空華 ー 日はまた昇る

小説の創作が好きである。私のブログFC2[永遠平和とアートを夢見る」と「猫のさまよう宝塔の道」もよろしく。

銀河アンドロメダの感想  17

2018-10-27 09:29:55 | 芸術

  ダーウィンの進化論は今や常識となっている。何も生命のない所に、微生物のような生物が生まれることが奇跡に近いことであるのに、不思議な進化の坂をのぼり、恐竜が滅びると、哺乳類が進化し、やがて人類が生まれるのは奇跡の連続のようなことであり、そういう本は沢山あるようだ。それでも、アメリカの一部のキリスト教徒の中に、神がエデンの園にアダムとイブを創造され、それが人類の始めと信じている人達がいると聞いたことがある。人が何を信じるかは自由であるから、私の物語は虎や鹿やサイやキリンや猫が進化して、どんな文明をつくるのか想像してみた。

最近、この「進化」というのをテーマにしたようなある本がべストセラーになっているとか。人はやがて、神のような人に進化するというのらしい。

これをニュウスで見ている時には、東洋人にはそういう発想は昔からあったと思った。現に、徳川家康は日光東照宮に神として祭られているし、菅原道真は天満宮に祭られている。

古代には人に似た神々がいたというのは、日本だけでなく、ギリシャ神話にもある。

しかし、このべストセラーになった本は今の科学と医療が進めば、寿命まで生きるために、さまざまな病気を克服し、やがて人は百五十才を目指し、さらに不死をめざし。ギリシャ神話のような神々を目指すというように言っているとか、あくまでも、聞いた話だが、耳にしたことがある。

東洋人が古来、神仏というものを頭にイメージする時は精神的に優れた境地になり、宇宙の真実を悟った人を指すのではなかったのではないでしょうか。

神人を科学で作れるのだろうか。大いに疑問である。なんだか、昔の皇帝が不老不死を夢見たような、欲望の進化のような感じがする。そうなったら、また思いがけない新しい社会問題が出てくるだろう。

私はやはり、死があるのは生き物の当然の運命であり、道元が【生死は御仏のいのちなり】というのを受け止めて、寿命の中で、精神を陶冶するのが道ではないかと思うがどうであろう。

 

 

 17 神秘の生命

 

 吾輩とハルリラと吟遊詩人は戦場をあとにして、ササール公爵邸に向かった。

戦争をしているのに、公爵邸では華やかな舞踏会が開かれていた。音楽、宮殿の中の装飾から、舞踏会と吾輩は直感したが、沢山の若者が死んでいるのにという思いから、この無神経さには、あきれる気持ちで一杯になった。

 何もかも金でつくられているのかと錯覚するほど、金色でおおわれた宮殿には、明るいガスの光に照らされた、幅の広い金色の階段の両側の手すりには、花をいっぱい飾り、白が基調をなしている赤や紫の花が飾られ、手すりは金色に塗り、赤い絨毯を敷きつめてあった。金色の壁のアーチ型のくぼみには、大輪の百合の花と薔薇の花が宝石のような花瓶にいけられ、交互に飾られていた。百合は一番奥のがうす紅、中ほどのが濃い黄色、一番前のが真っ白な花びらという風に。

薔薇は百合と百合の間に、真紅から黄色、白、青色と大きく咲いているのだった。

 

金の階段の上の大広間からは 極楽浄土に鳴り響くというこの世のものとは思えない美しい音楽が不思議な形のない永遠のいのちの流れのように、階下の金色の空間にまであふれて来るのであった。

開いたドアの入り口から、垣間見られる華麗な衣装に身を包みダンスに夢中になる彼らはヒョウ族が多いと、吾輩は直感した。

何故なら、彼らは自分たちの祖先を誇るかのように、衣装の一部に黄色い豹の顔を縫い付けていたからだ。

 

マサールさんに別室に案内されて、吾輩とハルリラと吟遊詩人はマサールさんの娘であるササール公爵夫人に紹介された。彼女の周囲には金色に輝く身のまわりの驚くべき優雅な調度品があふれんばかりだった。

夫人の合図と共に、マサールさんは去り、交代にササール公爵が入ってきた。

公爵は典型的な豹族だった。黄色い顔。長いはしのような黒いひげが口の両側から突き出ている。目は鋭い野性味がある。

 

公爵が言う。「五十万も死んだ。あれはみんな伯爵の責任だ。作戦が悪い。塹壕が川に沿って長々とつくられた所で、突撃を繰り返すなど、わしなら絶対にやらん。わしなら、今、

偵察に時々使っている飛行船を、さらに開発して戦闘機にして、それを大量生産して、空から攻める。」

公爵はそう言いながら、壁の上にかかっている巨大な金色の時計に目をやり、

「もうそろそろ、帰ってくる頃だな」と言った。

公爵が手で合図すると、モーツアルトのような軽やかな音楽が流れた、我々がしばらく聞きほれていると、開けられた窓の外の方からブーンというかすかな音が聞こえた。

「来た。見てみろ、偵察から帰ってきた飛行船だ」と公爵は興奮したように言った。

 

窓の外の青空の中に、一転、鳥のようなものが飛んでいるかと思うと、やがて我々の前に姿を現した。銀色のクジラのような巨体を青空に浮かべ、少しずつ移動している。飛行船の下のゴンドラの中の三人の兵士が公爵に敬礼をした。

「どうですかな。ヘリウムで、あれは空に浮かぶことができるのです」と公爵は言った。

「私は、今、あのアルミニウムの飛行船から鉄の戦闘機へと発想をかえている。工場の研究所で試作品をつくっている。

確かに、原料の鉄鉱石が中立を保っている海と山の国に集中しているので、そこから大量に輸入するという難しい交渉があり、

さらに、我が国のその方面の技術はまだ未成熟なのは認めるが、それでも、飛行船よりはましな飛ぶ技術をつくり、数十台の戦闘機をつくることは出来ると考えている」

吾輩、寅坊は地球の戦闘機を思い浮かべ、公爵の言うのはまだやっと飛べる程度のものと理解した。それでも、この戦争には威力を発揮するというのが公爵の持論のようだった。

 「あんた達は銀河鉄道の客なんだそうだね。こんな愚かしい戦争をやっている所は他にないだろう。どうだい。あるかね」と公爵は言った。

「あります。地球の第一次大戦とよく似ています。大戦の場合は沢山の国が衝突して、もっと複雑でした。死傷者も物凄いものです。ただ、日本では、戦争成金が沢山出たという記憶があるくらいで、印象が薄いようです」

「どこがひどかったのかね」

「ヨーロッパです」

吟遊詩人は一呼吸おいてから、「人の心が戦争を生むのです」と言った。

「わしは戦争などしたくなかった。水の取り合いで、小競り合いが起きたので、我が国の面子があるからな。最初は小部隊で、威圧しておく程度にしか、考えていなかったのだが」

 

吟遊詩人はヴァイオリンを奏でた。

「お、君は音楽をやるのか」

「詩もやります。歌ってみましょうか」

「そうだな」

 

 理性は野に咲く薔薇の花

薔薇はいのちをいかしてこそ、胸にしみる美しい色となる

欲に支配された薔薇は煩悩の火

争う薔薇は知恵の絶壁より真っ逆さま

下は地獄の海

白いカモメは海を飛ぶ

戦闘機がカモメより優れているというのか

チーターは大地を疾走する

車はそれよりも優れているというのか

科学は薔薇の果実

武器は薔薇の迷える幽霊

それ故にこそ、軍縮にこそ理性を使うべき

ヒトの船頭は道を間違えるな

我らは船頭に行くべき道を指し示せ

  

「ゴールド国もグリーン国も同時に軍備を縮小することです。そういうことに、理性を使うべきなのです。戦闘機をつくる前に、話し合いが必要です。」と詩人は言った。

「軍縮ね」

「地球人もそういうことで悩まされました。

例えば、ゲーテやバッハ・ベートーベンを生んだドイツと優れた文化を持つフランスがたえず戦争をしていたという悲しい事実があります。そうなるのは、煩悩に支配された人が理性を道具に使い、軍拡に走った結果なんです」

「煩悩ねえ」と公爵はつぶやいた。

「地球のヨーロッパでは、戦争の歴史でしたよ。ことに第一次世界大戦はひどかった。滅茶苦茶な戦争だった。この惑星で、ゴールド国とグリーン国がやっていることは、地球での第一次世界大戦のミニチュア版とも思える。何十万という逞しい若者が機関銃や大砲の弾にあたり、死んでいく。愚かな戦争の見本みたいな戦争でした」

 

その時、秘書官が封書を持ってきた。公爵は我々の目の前で、開いてさっと目を通した。

「グリーン国から休戦の申し入れがあった」

「当然、休戦を受け入れるわけでしょうね」と吟遊詩人は公爵に聞いた。

「これは伯爵と相談しないとな。何事も国政の重要事項は二人で相談して決め、国王にお知らせし、それで裁可が出るという仕組みになっている」

「スラー伯爵は休戦に賛成していると聞いていますが」

「そんなことは初めて聞いた。」

吾輩は猫族の直感で、初めてというのは嘘だと思った。

「死者数が多いのは無理な突撃が多いというのは伯爵も認めている通りです。もうゴールド国だけで、五十万の死者。グリーン国の被害も大きい。彼らは憲法の制約があるから、戦争はしたくない筈。戦争は始まってしまうと、とめるのが難しいのは歴史の教えるところです。休戦の申し入れはチャンスです。話し合いに応じるべきですな」と吟遊詩人は言った。

吾輩、寅坊は豪華な宮殿の内部の装飾や絵画に目をやっていたが、視線を吟遊詩人に移した。詩人の目には、一種の緊張感があった。彼はさらに話し続けた。

「休戦を受け入れないで、断固、戦うべしということになると、兵士は疲れ切っているので、長いにらみあいに兵士がたえられなくなって、上の将軍もあせり、現場の指揮官も突撃に傾き、結局、収拾のつかない大戦争に発展して、地球の第一次大戦の西部戦線のように、死者二百万なんていうことになってしまいますよ」

「そんなになったら、若者がいなくなって、我が国は崩壊だ」

「休戦は、話し合いのチャンスです。優れた文化・長い歴史を持つ両国は、文化の交流をすべきです。芸術の交流です。そうすれば、人の心はなごみ、両国民に争うことの愚かさを自覚する余裕が生まれ、両国が同時に軍縮する土壌が生まれ、軍縮の話し合いも効果的に進みます。軍縮すれば、そのお金は福祉にまわせ、国民の生活は豊かになるのです。

それが出来ないのは、人の心には、天使も住んでいるけれど、時々、愚かな悪が顔を出すからですよ。親鸞の教えを聞けば、それが分かる」と詩人は言った。

「そんな教えはなんとなく分かります。面子やプライドが人の心に壁をつくるのです。それから、欲望。今回の場合は水、それに金鉱が欲しいという欲望。これはどうしようもないものだ。若者には、勇敢さを発揮する場面も必要だ。しかし、無謀は困る。それに、グリーン国とは、価値観がことなる。」と公爵は言い、影のある複雑な表情をして、にやりと笑った。

 吟遊詩人は気品のある表情を浮かべ、自分の理解した世界を話したいと言った。

「ほう、どんな内容ですか」

「偉大な考えは同じ真理に到達したとしても、異なった別の表現をとることがある。それで、表現や言葉が違うことで簡単に異端と思うのではなく、よく内容を吟味する必要がある。世界の聖者と科学が到達した真理は似通っているのです」

「例えば、どんな風な例があるのですかな」

その時、吟遊詩人は宮殿のバルコニーに出た。公爵も吾輩もハルリラもあとに続いた。ハルリラは剣を持っていた。

 

 そよ風が気持ち良かった。広い庭園には様々な美しい花が咲いていた。詩人はヴァイオリンを鳴らした。不思議な音楽だった。あらゆる野獣をも猫のようにおとなしくさせる力を持つ音楽であると同時に、この世にある薔薇や百合の美しい花園や緑の丘から見る澄んだ川や町並みを眼前に思い浮かべさせるような音楽でもあった。

