顔になって答えた。

「そう向きになるな。ちょっと剣舞を踊りたい気分なのだ」

ハルリラが剣を渡すと、シンアストランは隣の席が空いているのを見て、

そこに立った。

「ハルリラさん。貴公の魔法で、この場所を剣舞ができるほどで良いから、ちょつと広げて周囲から見えないようにしてくれ。それから、俺の前に、幻の悪の剣士を一人出してくれ」

「魔法で空間を少し広げるのはいいが、悪の剣士を出せだと、俺にそんなことを要求するとはどういうことだ」

「だから、剣舞の相手に欲しいだけさ。幻の男よ」

「ほかならぬシンアストランの願い。まあ、幻の剣士を出してみよう」

「ハハハ」とシンアストランは笑った。

ハルリラは何か呪文のようなものを唱えた。突然、黒ずくめの剣士が飛び出た。

中肉中背で既に剣をぬき、シンアストランに向けている。

 

何か気のせいか、シンアストランの周囲が少し広がったような気がした。

「うむ。まだ狭いがなんとか、出来るだろう。ありがとう」とシンアストランは微笑した。

「悪人よ。出てきたな。俺の剣舞の相手をせよ」

シンアストランはそう言って剣で、幻の剣士の剣を下から、突き上げた。

剣士はそれをはずし、シンアストランの胸をついた。シンアストランはすぐに、身体ごと横に飛び跳ね、自分の剣を黒の剣士の頭からたたききるように、切った。

二人の剣士の動きはしなやかで美しかった。

「シンアストランは剣の使い手だな。それなのに、普段は剣の使い手なのに、剣を持っていない」とハルリラは吾輩の耳にささやいた。

「幻の剣士も剣の使い手ですね」

「幻は幻さ。シンアストランに合わせているだけよ」

「それ、どういうこと」

「ふふう」とハルリラは笑った。「俺の魔法も君をだませるだけの力があるということだな」

 

 「大無量寿経」と吟遊詩人が微笑した。

「お、さすが、わしが何を踊るのか分かったか。詩人だな」シンアストランは微笑した。そのあとは厳しい顔に急変し、手と体が優雅に時に激しく動き出した。

「人はとかく 道を求めることには心をかけず、ただ日常の急ぐに足らないささいな事にかかわりはてている。枯葉のようでゆっくりと風に揺られて、四方八方にどこへいくともなく、散っていく」。

大男シンアストランは剣を大きく回転させて、黒の剣士に激しい攻撃をかけた。剣と剣が打ち合う響きが列車の中に響いた。

それから、シンアストランは「人の煩悩は深い。飛び火する炎のようで、燃え尽きることがない」と、そう言って、剣で弧を描いた。そのあと、急に空を切った。

「金銭や財宝のことに憂い苦しみ、欲心のために動き回っているのは政治が良くないためか。

かれらはそれ故に、心の休まるときがなく、不安のあまりうろたえ、憂い苦しみ、思いを複雑にして、空しく自らの生を浪費しているのは嵐の中の小舟のよう、それを救うのは菩薩のような政治家が必要。」

「ああ、嵐の中の小舟のよう。救いたまえ」と繰り返し言いながら、剣で黒の剣士を突いていく。黒い剣士も見事な剣のさばき。

大男シンアストランは列車の狭い空き椅子の間を広い空間があるように体と手を動かし、剣を次々としなやかに踊らした。二人の姿と剣戟の響きを知ることのできるのは列車の中では吾輩と吟遊詩人とハルリラのみというのもハルリラの魔法のためとはいえ、摩訶不思議。

 

「大無量寿経は人の煩悩に対して厳しい」と吟遊詩人は吾輩の耳元で言った。

「煩悩」

「自我の悪を見つめることから、阿弥陀仏への信仰に導く。宇宙には深い愛と大慈悲心に満ちた深いいのちがあるという信仰さ。神と言っても良い」

 

「しかし、何故、こんな剣舞を踊るのかな」とハルリラは言った。

「人は仏なのにそれに気がつかない煩悩の深さを知る必要があると、言っているのだな」と吟遊詩人は微笑した。

「煩悩ね。吾輩なんか、煩悩だらけですよ」と吾輩、寅坊は言った。

 

その時、黒い剣士が煙のように消えた。シンアストランは剣を鞘におさめると、ハルリラに「ありがとう」と言った。

「いい、運動になった」とシンアストランは笑った。

 

                  【 つづく 】

 

 

 

 

(無仏性の紹介)

  水岡無仏性のペンネームで、ブックビヨンド【電子書籍ストア学研 Beyond publishing】から、「太極の街角」という短編小説が電子出版されています。

これはネットの検索で出ると思います。

 

 

kindle本の紹介)

 久里山不識のペンネームでアマゾンより

  「霊魂のような星の街角」と「迷宮の光」を電子出版(Kindle本)

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