まったく迂闊な話だけど、わが街の尼崎市は6月に市会議員選挙があることが最
近分かった。
数日前から政党関係の方がやってきて「近くに事務所を開設しました」とか、候補
予定者と思しき人からハガキや政策を列挙したパンフレットが送られてくるように
なって、そうか市会議員選挙があるんだなと気づいた。
慌ててネットで市議会を調べたが当市の議員定員は45人(ちょっと多すぎない?)、
政党や聞き慣れない市政クラブを名乗る「党派」めいたものなどいろいろあること
が分かった。
今月30日告示、6月6日投開票の日程とか。
選挙を前に忙しく活動する関係者には申し訳ないが、今頃気付くとはなんとも無関心
でいい加減な尼崎市民ではある。
市会議員さんと直接お話をする機会もないから、自然と縁の薄いものになっていくの
も仕方がない気がする。
市議会や県議会はあまり関心を集めない「中二階」のような存在、と昔よく聞いた。
国会では国の運命を左右しそうな熱い討論が展開されているが、地方議員の場合、不
正があったとき以外は派手に新聞やテレビで取り上げられることもなく、どんな議員
活動をしているかほとんど目につかないことが、疎遠になっている原因だろう。
身の回りの施策もイデオロギーや党派の対立でぎすぎすする事もなく審議が進み、禍
根を残さず成立している、ように見える。
市民生活を圧迫するひどい政策が横行することもないから、有権者も強いて審議の過
程を詮索することもない。
平和で穏やかな地方議会、大半の市民は「よきに計らえ」と、安心して委任している
のが現実だろう。
だから無関心を決め込み議員さんにどんな人がいるか、ほとんどの市民は知らない。
投票に行っても、候補者が名前も知らなかった人たちばかり、だれに投票すればよい
か、皆目見当がつかない。
だから鉛筆を転がして、停まったところの人に「清き1票」を投ずる、不謹慎な有権
者もいないことはない。
同じようなことは残念ながら県議会にも言える。
国会議員のことはそれなりに認識しているが、地方議員のことが忘れ去られている。
地方自治の危機、と叫ばれているのも、こうした無関心な有権者がいるからだろう。
だから今度の投票には行こうか行くまいか、悩ましいところだ。
まして現在はコロナ感染におびえる日々だから、余計に二の足を踏む。
鉛筆を転がし停まったところの人を選ぼうかしらん・・・まさかね。
<30日の告示前に設置された候補者掲示板>