すると突然、地震がきた。庭園に巨大な裂け目が出来た。大地は揺れていたが、不思議に心地よい揺れだった。

「地震」と吾輩とハルリラは同時に、声を出した。吟遊詩人は微笑した。

 大地の割れ目から、巨大なロケットのようなものが飛び出してきて、ふとそこの何もなかった庭園の真ん中に巨大なスカイツリーのような建物が生まれたのだ。ただ、建物は鉄筋のような硬さを感じるようでなく、そうかと言って木造とも違う、何か絹のような柔らかさと美しさを持つ不思議な感じだった。

その建物の美しさは全体に広がる金色一つとっても、金閣寺を圧倒するものである。他の赤や黄色や白の美しさも同じ、白は白鳥を思わせ、赤は夕日を思わせ、黄色は夏の向日葵を思わす、そうした美しい色でおおわれた建物は様々な飾りを身につけ、その飾りにはダイヤ、サファイア、を始めとする巨大な宝石が輝いている。

 「何だ。君は魔法を使うのか。吟遊詩人よ」と公爵は驚いたような顔をして言った。

「これは魔法ではない」とハルリラは興奮したように叫んだ。

「そうです。魔法ではないです。もともとあるものを視覚化したものです。永遠の美の幻ですよ。永遠の生命の幻と言ってもよい。幻というと、幻覚と思う人がいるが、そうではない。何故なら、我々人間も、幻のようなものですから。幻のようであるけれども、生き生きとしっかりリアルに生きておる。これを神秘の生命という。色即是空、空即是色ともいう」

「おや、あの神秘な建物の扉が厳かな音を立てて、光り輝き開いた」と公爵が言った。

 

 「展望台には、巨大な百合一輪が咲き、その横に大きなヒノキが立っています。ヒノキは樹齢おそらく何千年ともいわれ、百合は今の今を謳歌しています。百合の周囲には蜜蜂が歌を歌い、歌詞の中でいのちの素晴らしさを言っておりますが、これは蜜蜂の言葉が分からないものには分かりません。ヒノキには小鳥がとまり、この建物が永遠の生命の象徴であることを言い、そのいのちのさえずりを楽しんでいます」

「詩人の川霧さん。美しい百合とヒノキ。なんだか、別の映像詩に置き換えても良い気がするな。例えば、薔薇と樹齢数千年の大きなケヤキの木という風に」とハルリラが言った。

「うん、僕だったら、ランの花一輪とくすの木 」と吾輩、寅坊が言った。

吟遊詩人はうなった。「今の今という生き物と、永遠の過去から引き続いているDNA、こんなイメージはどうかね」

「君達は何を遊んでいるのかね」と公爵は不機嫌そうに、ぼやいた。

 

その時、展望台の方から、たえなる音楽が聞こえてきました。

そして、その音楽にのって、歌声が聞こえてくるのです。

「二仏並座。二仏並座。この世で一番美しいイメージ。永遠の過去に死んだ筈の多宝如来と釈迦牟尼仏が塔の中に並ぶこの世で一番美しい場面」

「吟遊詩人さん。そんなものをわしに見せて、どうしようというのかい」と公爵は言った。

「ここに宇宙の真理が表現されているからですよ。あなたはそのことを知りたがっていたのでしょ」と吟遊詩人は言った。

「わしにはさっぱり分からん」

「地球の東洋では、真理を表現するのに、こうした視覚的な方法をとることがよくあるのですよ。法華経という経典は日本の平安貴族に好まれ、平氏が厳島神社に奉納したことでも知られ、宮沢賢治が童話を書く際の基本のテーマとされたことでも知られているのです。

親鸞は阿弥陀仏を信仰していたようですが、同じことです。親鸞の教えによれば、人は阿弥陀仏という一個の生命体に包まれている。これを禅の道元は全世界は一個の明珠であると言ったのです。つまり、宇宙生命とも大生命ともいわれる方が一つ宇宙にいらっしゃる。ポエムならば、この生命が太陽になり、地球になり、動物になり、人間になると言うでしょう。」と詩人は言って、微笑した。

「そんな話は初めて、聞いた」と公爵はうなった。

 「こういう風な話はどうですかな。我々人間は兄弟【全世界は一個の明珠】なのに、何故に争うのか。我々は同じ映画・物語・歌に感動し、涙する同じ存在ではないか。

それなのに、何故争うのか。

ここに、人間の秘密があるのではないか。つまり、カントが言ったように、人間の認識能力には限界があるということです。つまり、人は正しく、世界を見ていない、顛倒して見る。これは人間の誤った見方であると、仏教では指摘しています。

人は物や人をばらばらに見る。切って見る。区別してみる。しかし、これでは自然を正しく見たことにならい。本当は、全て連なる不生不滅の生命なのではないか。【縁起の法】お釈迦さまはそういうことをおっしゃつたのではないか。そこからは、大慈悲心が生まれる。慈悲【アガペーとしての愛】を失えば、宗教は真理を見失い、堕落するということは歴史の教えるところです」

「ますます、分からなくなったような気もするが、一方でその教えに気持ちが魅かれるのはどうしたことか」と公爵は再び、うなった。

「アインシュタインが尊敬していたというスピノザという哲学者は大自然の中に神を見て、それを数学的手法を使って、そういう神の存在を証明した。この神とは、今風に言えば、不生不滅の生命のことであるという解釈も成り立つ。

この考えはゲーテやベートーベンにまで影響を与えている。」

「なるほど。」

「このように、考えると、スピノザの神とは、現代風に言えば、「大生命」のことである。「宇宙生命」のことである。この大生命が我々一人一人の中に流れているのである。これは仏教の考えとも合う。

これが分かれば、全ての人は兄弟であることが分かる。争う必要はないのだ。」

「大生命ねえ」

 吟遊詩人が独特の価値観を公爵に吹き込んだせいか、その効果はあったようだ。休戦が成立した。我々はマサール氏に挨拶し、吾輩とハルリラと吟遊詩人は、アンドロメダ銀河鉄道に戻った。

 我々は長いこと眠った。そして、目を覚ますと、吟遊詩人はにこりと笑った。

 

吟遊詩人はとたんにヴァイオリンを引き出した。

甘く美しくとろけるような音色、かくも不思議な音色がこの世にあるのかと思われるように、吟遊詩人の顔も音楽の世界に溶け込んでいるようである。

終わると、ハルリラが「それ。聞いたことがあるような気がする」と言った。

吾輩もある。

「チゴイネルワイゼンさ」

「そうだ。魔法の国で聞いた。若い女の人が百合のようにたたずんでいる路地で聞いたおぼえがある。それに、川のそばでもその人はぼおっとした感じでいた。でも、全てが薄ぼんやりとした記憶で、忘れてしまった。それが僕のチゴイネルワイゼンの記憶の全てです」

吟遊詩人は大きな声で笑った。詩人がこんなに大きな声をたてて、笑うのを見たのは初めてなので、吾輩は驚いた。

続けて、詩人はほほえみを浮かべながら、歌った。

 

「懐かしい故郷のこと忘れてしまったって

それは大変だ、剣の使い手よ

それは魔法の中毒だよ

でも肝心の所はおぼえている

川と路地

おそらくそこには魔法の花が咲いていたと思うよ

魂を吸い込むような深紅の薔薇に似た魔法の花がね

今は僕の友となった君よ、

しばしの惑星の旅を楽しもう」

 

 ふと、気がつくと、窓の外に白っぽいブルーの惑星が見えてきました。星があちこちに輝く中に、ひときわブルーの色を輝かせて、バレーボールの三倍ほどの大きさに見えてきたのです。

「地球に似た惑星ですね」

「うん、初めて、地球を見たガガーリンが『地球は青かった』と言ったけれど、あの感じですね。綺麗なものだ。」

「だが、外側は綺麗でも、中に住んでいる人間が綺麗とは限らない。ここが難しいところだ」

「人間が住んでいるの」

「銀河鉄道がとまる駅があるから、当然人間がいる。ただ、地球とは違って、虎に似た生き物から人に進化したようだ。」

ここの人間には、虎族、ライオン族、ヒョウ族、猫族という民族がいる。つまり、猫科の人類が住む惑星と、宇宙のインターネットの辞書には、分類されているようである。

 

 

 

                【つづく】

      

 久里山不識のペンネームでアマゾンより

  長編「霊魂のような星の街角」と「迷宮の光」

  を電子出版(Kindle本)

 水岡無仏性のぺんネームで Beyond Publishingより[太極の街角」を電子出版

 

コメント

銀河アンドロメダの感想16(金の花びら )

2018-10-20 10:06:57 | 文化

 日本人には第一次大戦はあまりなじみがないであろう。しかしこれがヨーロッパの西部戦線だけで、二百万人が死んでいることを思うと、いかに物凄い戦争だか分かる。

この塹壕を舞台とした反戦映画では、西部戦線異状なし、イギリスの「戦場からのラブレター」、大いなる幻影、武器よさらば、戦場のアリア、魔笛【ケネス・プラナー 】と私が知っているのだけでも、これだけある。

ナポレオンの時の戦争もそうだが、日本には見られないような大平原を二つの大軍がにらみあい、刀と銃を持った沢山の兵士が見事な隊列を組んで、何かのお祭りのように音楽に合わせて突き進んでいく。両軍がかなり接近した所で、大砲と両軍の突撃が始まる。大砲の命中精度は当時、かなり悪かった。ナポレオンの時代には、機関銃がなかったようだと、私は思う。

しかし、すぐに終わると思われた第一次大戦には、機関銃が威力を発揮したと思われる。あの弾の降り注ぐ中を突撃するのだから、戦死者は増えるし、一旦退き、態勢をたてなおすのに、塹壕をつくる。戦争が長引くに連れ、塹壕は長くなる。そして沢山の両軍の兵士が死ぬ。その繰り返しで、死者は200万人と増える。皆、若者だ。これほど愚かなことをやったのが第一次大戦だ。

その後、第二次大戦が起き、日本でも、三百万人以上の人が亡くなった。長崎、広島には、原爆が落とされた。そして、核戦争一歩手前のキューバ危機がおきた。

人類もそろそろ武器の誘惑を捨てるべき時が来たのではないか。これこそ、人類の煩悩とでもいうべきもの。平和を作るには軍縮しかない。

そして、どうして被爆国の日本が核兵器禁止条約を批准しないのか。批准すべきである。人類が核兵器を持ち続け、軍拡がこのまま進むならば、人類が滅びるような大戦争が今後百年の間に起きるような危機が訪れる可能性は高いと思いますね。軍縮を世界中に呼びかけるためにも、核兵器禁止条約に日本は批准すべきです。

 

杜甫の詩

「一人の息子が手紙を人にことづけてよこしましたが、

それによると、二人はついこのごろ戦死したとのことです

まだ生きているものは、しばらくはかりそめの命をむさぼることもできましょうが

死んだものはもう永久におしまいです 」【黒川洋一訳 】

 

16 金の花びら

 

  我々はカフェーを出て、金色の道も過ぎ、しばらく歩いたが、吾輩には金色の国ゴールド国というのが不可解だった。金が余程ありふれているようで、長い道が金色の所と石畳が交互にはなっていたが、道の両側にちらほら見える家々にも金色の家が多い。やがて、小さな森林公園があり、その向こう側に教えられた下宿屋はあった。

ハルリラはそれを見て「築五十年は過ぎている」と言った。

確かに、その下宿屋は古びた銅が腐食して青みかがった壁で、その壁をぬうように、緑のつたがおおっている五階建ての堅固な建築物で、銅の変色具合が、建てられてからの長い歳月を物語っているようでした。

吾輩と吟遊詩人とハルリラが中に入ると、一階の食堂でちょうど皆が食事をしている所でした。

大きなテーブルに六人ほどの人がめしを食べている。

給仕している中年のおばさんがいる。

「そこの空いている所にお座り」

初老の男が貧相なみなりで、座ってパンを食べている。

吾輩と吟遊詩人とハルリラがその隣に座った。我々のことなど無視したかのように、皆、隣の「マサールさん」と呼んでいる人のことを話題にして、話に熱中している。

「マサールさん。なにしろ、あんたんところの娘さんは二人、金閣の宮殿にいる王様をささえる公爵と伯爵の家にとついでいる。その有力な二人が指揮権や作戦をめぐって争っているようでは、この戦争は勝てませんぞ」

