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リュウ庵

尼崎市住む猫大好き人間。
駄文を書くのも好きです。

望郷50年

2022-02-01 11:30:30 | 日記

1月30日(日) 今日はツキイチのお墓参り日。11時過ぎ長女の運転で、3人で

出かける。途中花屋によって、お供えの花を買う。墓苑まで40分、寒いせいか誰も

お参りしていない。遠くの山にはうっすらと雪が残っているよう。

帰りにマックで昼食用にハンバーガーを買う。お墓参りの日はハンバーガーかピザを

食べることが多い。以前は外食することもあったが、コロナ感染が怖いので、持ち帰

り自宅で3人そろってランチ。

 

テレビが伝える冬季北京オリンピックのコロナ封じ込め作戦はすさまじい。「まるで

強制収容所だ。東京オリンピックの時とは雲泥の差だ」と、外国メディアの記者たち

は異口同音に強く批判する。感染者を一人でも少なくしたいという国を挙げての厳し

い対策、その裏には習近平国家主席の威信がかかったいるのだろうけど、選手村の目

の前のコンビニにも出さない、強権による毎日のPCR検査など、徹底している。

東京オリンピックでも、コロナ封じ込め作戦を敷いたが、陽性者でなければ外出でき

た。その結果感染が収まらず第5波を招いたが、中国の「強制収容所」と言わしめる

ほどの封じ込め作戦を取らなかった。

どちらがいいのだろう。甘いかもしれないが、日本の方がいいに決まっている。コロ

ナ騒ぎはやがて終息する。でも強権で人権を徹底的に抑圧した独裁権力は、深く国民

や選手たちを傷つける。その結果、国家権力は安泰だろうけど。

コロナ感染の恐怖は、国家権力の恐怖におびえる社会よりまし、と思うのだ。

「モノ言えば唇寒し」の国は、絶対にごめんだね!

 

31日(月)9時ごろ、そろそろ起きないと…と思っていたら、カナが枕元のベッドの

板の仕切り上から胸の上へダイビング!。ウッと思いながら、背中をなでてやったら

プイと降りて行った。やれやれとベッドを降りる。少し寒い程度で、まずまずの朝だ。

 

昨未明に、原田マハさんの「丘の上の賢人」(集英社文庫)を読み終える。「旅屋お

かえり」シリーズだが、今回は北海道の札幌と小樽編。「ある動画に映っている人物

が、かつての恋人かもしれない。確かめてほしい」と依頼されて、訪ねる。主人公の

旅屋の、ほろ苦い過去とも交錯しながら、話は進む。

読みながらこんな旅屋さんがいたら、私の生まれ故郷に行ってもらいたいな、とふと

思う。紀州の山奥の、のどかながら数軒しか残っていない限界集落、小川を挟んでう

っそうとした杉林が眼前に広がり、家の下の道は世界遺産の高野山にも通じているが、

車はまれにしかは通らない。50年ほど前に母の葬式以来、一度も帰っておらず、墓

参りもしていない。年老いた兄嫁が一人、家を守っている。

最近、しきりと故郷が想い出されるが、とても訪ねる体力がない。旅屋に代行しても

らい、故郷の様子を詳しく知ることが出来たら…と、しきりに思う。

旅の依頼人に、どんな「旅のお土産」を望もうか。眼下を流れる小川が今も清流か、

毎日、取りに行ったウナギやフナは今も泳いでいるか、真向いの手植えした杉林は大木

に育っているだろうか、庭先の柿の木はまだあるのか、庭のお稲荷さんの祠は健在か。

何気ない日々の繰り返しの大切さに気付かなかった幼いころの思い出を、写真や動画に

収めて土産にして、持ってきてくれたら・・・

「おかえりなさいと迎えてくれるところが故郷」と「旅屋おかえり」で繰り返し述べて

いる。望郷50年、と斜に構えてみたものの、生まれ故郷は、もはや帰ることが出来な

いところになりつつあるのを実感している。

 

   📷蔵出し写真から、コラージュを集めてみた。コラージュは絵画技法の

   📷ひとつで、フランス語で「糊付け」というらしい。