「戦争とは困ったものだね」とハルリラが話にくわわった。

「そうさ。金の国ゴールド国と草原の国グリーン国の国境を流れる川の使用権をめぐって、我々は争っている。しかし、この前の百年、平和が続いていたのだ、それがふとした拍子に小さな衝突が起こり、戦火は急拡大しているので、困っている。その原因の一つが上層部の権力争いにあるらしい。」

「戦争は広がっているのですか」

「うん。戦端が開かれたのはちょつとしたきっかけで、直ぐに治まると思っていたのだがね。しかし、わが国の実権を握っている伯爵と公爵の指揮権をめぐる争いがもとで、現場の軍のコントロールが出来ず、誰もが直ぐに

終わる軽いもめごととおもっていたのだが、徐々に戦線は広がっている。

 

 

 「なるほど」

「グリーン国は憲法の制約があって、攻めてくることはないが、長い塹壕を掘って、大砲と膨大な量の機関銃をすえ、防衛ラインをひいている。わが国は憲法の制約などないから、攻めの一本やりで、突撃しているのだが。

双方、死体の山が築かれているのさ」

「王様は戦争をやめないのですか」とハルリラが言った。

「王様はなにしろ十才だ。何も分からない。公爵と伯爵が実権を握っているのだが、この二人の仲があまりよくない。そこへこのマサールさんの二人の娘がとついでいるわけさ」

「マサールさんはな、革命の動乱の最中で、大儲けした。そして、長い政権のあとに、王政が復古され、今の国王が位につき、貴族も元のさやに戻ることができた。そしたら、戦争よ。

今までの共和派の長い政権は少なくとも、戦争はやらなかった。それを再び権力を握った王党派がひっくりかえし、戦争を始めたというわけだ」

「だから、わしはマサールさんに言っているんだ。娘を通して、公爵と伯爵に意見を申し上げろと言っているんだ。マサールさんは少なくとも平和主義者だからな」

「わしにはそんな力はないよ」とマサールさんはぼそりと言った。

マサール氏は五十代半ばの精悍な顔つきをした男だった。継ぎはぎだらけの茶色のブレザーの下には、豹の絵が描かれた黄色いシャツを着ている。赤みがかったこげ茶色の顔色。鋭い目だった。左足が悪いらしく足をひきずり、出歩く時は、ステッキを使うらしい。

 

「お前さん、肩にいくつも花がついておるよ」とマサール氏が言った。吾輩は吟遊詩人の肩に金の花びらがくっついているのを見て、駅からここまで来るところに、金の樹木の並木道があったことを思い出した。

 

 

 顔は少し青ざめ、憂い顔の詩人、川霧はヴァイオリンを手に持っている。

吟遊詩人は一杯の酒を飲むと、言った。

「戦争をしてはいけません。戦争は人の心がつくりだすものです。つまらぬことで、争う人の心のエゴは愚かで、悲しい。

ひとひらの金の花びらが散れば、その分だけ喜びは遠ざかる。それなのに、一陣の風は散りゆく金の花びらの群となり、私の心の悲しみはさらに深くなる。それと同じように、一人の人が死ぬのもつらいのに、もう何人死んだのですか」

「五十万人は死んでいるな」

「五十万の死者ですか。それを聞いて、私の心は深い闇に包まれてしまった。機関銃の中に突っこんでいくのだから、そんな膨大な死者が出るのでしょ。そんな命令を誰が出すのか。私は銀河アンドロメダを旅する詩人。夢のような旅ではあるが、こんな恐ろしい悲劇を見るのは初めてだ。

今、ここへ来る途中、若者の軍が行進して、前線に行く所を見た。あの若者たちが運よく帰ってくる時でも、足がとられたり、腕がなくなったり、もう老人のようによろよろ歩いて酔っ払っている人のようになる。美しい顔には血がぬりたくられ、地獄を通ってきたことが直ぐ分かる。何故、そんなに若者を無残な前線に向かわせるのだ。話し合えば戦争はしないですむ」

「このマサールさんは、戦争をとめる力があるのに、使おうとしない。」

「わしは力などない」とマサールさんは言った。

「なにしろ、下宿代はきちんと入れるけれど、こんな古い下宿部屋を借りている人にね、そんな力を期待する方が無理さ」

「それはさ。マサールさんの底力を知らないのじゃないの。今だに、銀行に莫大な財産を預けているという噂があるぜ」

「それは根も葉もない噂ですよ」

「だって、ひっそりと娘さんと会うというじゃないか。金を渡すためだろ。今どきの貴族は金がない。あるのは金満家よ。マサールさんは金満家が身を隠しているのよ」

「ただの噂ですよ」

「どちらにしろ、娘を公爵と伯爵にとつがせているんだぜ」と逞しい感じのターナ氏という男が言った。

「動乱の時に、金儲けをして、大きな財産をつくり、巨大な財産を彼女たちの持参金としてやり、娘はたまたま美貌だった。貴族は以前の革命で財産をめべりさせていたから、のどから手が出るほど、金が欲しい。大邸宅と権力を維持するためには金が必要だからな」

こういう風に言うターナ氏は、立派な顎髭と口ひげをはやした中年の男だった。彼は重々しい口調でさらに話を続けた。

「貴族なんか信じるなんて、マサールさんももうろくしたもんだ。いずれ、共和派が再び天下を握る。庶民の天下が来るのに、娘をあんな男と結婚させるものだから、財産は持って行かれるし、こんな貧しい下宿屋に住むことになる。

彼らの価値観に礼節が欠けてしまった。この国の伝統には、礼節があった。それが今はない。それがこのマサールさんを見れば分かる。父親のマサールさんが下宿部屋で、娘達は宮殿。この下宿部屋には、場所をわきまえない下品な会話。意味のない悪口。そういうものがはびこり、これが現状であり、昔の貴族は「星の王子さま」も「銀河鉄道の夜」も熟読したものだが、今どきの貴族は読まない。精神の貴族性を失った貴族なんていうのはもう狸みたいなものよ。それが礼節を欠くようになった原因の一つだろう」

吾輩は星の王子さまの一件は興味深くあったが、あとのことはこの国の問題という風に聞いていた。

 

ターナ氏の話をせせら笑うかのように、「ふふん」と言って、傲慢な表情を浮かべたリス族のすらりとした若者が立ち上がった。

「マサールさんはね。この国を銅の国から金の国に変えた人物なのに、自分は銅の家に住んでいる。彼のおかげで、我が国は金色の国ゴールド国と呼ばれるようになったのに」

若者はそう言って、笑った。

それから、彼は食堂から廊下に出て、階段を上って行った。

社交界に出て、出世を狙っているという元貴族らしい。彼の祖父は革命で財産を失い、貴族の称号も捨てたのだが、彼は多少の才気を武器に、再び昔の栄光に憧れ、大出世を夢見ているという。

 

しばらくして、ギターの音が聞こえてきた。吟遊詩人のヴァイオリンを聞きなれている吾輩にはお世辞にも上手とはいえない。それでも、何か哀愁のこもったリス族のハスキーな声が開いた窓から聞こえてくる。

 「 おらはさ、夢見るのさ

昔の古き童話の時代を

父とボートで川下りした遠い昔を

清流には金色と銀色の魚が泳いでいた

悲しいかな、今は兵士の血で汚れ

赤く染まった川の流れとなった

今は魚も遠い所を旅している

きっとそうだ。俺みたいに」

 

紅茶を飲んでいたターナ氏はその歌を聞いてか、にやりとせせら笑った。

この男は王党派の警察に追跡されているらしい。

マサール氏がこの国を銅の国から金の国に変えたらしい。膨大な金が発掘され、金と銅の価値は差がなくなってしまったが、そのように、金が大暴落する前に、彼はこの惑星では希少価値のある「ある宝石」に変えて、財産として持っているという噂が今もたえない。

 

どちらにしても、マサール氏は娘に莫大な資産を渡し、自分はこの貧しい下宿部屋でつつましく生きていることは確かなことなのだろう。

しかし、彼も革命派の残党によって、にらまれているというから、この下宿部屋は彼の逃げ場所ともうけとれないこともないが、そこの所は謎である。

 

マサール氏は吾輩と五郎と吟遊詩人を五階の自分の下宿部屋に案内してくれた。窓のない方の壁に、二枚の大きな絵が飾られていた。

絵は素晴らしい宮殿の情景で、それぞれ黄色みを帯びた宮殿と、青みを帯びた宮殿の違いはあるが、黄色みを帯びた宮殿には、白銀色の衣服を着た貴婦人が立ち、青みを帯びた宮殿には、金色の衣服を着た細身の貴婦人が椅子に腰かけていた。

 

 

マサール氏は、立っている夫人を「スラー伯爵夫人」で、座っている夫人が「ササール公爵夫人」で、二人とも自分の娘だと紹介した。

 

しかし、娘たちの衣装と宮殿の豪勢さと反比例するかのように、この立派な二枚の絵以外は、マサール氏の部屋は汚らしく乱雑さに満ちていた。

壁の薄茶色の壁紙はあちこちに雨水のたれたような入り乱れた黒いしみが何かの貧弱なデッサンのように見えた。ベッドは質素で、薄ぺらな薄汚れた毛布が二枚ほどしかなかった。床もかなり傷んでいて歩くと、時々ぎしぎしと嫌な音がする。火の焚いた気配のない暖炉のそばには、傷だらけの古い椅子。

その上に、マサール氏のよれよれの帽子が置いてある

窓に向かい合った壁には、古びた本箱。そこにぎっしりと本が並べられている。

吾輩は何の本か興味があったが、背文字から推察するに、経済と哲学の本があるように思われた。部屋の真ん中には、古びたテーブル。

 

テーブルの横に置かれた茶箪笥のみが金満家らしい唯一の品物のように部屋の中に豪華な茶色の輝きを放っていた。中には高級な茶碗がいくつもある。

我々の接待に、その中の上質の高貴な白い茶碗を出し、紅茶を入れてくれた。

「これは特別のお客さんにしか出さないのです」とマサール氏は言った。

 

大変上質のもので、我々はそのあまりのうまさに陶然となって、彼の角ばった顔の奥底に燃えるような黒い瞳を見たものだ。黒ひょうの目だと、吾輩はやっと気がつき、どきりとした。

 

 

 出窓の下の茶色の板には、、わずかの花が水耕栽培のキットにいけられ、窓の下にひっかけられ、カーテンのない窓からの光線が花にそそぐようになっていた。

マサール氏はその深紅の花を一輪、切ると、我々のために出した美しい花瓶にいけた。その一輪の花は小汚い部屋に黄金をふりまく勢いの美しさで、我々の目を楽しませてくれた。

貧しい、貧しいというけれど、意外な所に金満家の顔をのぞかせていると、吾輩は思った。こんな男の娘が貴族に嫁いでいるというのは何かのおとぎ話のように聞いていた吾輩はこの男こそ、精神の貴族ではないかと思ったくらいだ。

 

天井には、小さな窓があり、透明なガラスが入っていたから、夜になると、アンドロメダ銀河の無数の星空が見えた。

そこの窓をじっと見つめていると、良寛の「盗人に取り残されし窓の月」の俳句から連想されるあばら家をつい我々旅人に思い出せてしまうのだ。

昼間は、がらんとした美しい桔梗色の空から、まるで雪の降るように白い鷺が、あるいは他の鳥が幾組もせわしなく鳴いて飛んでいくのだった。

夜になると、アンドロメダ銀河の天の川が白くぼんやりかかり、南にはけむったような場所があり、そのそばに美しい大きな赤い星がきらめいているのだった。

 

吟遊詩人は素晴らしい宮殿が描かれている絵を指さしながら、言った。「でも、マサールさん、あなたはあんな貴族のところへ娘たちを片付けておきながら、どうしてこんな部屋に住んでおられるのですか」

「なあに」とマサールさんは、一見無頓着そうな様子て゛言った。

「昔はね、わしはエゴイストだった。財産を得るためには何でもした。革命の動乱の中では、たいていのことが許された。この国は金が豊富であるが、それまでは小さな金鉱しか知られていなかった。それをわしはわしの独特の方法で、巨大ないくつかの金鉱を発見した。そのために、わしの財産は昔の貧乏商人から、金満家になったのじゃ。しかし、いくら財産が増えても、結局、何になる。一度は豪邸に住んで、娘二人を女房と一緒に育てた。あの頃は幸せで、成長する娘を見るために、多くの貴族が押し寄せてきた。わしもあの頃は名誉が欲しかったので、それを歓迎した。

しかし、舞踏会を取り仕切っていた、わが女房が結核で死んでしまったのだ。もう生き返らすことが出来ない。名誉も財産もたいして魅力のないものになってしまった。ふと気がつくと、素晴らしい美貌の娘たちがわしに親切にしてくれ、わしの涙をぬぐってくれた。

そうだ、わしは娘たちのために、生きようと決心したのだ。」と胸を叩きながら、マサール氏は付け加えた。

「全ての人が幸せにならなければ、私の幸せはないと言った日本の詩人がいたが、わしはそんなに偉くはなれない。それでも、昔のエゴイストの自分が恥ずかしくなった。今持っている莫大な財産を二人の娘たちのために使おう。それに多くの人が幸せになるようになるには、二人の娘が有力な政治家と結婚するのが望ましいと思った。それで、公爵や伯爵や男爵がわが家に来ることを歓迎して、おおいに舞踏会を開いた。

しかしな。世の中はそううまくいかん。娘と結婚した貴族は、昔のわしのようなエゴイストだった。伯爵も公爵も娘をもらうと、わしを嫌うようになった。なにしろ、わしの出自が革命の動乱の中で、貴族の首を切ることに一生懸命だったあの恐怖政治の政治家と結びついて、財をつくったものですからね。今は王政復古となり、革命派は庶民の中にもぐり、急進派は地下にもぐってしまった。」

 

吾輩は夢見るようにマサール氏の話に耳を傾けた。マサールさんは話し続けた。「今はただ、娘たち二人の幸せを祈るばかりとなっているのじゃ。分かるかね。今はあの子たちが幸せな思いをし、楽しそうで、美しい服装をして、金色の絨毯の上を歩くことができれば、わしがどんなみすぼらしい服装をしていようと、どんな貧しい所で寝ていようと、どうだっていいじゃありませんか。あの子たちが幸せにしていれば、わしには不幸という言葉はない、あの子たちが楽しそうにしていれば、わしもうきうき喜びが湧いてくるのです。わしが嫌な気持ちになるのは、あの子たちが悲しみの涙を落とす時ですよ。

ここまで言えばお分かりと思いますが、わしは娘達を愛しているのです」

  

翌日、吟遊詩人と吾輩とハルリラはマサール氏に導かれて、公爵邸と伯爵邸に行くことになった。

 金閣寺以上の金の建物である宮殿で、伯爵は厳しい顔をして言った。「あの五十万の死者は公爵の責任だ。わしは休戦を申し入れるように主張してきた。

突撃は、長いにらみあいに兵士がたえられなくなって、現場の指揮官がやっていることで、わしはそんな命令など出しておらん。休戦を受け入れない、断固、戦うべしなどと主張してきたのは公爵ではないか」

「現場を見せていただけませんか」と吟遊詩人が言った。

「いいですよ」

  

伯爵夫人の部下、キンカ中佐に案内されて、我々は前線に向かった。

中佐は言った。「突撃は、長いにらみあいに兵士がたえられなくなって、現場の指揮官がやっているのです」

その耐えられない神経戦と突撃の話を中佐から聞きながら、吾輩とハルリラと吟遊詩人は前線の塹壕にやってきた。人が三人か四人が通れる細長い通りがつくられ、それを防護するのが丸太を横に並べ、二メートル半ほどの壁がえんえんと続く。

長い塹壕である。途中に、地下に掘られた穴があり、そこが指揮官の入る部屋になっている。

兵士はみんな丸太の壁にぴったり身体を寄せ、時々やってくる砲弾の音に、銃を持って耐えている。砲弾はたいていの場合、塹壕の十メートル手前まできて、爆発するが、時たまその爆発の破片が塹壕の中まで飛んでくることがある。

兵士のやつれ、疲れた顔。しかし、多くの兵士は疲れていても、緊張と真剣さを帯びた表情をしている。

 

泥んこの凹凸のある平地が敵の陣地まで続くが、途中に鉄条網があり、敵の鉄条網を突破するのが立派な軍人とされる。まず味方の鉄条網を通り、そして川を渡り、それから長く広い土地があるが、凹凸はすさまじく、どろんこで歩きにくい。やがて敵の鉄条網にたどり着く。

その長い道程を兵士は銃とピストルを持って、はうように身をかがめ、前進する。しかし、たいてい敵の鉄条網に行くまでに、砲弾の破片か、機関銃の弾に当たって死んでしまう。

敵の方から飛んでくる砲弾は、命中率はあまり高くないが、落ちた所から爆発と土煙があがり、近くにいる兵士は死ぬか大けがをする。機関銃の音もする。

キンカ中佐は言う。  「馬鹿げた戦争だ。それを、いのちを惜しがって、退くのは臆病者という。そして、無鉄砲に前進していく者を英雄的な兵士と呼ぶ。

これほど、いのちの尊厳をないがしろにした愚かな考えがあるか。そうした滅茶苦茶な突撃の命令を出すのは司令部にいる将軍たちだ。

あいつらこそ、愚か者だ。彼等こそ、銃殺に値するのに、退却した兵士をくじびきで何人か選び、みせしめに銃殺にする。」

我々は彼の話を熱心に聞いた。

現場の指揮官の大佐がキンカ中佐に言う。「戦争はひどい。我々がこんなに衰弱しているのに、突撃命令が出ている。

しばらく、この命令を無視しよう。兵士の疲労が回復するのを待つ。それから、後方の食糧部隊が到着したら、たらふく食ってから、突撃するのがいいのかどうか、判断をするべきだ。今のままでは、これでは判断も狂う。

既に五十万も死んだ。死体が累々としているのに、葬ってあげることすら出来ない。

塹壕の奥深く入れば、安全だが、敵の情勢をうかがうために、太陽のあたる所に出て来ると、時々、大砲の弾がさく裂する。わしも何度もやられそうになったが、今の所、大丈夫だ。

意味のない戦争だ。わしらはかれらが憎いと思って、始めた戦争ではない。川の水はお互いの協定によって、この百年間、平和に自分達の飲み水や農業用水のために使ってきた。

片方の国が川を全部、よこどりするという発想法は戦争を引き起こす。川の水は両方の国にとって、必要なのだ。

我らには後方に、湖がある。グリーン国も同じ。それでも、この川が必要なのは両方の国にとって、水は飲み水であり、水運にも使われる、つまり水は金鉱や宝石以上の宝なのだ。我々のいのちに必要なのだから。

しかし、五十万も友軍がやられると、わしはグリーン国が憎くなる。」

 

吟遊詩人が申し出た。前線で反戦の音楽をかなでたい、と。

いのちがいくつあってもたりないと言われた。川を渡れる拡声器つきの軍用車があれば、大丈夫と吟遊詩人は申し出る。

 

吾輩とハルリラは伯爵の陣営で、吟遊詩人の行動を見ていることになった。軍人が運転し、吟遊詩人は車の屋根に立ち、ヴァイオリンをかなでながら、前にゆっくり進んでいく。不思議な音楽だった。人のどんな怒りも静める、人の心に穏やかな海の広がりを感じさせる美しい神秘な音色だった。

ある所まで来ると、ヴァイオリンの音は消え、吟遊詩人の声が響いた。

「皆さん、わたしはアンドロメダ銀河鉄道の乗客です。平和を訴える吟遊詩人です。これから、美しい音楽をかなでます。皆さん。しばらく休憩しませんか」

両陣営に聞こえる音量だった。

  反戦の歌がうたわれた。

 

ああ、いのちを持つ人々よ 

いのちこそ 愛と慈悲の源泉

愛が金銭より尊いことは母上から教わった筈

それなればこそ、いのちを傷つけるのは悪

人は平和な町で

飲食をし、雑談をし、

美しい日差しを楽しむ

これこそ、いのちの喜びではないか

そこに炸裂するミサイルなど許される筈のない悪のわざ

 

いのちは不生不滅の川の流れのよう

柳の緑と花が川に映る

人々は美しい水に身体をまかせ、

周囲の森や花を楽しむ

これこそ、いのちの楽しみではないか

そこに爆弾が破裂すれば

魚は血を流し、死ぬ

人も同じ

いのちの水は枯れ果てていくのだ

 

いのちを守れ、人と自然の宝物なのだから

 

 

 吟遊詩人は歌い終わると、又ヴァイオリンを弾き、そしてそれが終わると、マイクを口にあてた。

不思議なことに、敵方からは銃弾は一発も発せられなかった。歌が届いたのだろう。

吟遊詩人は大きな声で言った。

「皆さん。戦争はやめましょう。意味のない殺し合いです。人間どおし、みな兄弟ではありませんか。

 

平和が大切なのです。人のいのちは神仏のたまものです。それをいいかげんにする戦争は許さるものではありません。皆さん、武器を捨てましょう。そして、故郷に帰りましょう」

 

                   

              【 つづく 】

 

 

コメント

銀河アンドロメダの感想 15 (憧れの惑星)

2018-10-14 10:14:16 | 文化

  惑星から惑星へとペンを進めるたびに、新しい町を発見する。書いている僕自身、町に余程興味があるんですね。旅は以前はよく行きました。今はあまり行きませんね。どこの街がいいかと聞かれると、

外国では、イタリアのヴェニス、フローレンス、フランスのリヨン、スペインとメキシコの地方都市、日本では函館とか倉敷でしょうかね。京都もいいけれど、混みますからね。

日本も奥に行けばいい所があるのでしょうけど、そしてその奥に行ったこともありますけど、私は車は使いませんから、電車とバスと足で行くのです。

この間なんか、向日葵の写真を撮りたいために、ある所に行くために、駅におりたら、閑散としている。やはり一緒に降りたおばさんに聞いたら、「歩いて、ひまわり畑なんか行くの、無理ですよ」と言われた。そこで「バスは?」と聞いたら、「前はあったけれど、今はなくなりました。タクシーしかありません」と言われて、周りを見渡してもタクシーはない。おばさんは見かねたのか、そばにタクシー会社があるから、私が頼んであげるというのでついて行ったら、六十才くらいの人が出できて、タクシーを出してくれた、帰りは歩いて帰ったが、暑さとその距離でまいるし、道はこれでいいのかと思っても、聞く店も人もいない。おまけに、歩いている道路の横を物凄いスピードの車が走り、のどかな散歩道というわけでない。駅に着くのにはぎりぎりの体力を消耗して、二度と来ないと思ったものだ。

それでは、一般的に良いと言われている所はどうだろうか。十年以上前に、日光の中禅寺湖に行ったけれど、確かに湖は美しく良いけれど、座っている後ろを車がかなりのスピードで走っているのだ。観光シーズンだったので、車が多かったのだろう。これはせっかくの雄大な風景を見て、いい気持ちになっている人の気分を壊すと思ったものだ。

またこれは、京都の御所前でも感じた。御所の前方にあるホテルに入るために、御所に沿った道を歩かねばならないけれども、ここは中禅寺湖のところとは、比較にならない量の車が猛スピードで走りぬけていく。解決策は簡単なことだ、湖の場合も車のスピードを制限すればいいことだ。どこに、責任があるのでしょうかね。お役人さんのセンスに問題があるのかと疑っていたら、車とは関係がないけれど、官僚の不祥事が最近、相次いだ。

そのずうっと前にも官僚の不祥事があったことがある。

話は飛ぶが、中国に何故あのような優れた漢詩の伝統があるのかいうと、官僚の試験の中に、漢詩を作る試験があったそうだ。それで、全国から、詩をつくる天才が集まり、試験を受けた。受かった中からも、落ちた中からも、後世に名を残した大詩人が多いのである。科挙の制度という世界的にも風変りな役人になる試験と聞いている。

日本も法律に強い人ばかり集めると、こんな道路ができるのかなと、ぼやきたくなる。これは一介の素浪人の独り言である。

(ここの場面に適当な漢詩が見つからない。ふと見た詩 )

十六才くらいの美しい娘が春の山遊びから、花を折って帰って来る。帰って見れば日はもう夕暮れで、まばらな春風が、べにをぬった頬を濡らしている。

娘は振り向いて誰かを待つ様子で、着物の裾をつまみ、ゆっくりと歩いている。通りがかりの人はみな、それとなく窺いながら、どこの娘だろうとささやいている。【良寛―谷川敏朗氏訳 】

 

 

 

 

15  憧れの惑星

 

  貴族制度が廃止された。三十五年前に革命が起き、色々な制度は近代的なものになってはいたが、伯爵だのという貴族は廃止されず、生き残っていたが、ついに廃止された。

と同時に、異星人の鉱毒問題が良い方向に向かった。鉱毒をそのまま川に流さず、処理して土の中に埋めるということになった。

驚くことに、異星人は彼らの宇宙船に装備された特殊爆弾も処理し、分解し、使えないようにする、と約束した。

 この劇的な変化を我々はカルナから聞いたのだが、原因はカルナの口から聞くことはできなかった。

しかし、ある時、ハルリラがこんなことを言った。

「長老はアリサをあきらめた。アリサさんは山岡友彦さんと婚約した。わしもアリサをあきらめる。わしは長老に敬意を表現し、サイの金の彫刻を返したのだ。

長老は感動していたね。その結果が鉱毒の解決。特殊爆弾の廃棄、ノーマルなビジネスに舵を切ったのだと思う。

本当に、特殊爆弾を廃棄したのか、ということは俺には確かめようがないが、その確認は新政府と異星人の話し合いで進められるだろう。

 

ともかく、吾輩の仕事は終えたわけだ。もうこの惑星を去って、よその惑星に仕官を探しに行く時が来たように思う」

そんなに、良い国にこのテラヤサ国がなったのなら、この伯爵領にハルリラは残って仕官しても良いのではないかと思ったが、よくよく考えてみれば、ハルリラは失恋したのだ。彼の見事な長老との話し合いと交渉術には敬服したが、彼の心は失恋の悲しみで、この惑星から離れたいのかもしれないと思った。

吟遊詩人にも同じことが言えるかもしれないと吾輩は思った。なぜなら、カルナを伯爵の息子トミーにゆずったということでは、詩人も傷心を持っていたに違いないことが想像されるからだ。しかし、詩人はそういうことはハルリラのようには喋らない。ただ、向日葵惑星を離れることに同意しただけだ。

吾輩と吟遊詩人は阿吽の呼吸で、意見が一致し、そろそろ、アンドロメダの次の旅に出る日が近づいたのだと思ったのだ。

 

 カルナの主張した貴族制度の廃止、異星人との正常なビジネスの開始ということで、伯爵は祝賀会を開いた。たいていの貴族は特権がなくなることを心配し、内心は不安と反対の気持ちがあり、それを表明するものがあったにもかかわらず、廃止を喜びとしたのは この伯爵だけだった。

 

伯爵の言葉のあとに、素早い猫のように黄色のエレガントな服装をしたカルナは目を輝かせ、立って発言した。

「貴族社会は廃止されて、人と人の間を区別する境界線は見えなくなりますが、逆に目に見えない境界線を復活させようとする動きが高まることを我々は警戒しなければ、なりません。アリサのユーカリ国の研修の話を聞いても、ユーカリ国は大統領制になって、四民平等に我々より二十年早く、平等になったはずですが、金持ちと貧乏の差が激しく、学歴による差別が激しく、新しい身分制というようなものが感じられるということです」

「しかし、それは身分による差別ではないですよ。我々は前進したのです」と誰かが言った。

「その通りです。前進はしています。どうも、人は前進すればするほど、形を変え、複雑な形で、区別を作りたがる習性があるようです」とカルナはほほえみを唇にたたえて、そう言った。

「それは区別であって、差別ではないです」

「いや、見かけは区別で、中身は差別ということがあるのです」とカルナが答えた。

「学歴による差別、人種による差別はなくせんよな。わが国では、キリン族は優秀で、鹿族とウサギ族の間にも微妙な差別があると主張するものがある」とカルナとアリサの父親ロス氏が四角い顔を厳しく引き締めて、重々しく言った。

「ユーカリ国では、象族、虎族、キリン族は優秀で鹿族、ウサギ族は劣等と言葉で表現する者がかなりいますよ。実務面での差別がなくなっても、そういう嫌らしい心理的な差別があると言われます」とアリサが言った。

彼女はつぼみが朝、ぽっと咲いた青い薔薇の趣とでもいうような神秘な猫の目をしていた。

 

「異星人の長老がアリサを妻にしたいなどと言ったのも、昔の殿様が気に入った下女を側室にするようなものがあるのではないか。」とハルリラが声を上げるように言って、深呼吸してさらに話し続けた。

「彼らの視線から見れば、鹿族、ウサギ族の多い文明段階の低いと彼らが思っているテラヤサ国の市民なんて、異星人という高い身分からすれば、低い身分に感じたのかも。高度の文明を持つ彼らは、市民を低レベルの身分の者と口には出して言わないけれど、心の底でそういう風に感じている、だからこそ、長老は自国に妻がいるのに、アリサを嫁にもらいたいなどと言ったのだ」

 

吟遊詩人は微笑して、ハルリラを見詰めて言った。

「しかし、彼はテラヤサ国の高い文化を知り、文化こそヒト族の誇りであることを認識し文明を誇ったことを反省している。

許してやろう。利口な人間も時には愚かになることがある。それが人間なのかもしれない」

 

「その差別をなくす運動が今、始まり、少しずつ広がりつつあるというのだから、わがテラヤサ国も人は法の下の平等、そうしたことを徹底する必要がある。

カント九条を入れた基本的人権の確立をもった憲法が早期に締結されることを望むばかりだ。」

伯爵はそう言って、カント九条の設立を約束した。

 

吟遊詩人、川霧も応援演説をした。そして、さらに詩人は言いました。

「カント九条のメインは恐ろしい武力のない平和です。いのちを守る平和です。日常生活では、基本的人権が守られることにより、言論の自由が保障され、そしていのちが守られるのです。経済的にいのちを守る生存権と生活権も大切です。

環境権だの教育の無償化も大切ですが、これは法律でやれますし、憲法によっていのちが守られ、人間らしく生きていけるようになれば、防衛費は少なくてすみますし、そうすれば、そういう金銭は環境問題の解決、教育、福祉にまわせるのです。その意味において、カント九条はこの憲法の大黒柱と言って良い程、大切なもので今後のアンドロメダの世界平和にも貢献していくのではないかと思っています 」

「ただ、問題は残っているぞ。特殊爆弾の廃棄が本当に行われたのかだな。あれがある限りは、我が国は背後で脅迫されているようなものだ」とロス氏が不安そうな表情で言いました。カルナとアリサは父親の顔を見て、うなずいているようでした。

「それはそうだ。わしが新政府の交渉団の中に入って厳しく監視しよう」と伯爵が言いました。

 

  吟遊詩人、川霧はヴァイオリンをかきならした。そして、彼のテノールが響いたのです。

 

愛と慈悲の春がやってきた

花は澄んだ湖面に映り

さわやかな風は呼吸の喜びを誘い

永遠のいのちは光となって我らをおおう

歓喜は叫ぶ、友よ

 

詩人はヴァイオリンを終えて、吾輩の差し出した紅茶を数滴飲んだ。

 そういうことで、この祝賀会が終わると、吾輩、寅坊と吟遊詩人川霧と、ハルリラはアンドロメダ銀河鉄道に乗って、次の惑星に向かって出発した。

  

吾輩がはっと気が付いた時は、アンドロメダ銀河鉄道は ゆるやかに美しい音をたてて、桔梗色の天空を走っていたのです。吾輩は目を見張りました。

不思議です、アンドロメダ銀河の先の方で花火のようなものが上がったのです。天空に花咲いた赤・青・黄色と様々な色の薔薇の花のようなひろがり、ランのような花の広がり、向日葵のような花の広がりとピアノの音のような美しい音を空全体に響かせて、それから散っていくのはちょうど、歌川広重の両国花火を思い出させるような不思議なものを持っていました。吾輩は、京都の銀行員の主人の蔵書の中で、その絵を確か何度も見ました。

彼はよく言ってました「江戸時代の隅田川も綺麗だし、花火も良かったと思う」

 

やがて、美しい宇宙の景色が見えてきました。

天空からたくさんの紫色の藤の花がこぼれ落ちるように咲いている空間が続くかと思えば、梅の花が咲いていたりする野原が見えたり、牧場が見えたり、森はあらゆる生き物の宝庫といういのちの光に輝いているのです。

細長い銀色の帯のようなアンドロメダ銀河の川の水は水晶よりも美しく透明で、なにやら、ピアノ・ソナタのような美しい響きをたてて、どんどんと流れているのです。

 

そして、あちこちにカワセミが飛んでいるではありませんか。

カワセミを見て、ふと、吾輩は銀閣寺の懐かしい「哲学の道」を思い出したのです。

そして、同時に、そこの川に垂れ下った桜の小枝にいたカワセミを思い出しました。全体にブルーで、腹の方はみかん色の美しい鳥です。

すると、不思議なことに、アンドロメダ銀河鉄道の窓から見える景色の向こうの方に、銀閣寺が見えたのです。

 

 

 吾輩は最初、何かの錯覚かと思ったのですが、いえ、そうではありません。

向日葵の畑の向こうに銀閣寺がまるで幻のように光りながら、それも何と一つの銀閣寺だけでなく、いくつも銀閣寺がある間隔を置きながら、信州の盆地に広がる華麗な住宅のように、銀色にきらきら輝いているのです。

 

そしてカワセミが飛んでいます。中には吾輩の乗っている列車に並行して、しばらく飛んで、さっと向こうに飛び去るのもありますが、その美しいこと、生命力に畏敬の念をおこさざるを得ない、神秘な力を感じるのでした。

「アンドロメダ銀河で、銀閣寺を見るとは。夢のような感じがする。不思議だ」と吾輩はぼんやり考えました。

やはり、吾輩としては、銀閣寺は故郷だったのかもしれない。故郷は懐かしい。懐かしい。しかし、吾輩は向日葵惑星の旅を終えて、アンドロメダの旅に出ているのだ。何か胸が苦しいような思いが湧くのだった。

 

 

 薄い桔梗色の大空にこの世のものとは思えぬ美しい鐘が鳴り響いてきました。

「綺麗ですな」とハルリラが言いました。

「素晴らしいね」と言う吟遊詩人の声には感動がこもっていました。

「列車の中にまで響いてくるね。どこで鳴らしているのだろう」と吾輩は言いました。自分の心に響いてくる神秘な音色に、耳を傾けたのです。

「うん、人の住む惑星が近いということを銀河鉄道が知らせているのだと思うな。ところで、君、君は地球から来たそうだね」とハルリラは吾輩の顔を見て、微笑しました。

「そう、京都という文化の都市から来た猫だよ」

「猫?  君は猫なの」

「僕かい。うん。この列車に乗る前は猫だったけれど、今は猫族のヒトだ。君はチーター族なんだろう。」

 

「そうさ。君の名前は寅坊だったよね」

「そう、僕が京都で猫だった時に、主人の銀行員がつけてくれた名前さ」

「本当の君は誰なの」という奇妙な質問をハルリラはしたのでした。吾輩はぎょっとしました。それで仕方なく返事をしました。

「自分が誰かなんてことは考えたことがないから、分からない。外には、色々な風景が流れ、色々考えることはあるが、自分が誰かなんて考えたこともない。誰でもないと思う」

 

「誰でもない、もしかしたら、僕もそうかもしれない」と詩人、川霧は言って、何故か遠くを見るような不思議な目をしました。

 

「ふうん。誰でもない人か。猫の顔をしている変人ということか」とハルリラは言いました。詩人には遠慮したのか何も言いません。

「ま、俺も猫族の一種、チーター族だが、俺も自分のことがよく分からない。気がついた時は魔法学校で勉強していた。その前のことは記憶がない。先生がハルリラ、ハルリラっていうものだから、なんとなく、自分をハルリラだと思っている」

 

 

 「しかし、誰でもない人って、仏さまということに通じるという話を聞いたことがある。名前を取り去り、どこの組織に入っているというわけでもなく、全てを人からはぎとられた裸の人になった人つまり無我になった人って、それは仏さまだとね」と詩人が言いました。

吾輩は向日葵惑星の画家、山岡友彦が白隠の言葉〔人は仏である〕を知っていたことを思い出した。

 

「俺も仏さまという意味が分からないが、ハルリラの前は記憶がない。もしかしたら、俺も誰でもない人なんだ。詩人、川霧さんも誰でもない人。

我々は兄弟以上の親友ということになるのかな」

「そうかな」と吾輩はなんとなくしっくりしない気持ちで答えた。

 

吾輩はそう言いながら、京都での沢山の記憶があるから、ハルリラの言う「誰でもない人」とは少し違うような気がする。

だからと言って、「自分が誰であるのか」が分かっているのか、大いに疑問がある。吾輩は学生でもない。勤めている会社もない。金もあまりない。ないないずくしの吾輩はつくづく不思議な生き物であると思った。天から与えられた「いのち」だけをたよりに、旅を続けているのだから。

 

アンドロメダ銀河鉄道の行く手の大空の中に、不思議な惑星が見えて来ました。満月のように丸く美しい光を四方に放っているのですけれど、半分は金色で、半分は緑色なのです。

 

背の高いほっそりした吟遊詩人、川霧がヴァイオリンを持って、すくと立ちました。我々に声をかけ、ここで「一曲、ひいて皆に挨拶する。アンドロメダの雄大な旅を一緒にするのだから、山に登る時に皆が声をかけるように、わたしもこの列車の人にヴァイオリンで挨拶する」と言って微笑しました。それから、列車の中で、彼のテノールの美しい声が響き渡るのです。

  「私は知りたい、憧れの惑星が

アンドロメダ銀河にあることを

そこには美しい花と果物が道を飾り

カント九条と人権は全ての国で確立され

歩くことが楽しい街並みが至る所にあり

緑の柳がおおう清流は美しい響きをたてて流れ

人々の美しい微笑は澄んだ空気のように至る所に見られ

緑の葉の光にほほえむようにあちらこちらで歓喜の歌が聞こえる

このアンドロメダの旅で

そういう町を発見することこそ

我らの夢

我らは期待に胸を震わせて

我らは次の惑星に

足を踏み入れる

 

 

 それから、詩人はヴァイオリンが歌をなぞるようにひかれる。

乗客から拍手がわきおこる。

 

詩人は席に座りました。

「次の惑星が今の詩に歌われたような憧れの国だといいですね」とハルリラが川霧に声をかけました。

「(アンドロメダ銀河案内)にはどう書いてある? 」と吾輩は聞きました。

ハルリラは 細長い銀色のタブレットのようなものに現われた星の地図を指を使って、少しずつ動かし、見とれるように見ていました。

まったくその中に、青白く表現されたアンドロメダ銀河の川の岸に沿って、一本の鉄道線路が南の方に伸びているのでした。

そして宝石のように美しい水晶のような板の上に、絵画のような地図が広がっていました。見ると、いくつもの駅や寺院、教会、それから、地下水から湧き出る泉や森が散在しているのです。そうした場所からは宝石のような青や緑や黄色や素晴らしい金色の光が輝いています。地図には、いりくんだ網のようにあちこちの道がつながっているのですが、街角にかかる多くの小さな鏡には、そうした建物が映り反射して、不思議な美の世界をつくり、吾輩を驚かしたのです。

吾輩はなんだかその魅力ある地図をアンドロメダのどこかの駅で見たように思いました。

アンドロメダ銀河鉄道は金色の方に入って行きました。上空から見ると、美しい金色の家が並び、大地も金色なのです。吾輩は京都に住む猫ですから、当然、あの金閣寺の金色の美しさを思い出しました。

 

吾輩と吟遊詩人とハルリラが金色の立派な駅を出ると、さわやかな空気があふれていました。柔らかい日差しにあふれ、まるで小春日和の夕暮れのようです。駅前広場には、大きなテレビがあって、戦争の様子が実況放送されています。金色の国ゴールド国と草原の国グリーン国では、今、戦争が起きて、若者はみな戦いに出ているというのです。そのせいか、広場には人がまばらです。

 

吾輩とハルリラと吟遊詩人は駅の前の、金の彫刻のように見えるプラタナスの木に囲まれた、長い金色の道に出ました。周囲は色々なお店が並んでいました。金色の街灯には、ハンギングバスケットにりんどうの花が紫色に輝いて咲き、それがずうっと続くのです。空には、いつの間にかアンドロメダ銀河の星がいくつか輝いていました。

 

 

 奈良駅から春日大社に至る長い散策ストリートのような美しい金色の通りでした。真ん中の道に、時たま自転車のようなものが静かに、ゆっくり通るばかり、両側にある広い歩道にはさきに降りた人たちが、町の人たちとまじって、ゆったりと歩き、どこかの店に消えていきました。

そのようにして、我々はその金色の道を、肩をならべて行きますと、とあるカフェーが目につきました。

吾輩とハルリラがそのカフェーに入ると、あるテーブルで金色の服を着た女達と年寄りの男が大きな声で話していました。

「なんていったって、水は大切だ。あそこの岩場の近くの水は先祖伝来、我々が使っていた。それをグリーン国の連中が急に俺たちにも使わせろだって。本当の目的はあの近くに最近発見された金鉱が目的なのさ。グリーン国はこちらから見ると、うらやましいくらい緑に恵まれた自然豊かな国なのに、やはり、金鉱が欲しいと見える」

「話し合えば、どうなんですか」とハルリラが言いました。

彼らはぎょっとしたようにこちらを向いて、「お前たちは誰だ? 」というような顔をしたのです。

「最初はな、ちょつとした小競り合いだったのよ。最初は警察官が出て、それから、ついに軍隊の衝突になった、それも直ぐに終わると思っていたら、あの小さな場面の衝突から全部の川の奪い合いに広がってしまった。」

「若者はみんな軍隊にとられ、陣をかまえ、にらみ合いになっている」

「陣じやない。塹壕だよ」

「塹壕って、」

「穴だよ。両国とも、細長い穴を川に沿って、えんえんと五十キロもつくっているという話だ。まだ伸ばすみたいだぞ。」

「ところで、お前さん達はここの者ではないな。旅の者かい」

我々が銀河鉄道の客だと知ると、彼らは目を輝かし、言葉づかいも丁寧に、態度も凄く親切になった。

「今夜の泊まる所を探しているのです。なるべく安い所がいいのです」

「そこの『憩いの森林館』がよかろう。あそこは金色の建物ではないけれども安いし、そこへ行けば、この国の様子が手にとるように分かる」

                   〔つづく〕

  久里山不識

    

【アマゾンより、「霊魂のような星の街角」と「迷宮の光」を電子出版】

Beyond Publishingより【太極の街角】を電子出版【水岡無仏性のペンネームで】

 

 

 

 

 

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銀河アンドロメダの感想  14 (黄金のサイのミニ彫刻)

2018-10-13 10:15:47 | 芸術

 全世界は一個の明珠である。これは道元の言葉である。彼は真理を悟ったのであろう。

仏性を悟ったのであろう。仏性とはどういうものであるか、言葉で言って相手を納得させることはできない。しかし、道元が死んだら、後世の人は道元が悟った内容を知ることが出来ない。ここは大慈悲心を起こして、言葉で表現することに挑戦するしかない。「正法眼蔵」がそれだろう。

だから、全部読んで理解しないと、著者の言うことが分からないような西欧の哲学書と違う。

この「全世界は一個の明珠である」という言葉から、道元の得た真理を悟る人もまれにはいるかもしれない。主客未分の世界というのが禅の常識的な言葉としてある。向こうに客観的な物質があって、こちらに自分がいる。その境界がなくなった時、そしてそれが意識されている時を座禅によって経験すれば、宇宙は自己と同一になる。その時、世界は一個の明珠が見えてくるのでないか。

この明珠はいのちそのものである。永遠のいのちそのものである。

ところが、人間は理性を持ち、向こう側にあるものを認識し、分析していることに慣れている。そうしないと、人間は生きていけない。人間だけでなく、生き物はすべてそうだろう。生き物の中で、対象物を分析するのに優れた能力つまり理性を持つのは人間だ、その理性がニュートンのように、万有引力を発見し、科学は量子力学を発達させ、今や科学は飛ぶ鳥を打ち落とす勢いで発達している。

アインシュタインはスピノザに影響されたアインシュタイン流の神を信じていたようである。

もし仮に、イメージの上で、アインシュタインの神が道元の言う「全世界は一個の明珠」に近いと仮定することが許されたとした場合でも、それでも大きな違いがある。それは、アインシュタインはそれを数学で表現できると考えたことであり、道元は勿論、数式なんて全く縁のないところで、座禅をして心身脱落し、「明珠」という言葉の奥にある神秘で深い深い躍動するいのちそのものを体験していたのではないかと思う。

 

 

14 黄金のサイのミニ彫刻

 

 ハルリラがある秘密の行動を企てようとしていたことはあとで吾輩にも分かった。

ハルリラは長老がアリサを妻にしたいと言った申し出を侮辱と受け取っていた様子から、何かしらのことを深くは考えていたのだろう。しかし、それは想像を上回る大胆な計画だった。

 ある日、吾輩と吟遊詩人の前に、ハルリラは不思議なものを見せた。

それは長老の一番大切な守護神だそうだ。純金で出来た小さなサイの彫刻だった。それはネズミか小鳥ほどの大きさであったが、まるで生きているサイのように見事なもので、純金で出来ていて、持つとどっしりとした重さを感じた。

「これは何」

「長老の一番大事なものさ。彼は黄金の魔法次元から来たというから、彼と会った時から、わしは彼のことと、黄金の魔法次元のことを調べていた。そうすると、長老はあの司令官たちを指図する指揮権を託されているが、その惑星の指揮権の象徴がそのサイの彫刻さ。金よりもその彫刻に価値がある。

それをなくしたら、長老は切腹ものさ。それを、わしは密かにあの銅山のビルに忍び込み、盗んできた。これで、長老と取引しようというわけさ。アリサを妻にしようなどというふざけたことを払い下げにし、もう一つ大事なことは鉱毒を流さないことと、彼らの軍が持つミサイルと特殊爆弾の廃棄による正常なビジネスだな。これを長老に約束させる」とハルリラが言った。

「凄いものを手にしましたね」と吟遊詩人、川霧が言った。

「具体的にどうやって、長老と取引するのですか」と吾輩は聞いた。

「ロス邸かカルナさんの家に呼び、そこで話をする」

 

 

 アリサとの結婚を望んでいる長老の思惑をハルリラから聞いたアリサとカルナはアリサの家に呼べば、来るのではないかと言った。電話はロス邸のを使わしてもらう。アリサが直接、長老を電話で誘うという段取りになった。

一人で来て欲しいというアリサの願いを、異星人サイ族の傲慢な力の過信からだろうか、長老は、この前の祭りの参加でこちらの様子が分かったということで、ある日、一人で、アリサ〔カルナ〕邸に来ることになっていた。

その時、ハルリラ達がこの晩さん会に参加することは絶対の秘密だった。リミコからもれると厄介だと思ったからだ。

 

 

 晩さん会の用意は出来た。長老はリミコと一緒に来た。

アリサが玄関で「今日は晩さん会で御友達も呼んでありますの。」と言った。

長老はちょつと笑った。リミコは何か厳しい顔になった。

「姉のカルナの企画なんですよ」とアリサが言った。

 

吟遊詩人とハルリラと吾輩はテーブルの席の所で立って、挨拶をした。

長老の誕生日だった。これはアリサがリミコから聞き、知っていたことなのだ。

「お誕生日、おめでとうございます」と我々はカルナと一緒にそう言った。

長老はさすがに、一瞬戸惑った様子だったが、「ハハハ。わしの誕生日か。誕生日を祝う習慣はわが惑星ではあまり一般的ではないが、ま、ありがたく受け取ろう。この国の文化を尊重するのも大切なことだからな」と言った。

 

 

 「では長老。これをご覧ください」とハルリラが黄金のサイの彫刻を見せた。

ハルリラの腰には彼の自慢の剣がさしてあった。

「何だ。これはわしの」と長老はさすがにぎょっとした驚きの表情をした。

「これを長老に誕生日プレゼントとしてお渡ししたいのですが。条件があるのです」

「条件」

もうその頃は、みんな多少のワインが回って、いい気持になっているようだった。

「そうです。アリサさんはあなたの妻になることは御断りしたいと申しております。まず、それを承諾していただきたい。アリサさんには画家の恋人がいらっしゃるのです」

「画家だと」

「山岡友彦か」

「よく知っていらっしやいますね」

「知っているさ。銅山の鉱毒をなんとかしろとよく言ってきている画家だ」

 

「それからですね。軍のミサイルと特殊爆弾を廃棄して、我が国と平和なビジネスに入るように司令官を指導していただきたい」

 

「ハハハ。ハルリラ。いつから、こんな交渉術を学んだ。お前のところののどかな、魔法次元でもこんなことを教えるのか」

「いえ、自然に思いついただけで」

「よくこのサイの彫刻を盗みおったな」

「今の話、お受けできますでしょうか」

「アリサのことは分かった。しかし、ミサイルと特殊爆弾は司令官の管轄にあるのでな。わしはただの説教師でな」

「巧みな説教師と聞いております」と吟遊詩人、川霧が言った。

「サイ族の魂を動かす術を黄金の魔法次元で習得なさったとか」

 

 

 長老は苦笑いをした。

「君は無茶な願いをしていると思わんか。武装解除しろと言っているようなものじゃないか。宇宙の旅は危険がたくさんあるのじゃ。惑星の文明段階も色々でな。わしらのより、強力な武器を持つ惑星がある。

そいつらと素手で交渉なんかしてみろ、皆、監獄行きさ。そして、いい見世物かさらし者にされてしまう。強いものの意見が通る、これが黄金の魔法次元の教科書に書かれていることじゃ」

吟遊詩人は微笑して言った。

「弱肉強食ですな。しかし、野獣の進化段階ならそれも分かりますけど、ヒト族に進化したからには、我々は文化を持ちます。文化は弱肉強食などという野獣の考えに支配されていては良いものは生まれません。

優れた文化、芸術は優れた宗教と同じように、優れた価値観を持ちます」

「良い価値観が相手を圧倒できるときはそれも分かる。しかし、やはり、相手に強い武器を見せつけられては、その良い価値観ですら、相手の良くない価値観で薄められ、

武力のないために悪い価値観を受け入れてしまうではないか」

 

 

 「黄金の魔法次元の価値観というのはどういうものなんですか」と詩人が聞いた。

「なるべく武力は使わず、ビジネスで儲け、みんなが豊かになることじゃ。みんなが幸福になることじゃ」

「豊かになれば、幸福になる」
「そうではないかな」

「人はパンのみにて生きるにあらずと言う言葉もありますけど」

「それは分かる。しかし、おぬし。そこまでわしに言うなら、おぬしに聞こう。おぬしの言う優れた価値観とは何だ」

「言葉では具体的に言うことは難しいでしょう。私が感じているのはあえて言えば、生命です。いのちです。神と言っても良い。真如とも言う。愛とも大慈悲心と言っても良い。虚空ともダルマとも言う。

人は言葉を言うと、すぐにその言葉にとらわれます。言葉は絶対の真実を示すことはできません。言葉は真実を指す指先のようなものです。その優れた言葉や優れたポエムから、真実を体得しなければなりません。」

詩人はそこまで言うと、微笑した。一息つき、長老の目を優しく見詰めて、言った。「そうした絶対の真実が我々の生きているこの現実の世界に表現されているということです。それを見いだすことが、人生修行なのではありませんか」

「心身脱落か」

「よく禅の言葉を知っていらっしゃいますね」

「わしは仮にも長老だぞ。心身脱落すれば不生不滅のいのちを手に入れることができるというわけか。

君はそれでそれを体得したのか」

「いえ、言葉とイメージでは分かってきましたけれど、まだ心身脱落は体得できないから、こうやって、旅をしているのです」

「旅が修行か」

「ま、そういうわけです」

「わしもな。よその国とビジネスをする。これが修行だと思っているのじゃ。貴公は何かビジネスを悪いもののように考えているが、それは心得違いだと思うがな。ビジネスがなければ、色々な物や食料が全ての人に行きわたることができないじゃろ。その公正なビジネスを邪魔する強盗や盗人は追い払わねばならぬ。そのために、武器は必要なのじゃ。そして、皆が豊かになる。これが黄金の魔法の次元の価値観じゃ。どうだ。素晴らしいだろう」

 

 

 「で、どうなんです。鉱毒の垂れ流しを中止することと、ミサイルと特殊爆弾の廃棄はだめなんですか」とハルリラが鋭く聞いた。

「それはな。わしもな。武器などなしに、素晴らしいビジネスが出来れば良いとは思っている。祭りで踊った時にな、そういう思いがふと湧いたものじゃ。しかし、無理だな。

ヒトは悪を抱えているから。魔界の誘惑にも弱い。そんな呑気なことでは面白いビジネスは出来んよ。夢物語を語りに、わしは宇宙を飛び回っているのではない」

 「それじゃ、この黄金のサイの彫刻はかえしませんよ」

 「かまわんよ。その代わり、ここと伯爵邸とロス邸、それに新政府の庁舎を砲撃するが、そんなことをしてよいのかね。わしも、長老といわれている身、そんなことはしたくはないのでね」

 

 

その時、吟遊詩人がヴァイオリンを取って、弓を弦にあて、不思議で美しい音色を奏でた。

「ほお、音楽か。やれやれ」と長老は独り言を言った。

 

詩人の声が響いた。

 

武器を捨てるなんて夢物語 ?

そうだろうか。

軍拡を進めればヒト族破滅もいつの日か

とため息がつくばかり。

 魔界の王者メフィストの高笑いが聞こえてくるようだ。

 

 勇気をもって、武器を捨てよう。

武器を持って、脅してビジネスしても、それは本物のビジネスか。

ヒトとヒトがこの世に誕生し、

言葉を交わし、愛を交換し、

真理の光がまばゆいほどに光るその道を歩く時、

ビジネスも心の通い合いとなる

物と物は多くの人に行きわたり、

食料は多くの人の胃に入る

飲み物は我らを酔わし、

果物は幸福のしるしとなり、

いのちは至る所に輝く

街角はカラフルな豊かな衣服であふれ、

人々の口元には美しい微笑がもどる

 

だからこそ、話し合い、武器は捨てよ。優しいビジネスは人に息を吹き返す。

平和は人にいのちの復活を約束する

 

 

         【つづく 】

 久里山不識

    

【アマゾンより、「霊魂のような星の街角」と「迷宮の光」を電子出版】

Beyond Publishingより【太極の街角】を電子出版【水岡無仏性のペンネームで】

 

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銀河アンドロメダの感想  13(愛)

2018-10-05 09:53:18 | 芸術

  福島の原発事故の起きる前は、脱原発を言うと、色々な圧力があったということが、この不幸な事故のあとになってより鮮明に分かってきた。私も「いのちの花園」という脱原発の長編小説を平成2年に本として出版して、その後、中傷を受けたから、よく分かる。

原発問題の前には公害問題があった。四大公害裁判である。私の記憶では、水俣湾に流れこんだ水銀が原因でおきた恐ろしい病気であったが、地元の医療関係者が海のそばに工場を持つ会社の垂れ流す水銀に原因があると中央に訴えたが、政府の意向を受けた偉い肩書を持つ学者が「因果関係がない」と突っぱねたと記憶している。

そういうわけで、水俣病が工場の流した水銀に原因があると社会的に認められるまでに長い時間がかかったのだろう。

今回の原発事故でも、中央に協力的な肩書の偉い学者が、原発に批判的な学者の言い分を抑え込んだようなことがあったらしい。

ま、こういうことは、古来あった。西欧では、ローマ法王側の意見に反発したガリレオが圧力に屈したが、「それでも地球は回る」と言ったのは有名である。

ガリレオより時代が前の人で、ジョルダーノ・ブルーノがいるが、自分の意見を撤回しなかったために火刑にされた。火あぶりの死刑である。

今は先進国では、表立ってそういうことは出来なくなった。法治国家になったからである。

法律に触れないように、陰で嫌がらせをやるという風に変わっているらしい。

例えば、本来ならば、そこの大学の教授になれる人が助手しか進めないとか、私のように一介の無名の作家ということになると、ひどい中傷を流すとかされるのである。どこから流れるのか、原発のような場合は、それをやろうとしている権力側に賛成する人が何らかの組織とかSNSを使うことが予想される。これが民主主義の国のやることなのだろうか。

権力を持っている側の言い分は少し疑ってみるということが必要である。そういうシステムはアメリカの大統領をめぐる報道を見ていて、アメリカの法制度にはよく浸透しているという気がする。

大統領を監視する特別検察官なんてあるのもそうでしょう。その検察官を選んだ司法副長官が大統領を辞めさせるように動いたという噂も、正規の法の上にのっとてやられたというのだから、権力を監視する網はかなりのものだ。

国民の目はアメリカにも日本にもある。

しかし、日本は経済が安定してくると、権力者のいうことはお上のいうこととして納得してしまう傾向にないか。経済もそれは、物凄く大切である。しかし「もんじゅ」のように一兆円の無駄使いをしたことを忘れてはならないのだ。

こんな無駄遣いをして、格差が広がるような経済政策はやめてもらいたいものだ。

 

 

 

 

 13     愛

 

   伯爵は異星人の長老に、カント九条の話をしていた。我らは吾輩と吟遊詩人、川霧とハルリラそれに伯爵。向こう側にはリミコが長老の秘書として同席していた。

「異星人は何を狙っているのですか」と伯爵は細い目を少し押し広げるようにして、その優しい目の光に幾分の鋭さを含ませながら、優雅な語り口で喋っていた。「異星人は銅山と車の会社だけでなく、あちこちに忍者をはりめぐらしているというではありませんか。名目はビジネス。

今回のカルナさんの家にリミコさんを送ったのも何かの陰謀ではないのでしょうか。

銅山の幹部の半分は異星人ですね。

国のあちこちの会社に、異星人がみな鹿族に変身して、散らばっている。それで良い仕事をしているというなら、まだしも、リミコさんのように、カルナ邸の忍者とは 鹿族の何を知ろうしているのでしょうか。カルナさんとアリサさんの二人の話に、権力に不都合なことがあれば、新政府に報告し、何か取引でもしようというのではありますまいか。カルナさんは政府を批判するエッセイスト。結果としてそれを弾圧することに手を貸すとは、この国の市民の基本的人権をこわすことになる。こういうやり方を卑怯と思われないのですか」

「何も悪いことを考えているわけではない。サイ族と鹿族は文明と文化があまりに違いすぎる。良いビジネスをするためには、相手を知らなくてはならないではないか。それにサイ族が会社に入るのが何故悪い。民族平等ですぞ。

理解が深まれば、お互いのためになるのではないかな」

「問題はサイ族が鹿族に変身しているということですよ」と背の高い伯爵は小柄な長老を上から眺めるように言った。

「何。あれはお化粧ですぞ。何が悪い」

「お化粧と変身とは明らかに違う。例えば、密告のような悪い目的のために、変身するのは詐欺のような気がする」

「それは失礼ですぞ。それに考えすぎ。そういうのを邪推という」

 

 「スピノザ協会の調べたところによると」

「スピノザ協会。ああ、カルナさんの所属しているグルーブね。あそこは我らに最初から不信感を持っておるようじゃな」

「そりゃそうでしょ。リミコさんが忍者というのをカルナさんは感づいていたのですから」

「感づいて、親友扱いとは、中々のお嬢さんですな」と長老は笑った。

「そのスピノザ協会の調査では、お宅のサイ族が会社の幹部に入っている所では、過労死、パワーハラスメントによる自殺、税金のごまかし、こうした沢山の不正があるというではありませんか」

「そういうことは、サイ族のいない会社でも起きていますよ。この鹿族の国にもともとある構造的な問題ではないのかな。

だいたい法律で時間外労働の限度を月百時間認めるというような作り方を新政府はやっていることからして、過労死の問題は新政府の問題で、サイ族とは無関係だということをご理解していただけるでしょう。

たまたま、サイ族がいた所でも、あったということで。サイ族は わしの精神的指導が入っているから、そういうことをしないはずだ」

「本当ですか。だって、銅山と青銅器の車の会社をご覧になったことがあるのですか 」

「いや、ないが。長老は瞑想という修行があるので。そういう空気の汚い所は行かん。そういうことはみな司令官にまかせておる」

「瞑想とは迷走ではないのですか」

「何。そういういいがかりをつけるなら、わしにも言いたいことがある。環境税を我らの車の会社にかけようと運動しているのは、伯爵、お宅だそうだな」

「あの排気ガスはひどいでしょ。それで儲けようというのだから、環境税は必然的なものですよ」

「わしらの友好的なビジネスを邪魔するつもりなのかな」と長老は不機嫌な顔をして言った。

「友好的なビジネス」

「わしほど鹿族諸君に友好的な気持ちを持っているものは、そうはいない」

「何か、証拠でも」

 

 

 「鹿族のアリサを妻にもらいうけたいと願っている。わしは長老と言っても、まだ。五十代半ば。科学の力によって、筋肉の総合力はまだ三十代だ。」

なるほど、リミコの忍者活動はアリサの様子をうかがうことかと、吾輩は思った。

リミコは長老の一番の秘書。長老がアリサをどこで見染めたのか分からないが、そういうことで。リミコを送り込むことはありうるかもしれん。

なにしろ、長老は司令官に対して、精神的な支柱となる人物だけに、男女のことでやたらに動き回ることはできないということは吾輩にも推察できた。

 

「サイ族の長老と鹿族の娘の結婚。冗談でしょう」とハルリラが言った。

 

「それに、それはアリサさんのお気持ちがあるではありませんか」と詩人、川霧が言った。

「それで、カルナ邸に秘書リミコを送りこんだというわけか」とハルリラは徐々に語調が強くなってきた。

  

「世の中をよくしょうとする話とそういう男女の話とは全く無関係では」と伯爵は微笑した。

 

「さよう。無関係。 しかし、わしはそちらのお手代いをするのだから、そのくらいのわがままも許されるのでは」と長老は言った。

「そんなことはアリサさんが考えることでは」

「それはリミコが説得する」と長老は笑った。

 

 

  帰りの道々、ハルリラはアリサへの思いを喋った。夢遊病者のように、まるで熱に浮かされたように話すのだった。

 「異星人の長老がアリサを妻にしたいだと。ふざけるのもいい加減にしろ。彼は自国に自分の妻が一人いるではないか」とハルリラは怒ったように言った。

「長老に妻がいるというのは、今、あの館を出た時、魔法次元の電波で入れた情報だ。アリサはわしの理想とする女性だ。あんな奴に持っていかれてたまるものか。」

「リミコが説得するかもしませんよ」

「わしはリミコの忍者行為も許せないが、そんな風に長老の手先になってアリサを説得することのないように、リミコにあの家から出て行ってもらおう」

「それはそうだ。私からもカルナに話しておく」と吟遊詩人が言った。

  

 「ああ、しかし」とハルリラは言った。「たとえ、長老が引き下がったとしても、アリサにはボーイフレンドがいる。彼は紳士だ。彼がアリサに言い寄ったら、わしは負けだ」

「誰ですか。そのボーイフレンドというのは」と吾輩は聞いた。

「山岡友彦だ。彼は銅山の鉱毒垂れ流し反対の旗手でもある。この国では伯爵と同じキリン族だが、芸術家でもあり、鋭くすばしこい。」とハルリラは言った。

「アリサさんとはどういう関係で」と吟遊詩人、川霧が聞いた。

「姉さんのカルナが山岡友彦と一緒に仕事をすることが多いから、カルナが妹のアリサに彼を紹介したともいえる」

「山岡さんはカルナさんの恋人が伯爵の息子トミーさんであることを知っているのかもしれませんね」と詩人、川霧が何か寂しげな物言いだったことに吾輩は気づきはっとした。

「カルナさんはエッセイシストだ。アリサさんはユーカリ語を学習し、翻訳を仕事にしているから、出版社との交渉が多い。山岡友彦は絵描きだ。この国で、画家で飯が食えるのは三人ぐらいしかいないが、彼はその一人。ことに、出版社との関係は深いから、そこでアリサさんと山岡友彦の接点が出てきたのかもしれない」とハルリラは言った。

 「山岡友彦さんのアトリエに行ってみませんか」とハルリラが言った。「彼がどういう考えなのか知りたい」

 

 

 山岡友彦のアトリエは湖のそばにあった。

煉瓦づくりの家の二階に広いアトリエがあり、そこから、庭園と向こうに広がる小さな湖とその向こうの森が見えた。

彼は背の高いキリン族だった。もともとはユーカリ国の生まれだが、青年時代にこちらの国の絵の伝統にひかれてやってきた男だ。細面で、首が太くハンサムで、耳が大きい。表情が豊かで、よく微笑した。目は細く、中の青い瞳は鋭かった。

「森の向こう側に、和田川が流れている。異星人の奴らが銅の鉱山を開発しているが、公害対策をしないものだから、鉱毒が流れっぱなし。全くひどい話だ。

森の向こうには車の工場もあるというが、何か得体のしれない正体不明の会社をつくっている。

『株式会社株田真珠』とか。

この国のマスコミを牛耳ろうとしている。給料はもの凄くよく、学生の憧れの的だが、この間、新入社員の若い男が過労で自殺した。

いったい新政府は何をやっているのだ。

カルナさんと伯爵の活動は尊敬しているが、わしは絵を描くのに忙しくてね。なにしろ、創作というのは魂をうばい、無我夢中になるからね。」

「その絵は」

アトリエの窓の横に大きなカンバスがあった。絵は風景画だ。森林に囲まれた銅山のような横穴があり、その上に車の会社があり、煙突からはもくもくと煙を吐いていた。

「鉱毒事件に反対ののろしをあげる絵画さ」と山岡友彦は言った。

「地球でも、水俣病、イタイイタイ病、四日市のぜん息など四大公害裁判があった」と吟遊詩人が言った。

「その被害者の心痛は大変なものだ。それに最近では、原発の事故があった。」

「何だ。その原発というのは」

「原子力で、電気をつくるのだが、地震と津波で甚大な被害を受けた。

放射能が人体にひどい害をもたらすことは以前から言われていたのだが、安全だと言う勢力が強かったのでね」

「ううむ。我らの文明段階はそこまで行ってないが、科学と文明が栄えると、文化も栄えるというのはうそのようだな。文明と文化は違う。文明だけだと、人間は傲慢になる。文化の中にある深い精神性を見失うからだと思う」

 

 

 「コーヒーをのみませんか」と山岡友彦は絵筆を置いて、テーブルの上のサイフォンに電気を入れた。

そのテーブルから大きな窓が見えて、窓から湖が見える。

湖の真ん中あたりで、ざわざわと大きな波が見えた。

「お、恐竜のうさちゃんがお目見えかな。

この惑星には、恐竜の子孫が一部、残っているのです。象か小さなクジラ程度の大きさものですが、草食系のせいか、おとなしいので、みんなうさちゃんと言って、仲良くしているのですよ」

「なるほど、」

「顔を出すと、ひどく首が長いでしょ。顔もけっこう可愛い。そういうのだけが生き残ったのです。この惑星では人間に進化した哺乳類はけっこういますけど、やはり、隣のキリン族のユーカリ国、それにこの国テラヤサ国の鹿族とウサギ族、まだ 熊族  リス族の国がありますがね。僕はこの国が好きでユーカリ国から移住してきたんですよ。なにしろ、絵画には偉大な先輩がいましたからね。しかし、最近、騒がしいことに、異星人なるものが銅山のあたりを占拠して、新政府となにやら交渉しているようですけど、困ったものですな」

「サイ族の長老をご存知ですか」

「ええ、噂は聞いています」

「アリサさんはご存知でしょ」

 

 

 「ああ、カルナさんの妹の。素敵な人ですな。私は鉱毒事件でカルナさんと話す機会がありましたから、二度だけ、アリサさんにはお会いしましたよ」

「たった二度だけ」

「うん、会う機会はたくさんあったけれどね。わしが遠慮したのよ」

「遠慮」

「なぜなのですか」

「そんなことはわしにも分からん。わしの昔の思い出がそうさせるのかもしれん」

「そのアリサさんを異星人の長老が妻にもらいうけたいと言っているのですよ」

「何」と山岡友彦はけわしい顔をした。彼はそんな顔をしながら、サイフォンで入れたコーヒーを花の模様の入った白い茶碗に入れて、我々に勧めた。

しばらくの沈黙があった。

我々はその沈黙の意味をかみしめながら、コーヒーを飲んだ。こくのある甘みと苦みの混じった舌にとろけるような味でうまかった。

「あんな異星人は追い出してしまえばいいんだ。それが出来ない新政府はだらしない」と山岡友彦は言った。

「追い出すと言っても、そうなると武力衝突ということになって、とてもかないませんよ。彼らはミサイルだの、特殊爆弾を持っていて、我々と文明レベルがちがいますからね」と伯爵は言った。

 

 

 「それよりも、カント九条をこの国にも、それから、異星人のサイ族の長老にもその意味を教えるのです。そうすれば、争いのないアンドロメダが誕生するではありませんか」

と伯爵は言って、カント九条の説明をした。

「アンドロメダは広いのですよ。そのカント九条は我が国に適用して、まず、この向日葵惑星に広めることですな。異星人には無理でしょ」

「なぜ」

「白隠が言ったように」と山岡友彦は微笑した。吾輩、寅坊は彼が白隠を知っていることに驚いた。白隠の名はこのアンドロメダの惑星にまで響いているのかという思いがあったからだ。

「つまり、彼が言うには、人間は仏であると。確かにその通りだろう。しかし、それは悟った人が言える言葉だ。現実の人間には悪がある。魔界のメフィストは常に魔の誘惑の手を伸ばそうとしている。だから、争いが起きるのだろう。武器を持ちたがる。戦争をする。異星人サイ族にはわしは不信を持っている」

「カント九条は人類・ヒト族の理想です。理想を実現するには、ヒト族に親鸞の言うような悪の自覚とその克服への努力が必要でしょうね。

大慈悲心に基礎をおいた粘り強い話し合いによる解決こそ、希望の未来につながる。その時、ヒトは宇宙の大生命・大慈悲心に包まれていることを自覚するのかもしれませんね」と吟遊詩人が言った。

 

「ニュースの時間だな。ラジオを入れてみよう」

数分、漫才のような会話がとまったと思うと、太い男の声、アナウンサーが言った。

「新政府のV長官は 異星人の長老と懇談したそうである。あくまでも平和裏にビジネスを広げていくという大枠は決まった」

鉱毒事件の問題解決の話はまるでなかった。要するに、この会談では無視されたのだ。異星人のとの間には、まだ未解決の問題は多いと、吾輩は感じざるを得なかった。

 

 

 「君はアリサが好きなんだろう」と山岡友彦はハルリナに言った。

「どうしてですか」

「これもわしの画家としての直観だ。君の剣を長老に突き付けて、アリサを守れば」と山岡友彦は言った。

 

             【つづく】

 

久里山不識

    

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